とある日。
俺はの家の庭に転がっとった。
どうやらお嬢様、ただいまピアノの練習中とか?
ちゅうか、ピアノとお戯れ中らしい。
に「構ってくれ」ちゅうオーラを出すも
彼女はそれに気づかず(ちゅうか完全無視状態)で
俺はふて腐れて、庭に出て・・・其処に立っとる木陰で日向ぼっこ。
風が優しくて、何や今にも寝そう。
そんな風が運んでくる・・・が奏でるピアノの音。
あぁ、何や・・・このメロディどっかで聴いた事あるな。
せや・・・アレは・・・確か。
俺が小学校入る前のことや。
幼稚園卒業して、明日が小学校の入学式やっちゅうので
お母ちゃんも姉ちゃんも騒いでた。
俺はというと、近所のテニス教室に行ってて・・・その帰り。
俺は恋に落ちた。
近所に越してきた・・・でっかい家の俺と同い年くらいの女の子。
女の子も自分のお母ちゃんに手ぇ引かれて
歩いとったの覚えてる。
女の子は・・・おぉ、めっちゃ可愛かったわ。
俺はテニス教室の帰りで、その子の姿見た瞬間
「胸がドキドキするわ」とか思た。
帰って姉ちゃんに話したら「そらなぁ、初恋やでクー」と何や騒いでたわ。
次の日も、また次の日も・・・俺は自分の家に帰るたび
その家の女の子のことが気になっとった。
そして・・・ある日。
お母ちゃんにお遣い頼まれて帰ってくるとき。
あの子が庭に出てた。
俺は、思わずその家の門の前で立ち止まる。
庭で女の子が、お手伝いさんらしき人たちと一緒にお花植えてた・・・めっちゃ楽しそうに。
その楽しげに笑う表情に俺はますます心が躍った。
ふと、その子が顔をあげる。
俺と視線が合うた。
「あっ」
俺は思わず声を出してしもた。
その子はすぐさま俺んトコに来た。
「あ、お嬢様っ!」という人たちの声を振り切って。
「何?」
「え?・・・・あぁ、いや、そのぉ」
初対面やっちゅうのに、めっちゃ態度デカかったなぁ。
それは結構鮮明に覚えてるわ。
俺はまだガキンチョやったから、相手の態度に押されとった。
「何見てたの?」
「え?・・・な、何も見てないわ!そっちこそ何やねん!」
「は?」
「初めて逢うた人には挨拶やろ!ウチのお母ちゃんが言うてた」
「・・・・・・こんばんわ」
俺がそういうとその子は素直に挨拶してきた。
態度デカかったけど、物分りはえぇほうやったな。
素直にそういうから俺も「はいこんばんわ」って返した。
「自分、越してきた子やろ?」
「・・・ぅん」
「名前、何て言うん?あ、人に聞く前に自分が言わなアカンな・・・ウチは」
「クー!何してんの、早ようおいで!!」
「げっ!?姉ちゃん」
その子に自己紹介・・・と思った途端、姉ちゃんに邪魔された。
すると――――。
「チィちゃん、お夕食の準備できたから頂きましょう」
「あ、はい」
向こうも、向こうでお迎えが来よった。
せやせや、名前チィちゃんやったなぁ・・・確か。
その子は返事をすると「さようなら」と言って
迎えに来たお母ちゃんらしき人の下へと走っていった。
「あ、もしかして・・・蔵ノ介・・・あの子か、お前の初恋」
「う、うるさい!!姉ちゃんなんか知らん!」
「ちょっ、待ちなさいよクー!!」
俺はそう言って家に帰っていった。
チィちゃんやったな、名前。
懐かしいなぁ、ホンマに。
チィちゃん言うから名前が「ちひろ」とか「ちか」とか・・・とりあえず
「ち」で始まる言葉が名前なんやろうなぁと俺は幼いながらそう思た。
次の日から、俺はチィちゃんと話すようなった。
たまにチィちゃんのお家で遊んだりした。
そのたびにお母ちゃんや姉ちゃんに「お邪魔になりすぎ」と怒られてたなぁ。
でも、俺と遊ぶだけで・・・チィちゃんは楽しそうやった。
「チィちゃん!来たでー!!」
「あ、クーちゃんだ」
向こうも俺の呼び名を覚えとったのか
遊ぶようなってから、チィちゃんは俺のこと「クーちゃん」って言うようなった。
まぁ「蔵ノ介君」言われるよりか、全然こっちのほうが
どっちかといえば言いやすいな。
「チィちゃん、今日何して遊ぶ?」
「クーちゃん、ピアノ好き?」
「え?」
ある日、チィちゃんの家遊び行った時
チィちゃん・・・何やいきなし俺に「ピアノ好き」とか言うてきた。
まぁ別に嫌いやなかったから――――。
「チィちゃん、ピアノ弾けるん?」
「ちょこっとだけ」
「へぇ〜凄いなぁ。ウチテニスしか出来んねん」
「テニス楽しい?」
「おう!めっちゃ楽しいで!!チィちゃんもしてみぃひん?」
「いい。私今からピアノ弾きに行くの・・・クーちゃん、来る?」
「えぇのん?・・・チィちゃんのピアノ聴いてみたいわ!!」
俺が目を輝かせそう言うと、チィちゃんは少し恥ずかしそうに
門を開けて、俺を中へと入れてくれた。
しばらくでっかい家ん中歩いて、ピアノが置いてある部屋に行った。
其処の部屋の空気は温かく
窓から差し込む陽の光と、庭に植わってる木の葉が揺れ動いてた。
「チィちゃん、何弾くん?」
「知らない。でもお母さんが好きっていう曲練習してる」
「へぇ〜」
すると、チィちゃんは楽譜を譜面台において
ピアノを弾き始めた。
音楽の事とかよぉ分からん。
でも、子供のピアノ・・・全然音がバラバラやった。
せやけどそれでも時々滑らかな音を奏でるから
それだけでも眠くなりそうやった。
「チィちゃん、音バラバラやん」
「練習して・・・お母さん喜ばせるの。クーちゃんは黙っててよ」
「ふぅーん、でも上手やな。ウチ、ピアノ弾けへんから・・・ピアノ弾けるチィちゃんカッコエェわ」
「・・・・・・」
「チィちゃん、どないしたん?」
そう言うと突然、チィちゃんのピアノ弾く手が止まった。
俺は気になって椅子に座ってるチィちゃんのところに行くと・・・チィちゃんの顔、真っ赤やった。
「チィちゃん、照れてるん?」
「ち、違うもん!」
「褒められて、照れてんねやチィちゃん。えぇやん、褒められて照れるのは恥ずかしい事やないで」
「クーちゃん」
俺がそう言うと、チィちゃんは
何かを悟ったかのような目をしとった。
多分、褒められた事ないんやろうか?とか思ったけど
チィちゃんのお母ちゃんは別に厳しい人やなかった。むしろ娘を溺愛する母親・・・みたいな感じや。
「ありがとう、クーちゃん」
「え?」
途端、チィちゃんが俺に微笑んだ。
その笑った顔・・・めっちゃ可愛かったの覚えてる。
おぉ、相当可愛かったわアレは。
ホンマ、が素直に微笑むのとえぇ勝負やな・・・とか今更ながらそう思た。
俺の初恋は、ずーっと続くと思てた。
せやけど、初恋は実らん!よぉ言うわれとったのも事実。
チィちゃんと楽しく過ごして1ヵ月後。
突然彼女の家に大きなトラックが止まってた。
何や家具運んだりしてた。
もしや、と思い・・・近くに立ってたお手伝いさんらしき人に声かけた。
「あのー」
「ん?・・・あぁ、お嬢様とよく遊んでいらっしゃった方ですね」
「はい。あの、何してるんですか?」
「急にお嬢様のお父様が大阪を離れて東京に行かなければならない事情が出来てしまい
ただいま引越しの準備をしている所です」
「え?・・・それって、チィちゃん・・・居らんくなるんですか?」
「そう、なりますね」
酷い話やった。
父親の事情で、チィちゃんは東京に行かなければならなくなったのだ。
チィちゃんはずっと大阪に居る・・・俺はそう思てた。
せやけど、やっぱり別れは突然来るし・・・初恋も実らんちゅうことも・・・全部分かってたはずや。
「あ、クーちゃん」
「チィちゃん」
すると、中からチィちゃんが出てきた。
お母ちゃんに手を引かれて・・・・・・。
チィちゃんはお母ちゃんから離れて、俺のところに来た。
「クーちゃん、私ね」
「ヒドイで、チィちゃん。ウチに、何も言わんと・・・どっか行くやなんて」
「ごめんね、クーちゃん」
「チィちゃんと、ずっと一緒に居れるって・・・思ってたんに・・・チィちゃん、ひどいわ」
「ごめんね・・・ごめんね、クーちゃん」
「もう知らん!チィちゃんなんか知らんわ!!東京でも何処へでも行けばえぇやん!!チィちゃんの顔なんか見たないわ!!」
「クーちゃん!!」
子供ながら酷い事言うたなっていうのある。
子供やから分からんかったっていうのあるし
子供やから別れるのイヤやっていう思いもあった。
ずっと、ずっとチィちゃんと一緒に居れるって信じてたんや。
俺の初恋もいつかは実る!そう、信じてたんや。
せやけど、神様残酷すぎ。
俺の初恋見事に砕いてくれたからなぁ。
でも、最後に酷いこと言うて別れるのは後味悪すぎる。
よぉドラマ観ててそんな風に思た。
せやから・・・・・チィちゃんが行く間際。
「チィちゃん」
「ぁ・・・ク、クーちゃん。あ、あのね!」
「チィちゃんにコレ、やるわ」
「え?・・・種?」
俺がチィちゃんに差し出したのは、なんかの種やったな。
多分俺が後で育てよう大切に持ってた毒草の種や。
珍しい種とちゃうねん、ただ俺がその時「コレは貴重な種や」と勘違いしとった種。
まぁ毒草の種っちゅうのを伏せて、俺はチィちゃんにそれを渡した。
「ウチがコレ、大切にしてた種や。チィちゃんにやるわ」
「え?・・・で、でも・・・クーちゃんが大切にしてたの・・・もらえない」
「えぇから。チィちゃんにやる・・・んで、コレ・・・ウチの代わりに育ててくれへん?
んでウチ、大きくなったら・・・チィちゃん迎えに行く・・・それまでコレ、枯らすなや。
ウチが迎えにいくまで・・・大切に、育ててや・・・チィちゃん。約束やで」
「クーちゃん。・・・・・・・・・うん」
そう言ってチィちゃんは泣きながらそれを受け取った。
次の日から、チィちゃんの居ない日やった。
ぎこちないピアノの音も、俺と楽しく遊んだ声も・・・全部、其処からなくなった。
今なら、分かる・・・確かあのピアノの題名・・・えーっと・・・・・・。
「何してんの蔵?」
「お、や」
ふと、目を開けるとが上から俺を見とった。
「ピアノとのお戯れは終わりましたか?」
「意味分かんないし。ていうか、何?寝てたの?」
「自分が俺を相手にしてくれへんかったからふて腐れてただけや」
「いつも構ってあげてるじゃない」
「いつも以上に構って欲しかったんや俺は」
「あっそ」
「愛がないで〜」
「はいはい」
そう言ってが俺の元を離れて行った。
手には小さなジョウロ。
今から花の水やりか?と思いながら
俺は寝転ばせていた体を起こし、木に持たれかかった。
「なぁ」
「何?」
「さっき、何弾いてたん?」
「え?あぁ、ピアノ?・・・お母さんが好きだって言うから、弾いてたの。
聴いたことない?・・・パッフェルベルのカノン」
「おぉ、アレか」
せやせや、チィちゃんのピアノが確かそれやった。
ぎこちないメロディーやったけど、何や懐かしい。
が弾いて、風に乗ってきて俺ん元にやって来た。
まるで風が歌ってるみたいに聞こえたわ。
「お母さんが好きだからっていうので一生懸命練習したなぁ〜・・・小さいとき、もう聴けたものじゃなかったし」
「そうなん?」
「そうよ。近所の男の子が『音がバラバラ』って言ってた。それ以来必死こいて弾いたわ」
「え?」
音が・・・バラバラ。
の言葉に、俺はふと思い出した。
せや俺がチィちゃんにカノンを弾いてもらったとき
あまりにもぎこちないので『音がバラバラや』って言うたことある。
え?まさか・・・が?
有り得へんやろ?・・・あの可愛いチィちゃんが
毒舌娘に成長するわけないやん!
有り得へん、有り得へん。
そう自分の中で=チィちゃんというのを掻き消した瞬間
庭の風景に似合わない、植木鉢がポツンと見えた。
さっきは気づかんかったけど、は何や・・・庭の花に水やりちゅうよりも
その植木鉢の中のモンに水やってる感じやった。
「庭の風景と合うてへんな、その植木鉢」
「え?・・・あぁ、コレは特別な植木鉢だから。私が自分で水やりしてんの」
「へぇ〜。何が植わってるん?」
「その近所の男の子から貰った種の植木鉢よ。自分が大切にしてる種を私にくれたの。
大きくなったら迎えに来るから、それまで枯らさないでくれって・・・言われたから」
「な、なぁ・・・その植木鉢の中の種の、花って・・・何?」
「え?・・・あぁ、確か・・・福寿草(ふくじゅそう)だったかな?植物に詳しい人に見てもらった。
コレ、アンタの大好きな毒草よ?だからってあげないからね。コレは約束の種なんだから」
の言葉に、俺の脳裏から鮮明に蘇るあの日の記憶。
『ウチがコレ、大切にしてた種や。チィちゃんにやるわ』
『え?・・・で、でも・・・クーちゃんが大切にしてたの・・・もらえない』
『えぇから。チィちゃんにやる・・・んで、コレ・・・ウチの代わりに育ててくれへん?
んでウチ、大きくなったら・・・チィちゃん迎えに行く・・・それまでコレ、枯らすなや。
ウチが迎えにいくまで・・・大切に、育ててや・・・チィちゃん。約束やで』
『クーちゃん。・・・・・・・・・うん』
俺がチィちゃんに上げたのは・・・そう、福寿草の種。
ただ、コイツはちょっと珍しいんや。
春だけに花咲いて、夏までに光合成して
それ以降・・・次の春が来るまで地下で過ごす・・・スプリング・エフェメラル。
スプリング・エフェメラルっちゅうのは福寿草みたいに
春咲いて、夏までに光合成して次の春が来るまで地下で過ごす草花の総称を言うんや。
別名では【春の儚いもの】【春の短い命】っちゅうのもある。
でも・・・毒はあるで。
芽が出だした頃は、フキノトウと間違えやすくて
誤って口にする奴が多いねん。
根には民間薬として使われる成分多いけど
副作用で毒がある・・・下手に素人が口にすれば死に至ることもあるんや。
って、何俺、熱く語ってんねん!そんなことやないわ!!
福寿草の種を俺あげたんはたった一人・・・チィちゃんだけや。
ぎこちないピアノの音に、福寿草の種。
でも、まだ確信が持てない。せやから、最後の質問。
「なぁ、」
「今度は何?」
「自分・・・小さい頃、何かあだ名とかで呼ばれてへんかったか?」
「え?・・・あぁ、あったわよ。名前に似合わず、チィちゃんって言われてた。
名前と全然関係ないあだ名でしょ?お母さんが身長が低いからちゃんじゃなくて、あの時は
チィちゃんって呼んでたわ。たまにお手伝いさんからもチィお嬢様って呼ばれてこともあったわね・・・ウフフ」
やっぱりや。
そうか・・・そうやったんやな。
俺の初恋・・・実ったで。
大分、遠回りしたけどな。
「あ、そういえば・・・福寿草の種くれた男の子も、”クーちゃん“って呼んでたわ。
蔵も、たしか・・・”クーちゃん“って呼ばれてるわよね?でも、違うわよね・・・あのクーちゃんとアンタは見た目からして違うし」
「男の子は成長するとちゃうねんで」
「私の知ってる”クーちゃん“は可愛い子だった。アンタはイケメンで毒草バカの健康オタクでしょ?
私の知ってる”クーちゃん“はきっともっとイイ男になってるわね」
「エェ男なら自分の目の前に居るやん」
「は?アンタ、頭大丈夫?」
「酷いで、」
そのクーちゃん・・・俺やで。
気づいて欲しいけど、何や・・・気づかんでほしいような気分や。
でも、俺の初恋は・・・ようやっと実ったわ。
大分時間かかって
大分遠回りしたけど
ちゃんと、神様・・・見ててくれてたんやな。
が大事に、俺のやった福寿草の種育ててくれたから
俺また自分の目の前に居るような気ぃするわ。
小さい頃のクーちゃんやのぅて
大きくなった、白石蔵ノ介として。
もう、絶対
離れたりせぇへんで。
「あ、お昼・・・チーズリゾットあるよ」
「ホンマ?んちのチーズリゾット好きやねん。でも、はもっと好きや」
「チーズリゾット没収」
「ちょっ、酷いで。それ堪忍してや」
俺は立ち上がって彼女の隣を歩く。
の隣に並び、俺は彼女の手を握る。
「何?」
「えぇ風やなぁって。なんや、風が歌ってるみたいや」
「・・・そうね」
俺がそういうとは微笑みながら答えた。
「なぁ、知ってるか?」
「何が?」
「福寿草の花言葉」
「うぅん、知らない」
「福寿草の花言葉は【永久の幸福】、【思い出】、【祝福】なんやって」
「へぇー・・・・・・・・・思い出かぁ。クーちゃん、今頃何してるのかなぁ」
「逢えたらえぇな。そのクーちゃんに」
「どうしたの?やけに素直ね・・・相手男の子だって言うのに。いつもだったら、逢うな!とか言いそうなのに」
「昔の話やろ?それに、そのクーちゃん現れても俺勝つ自信あるし。は俺のやーって、な」
「何それ」
俺の言葉に、はクスクスと笑う。
お前は、それを思い出って捉えたけど・・・・・・俺はちゃうねん。
俺にとってそれは【祝福】であり、【永久の幸福】や
また逢えたことを、神さんが祝福してんねん。
それでな、ずーっと幸せでおれや・・・って言うてるような気ぃすんねん
風は小さな歌を歌いながら、無邪気に木々を揺らす。
そして、風に乗せて運んできたのは
滑らかなピアノの優しい音と、幼い日俺が渡した種・・・そして――――。
「」
「何?」
「好きやで」
「ゎ、私も好きだょ」
幼い頃、初めて恋した君だった。
(無邪気に揺れる木々は風が奏でる小さな恋の歌だった)