「・・・・・・」


「風呂でボーっとすんな白石。逆上(のぼ)せるで」


「あ・・・あぁ、謙也か」




夜。

明日が決勝戦というので
俺らは早々と風呂に入る事にした。

俺が一人湯船に使ってボーっとしとったら
謙也が隣に来た。





「お前、大丈夫なんか。昼間倒れたのに、風呂なんか入って」


「平気や。それにあん時は・・・のこと知って、アイツの闇みたいなのが俺に
のしかかってきただけや。めっちゃ重かった」






俺はため息を零して、天井を見上げた。




金ちゃんや千歳の話を聞いて
俺の知らん・・・の姿が現れた。


別に上辺で付き合ってたわけやない。

まぁ最初の頃はな、しゃあないねん。
が・・・跡部クンのこと忘れたくて、どうすることもできんかったんや。





「アイツ・・・ずーっと、あんな重いもん背中に乗せてたんやな。ホンマ、めっちゃ重かったわ」


「何や、あの話聞いて・・・、無理してるように思えてきたわ」


「どういうことや謙也?」




謙也の言葉を俺はすぐさま拾った。




「アイツ・・・要するに、今のお父ちゃんとお母ちゃんに引き取られたんやろ?
っちゅうたらめっちゃでっかい会社やーって
ウチのお父ちゃんが言うてたわ。まぁ跡部んトコよりは規模はそないにデカないんやろうけど
俺ら一般家庭からしてみれば、そらぁもうデカイで」


「せやから何やねん」


・・・もしかしたら、親の前でイイ子演じてんのとちゃうんか?」


「は?」




その言葉に、俺は驚きの声を上げた。

俺らにあれだけのもん隠しとって、育ての親の前で何でイイ子演じなアカンねん。





「何言うてん、謙也・・・育ての親やで?いくら育ての親やからって、何でイイ子演じなアカンねん。
お前も見てたやろ?全国2回戦の時、・・・自分のお母ちゃんと
ちゃぁーんと言葉のキャッチボールしてたやんか」


「いや、そうなんやけど。・・・何ちゅうか、さっきも言うたけどはでっかい会社や。
もしが一般家庭の親に引き取られたとしたら・・・アイツ、成績優秀で居れたと思うか?
俺の予想からしてアイツ普通の家庭に育ってたら、そこそこの成績やったと思うで。
女子とも普通に喋って、普通に女の子してたと思うなぁ」


が・・・無理してるって、お前・・・言いたいんか?」


「俺にはそう感じた。昼間の話聞いてたらな」





そう言いながら、謙也は肩までお湯に浸かりため息を零す。



確かに、謙也に言われたら
そんな気になってきた。


全国模試で1位取るくらいやし、小春と張るくらい頭えぇ。

せやけど、もしそれが――――。





育ての親のため、生活環境のためやったとしたら?






・・・無理しっぱなしやんか」



「多分、アイツ・・・自分の家が金持ちで、めっちゃ凄いとこの会社の娘っちゅうだけで
そのメンツ潰したくないんやろ。せやから、多分必死こいて勉強もするし
親に迷惑かけんとエェ子してきたんとちゃうんか?」



「アイツなら、しかねんな。あーーもう、俺ホンマ最低やんか!」






そう大きな声で叫んで、潜る。





は・・・は、ずっと無理してた。



俺に自分の生い立ちのこと知られたら嫌われるって。


生活環境のことで、捨て子で拾ってきた子供いうだけで親に迷惑かけたくないって。




それで・・・それで、・・・・・・。




あの写真で、あんな寂しそうな顔してたんや。




ホンマは、俺に、自分のお父ちゃんにお母ちゃんに”SOS”の信号出してたんや。




”助けて“って。



”もう無理したくない“って。



”普通に、笑ってたい“って。





そう俺の中で結論付けて、潜らせていた顔を上げる。


水の中で不自由だった息が、戻ってきて
ようやく普通の呼吸が出来るようになる。






「・・・・・・頭冷えたか?」


「おう。俺・・・明日、に謝る。謝って、許してもらうまで謝る。俺がアイツに酷いことして
傷つけたんや。誠心誠意謝って・・・・・・ちゃんとちゃんとと向き合う。アイツ・・・俺に”助けて欲しい“って
せやから・・・俺、と出逢ったんや。俺がアイツの心、助けるために」


「毒舌お嬢様は手強いからなぁ〜・・・お前突き放されるかもしれんぞ」


「それでもえぇ・・・てか、アカン!突き放されても・・・俺、と向き合う、今決めたんや。
アイツの心・・・救ってやれるんは、もう・・・もう俺しか居ないねん」


「おぉ、言いきったな白石」


「俺、明日・・・決勝戦終わったら、んトコ行くわ。もう迷いはないで」


「目が生き生きしてきたなぁ。はぁ〜コレで元に戻ったとき、またお前の惚気聞くと思うと疲れそうやわ」





そう言いながら、俺と謙也は湯船から上がり
脱衣所に向かう。















「あ〜ん、ホンマみんなえぇ体してるなぁ〜」

「浮気か小春、しばくど」

「もぅ、ちょっと見とれてるだけやんか〜」



脱衣所に上がると、小春が嬉しそうに俺らの体をジロジロと見る。
それをユウジが不服そうな顔をして見とった。






「てか、蔵リン・・・気になってんやけど」


「何や、小春」





すると、小春が俺に近づく。
俺は体を拭き、上からシャツを着ようとした瞬間―――。







「背中、痣みたいの出来てるで?」


「え?」


「あ、ホンマや。白石、何や赤い斑点みたいなのあるで」






小春やユウジにそう言われ、俺は鏡越し自分の背中を見る。

確かに言われたとおり、背中のところに赤い斑点・・・まるで、なんかの爪痕・・・みたい。



爪痕。



ふと、その言葉が脳裏を過ぎった。







「白石、どないしたん?」




「へ?あぁ・・・何でも。犯人、ウチの猫のエクスタちゃんやで。
アイツ構え言うて俺の背中に飛び乗ってくる時あんねん」




「なーんや、猫の引っかき傷か」


「まぁ蔵リンの家やったら、有り得るなぁ〜」



「せやで。ほな、俺部屋に戻るわ・・・明日、遅れるんやないでお前ら」




「分かってるわ」

「お前も早よ寝ろや、白石」

「蔵リン、お休みぃ〜」





そう言うて、俺は浴場を後にし部屋に戻った。


部屋に戻ると、相変わらず千歳は居らん。
殴られて・・・今日久々に喋って以降、アイツは俺よりも先に寝るか
後に寝るかのどっちかやった。

せやけど今日に限って、風呂を先に済ませて・・・姿が見えんくなった。






「まぁ、えぇか。アイツに礼を言うんはと仲直りした後や」





無事に仲直りしたときは、俺がアイツの顔殴ったるねん!と
ちょっと心の中で密かに思ってみた。


せやけど・・・さっき、俺の背中にある爪痕。

アレは猫の爪痕なんかない・・・・・・アレは、あれは――――。










「・・・・・・」








が俺に付けた爪痕や。



多分17日に、の部屋でやったときに
アイツが俺に抱きついたとき・・・背中に爪、立てたんや。

ホンマ、こういうところで・・・ヘンに力があるからビビるんやけど
まだ・・・残ってたんやな。


アレからもう5日も経ってるっちゅうのに。




アレから、5日も経って・・・酷いまでにをメチャクチャにして、3日経ってる。


それやというのに・・・が俺の背中に残した爪痕は
人目につくほど・・・くっきり残ってた。



多分、アイツの体にも・・・3日前に、噛み付いた傷があるはずや。

そして、心にも、俺がズタズタにしてしもた傷が。






・・・ゴメンな」





多分、どんだけ謝ってもは許してくれんかもしれん。

せやけど・・・今、やっと本当のの姿が俺には見えてる。
アイツの全部、受け止めてやれるんは俺しか居ない。


は、はずっと一人で寂しい思いして・・・無理してたんや。


せやから、俺が・・・俺がアイツの全部癒したらな。









----------ガチャッ!





すると、部屋の扉が開く。




「おぉ、し、白石か」


「千歳。おまっ・・・どないしんたん、汗びっしょりやぞ」




外から千歳が帰って来た。

せやけど、何やえらい慌てた様子で汗だくやった。





「ちょっとな・・・散歩ばしよって、走りたくなったとよ」


「そ、そうか?珍しいなお前が」


「あぁ。ちょっと風呂に入ってくっけん」


「おぉ。俺、先に寝るけど・・・明日、決勝戦は見にこいや」


「分かっとるよ」




そう言って、自分の着替えを荷物の中から取り出し
千歳は風呂にと入りに行った。



普通の会話、出来たわ。

せやけど何や俺もぎこちなかったし、千歳も何やえらい焦ってた。
そらそやろ・・・あんだけ、俺のこと殴ったりしたんやからな。

俺もようやっと今日、決心したし。



とちゃんと仲直りできたら――――。









「(アイツやっぱり殴ろ)」









そう思いながら、布団の中へと俺は入っていくんやった。


せやけど、俺の知らんところで
最後の騒動が起こっていたことは、知らんかった。


それを知ったのは、明日。

決勝戦が終わって、すぐの事やった。






Come Back Again
(もう一度、もう一度戻ってきて。僕はもう君を傷つけたりしないから)

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