さん、コーヒーはいりますか?」


「あ、はい。ありがとうございます」






私は、さざなみ園にきていた。別に理由はない。
ただ、無性に来たくなった・・・。



まぁ、私が此処に来る理由なんて決まりきっている。





「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」





園長先生からコーヒーを渡され私は一口飲み、窓の外を見る。


雪が静かに降っている。





「今年は大分積もりそうですね」


「えぇ。皆さん、とても楽しそうに雪遊びをしています」


「その後の風邪対策が大変そうですね」


「そうですね」





他愛もない話で盛り上がる。私はカップをテーブルに置いて立ち上がる。





さん?」


「海、行ってきます」


「危ないですからね。なるべく潮の近くに行ってはいけませんよ?」


「はい」




私はコートを羽織り、マフラーを首にかけ雪の降る外へと出た。


一歩、一歩踏みしめるように雪の上を歩く私。
徐々に潮の香りと、さざなみの音が聞こえてくる。


冷たい風が顔に当たり、思わず私はマフラーを口元まで潜らせた。





ふと、香ってくる・・・蔵の匂い。




寒いからって、無理矢理アイツは私の首にコレを巻いてくれた。








『あったかいはずやで』





昨日の彼の言葉が蘇ってくる。


目頭が熱くなる。




寂しい・・・寒い・・・怖い・・・。






こんな時は――――――抱きしめてほしいのに。



















バタン!




「本当にお嬢様はこちらに?」


「俺の勘やと・・・多分、此処しかないと思いますわ」



連れてもろた場所はが育った場所・・・そう、あの施設。
俺がが行きそうな場所で思いつく場所いうたら・・・此処しかない。


俺と運転手さんは車を飛び出し、すぐさま室内へと入る。






「失礼いたします」


「これは魁様。いかがなさいましたか?」


「唐突にお伺いして申し訳ございません。こちらにお嬢様はいらっしゃってませんか?」


「えぇ、来てますよ」





園長先生の言葉に、俺と運転手さんは
顔を見合わせた。そしてすぐさま園長先生の方を見る。





「あの、それで・・・は、どこにおりますか?」


さんなら、寒いのに海のほうに向かいましたよ」





その言葉に俺は踵を返し、室内を出ようとした。





「あのっ!!」




瞬間、園長先生の声に呼び止められた。
俺は振り返り、かの人を見る。








さん・・・・・・大丈夫なんですか?」



「え?」





その言葉に、耳を疑った。
























「寒っ。・・・冬の海って、すっごく寒いのね」



波の音が間近で聞こえてくる。
潮の満ち引きが酷い。天気はもちろん雪だし、荒れているのは当たり前か。



でも・・・・・・―――――。






「寒い」




体も寒いし、心だって。


ふと、私は自分の胸に手を当てる。
心臓の鼓動音が聞こえてくる。其処から分かる「あぁ、私・・・生きてるんだな」ってこと。







「もう・・・いっそのこと止まってくれたらいいのに」





止まってくれさえすれば






この冷たさも




この震えも




この寒さも




そして






この拭いきれない寂しさでさえも。









全 て な く な っ て し ま え る の に。












「何でそうやって泣こうとするん?」



「っ・・・く、蔵っ?!」






すると、突然後ろから蔵に抱きしめられた。
あまりに唐突で心臓が動いていた。


ていうか、何で・・・此処が・・・っ。







「アンタ、何で此処・・・」


「もう自分の行動バレバレやから、何処其処行こうとか考えるんやないで


「うっ、うっさい!離して・・・離してよ・・・っ」


「寂しそうな背中見せつけられたら、抱きしめられずにはいられへんわ」


「!!」





蔵の言葉に、心臓が酷く高鳴った。
涙が・・・零れ落ちる。








・・・。泣かんといてや」


「違っ・・・ち、が・・・っ」





泣いてないって強がってみせるけど・・・本当は寂しいのに。



寂しかったのに・・・。





「ごめんな。寂しい思いさせてしもて。俺、自分の彼氏失格やな」



「違う。蔵の・・・蔵のせいじゃ、ないっ」


「でもな、大事な彼女に寂しい思いとか泣かせたりするんは彼氏としては見逃したらアカンやろ。
昨日、俺がちゃんと・・・こうやって、抱きしめとくべきやった。
に、嫌言われても・・・たとえ、拒まれたとしてもや・・・こうするべきやったんや」


「く・・・ら・・・っ・・・うっ・・・ふっ・・・」





蔵の言葉に、更に涙が溢れ零れた。




あったかい・・・あったかいよ・・・。



本当は、こんな風に抱きしめて欲しかった。
抱きしめてもらえないのは、私が本当の子供じゃないからって、そう、ずっと思ってた。



こんな私のこと・・・誰も・・・。












すると、蔵が後ろから離れ、私を前へと向けた。
でも私は泣き顔を見られたくないがため、顔を伏せたままだった。







「俺のマフラー・・・持っててくれたん?」




彼の言葉に、一つ頷く。




「他のモン持っていかんと、何で俺のマフラーだけ持っていったん?」




蔵の声に、私は震える声で答える。





「よく・・・分かんない・・・。でも・・・でもっ・・・このマフラーだけは・・・持って行きたかった。
蔵が、近くに居るって・・・そう、思いたかったの、かも・・・しれない」






家を出る時、椅子にかけた蔵のマフラーが目に止まった。
コートと簡単なお金さえあればいいって・・・そう思ってた。


だけど、マフラーを目にした瞬間、無意識に首に巻いて家を出ていた。



そして、耳に響いてた蔵の声。






『あったかいはずやろ』






その言葉だけが救いのように思えた。


紛らわすためには、こうするしかなかったのかもしれない。






「さよか。ほんなら、きっと・・・このマフラーが俺のこと呼んでたんやろうな」


「え?」





蔵の言葉に、私は顔を上げた。
顔を上げると、優しく蔵が私の頬を包み込みおでこをつける。







が寂しがってるから早よ迎えに来んかいって、俺に言うてたと思うわ。
こない冷たなって・・・ホンマ、ゴメンな、寂しかったやろ?もう大丈夫やで」


「蔵」
















「俺・・・ちゃんと、の事、抱きしめとくから。これやったらもう寂しくないし・・・これやったらあったかいはずやろ?」









『あったかいはずやろ?』






あの人同じ言葉が心に、零れた。

涙が頬を伝う。






「く・・・蔵っ・・・うっ・・・ふぇ・・・うぅ・・・」


「あー、もう泣かんでえぇって。大丈夫やから。あんま泣くなや、俺が泣かしてるみたいやろ?
ほれ、もう大丈夫やから・・・な、大丈夫やで




蔵は慌てながら、私を抱きしめ背中を叩く。



違うよ。

私、嬉しくて泣いてるんだよ。


アナタの優しさが心に響いて、冷たかったはずの体にぬくもりをくれたの。



もう・・・大丈夫。





私・・・もう、寂しくないよ。
















「せやけど」


「何?」



それから、蔵と手を繋ぎながら浜辺から
施設に戻ってるとき蔵の口から言葉が零れてきた。




「自分の施設の園長先生、怖いな」


「え?どういうこと?」



話題に出ててきたのは、さざなみ園の園長先生だった。





「いやな、迎えに行く前・・・園長先生に言われたんや」
















『あの・・・もし、さんが今の環境に合わないというなら・・・さんを
此方に戻していただけないでしょうか。これ以上、さんに大きな負担をかけるわけにはいきません。
もう・・・これ以上、あの子が悲痛な面持ちで、あの海に向かうのは見てられません。
幸せに出来ないというのでしたら、さんを・・・・・・お返しください』







「園長先生・・・そんな事を」


「仮にも、自分が赤ん坊の時から引き取られるまで世話してたわけやし、言う事はもっともやと思うわ。
今、多分必死に運転手さんが説得してると思うで?戻ったらちゃんと言うんやで



「ぅ、ぅん」




私・・・こんなに、たくさんの人に・・・迷惑かけてたんだ。


目頭が、熱くなる。


コートの袖で目を塞ぎ、私は立ち止まる。
手を繋いでいた蔵が同じように止まる。





?」


「ごめ・・・っ。また・・・涙、出てきちゃった」





私、こんなにたくさんの人に見守られてたんだ。
そう思っただけで嬉しくて、止まった涙が溢れてきた。


バカだなぁ・・・私。

ホント・・・バカだ。



すると、頭を優しく撫でる・・・蔵の手。







「ゆっくりでえぇよ。戻ったら、皆さんにぎょうさん抱きしめてもらい。
そしたらきっと、寒いのも寂しいのもなくなると思うで」


「・・・ぅん」




そう言いながら、蔵と手を繋ぎながら帰った。



施設に戻って園長先生にちゃんと話したら、わかってくれた。
「今でも十分幸せです、もう大丈夫です」って私が言うと、園長先生はホッとした表情で
私を抱きしめて「アナタが幸せなら、それでいいんですよ」って言ってくれた。



魁さんにもいっぱい謝った。
そしたら、魁さんはただ頭を優しく撫でて「お嬢様がご無事なら、それでいいんです」って。
怒りもせず、ただ、ただ優しく私に言ってくれた。



お家に帰ったら、きっと今度こそ怒られると思ったら
お母さんが泣きながら私を抱きしめてくれた。

お母さんが離れると、お父さんが・・・抱きしめてくれた。

そして「あの時、抱きしめてあげれなくてごめんよ」って何度も私に言ってくれた。
それだけで私はまた泣いた。





もう、これで寂しくない。


ちゃんと、抱きしめてくれる人が居る。


ちゃんと、受け止めてくれる人が居る。




もう、寒くないよ。


















「お!雪やん」


「本当だ」






アレから数日が経った。
相変わらず、大阪は寒くてまたしても雪が降ってきた。


思わず空を見上げて降ってくる雪を見る。


瞬間、後ろから抱きしめられた。






「何よ蔵」


「ん?寒いんとちゃうんかなぁ〜って」


「別に大丈夫よ。ホラ、離れなさい」


「イヤや。もうちょっとこうしてたい」


「暑苦しいのわかんないの?」


、酷いわ〜」





そう言って、蔵の腕をすり抜けた。




もう、寒くないよ。



もう、寂しくないよ――――だから。








「蔵」



「ん?何や?」





















「もう、大丈夫だよ。ありがとう」







私の心の雪は、溶けて、優しさに変わった。



寂しくない、寒くない。




皆が、そして・・・・。








「ずっと、側に居なさいよ」





「え?・・・、今、なっ」


「あ〜寒い寒い。肉まんでも食べたい気分〜蔵奢りなさい、お嬢様命令」


「ちょっ、、待ってって!さっき、さっき何て言うたん!?なぁ!なぁって!」







アナタが、側に居れば・・・この、寒さも寂しさも、優しさに変わるから。






Gently-寂しさと寒さは溶けて優しさに-
(皆が、そしてアナタが側に居れば、もう大丈夫)


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