「プール掃除ねぇ」
6月。
外は暑さを増し、太陽はじりじりと地面や人を照りつけ始めた。
授業が昼前で終わり、私は図書室でしばらく勉強をしていた。
そろそろ帰らなければ、と思い席を立つ。
生憎と今日は迎えが来ない。
それを蔵に伝えるのを忘れた私は、テニスコートに足を運んだ。
だが、テニスコートに行くと――――。
「プール掃除?」
「あぁ。監督がプール掃除してほしいっちゅうてな・・・蔵たち連れて行きよったわ」
副部長の小石川健二郎にそう言われた。
テニスコートに足を運ぶも、部長の蔵や、謙也、光にユウジと小春ちゃん・・・それから銀さんに、金ちゃんと
肝心のメンバーがいなかった。
「それで、蔵たちはプール?」
「あぁ。流石に誰か一人こっちに残っとかなアカンからな」
「健二郎、真面目ーっ」
「向こうは向こうで蔵に任せてるからな。アイツやったらプールに居るから行ってきぃよ」
そう言って、私はとりあえずプールに向かう。
が、掃除してるんだったら・・・私が行っても足手まといになるだけだし
渡邉監督から頼まれているとなると・・・やっぱり私は帰ったほうがいい。
きっとその後も彼等は練習が残っているのだから。
残って家に帰れたとしても、確実に夜の7時過ぎ。
蔵と二人乗りをするとなると、彼に余計に負担を掛けてしまう。
「電車で帰るか」
蔵に負担を掛けたくなければ、電車に乗って帰ったほうが無難。
どうせ、彼は私に迎えが来ると思っているのだし
伝えなくてもそれはそれでいい。
私はプールに向かう足を止め、踵を返し校門へと向かう。
「ねーちゃぁぁぁああん!!!!!」
瞬間、聞き慣れた大声が私を呼ぶ。
私のことを「ねーちゃん」と呼ぶのは一人しか居ない。
振り返り、声の先を見る。
「ねーちゃん!」
「金ちゃん」
プールサイドに設置されたフェンスを掴んで
豹柄のタンクトップに半ズボン姿の金ちゃんが私に向けて笑顔で手を振る。
言っておきます。
プールから私が今立っている場所は・・・相当距離があります。
其処から私が見えるということはホント、彼の視力は半端ない。
「ねーちゃん!ねーちゃん!!こっち来てや!!」
「はいはい。大声出さなくて良いから」
金ちゃんはフェンスに捕まりながら、飛び跳ねて私を呼ぶ。
距離が離れている上、彼の出す声は大きい。
あまりにも恥ずかしいので私はすぐさまプールへと小走りをする。
私がそこに着くと、金ちゃんは嬉しそうな顔を浮かべ
首をプールの方へと向ける。
「白石ーっ、ねーちゃん呼んだでぇ〜」
「ん?・・・おぉ、やんか。どないしたん?」
「いや、ちょっと」
金ちゃんは私が此処に着くなり、蔵に私が来た事を伝える。
プールを見ていた制服姿の彼が振り返り視線が合う。
私だと分かると、蔵はすぐさまフェンス越しに私の目の前にやってきた。
「金ちゃんに呼ばれたの。あんまり大声で呼ぶから恥ずかしくて」
「金ちゃん・・・大声だしたらアカンて」
「でもねーちゃん。何や寂しそうに帰っていくから、何かあったん?と思たんや」
「そうなん、?」
金ちゃんの言葉に、蔵が私に問いかける。
いや、別に寂しそうに帰ってないわよ。
まぁそりゃあちょっと、一緒に帰れないのは寂しいけど・・・・・・って私何考えてんのよ!
「?どないしたん?」
「へ!?・・・あ、あぁ、別に。今日迎え来ないから・・・蔵と帰ろうと思ってコート行ったんだけど
健二郎が”監督に頼まれてプール掃除してる“って言うから・・・私が来たら、余計足手まといになると思って帰ろうとしてたの」
「何や、そうやったんか。別に足手まといとか、そんなことないで」
私の言葉に、蔵は笑顔で答えた。
夏間近の日差しと彼の笑顔が目に痛い。
どうしてこうも夏は彼に味方をするのだろうかと思う。
カッコよくてちょっとドキっとしてしまった。
「、暇か?」
「え?・・・まぁ暇だけど」
「ほんなら」
「ねーちゃん!カキ氷食べへん?むっちゃ美味いで!!」
「え?か、カキ氷って」
蔵の言葉を遮るように、金ちゃんが私にそう言う。
カキ氷って・・・ていうか、何でカキ氷?
「金ちゃん、俺のセリフ取んなや!」
「言ったモン勝ちやー!」
「ふぅーん。俺にそういうこと言うか・・・金ちゃんは死にたいっちゅうわけやな」
自分のセリフを取られたのか、蔵は左手の包帯を解き始める。
「うわぁぁ!?!ど、毒手!!毒手いやや〜!!」
「ほな向こう行け。水溜めて、さっさと掃除せぇ」
「・・・・・・白石のア」
「何か言うたか?」
蔵に恐れをなしたのか、金ちゃんは首を横に振りながら
そそくさとその場から去って行った。
金ちゃんが居なくなると、蔵はため息を零し
解いた包帯を元に戻しながら、私を見る。
「金ちゃんにセリフ持ってかれたけど・・・カキ氷作って食べてんねん」
「掃除しろ」
「掃除してる合間に食べてんねや。ホレ、この天気やろ?暑ぅてかなわんからカキ氷作ってるんや」
「するのはいいけど、掃除捗ってるの?」
「・・・・・・・・・」
「帰る」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!!!待って!、待ってくれ!!」
私は踵を返し、プールから離れようとする。
が、蔵はフェンスを掴んで私に静止を促した。
「捗って、カキ氷作ってるならまだしも・・・捗ってないのに、カキ氷作って遊ぶな」
「水溜めてる時間が長いねん。それに暑ぅて、やる気が起きんっちゅうか」
「だったら最初っからプール掃除なんか引き受けるんじゃないわよ。何やってんの、あんたの頭は飾り?
全身飾りだとしても、脳みそくらいは入ってるでしょ?毒草バカで健康オタクだけじゃないでしょ?
それなりの知識入ってるでしょ?部長なんだからしっかりしなさいよ。まったく、何してんのよ」
「・・・・・・す、すんません」
私の言葉に、蔵は落ち込んだ。
「でも、監督は府大会で疲れてるから気晴らしにプール掃除しとけっちゅうから」
「府大会優勝したご褒美がプール掃除?・・・あの人の思考がますます読めないわ」
「練習ばっかしてたらアカン、たまには息抜きせぇっちゅう意味やろ?せやから俺らが此処おんねん」
蔵の言葉に、私は黙った。
「あ、スマン・・・ちょぉ言い過ぎたわ」
「いや、いい。私も言い過ぎた」
「ほな・・・お詫びに、カキ氷ご馳走するで。こっちおいでや」
そう言われ、私はため息を零し
帰るはずだった予定をキャンセルにして、プールサイドへと足を運んだのだった。
「お、やんか」
「ホンマや、ちゃんやん」
「何やお前、来たんか?」
「先輩よぉ俺らの場所分かりましたねぇ」
「さん、よぉ来はりましたな」
プールサイドに行くと、立てられたテントの下で
ユウジ、小春ちゃん、謙也、光、銀さんがカキ氷のお皿を持ちながら
私を出迎えた。
こいつ等・・・掃除してんの?
「掃除してんの、アンタ達」
「してるわ。休憩中なだけや、なぁ小春」
「そうやねぇ〜」
私が問いかけると、ユウジと小春ちゃんが掛け合いながら答えた。
この二人を見ていると明らかに
「掃除してないでしょアンタ達」と言ってやりたい気分だった。
「先輩、カキ氷食べますか?」
「え?・・・あ、あぁ。じゃあ貰う」
すると、光がカキ氷のお皿を持ちながら
私にかき氷を食べるか?と問いかけてきた。
まぁ少し呆れて、脳内がちょっとおかしい。
此処はカキ氷に体や脳を冷やしてもらおうと思った。
「分かりました。ほな、味はどれが」
「ちょぉっと待ったぁ!」
「何ですの、一氏先輩」
光が私にカキ氷のシロップの味を聞こうとした瞬間
ユウジが大声でそれを止めた。
「には・・・四天宝寺スペシャルを食べてもらおうや」
「は?し、四天宝寺・・・スペシャル?」
ユウジは力みながらそう言う。
私はワケも分からず首を傾げるが
何やら、他のメンバーはため息を零していた。
「ユウジ、やめき。毒舌飛んでくるで」
「酷評されるのがオチやって」
「あれはちょっと女性にはキツイっちゅうか」
「完璧にアカンと思いますよ、一氏先輩」
「何やねん、お前ら!!この素晴らしさが分からん奴等やな!!」
「えぇと思うで〜ウチは」
「せやろ、小春〜ぅ」
会話の内容がまったく分からない。
蔵や謙也、銀さんに光は「やめたほうがいい」と言うも
作ろうとしているユウジや小春ちゃんは「いい」と言う。
とにかく、見てみないと分からない。
「いいから作りなさいよ、その四天宝寺スペシャルとやらを」
「、マジで食う気か!?」
「ユウジ〜・・・覚悟しといた方がえぇで」
「完膚なきまでに叩きのめされますねぇ、一氏先輩」
「よっしゃ!ほな、待っとけ!!」
蔵や謙也、光の声を振り切り私はとりあえず
ユウジに【四天宝寺スペシャル】という名のカキ氷を作らせた。
数分後、私の目の前に現れたカキ氷は―――。
「ナニコレ?」
「一氏ユウジ作四天宝寺スペシャルやで」
「ただのメロンシロップとレモンシロップを半分半分に入れただけじゃない。どこが四天宝寺スペシャルよ」
現れたカキ氷は、真ん中から綺麗に・・・メロンの緑色のシロップと
レモンの黄色のシロップが入っていた。其れ以外何の装飾もしてない。
「アホォ!俺らのジャージカラーや!!ホレ、緑で黄色やろ!」
「あぁ・・・そういうこと。じゃあ、いただきます」
山盛りになったカキ氷の天辺を、スプーンですくう。
銀色のスプーンの上には緑と黄色の2色の味が乗っていた。
それを私は口に含み――――。
「まずい」
「言わんこっちゃない」
「秒殺やな」
「ものの数秒でしたねぇ」
「早い切り捨て方ですなぁ」
「ちょっ!?何で!?ちゅうかもうちょっと味わえや!!」
外野(蔵たち)の言葉を他所にユウジは
カキ氷を食べた私に「味わって食べれ」と命令?してきた。
「味わう?フッ・・・笑わせんじゃないわよ。口に入れた瞬間から、お互いの味殺しすぎ。
メロンとレモンって味強いに決まってるでしょ?見た目は確かに綺麗だと思うけど
この組み合わせはないと思うわよ?こんなのに練乳なんかかけて御覧なさい。さらに練乳が二つの味殺すわよ。
四天宝寺スペシャル・・・・・却下ね。良い所を上げるとしたら、見た目だけよ。味は最悪ね。
あーなんか口の中おかしい・・・ねぇ、誰かお茶持ってない?」
「・・・・・・・・」
「一氏先輩、へこみすぎですわ」
「完膚なきまでに叩きのめされたな、ユウジ」
「お嬢様の舌を舐めたらアカンっちゅう話やで、ユウジ」
誰もユウジのフォローに回ることなく、彼に追い討ちを掛ける。
どうやら、彼の暴走(?)を止めて欲しかったように思える。
しかし・・・本当に口の中がヘンだ。
「ほい」
「蔵」
すると、蔵がペットボトルの水を私に寄越した。
「コレでよかったら飲みぃ。昼買ったのはえぇねんけど、開けたっきりやったんや」
「あ、ありがとう」
私はそれを受け取り、キャップを捻る。
確かに開けた感じはする、だが中身は減ってない様に思えた。
危なく間接キスになるところだった。
と私は跳ねる心臓を押さえながら、それを口に含んだ。
喉に入ってくる水に、先ほどの味が流れていく。
ある程度飲み終え、キャップを絞めた。
「やったで」
「は?」
「間接キス成功」
「は!?」
キャップを絞めた途端、蔵が不敵な笑みを浮かべていた。
そして口から零れた言葉に、私は驚きを隠せない。
だっ、だって・・・。
「開けたきりって・・・っ」
「おう。開けて・・・ちょこっと飲んだんや。ほんの一口な」
「あ、アンタねぇ・・・ッ」
「と普通のキスは出来るんやけど、中々間接キスなんてできひんやろ?
まぁユウジのカキ氷で飲ませるとは俺の計算外やったけど
間接キスできたから結果オーラ・・・がはっ!?」
「食って死ね」
私はあまりに恥ずかしさに、ユウジの作った四天宝寺スペシャルを
蔵の顔に投げつけた。
皿も彼の顔面に直撃し、その場に倒れる。
ホント・・・私、どうしてこんな彼を本気で好きになってしまったのだろうかと
今更ながら後悔してしまった。
(あぁ、もうどうして私コイツのこと好きになっちゃったんだろ?)