「千歳」


、か」




全国大会準々決勝。


前の日に、雨が降り
試合が次の日に延びたが、本日ようやく準々決勝が始まった。


相手は関東代表で、ノーマークで上がってきた不動峰中。


金ちゃんや、謙也に銀さんは相手を棄権に持ち込むほどの
実力を見せつけた。


そして、シングルス2。

千歳と・・・彼が九州に居たときの友人で不動峰の部長、橘だった。


もちろん、千歳はその闘いに勝った。


だが、試合が終わったと同時に千歳は何処かへと姿を消した。





「探すの大変なんだから、終わった途端どこかに行くのやめなさいよ」


「アハハハ・・・探しに来てくれたとね?」


「当たり前でしょ」




正直、蔵に「千歳んトコ、行ってくれ」と言われた。

彼が何故そんな事を言い出したのかよく分からないけど
私は会場中をくまなく探し、人気も少ない場所のベンチに座っている彼を見つけた。






「ホテルに帰るんだから、準備したら?」


「分かっとる」





私がそう言うと、千歳は黙りこんだ。

ため息を零し、彼を見る。






「どうしたの、千歳。何か、いつもの千歳らしくない」


「俺らしかか。・・・いつもどおりに振舞っとるとだけど、には分かっとるごたかね」


「何かいつもと雰囲気違うから」






「そぎゃんね」と言いながら千歳は苦笑いを浮かべた。





「平常心でおったつもりばってんが・・・人間、そぎゃん上手くはいかんね」


「さっきの、橘っていう人と昔何かあったの?」


「・・・まぁな。白石から聞いとらん?」


「千歳の右目の視力がどうとかとは言ってた」




試合中。

私は蔵の隣で、千歳と橘との対戦を見ていた。

テニスの事はよく分からないけど
蔵は時々「またや」と言葉を零していた。
「何が?」と私が言葉を零すと、彼は少し渋そうな顔をして――――。





『橘のヤツ・・・千歳の右目の死角を狙ってへんねん』

『右目の死角?』

『あぁ。・・・あ、は知らんかったな。千歳、右目の視力が低いんや。
せやからあんまり右目は見えへんねん』

『え?』




蔵からそれを聞いて、初めて知った。





「俺ん右目は九州に居るときに、こぎゃんなったと」


「何があったの?」


「・・・・・・」


「ゴメン、話づらい・・・よね」





私が理由を尋ねると、千歳は黙り込んだ。


しまった。
私はもしかして、触れてはいけないような傷に触れてしまい
思わず彼に謝った。




「よかよ。・・・獅子楽中って、九州にあっとよね」


「ち、千歳。イヤなら話さなくていいから・・・別に無理して、その、話さなくていい」


「うんにゃ。何となく・・・には、知っとってほしか。だけん、俺ん話ば聞いとって」


「・・・・・・うん」




千歳の言葉に私は、黙り込んで彼の話に耳を傾けた。





「桔平は部活ん中でもそらぁ、強かった。まぁ自分で言うのもなんばってん、俺も負けとらんかったけどな」




千歳は笑いながら、私にそう言う。
少しでも笑いがあったほうがいいのだろうと彼なりに私を気遣っている。

そんな彼の言葉に、私も少し笑った。





「やばってん・・・紅白戦ん時に・・・さっきも見とったろ?桔平の”あばれ球“。アレが俺ん右目に当ってね」


「それで、視力が」


「あぁ。それから、俺はテニス部辞めて・・・桔平も、東京の方に引っ越したと。だけん、その日以来
今日、試合で会うまで・・・俺と桔平は会っとらんとよ。
桔平は・・・俺ん右目ば傷つけたことで、ずーっと罪悪感に苛まれとるような気がしとっとよね」


「千歳」





あの日。

私が進路のことで悩んでいたときに
千歳が「俺も辛い事があってこっち(大阪)に来た」という言葉を思い出した。


彼は、友達とのことがあったから・・・彼は大阪に来た。


私と・・・似てる。



私だって、アイツの事忘れるために大阪に来た。
まぁ逃げてきたようなものよね、私の場合。


千歳は、友達とのことがあってそれを引きずりながら
大阪にやってきた。


きっと、不動峰の橘も・・・彼の右目を傷つけた罪を背負いながら
生きているに違いない。






「やばってん。あん時も言うたけど・・・俺、大阪来て後悔しとらんよ。、お前さんに逢えたけんが」


「千歳」


「右目ん事で俺自身、塞ぎこんどった。今でもちょこちょこ落ちたりしとるけんがね。
回復するかどうかは分からん。本気で右目だけ見えんくなることだって最悪、自分でも考えとった。
だけん友達も作らんで、一人流れモンごつしとけば
誰にも迷惑かけんでよかろ?やばってん、テニスは楽しかけんね・・・やめられんかった。
そこで、お前さんば見かけたとよ・・・


「わ、私?」




いきなり私が話のメインに立たされて、慌てる。



「テニスの知識も知らんお前さんが、どうしてテニス部に居るのか分からんかったけど
メンバーの皆と仲良ぉ話とる姿見とったらね・・・何か、此処に居っても悪くなかかんしれんって思ったと。
お前さんが俺ば呼ぶたんびに・・・俺も嬉しかった。
こん子は俺の昔は何も知らんけど・・・今の俺を知っとってくれる。
大阪に来てよかったって・・・ばいつも見とるとそう俺自身思うとよね」



「千歳」



「だけん、後悔はしとらんとよ大阪来たことは。やばってん・・・やっぱり、辛(つら)かね」



「え?」




途端、千歳の表情が苦しくなる。
右目を押さえながら、その表情を何とか
私に見せまいとしていた。





「敵同士になって、友達ば・・・あぎゃん風に倒すとは」


「それは、勝負の世界・・・だから」


「自分でも分かっとっとよ、負けられん試合だけんって。やばってん、辛か。
昔ん事とはいえ・・・俺だけじゃなかよ・・・桔平も、多分辛かったと思う。悔しかねぇー・・・何か、やるせなか」


「千歳」




重いため息を零し、千歳は目を閉じて
数秒してその目を開かせ、私を見る。

もちろん右目を押さえていた手も退かして、両目でしっかりと私を見る。





、一つだけお願いしてよかね?」


「え?・・・な、何?」
































「抱きしめさせてくれん?」





「は?・・・ちょっ、ち、千歳っ。何言ってんの、アンタ」







千歳の突然の言葉に、私は戸惑いを隠せない。

アレだけ真剣な話をしといて何言ってんだコイツ。




「白石からは許可は貰った」


「はぁ!?」


「一昨日のん家で激励会んとき」























『白石』

『お、何や千歳』

『ちょっとお願いがあっとだけど・・・・・・よかね?』

『何や?』

『その―――明日・・・多分シングルス2で俺、桔平と当るかんしれん』

『桔平?・・・不動峰の橘クンか。何や、友達か?』

『獅子楽ん時のな』

『まさか、負けるとか言うんやないやろなお前』

『じゃか(違う)。試合は必ず勝つ・・・やばってん、その後・・・俺、多分塞ぎこむかんしれん』

『せやから何や?』

ば、ちょこっと貸してくれんね?』



『もっぺん言うてみ?俺の聞き違いか?』



『(怖い)・・・の彼氏であるお前にこぎゃんこつ言うんはホントバチん当ってもおかしくはなかとよね。
やばってん・・・バチ当たってもよかけん、ば貸してくれんね?頼む』



『試合に勝ったらな。負けたら貸さんぞ』



『ありがとう、白石』


























「・・・・・・」


「す、すまん。何か、物の貸し借りのような会話しとって」


「私は別に構わないからいいとして、とにかくあのアホを一発殴ればいいだけの話ね」




私の知らないところで、あのイケメン・・・本気であの美顔殴ってやろうかしら。
ホント、ビンタじゃ済まされない会話よ。私はモノじゃないってーの!




「やばってん、一言言うとかないかんたい。変に誤解されたら、お前さんたちの仲がこじれるやっか」


「ま、まぁ・・・そうだけさ」


「だけん白石には言うたと。・・・よかね、抱きしめても?」


「私は別に構わないよ」


「すまんね」



そう言って、千歳は私を引き寄せ抱きしめた。
いつもは身長差があるけれど、千歳がベンチに座ってるから
その差も今は充分すぎるほど補えている。

千歳のフワフワとした黒髪が顔に当ってくすぐったい。





「白石はよかね」


「え?」




私を抱きしめながら千歳はそう言う。




「羨ましか」


「千歳?」


・・・抱きしむっだけで、落ち着く。アイツも同じか?」


「た、多分」




まぁ蔵の場合、スキンシップで抱きついてくる事が多いけど。






「ホント・・・よかね」


「千歳・・・泣いてる?」






ふと、体に熱い何かを感じた。
感覚が去年の蔵と似ているだからだ。





「すまん。・・・結構限界来とったごたか。キツかね・・・ホント、あぎゃんやって友達ば倒すとは」



「千歳」



「スマンな、。もう少し、こうしてもらっとってよか?」



「いいよ。私だって千歳にあの日、助けてもらったから・・・胸くらい、いくらでも貸してあげる」



「ありがとう」



「その代わり、私が蔵とケンカして泣いてるときは助けてね」



「んー・・・出来る限り守ってはみるね(勝てるかどうか分からんけど)」



「何か言った?」



「んにゃ」




そう言って、千歳は顔を私の体に隠し静かに涙を零した。

あぁホント・・・男の子って我慢する生き物よね。
蔵も去年の全国負けて・・・我慢して、アレだったから。













それから、しばらくして千歳はすっきりしたのか
皆のところに戻って行った。

私も戻ろうとすると・・・。





「お疲れさん」


「・・・蔵」




蔵が木にもたれ掛かって、横切る私を見ていた。

コイツ・・・立ち聞きしてたな。




「趣味悪いわよ」


「彼女が心配で見に来ただけや、会話はこっからは聞こえてへんから安心しぃ。
ちゅうか、悪いな・・・何や物の貸し借りのような事してしも」


「知らない。お前なんか知らん」


「あ、・・・待ってぇな」




私は会話ごとスルーをした。
が、蔵は何とか私の機嫌を直すべくすぐさま私の後を追い、手を握り止めた。





「ゴメン、ゴメンって・・・・・・・・・・・・


「・・・っ・・・ひっく・・・う」


「いや!あの、その・・・別に、そういうつもりでな、あの千歳に貸したとか
あの・・・決してモノ扱いしたわけとちゃうねんで」


「ち、違う」


「え?」




蔵に手を掴まれた瞬間、私は目から涙を零していた。

別に蔵のことで泣いているわけではない。




「千歳・・・千歳が・・・・すごく、辛そうで・・・友達と、闘うのって・・・凄い辛いことで・・・」





「でも、それは・・・仕方のないことで・・・っ・・・だけど、だけど・・・千歳の目の事とか・・・千歳の気持ちとか・・・。
不動峰の、橘は・・・それ、分かってて・・・でも、やっぱり自分のせいにしちゃってて・・・・・・」





ダメだ、言ってる事がメチャクチャ。

頭の中は整理したはずなのに、口から出てくる言葉は
もう何を言ってるのか分からない事ばかり。


涙が止まれば、きっとそれが出来るのに・・・止まらない。






「千歳・・・いっぱい、いっぱい・・・無理して笑ってて・・・でも、本当は・・・心の中は凄く・・・泣いてて・・・っ」



「スマン・・・自分に辛い思いさせたな」




そう言って蔵は泣いている私を抱きしめてくれた。





「千歳・・・千歳、いっぱいいっぱい・・・辛いこと背負ってて・・・
でも、楽しいって言ってくれて・・・・・皆の居るのが楽しくて
私と居るのも楽しいって言ってくれて・・・・・・それで、それで・・・」



「もう、えぇよ。もう、えぇから・・・分かってる。自分の気持ちも千歳の気持ちも充分、分かったから」



「うっ・・・ひっく・・・うぅ・・・っ」



「ゴメンな、辛かったな。アイツはもう大丈夫や。
せやから泣かんといてくれ。俺も辛いし、自分に本当の気持ち言うた千歳も辛なるから」



そう言いながら蔵は私の頭を撫でてくれた。

それでも私の涙は止まらなかった。



自分と重ねてしまったからだ。



もし、アイツの気持ちを奪ったのが私の友達だったらどうなってただろうとか。
そんな事を考えてしまった。




千歳は今日の試合で・・・過去の自分と、向き合ったに違いない。
でも、それを乗り越える事で・・・また新しい一歩が踏み出せたに違いない。


だけど、私は・・・・・。









「辛かったな・・・よしよし」







向き合うことなく、逃げ続けるばかりで・・・最終的には、蔵に縋ってしまっている。




そんな自分と千歳を重ねてしまい、合ってる部分とそうでない部分があまりにも違いすぎて
千歳の言った「抱きしむっだけで、落ち着く」なんて・・・。





そんなの、嘘なんだから。



私・・・そんな、優しい子じゃないよ。



私・・・わたしは・・・。












自分に嘘つきな子なんだよ。












千歳があまりにも優しすぎて、思い出すだけで涙が溢れて止まらなかった。

だけど、私を抱きしめてくれる蔵はただ私の背中や頭を
優しく叩きながら「よしよし。お疲れさん」とだけ優しく声を掛けてくれるのだった。





千歳・・・・蔵・・・ごめんね、嘘つきでゴメンね。



私、本当は貴方達が思っているほど、優しい人間じゃないの。
とっても嘘をつく子なの・・・嘘をついて、本当の自分を隠しているの。

だから、だから・・・ごめんね。



嘘つきな私でごめんなさい。



(彼の優しさと、彼の愛情に、私はただ涙を流すしかなかった)


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