時々、怖い夢を見る。
前はおかあさんに捨てられる夢を見ていた。
今は・・・・・・――――。
「っ!!・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・また、同じ夢」
ある日の夜。
私はベッドから飛び起きた。
冷や汗が出ている。
私はそれを乾いた腕で拭った。
最近、よく夢を見る。
私が見る夢なんて、大抵実の母親から捨てられる夢ばかりだった。
でも、それは以前の話。
今は違う・・・今は――――。
そう思いながら、顔を横に移す。
隣には、恋人の白石蔵ノ介が眠っていた。
数時間前まで何度も二人で体を重ねた。
愛の言葉を囁きあった。
私は、彼の体に、愛に包まれるだけで幸せだった。
でも、”あの夢“を見ると・・・怖くて、眠れなくなる。
怖くて――――。
「・・・っ・・・うっ・・・ひっく・・・っぅ・・・」
思わず私は泣き出した。
いつもなら、泣いたりしない。
だって夢だって分かってるから。
おかあさんの夢ではもう泣かなくなった。
だけど、それが最近―――。
蔵が私から離れていく夢へと切り替わった。
繋いでいた手を急に離され
凄いスピードで蔵が私から離れていく。
私は頑張って、頑張って追いかけるけどそれでも追いつかなくて
ずっと、ずっと「待って!行かないで・・・行かないで!」って何度も言うけど
彼は進む足を止めなくて・・・気づいたら。
蔵が何処にも居なくて、私・・・泣いてた。
いつもだったら、私が泣いてると蔵は
「どないした、・・・泣かんでえぇよ、俺が側に居るから」って
優しく抱きしめてくれるのに。
その腕のぬくもりさえ、その声さえ、優しい表情でさえ
私の視界から消えてしまって
大声を上げて泣いても、蔵は何処にも居なくて
戻ってきてくれなくて・・・抱きしめて、くれなくて。
苦しくて、目が覚める。
夢だって、夢だって分かってる。
だけど、だけど・・・彼が私の目の前から消えてしまったら
私はどうやって生きていけばいいの?
私はどうやって笑えばいいの?
私は・・・わたしは――――。
蔵が居ないと、呼吸すら出来ないのに。
「・・・んっ・・・・・・どないしたん?」
「っ!!」
すると、私の泣く声に隣で眠っていた蔵が目を覚ました。
ダメ。
こんな夢で泣いてたりしたら・・・嫌われる。
私は彼に見られないように、蔵に背を向け、涙を隠した。
「なっ・・・何でもない。ちょっと悪い夢見ただけ」
「どんな夢見たん?お化け出てくる夢とか?」
「バ、バカ!子供じゃないんだから・・・違うわよ。気にしないで、ほら寝なさいよ。
アンタ明日練習でしょ。こんな時間に起きてたら、練習に支障が出るから寝なさい」
泣いた顔なんて、見られたくない。
信じたくないって、夢だって分かってても・・・怖い。
「強がらんでえぇて・・・・・・泣いてたんやろ?」
「!!・・・ち、違う!」
蔵の言葉に、肩が微妙に動いた。
それを悟られないように、私は声を張り上げる。
「声、大にして言う時点でビンゴやんか。・・・こっち向き」
「いっ、イヤ・・・泣いて、泣いてないもん。目にゴミが入って」
「はい、嘘ー。起きて早々目にゴミ入るとか、どんだけやねん。・・・・・・」
すると、蔵が私を後ろから抱きしめた。
体に絡み付いてきた蔵の温かい腕が
私の涙を再び誘う。
「・・・どないしたん?・・・ん?・・・俺笑ったりせぇへんから、言うてみ?」
耳元で優しく囁かれる声に
私は涙を拭いながら、口を開く。
「夢・・・見るの」
「どんな夢なん?」
「蔵が・・・蔵が、私から・・・離れていく、夢・・・っ」
「え?」
抱きしめられた腕の力が抜け
私は体を蔵のほうへと向ける。
だけど、顔は下げたまま・・・涙が止まらず、上げる事が出来ない。
目から零れる涙は、白いシーツの上に落ち
灰色の斑点を残していく。
「蔵がどんどん、離れていくの。私・・・待ってって、行かないでって声上げるけど
蔵には全然届いてない感じで、気づいたら・・・蔵が、私の側から居なくなって・・・。
ずっと・・・ずっとこの夢ばっかり見て・・・いつか、現実になるんじゃないかって。
考えただけで・・・・・・眠れなくて・・・」
「泣いてるんか?」
蔵の声に私は頷いた。
すると、蔵は私を引き寄せ抱きしめてくれた。
しかも強く、折れそうなくらい。
「俺がの側から離れるわけないやろ。そんなん夢やんか、現実になるわけない」
「でもっ・・・でもっ・・・」
「どっちかっちゅうなら、俺のほうが不安なんやぞ」
「え?」
蔵の言葉に、私は涙が突然止まった。
彼の抱きしめる力が更に強まる。
「・・・いつ、何処に行ってもおかしくないやんか。お嬢様やし、親の事情で
見合いとか、婚約とかさせられるかもしれんのやぞ。最悪、俺から離れていく思たら
お前だけが怖いとちゃうねん・・・・・・俺も、俺も怖いねん。
は、俺のモンや・・・ずっと、ずーっと俺のモンや。
せやから、離れるとか怖いこと言わんといてくれ。俺まで怖なってくる」
「蔵」
私だけが不安じゃない。
彼も、私と同じだったんだ。
「お前が俺の目の前から消えるだけで、俺嫌や。俺、絶対の側は離れんぞ。
なぁ、は・・・は、俺の側から離れていかへんよな?」
そう言いながら、蔵が不安げな表情を私を見る。
私は微笑みながら彼の頬を撫でる。
「何処にも行かないよ。蔵が側に居てくれるなら・・・私、何処にも行ったりしないから」
「ホンマか?」
「本気よ。蔵が側に居ないと・・・私、息も出来ない」
「・・・」
蔵は私の名前を呼びながら、また抱きしめてくれた。
私が不安なように・・・彼もまた不安なのだ。
まるで気持ちがシンクロしたみたいで・・・・・嬉しい。
「今何時なん?」
「えーっと・・・・・2時」
「うわっ、まだ全然やんか。・・・眠れるか?」
「・・・無理。だって、あんな夢見たら・・・眠れない」
置時計が差していた時間は、真夜中。
今から寝ようにも
あんな夢を見てしまっては、寝るに寝れない。
「あ、ほな自分が眠れるよう・・・俺がこもりうた歌ったる」
「え?子供だましでしょ、それ」
蔵はベッドに入り私を見上げ
「こもりうたを歌う」とか言い出した。
私は笑ってその言葉を受け流したが、どうやら彼は本気らしい。
「えぇから・・・ホレ、こっちきぃ。俺が抱きしめといたるわ」
「い、いいよ。蔵、練習あるんだし・・・私、本読んで眠くなったら」
「えぇから来なさい」
蔵は自分の隣をしきりに叩いて、私を呼ぶ。
半ば強制。
でも、あんな夢を見て・・・正直、本を読んで眠れた試しがない。
私は少し恥ずかしがりながら
蔵の隣に自分の体を潜らせた。
私の体がベッドの中に全部入ると
蔵が私を抱きしめた。
蔵の温度が、私の体に触れて・・・心にまで伝わってくる。
心臓の優しい音が、それだけでも私を眠りへと誘いそうだった。
「泣き虫なお嬢様には、俺のえぇ声で歌うこもりうたで眠ってもらおか」
「泣き虫じゃないわよ」
「お嬢様は泣き虫や。俺が側に居らんと、すーぐ泣くやんか。
そんなに俺のこと愛してくれてんねんなぁ、」
「やっぱり本読む。お前勝手に寝ろ」
「あーー離れんといてぇな。離れんといてって、俺さっき言うたんやんか・・・ちゅうかもう離さん」
離れようとしたが、既に蔵の腕の中にいる私。
がっちりとした筋肉質な腕と
鍛えられた力によって私は逃げるのを阻まれた。
「大丈夫や、俺の側に居るから・・・ゆっくり眠り」
「蔵・・・寝ないと、練習」
「俺はえぇの。背中もポンポンしといたるから、寝てえぇで」
「私完璧に子ども扱いね」
「俺らまだ子供やん」
「でもアンタの脳みそは幼稚園以下よね」
「お嬢様酷いわ」
すると、ゆっくりと蔵が私の背中を
優しく叩き始めた。
そういえば、前も・・・――――。
「何か、懐かしい」
「ん?何が?」
「背中、叩かれるの。実の母親から捨てられる夢見たとき、怖くて
お父さんとお母さんの寝室に行って、よくお母さんに抱きしめられて背中叩いてもらった。
こうすると、人間安心するものよね」
「あー・・・俺もあったなぁ、そういうの」
「え?蔵もあったの?・・・うわ、有り得ないんだけど」
「俺にもそういう時があったんやって」
そうベッドの中に入りながら、他愛もない話をしつつ
私の背中を蔵が優しく叩く。
「ねぇ、蔵」
「ん?どないした」
「もうちょっとくっ付いていい?」
「え?・・・・・・えぇよ」
蔵にそう告げ、私は自分の体を更に
彼の体に密着させた。
あったかい。
彼の腕に包まれるだけで
まるでそれはゆりかごの中に居るようなぬくもり。
抱きしめられるだけで、泣きじゃくっていた自分の不安が
その腕のぬくもりで癒されていく。
もっとずっと起きてて
蔵の寝る姿を見るつもりだったのに
背中を優しく叩かれるだけで眠くなってきた。
耳には、彼の透き通った優しい声のこもりうた。
「く、ら・・・っ」
「どないした?」
「大・・・好き」
夢の世界に一歩入る前。
私はうとうとしながら、彼にそう告げる。
すると、彼は私の瞼にキスをして――――。
「俺もの事大好きや。・・・・・・おやすみ、俺の可愛えぇお嬢様」
「・・・ぅ、ん・・・ぉやす・・・み」
そう言って、私は夢の世界へ。
次に目が覚めたとき、朝で
蔵が幸せそうに眠ってる顔を見上げた。
彼の包帯の巻かれた左腕が私を包みこむようにされており
私の手が、彼の右手の中に包まれていた。
私も不安だけど、彼も不安なんだ。
今度、もし・・・彼が不安なときは
私が、彼を抱きしめて・・・優しく背中を叩いて
こもりうたを歌ってあげる。
アナタが、眠りに就くまで。
(不安な夜は、強く優しく抱きしめて、こもりうたを歌ってあげる。アナタが眠りに就くまで)