「お前ら・・・何や、以前にも増してふっ付き始めたな」
「は?」
7月。
関西大会も無事優勝で終わり
そして俺とは晴れて恋人同士に!
全国大会まではまだ時間もあるし
練習は厳しくなるけど
これから恋人らしい事を色々二人でしていこうなと言うた。
そんな登校日。
俺の前の席に居る謙也にそう言われた。
「関西大会終わって、この前夏祭り行って・・・お前ら、何やウザさ倍増したで」
「ウザって・・・やかましい!とイチャイチャして何が悪いねん。俺の彼女やらかえぇやろ。
お前にとやかく言われる筋合いないわ、スピードバカが」
俺がそう言うと謙也は渋そうな顔をする。
えぇやろ・・・やっと、やっと俺の1年の片想いが実ったんや。
それにかて、俺と居ってホンマに幸せそうな顔してんねん。
あぁ目ぇ瞑っただけでその表情が蘇ってくるわ。
「白石、ニヤけるな・・・キモいわ」
「余計なお世話や」
「あ、一個・・・気になってたことあんねんけど」
「何や?」
すると、謙也が気になる事があると言うてきた。
「アイツ、去年から首に星のネックレス下げとるけど・・・・・・アレ、お前が買うたんか?」
「え?」
ふと、謙也に言われ思い出した。
そういえば・・・まだあのネックレス付けてるな。
「いや、アレは・・・が元からしてたんや」
「へぇー。えらい大事そうしてるから、白石から貰たやつなんやろうなぁって思てたわ」
「あんなんやらんでも、ちゃーんと愛情をにあげてるからえぇんや」
「クサッ・・・お前、そないなことに言うてみ。一撃粉砕やぞ」
「フッ、もうそんなん慣れたわ」
「開き直んなや。見てて痛々しいわ」
そう謙也と掛け合い漫才のようにやりとりをする。
謙也の言葉でそういえばと思た。
アレは・・・恋人のフリをするきっかけをくれた。
せやから、アレを外したらその関係が終わる。それやから・・・俺はアレを
外されんようににめいいっぱい愛情注いだ。
忘れたいもんを忘れさせるために。
でも、俺とは晴れて恋人になれた。
せやからもうあのお星さんのネックレスは首から提げる必要はない。
外しても、もう大丈夫なんや。
外せへん、理由でもあるんやろうか?
それとも――――。
まだ、忘れたいもん忘れられへんのやろうか?
「え?コレ?」
「せや。俺ら恋人同士になったんやし」
部活終わって、いつもどおりの家に直行。
二人でめっちゃ愛し合って
ベッドの中で俺はを抱きしめながら、ネックレスを持ち上げる。
「もしかして」
「何?」
「まだ、忘れたい事忘れられへん?俺じゃやっぱりアカンかった?
恋人になっても・・・、まだ忘れたいこと・・・忘れられへん?」
「蔵」
「不安やねん・・・何か」
そう言って、俺はを抱きしめた。
恋人同士になっても、の首からさがっている星のネックレスは
キラキラと輝きを増し、俺らを祝福している反面
まるで誰かを呼んでるような・・・俺の目にはそんな風にも見えとった。
「イヤなら、外そうか?」
「え?」
「だって、不安なんでしょ?・・・コイツがあるから」
「ま、まぁ・・・そうなんやけど」
「なら外すよ。だって、もう私・・・ちゃんと忘れたい事忘れたから」
「」
俺が不安を滲みだすと、彼女はあっさりとそれを拭い去った。
「忘れたい事を忘れさせて・・・その代わり・・・アンタが私の心全部占めて行ったんだから。
だから、もうコレはいらないの。もう”ごっこ“じゃないんだから、必要ないでしょ」
「そう、なんやけど」
「まだ何かあるの?はっきり言いなさい」
「それ下げてる時間が長すぎたからな・・・その、何や外されたら逆に不安」
「もう、言ってることがかなり矛盾してるわよ蔵」
「自分でも言うててそう思たわ」
外して欲しいけど、外して欲しくない。
気持ち的には、外して欲しいねんけど・・・外見上外して欲しくない。
気持ちがあまりにも空回りしすぎて
もう言うてることがわやくちゃや。
「じゃあしばらく付けておこうか?」
「できたら、そうしててほしい」
「分かった。でも蔵が不安じゃなくなったら言って、私外すから」
「ホンマ、ごめんな。わがまま言うて」
「アンタのワガママは今に始まったワガママじゃないわよ」
「酷いでお嬢様」
そう言うて、俺はを抱きしめた。
「」
「何?」
「好きや。めっちゃ好きや」
「私も、好きよ」
二人で言葉を交し合って、また白いシーツの波に沈んだ。
俺の不安・・・いつかなくなるやろうか?
うん・・・きっとなくなってくれる。
が忘れたい事忘れれたんや。
俺かて、がずーっと俺の側に居ってくれたらきっと不安なんて
どっかに飛んでいってしまうやろうな。
「魁さん、コレ・・・クリーニングしてくれませんか」
「お嬢様。かしこまりました」
蔵が帰って、私は魁さんに星のネックレスを
クリーニングして欲しいと言って、首から外したネックレスをかの人に渡した。
まぁクリーニングといっても、メガネの洗浄器にしばらくつけてもらうだけのこと。
(実際こんなことしていいのかどうか分からないけど)。
細長い筒に水が入り、その中に入る星のネックレス。
スイッチを入れて小さな機械音が音を立て気泡を出す。
その間、ネックレスは下に沈み動かない。
私はそれをジッと見つめるのが好きだった。
「随分と」
「はい?」
洗浄器を見ていた私に魁さんが声を掛けてきた。
私はすぐさま返事をする。
「随分とお嬢様はそれを大切になさっていらっしゃいますね」
「えぇ・・・まぁ」
「あの御方様から頂いたものだからですか?」
「・・・それも、ありますね」
魁さんはこのネックレスが何かを知っている。
元婚約者のアイツから貰ったものだと・・・この人は知っている。
「他に何かあるのですか?」
「蔵に、付けててほしいって言われて。最初、外そうか?って言ったら彼は
”不安なんやけど、外されたら逆に不安“とかわけの分からない事言い出すから
しばらくはまだ付けていようかと思って」
「左様でございましたか。・・・・・・お嬢様」
「何ですか?」
今日はやたらと魁さんが質問してくる。
いつもはこう笑って私の話を聞いてくれるのだけど
今日はいつもより私に質問してくるほうだ。
まぁたまにしかこういうことが無いから私は、快くこの人の質問に答える。
「もう、大丈夫ですか?」
「え?」
魁さんの言葉に、目を見開かせた。
「あの御方様とのことでしばらく塞ぎこんでいたお嬢様で・・・私としても見てて心苦しかったです。
でもお嬢様には今、白石様がいらっしゃって・・・しかし、お嬢様・・・どこか、怯えているように思えて仕方ないんです」
「・・・・・・怯え、ですか。まぁ・・・そうかもしれません」
「お嬢様」
私は席を立ち上がり、辺りを見渡した。
豪勢な生活。
煌びやかな世界。
与えてもらえるものは高価なものばかり。
周囲からしてみれば貰いすぎてると言われる。
綺麗なお洋服も、真新しい靴も、不自由しない食事も
笑って迎えてくれる人も、温かい人たちも、そして―――。
「幼いあの日の事を知られる恐怖は、今も拭えません」
『・・・お、かぁさん・・・ぉ、かあ・・・さっ・・・おかぁさん・・・!!』
たった一人、愛しい人につく嘘は今でも私に罪悪感を与える。
「だから、私はアイツに縋った・・・アイツは私を受け入れてくれると信じた。
まぁ信じたのが間違いではありましたけどね。それでもよかった・・・私の全てをアイツは知って、側に置いててくれたから」
『お前のことは調べた』
『で、どうするつもり?婚約解消するの?』
『たかがこんな事で切り捨てるわけねぇだろ』
『じゃあどうするの?』
『破棄はしない。お前は俺の婚約者、それでいいんだよ』
知られたとき、「終わった」と感じた。
だけど、アイツは私の全てを知って側に置いててくれた。
だから・・・だから・・・・・・余計、好きになる気持ちが増していった。
忘れられなくなるほど、好きな気持ちだけが増え続けて・・・・・・こういう結果を招いた。
気持ちすら伝えきれず・・・私はアイツから離れた。
首に、アイツから貰った星のネックレスだけを身に付けて
アイツの前から姿を消した。忘れる自信があったから・・・と言えば嘘になる。
「いつか・・・白石様にはお話になるのですか?」
「彼が失望しない限り・・・ではあるんですが。今のところ、話す自信がありません。
いずれ話さなければならない事だって分かってはいるんです・・・だけど、話してしまえば」
「彼が私から離れていきそうで・・・・・・怖いんです」
「お嬢様」
何度も、何度も話そうと試みた。
だけどその度に「蔵が離れていく」という恐怖だけが募り
結局今の今までズルズルと引きずってしまっている。
話したときに・・・一体、彼はどんな表情をして聞いているのかとか。
話し終えたらなんて声を掛けてくれるだろうとか。
考えただけで・・・・・・最悪なことしか思い浮かばない自分が酷く嫌いだ。
「そのうち・・・笑って話せる日が、来ますかね・・・魁さん」
「・・・もちろんですよ。今はまだお嬢様も白石様も我々からしてみれば子供で、幼いです。
自分の過去を簡単に笑って話せる子供は居ませんよ。大人になるに連れて、必ず笑って話せる日が来ます。
だから、今は焦らず・・・お嬢様はお嬢様の幸せを考えてください。旦那様も奥様も、そして我々も
お嬢様の幸せが何よりでございますから」
「・・・・・・はい」
私が返事をすると、洗浄の終了を告げる甲高い音が鳴る。
魁さんは水を抜いて其処に沈んだネックレスを取り出し
柔らかいタオルで水気を取った。
「お掛けします」
「あ、すいません」
水気を切ったネックレスを魁さんに掛けてもらう。
ひんやりと冷たくなったチェーンが首に辺り
思わず肩が小さく揺れた。
「出来ました」と魁さんが言うと、私はぶら下がる星を見る。
金色の大きな星と銀色の小さな星。
ちょっと汚れて霞んでいたのに、洗ってもらって輝きは少し目に痛いほど眩しい。
「それにしても、お嬢様」
「はい、何ですか?」
「首の辺りに赤く、斑点のようなものがありましたけど」
「えっ?」
魁さんに言われ思わず私は鏡を見る。
言われたとおり・・・首の辺りに、赤い斑点が・・・ひとつ、ふたつ・・・み、・・・よっつ!?
あの変態・・・っ。
首には残すなってあれほど言ったのに・・・っ。
「お嬢様、大変不躾かもしれませんが・・・もしや、それは・・・白石様が」
「あーーー!!!!!魁さん、私もう寝ます!!おやすみなさい!!!」
あまりにもその後の言葉に耐え切れず、私は急いで・・・そう脱兎の如く部屋に戻った。
部屋に戻り、鏡台に前に立つ。
あー・・・もう、何か分かりやすいところに残ってる。
「蔵のヤツ・・・今度逢ったらただじゃおかないんだからっ!」
怒りをこみ上げながら、「こうなりゃイタ電でもしてやろうかしら」なんて
低レベルな事を考え始めた時点で、思わず自己嫌悪。
ダメだ・・・完璧に脳みそが関西人レベルになってきた。
『好きやで・・・。もう、めっちゃ好きや』
今でも思い出す、彼が囁いてくれる好きという言葉。
思い出すたびに・・・体が痺れ、心が熱くなる。
こんなに、誰かに愛されて幸せだと
感じさせてくれるのはこの世でたった一人。
「・・・私も、好きよ・・・蔵」
蔵・・・アナタ、だけなんだから。
アイツじゃない、もう私の目は、心は、アナタしか映してないのよ。
ネックレスが痛いほど眩しいのは、きっとこの子が
アナタを呼んでるからだと・・・そう、思っても・・・いいよね。
(アナタを呼ぶ星の輝き。いつかその不安、この光で取り除きたい)