「ただいま」

「おかえり」



家に帰ると、玄関先で
2階から降りてきた姉ちゃんとばったり会った。

俺は靴を脱ぎ、リビングに向かう。





「クー。アンタ、何処行ってたん?」


んち」


「アンタ、お邪魔になりすぎ。ウチにも呼びぃーよ」





リビングに向かう途中、俺は姉ちゃんにそう言われた。

まぁ確かに俺
の家ばっかりで遊んでる。

いや、の家のほうが・・・まぁな、色々と出来んねん!

小姑みたいにやかましゅう言うてくる姉ちゃんに
俺はすぐさま反論する。





「呼んだやろ、いっぺん」

「まだ一回しか呼んでないやん!・・・もっと頻繁に呼びなさい」

「姉ちゃん、何するつもりや?」

「お前の昔話すんねん」

「やめろ。そういうことするからウチに呼びたくないんやドアホ」





「何やと!?」と姉ちゃんの怒りに触れるも
俺は何事もなかったかのように、リビングに入る。






「あら、クーちゃんお帰り」

「ただいま、お母ちゃん」





リビングに入ると、キッチンでお母ちゃんが夕飯の準備をしとった。

俺は食卓の椅子に座り、テレビを付ける。
ふと、今日のことを思い出した。








「なぁ、お母ちゃん」

「ん?どないしたん?」

「チィちゃんって覚えてる?」





昼間。

俺は衝撃的事実を知った。

小学校上がった頃に初恋をしてた
チィちゃん・・・実はそれが俺の彼女・ということが分かった。

確かお母ちゃんも、その時
チィちゃん()の家のお母ちゃんと何や話してた、はず。






「チィちゃん?」

「あ、それってもしかして・・・お前の初恋の子やろ?」

「何で姉ちゃんが覚えてんねん」






お母ちゃんに問いかけたのに、答えたのは
リビングに一緒に入ってきた姉ちゃんやった。

よぉコイツは人のことは覚えてるわ。




「あー、あの子か!!クーちゃんがよぉ遊んでた女の子やろ?」


「せや」


「えらい懐かしい話引っ張り出してきたな。どないしたん、クー?」


「え?・・・い、いや・・・別に」



姉ちゃんに問われ、俺は何とか言葉を濁した。



言えるわけないやろ。
実はがチィちゃんやったなんて。

の家にあった福寿草の植木鉢や
あのピアノの音、それからその『チィちゃん』ちゅう名前。

それらが揃うまで・・・俺はめっちゃ遠回りして、気ぃついた。





「ふーん。チィちゃん、えらい可愛かったなぁ。今何してんねやろ?」


「さぁな。俺とタメやし・・・どっかの中学にでも通ってんのとちゃうん?」





我ながらえぇ嘘や。

ホンマはめっちゃ俺の近く・・・彼女っちゅうポジションに居るで。





「えらいべっぴんさんになってたりして。元の作りがえぇと、成長したらお前みたいになるからな」


「どういう意味やそれ」


「成長したら人間変わるっちゅうこと。お前も昔は可愛かったんに、何でこんなイケメンになんねん。弟やなかったら襲うわ」


「自分が俺の姉ちゃんやなかったら、自分のこと殴ってるわ」





ホンマに至らんこと言いよって・・・コイツは。



まぁ確かにな・・・、可愛かったで・・・チィちゃん時代は。
今は言われてみれば・・・美人や。


誰もが振り返る・・・美人やで・・・・・・黙ってれば。


喋ったら、毒のついた針が飛んでくるから危ないねん。
それ食らった最後・・・ホンマ立ち直るのにも時間かかるわ。
まぁ俺はもう慣れたけどな!





「ホンマにねぇ、チィちゃんどうしてんねやろなぁ?」

「クーの初恋はそれやもんなぁ〜。今度ちゃんに話したろ」

「や、やめれ!!話しせんといて!!」





俺は机を叩いて、立ち上がった。


マジでやめろ。
俺が『クーちゃん』やってのがバレる。





「クーちゃん、どないしたん?」


「な、何や急にムキになって」


「や、やかましいわドアホ!ご飯、出来たら呼んで・・・宿題してくるわ」




そう言って俺は、自分の部屋に行く。


これ以上、此処に居ったら口滑りそうで怖いわ。





とにかく俺の初恋は実った!
それでえぇねん・・・せや、それでえぇねん。


たとえ、アイツが俺やって・・・・・・気ぃつかんでも。


















2日後。







「クーちゃん」


「何、お母ちゃん?」




部活が終わり、家に帰ってくると
お母ちゃんが嬉しそうに俺んトコにやって来た。

手には、大きな・・・アルバム。




「どないしたん?」


「これこれ。クーちゃんがこの前、チィちゃんっちゅう女の子の話したやろ?
それで、お母ちゃん・・・アルバム引っ張り出して探したら・・・ホラ、あったで」





お母ちゃんは、アルバムのページを開いて
俺に見せた。俺はそのページに挟まっている写真を見る。







「あっ」





其処に映っとったのは――――。









俺と・・・チィちゃん。







コレは確か
俺がテニスの関西ジュニア大会で優勝したときの写真やった。


丁度チィちゃんと仲良くなりだして
試合があるから観に来てなーって言うたら
ホンマにチィちゃんが来てくれて
俺、それで優勝したんやっけ?

そのときに撮ったヤツや。



小学校入りたての男の子には
抱えきれんほど大きな優勝トロフィーが右隣に。

左には・・・俺がチィちゃんの手を握って
2人で笑って・・・写真、撮ったな。






「この子・・・ちゃんに似てるな」



「え?」





するとお母ちゃんが突然そんな事を言うてきた。






「ちゅうか・・・ちゃんやろ?」


「お母ちゃん・・・何で?・・・何でなん?」





まるで全部知ってたかのように
お母ちゃんが俺にそう言う。

知らんはずや・・・チィちゃんがやなんて。
俺は一言も言うてへん。






「クーちゃんが、お邪魔してたお家やもん。ご挨拶くらい行かんとアカンやろ?
ご挨拶に行ったとき・・・お名前、教えてもろたんや。ちゃんっちゅう可愛らしいお名前を」


「何や、俺言わんでも・・・知ってたん?」


「当たり前やで。クーちゃんのお母ちゃんやもん」


「お母ちゃん」





母は強し・・・とはまさにこのことや。

お母ちゃんは最初っから、知ってた。
多分をウチに連れてきたときに
全部が繋がったんやろうな、と俺はこの時そう思た。



















次の日。
学校に行ったら、大変な事になった。





「どないしよ、謙也」

「何や、白石」









に避けられてる」






そう!

になーぜーか!避けられてる。


朝、声を掛けても


廊下で、すれ違っても


ちょっと、手を振っても


何故か避けられてる。








「お前らまたケンカしたんか?」

「してないわ!俺何にもしてない!!」

「なら知らん」

「助けるとかせんのかい!!」

「お前らのゴダゴダに巻き込まれる俺らの身にもなれや」







謙也にそう言われ、俺は黙った。

ホンマ、俺何かしたか?

昨日は普通どおりやったし
まぁ手を振って、返したことは一度もないけどな。

それでも!


思い当たる節はない。

原因が分からん。






「俺、ヘコむわぁ」

「ヘコんどけ勝手に」





ホンマ、ヘコむで。
俺・・・マジで何したんやろ?












から避けられて、昼休み。


の手作り三重箱弁当目当てに
相変わらず屋上に行く。

が、屋上に行く一歩前の扉。
俺はドアノブを掴みながらため息を零す。


ホンマ、此処で居らんとかだったら
俺・・・食堂行く・・・ちゅうか泣くで。と思いながら
ドアノブを捻り、扉を開ける。







「・・・・・・おったわ」





青々とした空の下、手すりに寄りかかり
町の風景を見つめるの後姿が目に飛び込んできた。

あぁよかった・・・此処には居ってくれた。
俺は安堵のため息を零し、ゆっくりと彼女に近づく。










「・・・・・・っ!?」




俺が名前を呼ぶと
は振り向き・・・瞬間、顔が赤くなる。



は?

え?俺・・・名前、呼んだだけやで?

いつものことやん・・・何でそこで顔赤くするん?



と、心の中で思わずツッコミを入れつつ
の元に行く。






、どないしたん?顔真っ赤やで・・・熱でも」


「来るなバカ!!」


「え?」




近づこうとしたら、いきなり「バカ」って言われたわ。

何か・・・ヘコむで。






「も・・・もう、アンタの顔なんか・・・・・み、見たくない!!」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!昨日の今日・・・態度が違いすぎるわ。どないしたん、?」


「う、うるさい!!あー・・・もう、もう・・・・・・もう・・・ムカつく!!」


「ワケを話してくれ。意味が分からん・・・朝から避けっぱなしで、俺何かしたんやったら謝るで?」





うん。
何かしたんやったら謝る。

いや、そうやなくても俺謝りそう。







「乙女の純情返して」


「は?」





え?いきなり、何?





「もう!何で、何で・・・よりによって・・・・・・」







































「こんなに近くに居たのよ・・・・・・バカ」





・・・お前」





するとは顔を真っ赤にして、ついには泣き出した。


もしかして。

こっからは俺の推測。


多分昨日、俺と同じことがにも起こったんやと思う。

のお母ちゃんが、俺と映ってるなんかの写真を見せて
それで・・・多分、俺のお母ちゃんが挨拶に行ったとき
「ウチの蔵ノ介が〜」とか言うたんやと思う。

お母ちゃんがの名前覚えてたくらいや・・・のお母ちゃんも同じやと思う。







「もう・・・もう、ワケ分かんない・・・っ」





「赤の他人って思ってペラペラ喋って、蓋開けてみたら・・・最悪すぎるっ」





「わ、笑いたきゃ笑いなさいよ!!どうせ、どうせ・・・アンタにとってはどうでもいい事なんだから!!」


「そんなわけないやろ!!」






の言葉に俺は彼女を引き寄せ、腕の中に収めた。

腕に思わず力が入る。






「何言うてん。どうでもいい事なワケないわ・・・俺、めっちゃ嬉しいんやで」


「嘘・・・ぅそよ」


「嘘ちゃう、ホンマや。俺の初恋は・・・自分やで、


「・・・く、ら」






思い出したのは、ちょっと時間かかりすぎた。

でも、思い出してみたら・・・めっちゃ嬉しかった。






「こんな近くに、俺の好きだった子が居って・・・それももう、俺の彼女さんになってて・・・ホンマ、それだけで幸せ尽くしや」


「ゎ、たし・・・私・・・っ」


が、俺のあげた福寿草育ててくれたから・・・俺、自分の目の前に居れる様な気ぃするわ」


「蔵」






俺は腕の力を抜き、泣いてるのおでこに
自分のおでこを付けた。






「ピアノ」


「ん?」


「ピアノ・・・いっぱい、練習したの。・・・もう一回、聴かせたくて・・・ちゃんと、弾けるように・・・なって・・・それで、それで」


「うん、聴こえてたで。めっちゃ上手かった」


「音、バラバラじゃない?」


「バラバラとちゃう。上手かった言うてるやん・・・嘘やないで、ホンマに言うてんねんで」





俺が優しくそう言うと、の瞳から
涙が零れ落ちる。

指でそっとそれを拭う。







「ゴメンな、ちょっと遅なって」


「普通なら早いんじゃないの?まだ中3だよ・・・高校生とか、大学生になってたら分からないけど」


「俺の中では遅い。去年くらい・・・気ぃついとけばよかったんや。せやから、遅いねん」


「そんなもん?」


「そんなもんやで」






ふと、笑みが零れた。

でも彼女も釣られて笑ってくれた。







「福寿草の花言葉、覚えてるか?」


「え?・・・ぅ、ぅん・・・お、【思い出】」


「他には?」


「えーっと」


「【永久の幸福】、そして【祝福】や」


「永久の幸福・・・祝福・・・」


「神さんが俺らがまた逢えたこと、祝福してんねん・・・それでな、ずーっと幸せでおれやって言うてんねん」








俺は、数日前
自分の心の中で思たことを彼女に言い聞かせた。





「今度、の近くで・・・パッヘルベルのカノン・・・弾いて、聴かせてな」


「・・・・・・ぅ、ぅん」




彼女はそうぎこちなく答えた。










「よぉやっと逢えたわ。・・・ホンマ、めっちゃ嬉しい」


「・・・私も、逢えて嬉しいよ」





青々とした空の下。

そう言葉を交わしあい、優しく唇を重ねた。




―――もう離れないと誓うように―――







風が運んだ小さな恋の歌は

数年の時を経て、僕らの元に響き渡った。


思い出の曲が風に舞い踊り

約束の福寿草の花が咲き誇った。




再び出逢えた祝福と・・・永久の幸福を願うように。








(少し遅くなったけど、ようやく僕等は巡り逢えたね)

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