初めてだった。


俺に「おはよう」と飾らなく、気取らず話しかけてきたのは。
だから、少し興味を持った。


この俺に・・・話しかけてきた・・・・・・ソイツを。




あれから、ソイツは朝は「おはよう」と言って
帰る時には「バイバイ」とだけ言って俺に接してきた。



いや、接するというか・・・ただの挨拶だけのやりとり。

ただ俺は、こんな風に言われた事があまりなく
正直なんて返せばいいのかよく分からない。


普通に返していいはずなのに・・・なんて、言えば・・・――――。









「で、何で私に言うのよ」


「お前が一番まともな意見を持ってそうだからな」







迷った末、俺はに相談した。


だが、流石に挨拶をしてくる相手が女とは言っていない。
一応は俺の婚約者だからな。








「普通にすれば?」


「普通ってどうすればいいんだよ」


「普通」


「意味分かんねぇし」






俺がそう言うと、は「じゃあ聞くな」と言わんばかりの表情をし
紅茶の入ったカップを持ち、カップの中に入った紅茶を口に含んだ。


俺もまた、同じように紅茶を口に含む。



ふと、飲みながら考えた。



アイツは何で俺に話しかけてきた?


しかも、そのほかはまったく話しかけることもなくただ・・・挨拶だけ。
他のヤツらとは普通に喋ってるくせに・・・何で?











「跡部、どうしたの?」



「・・・・・何でもない」







の声に我に返り、カップをソーサーの上に置いた。






「そういえば、アンタテニス部に行ったの?」


「あぁ?」




の声に、俺は不思議そうな顔をした。
俺の顔を見るなり、はため息を零す。







「その顔からすると行ってないわね。最近帰ってくるの早いし、まだ氷帝のテニス部に
顔出ししてないんじゃないの?気分転換に、テニスでもしてくれば?」







はぶっきらぼうな言葉で俺に「テニスはどうした?」と尋ねてきた。

その言葉で思い出したが・・・そういえば、学校の事でテニス部に行こうとしてたのを忘れていた。



こういうところは・・・本当には良く見てやがる。






「そうだな、気分転換にテニスでもしてくるか。お前も来るか?」



「アンタの試合観に行くとギャラリー多すぎて、うるさいから行かない」



「そうかよ。まぁ勝手にしな」





の対応なんて、いつもの事だ。

だが、これがこいつなりの気遣いだったりする。だから、他の女と違って
煩わしくないから・・・・・・かえって、それがいい。



は紅茶を飲みながら俺に目線で「行けば」という。

俺は席を立ち上がり、氷帝へと戻るのだった。




















実力がモノをいう世界・・・それがスポーツだ。
先輩だの、後輩だの言う氷帝の上下関係を根底から叩き崩してやった。

そして、俺が・・・氷帝テニス部の頂点(トップ)に立った。




「俺がキングだ」・・・そう、誰もが俺をキングと認めた。

この学園で俺は胸を張って、何でも上手くこなせた。



上手くこなせるはずなのに・・・ただ1つだけ、上手く行かない事があった。









『跡部くん、おはよう』







いつも、俺に何気なく離しかけるヤツに
何の言葉で返したらいいのか・・・それだけが、唯一俺が出来ない事だった。









「何か、跡部の奴。最近おかしくね?」


「知らねぇよ。疲れてんじゃねぇの?」




「聞こえてんぞ。向日、宍戸」





改装したテニス部の部室で、俺は部員のメニューを考えていると
向日岳人と宍戸亮がヒソヒソと話しているのが耳に入って来た。



別に疲れてねぇし。



ただ、答えが見つからないから・・・もどかしいだけなんだよ。




答えが見つからないから・・・持っているペンを、何度も机に打ち付ける。











「クラスメイトに挨拶されて、何て返したらえぇんか迷ってんねん跡部の奴」




「っ!?忍足っ、何でてめぇ知ってんだよ!」








すると、今度は関西から入学してきた忍足侑士が以外知りえない事を
他の奴にバラした。







「俺のクラスメイトが教えてくれたんや」







忍足は俺に向かって笑みを浮かべそう答えた。



奴の表情からして、が忍足に言ったんだろう。
多分、俺とが婚約関係にある事も・・・・の奴が言ったに違いない。


あまりとの関係が大っぴらになるのは避けたい。

いくら婚約関係あるからといって、大っぴらにされるとが嫌がるに違いない。
むしろヘンな奴等がをいびったりするだろう。


色々と知りえたと思われるから、俺は忍足に目線で
「これ以上喋るな」と飛ばすと、忍足はフッと笑みを浮かべ頷いた。









「跡部が珍しいでやんの」



「うっせぇ」



「あぁ。とか言って返してやればいいんじゃねぇの?」



「・・・・・・・」



「何や、それも言えへんのかいな。会話なんて、程遠いな」








何とでも言え。


どうせ・・・俺は、返せやしない。


でも、もし・・・俺が返したら、ちゃんと・・・返す事ができたら
何か起こるかもしれない、と・・・・・・思ってしまった。












次の日。



相変わらずあの・・・―――――名前くらい覚えろ俺。

名前も分からんヤツから話しかけられ・・・・・てるわけなんだが
仮にもクラスメイトだ。向こうは俺の事を覚えているんだ。


俺も、名前くらいは覚えてやらなくてはと思い、クラスのヤツに尋ねると
そいつの名前が「」という名前だと知った。



ようやく名前を知った。


そして今日も相変わらず俺はから挨拶をされた。

俺も・・・・・・無言のまま、何も返していない。


後はいつもどおり・・・一切の会話はこれと言ってなかった。
やはり、俺からアクションを起こすべきだ。


じゃなきゃ・・・じゃなきゃ・・・―――――――。


















「(じゃなきゃ・・・・・・何なんだ?)」








俺からアクションを起こさなかったら・・・何があるって言うんだ?


挨拶をされているだけなのに・・・どうして返さなきゃいけないと考える?


挨拶を返して・・・俺は、一体何を期待している?



返して、俺が満足するような答えが返ってこないかもしれないのに。







そうしなきゃならないと・・・・・・心が訴えている。






心の中で考えていると、隣に座っていたヤツが居ない。
無論の事だ。


目で姿を追うと、何処かへと駆けて行く姿が見えた。


俺は自分の席から立ち上がり、の後を追った。






何処へ行くかも分からないけど
何かしなきゃ行けないと心が・・・酷く俺に言う。



挨拶だけじゃ・・・挨拶だけじゃ・・・―――――。








何も変わらない日常だけになっている。






少しでも、少しでもいい・・・もっと、もっとお前の声が聴きたい。


挨拶だけじゃない・・・お前の声が。







すると、が立ち止まり首をキョロキョロとさせていた。


今なら・・・―――――――。









!」






瞬間、聴いたことのある声が彼女を呼んだ。

その声には声の先を見つけ、再び走り出した。



誰がアイツを?
俺はそれが気になりゆっくりとした足取りで見る。




の側に・・・・・・俺がテニス部に来る前に、部長をしていたヤツが居た。




胸に突き刺さってきた、鋭い刃。

初めての痛みが・・・・・・する。はっきりと分かる・・・「痛い」ということ。




あまりの痛さに、酷い立ちくらみがする。





全てを手にしたはずなのに・・・どうして、この気持ちだけは手に入らないのだろう。






キングでも手に入らないモノ
(何もかも手に入れたはずなのに、手に入らないのは・・・お前への”何か“だけ)
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