「なぁ」
「何?」
「この植物図鑑、くれ」
「は?」
とある日。
蔵が書斎に置いてある植物図鑑を持って
私の目の前に来て、爆弾発言をかました。
「私がそう簡単にあげると思ってる?」
「思う」
「即答すんな。あげないわよ・・・それがどれだけ貴重かアンタなら分かってるでしょ」
「おう。何処の古本屋にもないし、ネットオークションでもないから・・・俺、めっちゃ探してたんや。せやからくれ」
「話無理矢理繋げないで。あげない。私もそれ手に入れるのに2年かかったんだから」
蔵の手に持たれている植物図鑑は
今は何処の出版社も絶版状態で、色々と調べまわったりするのが大変だった。
もしかしたら、私しか持ってない代物かもしれない。
そんなものを易々と「はいどうぞ」なんてやれるか!
「えー・・・欲しいわ」
「あげません」
「、コレ欲しい。くれ」
「あげないって言ってるでしょ」
私は本を片手に持ち、書斎の中を歩き回る。
その後ろを蔵が「本をくれ」と言いながら付いて回る。
私はため息を零し、振り返り彼を見る。
「人にモノを頼むときや貰うときは礼儀って言うのが必要と思わないの?」
「じゃあ、この植物図鑑ください。・・・これでえぇか?」
「じゃあはいらない。むしろあげないから」
「〜」
そう彼の言葉を切り捨てて、私は止めていた足を再び動かし
持っていた本を元の場所へと戻す。
「ホラ、それ返して。元の場所に戻すから」
「・・・欲しい」
「あげないって言ってるでしょ。返して」
「、これ俺欲しいんや。頂戴なぁ〜」
「あ・げ・な・い!返しなさい、蔵。子供じゃないんだから駄々こねないで」
「俺まだ子供や」
「でかい図体でそんなこと言っても説得力皆無よ。幼稚園児じゃないんだから返して」
私がそう言うと蔵は渋々持っていた植物図鑑を
ゆっくりと渡し、私はそれを受け取った。
「良い子ね」
「借りるじゃアカン?」
「欲しい欲しいと言った後にそれ言うと、パクられそうだから貸しません」
「・・・・・・のケチ」
カチン!
蔵の一言で私はカチンときた。
「お前、もう出入り禁止」
「え!?・・・あっ、嘘やって!!」
「知らん。出て行け、ウチに二度と来るな」
「、スマンって!ゴメン!!俺が悪かったわ」
「しーらーなーい。帰れ・・・二度と私の前に現れるな。クラスにも来ないで。アンタの顔、見たくもないわ」
「〜」
そう言って私と蔵は・・・またしても、ケンカをしてしまった。
それはもっとも大事な日の・・・5日前のことだった。
「聞いたで。お前また白石とケンカしたんやって?」
次の日。
私が不機嫌そうに机で肘を付いていると
朝練終わりのユウジと小春ちゃんが来た。
ユウジは私の隣に座り、小春ちゃんは私の前の席に座る。
「何で知ってんの?」
「朝っぱらから蔵リンの気分下降気味。原因はどうせちゃんにあるんやなぁ〜って思てね」
「今度は何でケンカしたん?」
「アイツがウチの書斎においてある植物図鑑をくれとか言い出したから、あげないって言ったの。
それでも言うこと聞かなかったんだけど、無理矢理何とか取り戻した。んで本人が
”借りたい“って言ったけど、”欲しい“って言った後にそれ言われちゃ、貸す気も失せるわよ。
むしろパクられそうだから貸さないって言ったわ。・・・そしたら、アイツケチとか言い始めるから」
「あー・・・そらぁ」
「蔵リンが悪いな。普通逆やろ?借りて、欲しいなら分かるけど、欲しいから借りるになるとちょっとなぁ」
小春ちゃんがそういうから私はうんうんと頷いた。
あの本だけは私だってどーしても手離したくないの。
見つけるのも必死だったし、色んなネットワーキング繋いでようやく2年がかりで見つけた大事な植物図鑑。
毒草マニアの蔵からしてみれば・・・あの本は本当に貴重なもの。
欲しがって当然なのだ。
でも、言い方の問題って言うのもあるでしょ?
普段の蔵なら多分そういうのは絶対に間違うはずない。
だが、多分目の前の貴重すぎる植物図鑑にその順番すら誤ってしまったのだろう。
「アイツが謝るまで私、アイツと口聞いてやんないんだから」
「ならえぇけど。お前・・・あと4日、この状態で居るつもりか?」
「は?何が?」
するとユウジが私に不思議なことを投げかけてきた。
私はワケも分からずそのまま
不思議を不思議で投げ返した。それを受け止めたユウジは
小春ちゃんと顔を見合わせ、2人ともこちらを見る。
「え?・・・ちゃん、知らんの?」
「何が?」
「白石・・・14日、誕生日やねんぞ」
「え?し、知らない・・・だって、蔵の誕生日聞いてない」
「結構完璧に見えたやけど」
「案外・・・こういうところに穴、あったんやね」
2人の言葉に私は困惑する。
え?あと・・・あと4日って・・・今が10日として――――。
「えぇえ!?私、知らないし!!アイツ、自分が14日誕生日って言ってない!!」
「あー、多分白石も言うてへんねや」
「ウチらの誰かが教えてるから、知ってると思てんのとちゃうん蔵リン?」
「せやったら・・・今日の落ち込み具合は、昨日のとのケンカ、プラスの」
「ウキウキ誕生日が絶望的な迎え方をするちゅう態度やな」
ど、どうしよう。
私、知らなかった。
蔵が14日誕生日で、しかも昨日・・・あんな風にケンカしちゃって。
まぁあと4日あって、気づいたからよかったけど
ケンカしたまま・・・私、アイツの誕生日迎えなきゃいけないの?
え?コレって完璧――――。
「私のせい?」
「半分はな」
「半分は蔵リンの駄々っ子がアカンねん。ちゃんが怒って当然やけど」
「ケンカにまで発展したのがアカンな」
「だ、だよね」
半分は私も悪いし、彼も悪い。
でも、誕生日だと知ってたら
きっとこんないざこざ起こらなかったのかもしれない。
ちゃんと、蔵の誕生日・・・気づいてあげれたら―――。
今なら、まだ・・・・・・間に合うよね。
「小春ちゃん、ユウジ」
「なんや?」
「どないしたん、ちゃん?」
「手伝って欲しいことがあるの。あと、謙也に光、千歳と金ちゃんにも伝えて」
あと4日・・・コレをしながら
蔵に何をあげようか考えよう。
頭の中何とか捻って・・・蔵へプレゼントあげなきゃ。
そして、謝って・・・言わなきゃ。
「ゴメンね」
と
「誕生日、おめでとう」
って。
小春ちゃんやユウジの手伝いもあってか何とか順調。
後はプレゼントだけ。
私は一人書斎に居た。
此処でケンカしちゃったんだよね、私と蔵。
彼の誕生日間近だと知らずに
私は彼を思いっきり拒絶した。
それのおかげでどうやらまだ蔵は沈んでいるらしい(謙也から聞いた)。
あいつの欲しいものって何?って
メンバーのみんなに聞いたら「全身鏡」とか言い始めた。
ホントワケの分からないものを好き好むわねあのイケメン。
これ以上イイ男がイイ男の度数増してどうすんの?
とか自分の心の中にツッコミを入れた。
お生憎と、もうそんなもの取り寄せてる余裕はない。
誕生日が明日と迫ってきてしまった以上
全身鏡を取り寄せてる時間もなければ、待っている余裕もない。
「どうすればいいのよ」
こんな事にならなければ。
もう少し早く、蔵の誕生日に気づいてあげれたら。
あんな風な、ケンカさえしなければ。
焦る必要もなかったし、全身鏡だって取り寄せられたはず。
私をめいいっぱい愛してくれる彼に
何も出来ないんじゃ・・・彼女失格じゃない。
「あっ」
ふと、私は今居る自分の場所を思い出した。
書斎・・・蔵曰く【プチ図書館】。
私は慌てて、書斎・・・目的物の有る棚へと駆けた。
自分の走る音が部屋中に響き渡る。
後ろから・・・六番目の、左の・・・奥。
その本の種類は其処に眠っている。
そして、其処にたどり着くなり私は背伸びをして本を取った。
「・・・植物図鑑・・・」
蔵が欲しいって言ってた・・・植物図鑑。
私は手にそれを持っていた。
蔵が欲しいほしいとせがんでいた植物図鑑。
でも、本当にこれは貴重すぎる書物。
手離してしまえば、もう見つからないかもしれない。
此処にある本は、希少価値のある本も並んでいる。
もちろんこの植物図鑑だって・・・それなりの希少価値がある本。
『』
「蔵・・・・・・ゴメンね」
私は植物図鑑を抱きしめた。
途端、涙がぽたぽたと本の上に零れ落ちた。
私はそれを必死で拭い――――。
「もう、これしかない」
そう呟いて、書斎を急いで出るのだった。
明日は貴方の誕生日。
貴方の欲しいとするものはあげれない。
けど、私なりに精一杯考えて・・・お祝いするね。
それと・・・ちゃんと、言うね。
「ゴメンね」と、「お誕生日おめでとう」って。
だって、これからもずっと私のこと・・・愛して欲しいから。
貴方に寂しい想いはさせない。
どうか、神様。
私に、彼に想いを伝える力をください。
きっとこれだけじゃ喜んでくれないから
私に・・・彼を元通りの笑顔にしてくれる力を・・・・・・ください。
(さぁ、明日は誕生日。無事に想いは伝わるのか?)