「久々に、ちゃんのカノン聴きたいなぁ」


「え?」




お昼を食べ終わると、コーヒーを飲みながらお母さんがそんな事を言ってきた。
カノンとはあの有名な【パッフェルベルのカノン】のこと。




「どうしたの、急に?」


「何かこんなお天気の良い日はちゃんのピアノ聴きたいなぁって・・・・・・ダメかな?」


「うぅん。たまに弾いておかないと腕鈍りそうだから、いいよ」


「ホント!・・・あー、でもお母さんお仕事しなきゃ・・・ちゃんの側で聴いてたいのに」


「ピアノの部屋開けっ放しにしておくから・・・お母さん此処でお仕事してていいよ。ピアノの音
反響して聴こえてくると思うし」


「そう?ありがとう、ちゃん」







軽く会話をして、私は席を立ちピアノのある部屋に向かう。


ピアノの部屋の扉を開け、私はピアノへと向かう。
椅子に腰掛けて、ピアノの鍵盤の蓋を開け、カバーを外し
鍵盤に指を置いて、カノンを弾き始める。



もう、譜面が無くても弾けるくらい・・・私はこの曲を弾く事が出来る。



お母さんのために練習したのもそうだけど・・・あの子の為、私はこれを必死で練習した。








ーっ」


「蔵」





すると、其処に彼氏である白石蔵ノ介がひょっこり顔を出した。
私はピアノを弾く手を止め、彼を見た。






「何してんのん?」


「見て分からない?ピアノ弾いてるの」


「あ、あぁ、さいですか」




私の言葉に、蔵は苦笑いしながら返事をした。



「ちゅうか、自分ピアノ弾けたん?」


「そりゃね。子供の頃から少しだけど齧ってたし・・・ある程度は弾ける」


「ふぅーん。・・・なぁ、そんなことよりデートせぇへん?せっかくの休みなんやし、デートしようや」


「イヤ。ていうか、私今忙しいの。デートしてる暇なんて無い」


ー・・・デート」


「駄々こねないで」




蔵のお得意(?)の駄々こねが始まった。

これに私が隙を見せてしまえば、彼はすぐさまその隙に付け入り
自分のペースへと持ち込んでいく。

自分のペースに持ち込ませまいと私は必死に抵抗。
そして彼と視線を合わせないように、ピアノに向かう。




〜・・・デェ〜ト〜」


「しない」


「お嬢様ケチやんなぁ」


「うっさい」


「あー、もうえぇわ。ほな、俺はお嬢様のお宅の庭の散策でもしよかな」


「はいはいどうぞご自由に」




私が邪険に扱うと、蔵は渋々部屋を出て行った。
そんな彼の後姿を見送った私は、ため息を零しピアノに向かう。




明るいリズムと、軽快な指運び。

優しい曲が、家中に・・・もしかしたら、外にも響いている。





練習した。


あの日から、ずっと・・・この曲だけを。




この曲には私は思い入れがあった。

最初はお母さんが好きだったから、お母さんに喜んで欲しいからという
理由だけで弾いていた【カノン】。

だけど、あの日を境に・・・この曲を一生懸命する理由が増えた。



















小学校上がりたての頃。

お父さんの仕事の関係上、大阪に越して来た事がある。
あの時は何処辺りに住んでたっけ?・・・確か、梅田近くだったような気がする。



あの時は少し、家族にも遠慮しがちに過ごしてた。
だけど、自分なりに少しずつ歩み寄って行こうという努力をしていた時期だった。


学校も、通うはずだったけどいつ引っ越すか分からなかったから
学校には通わなかった。だから友達が・・・居なかった。




だけど、近所の男の子が私に目を止めていた。

それも、毎日・・・何処かの帰りみたいな感じで、ウチを見ては・・・走って帰って行った。





そんなある日だった。

庭で花の種を、お手伝いさん達と埋めていると・・・門の前に、いつも
ウチを見て帰る、あの男の子が居た。

ふと、彼と視線が合った。



私は立ち上がり―――。




「あっ、お嬢様!」



お手伝いさんたちの声を振り切り、私は門の所にいる男の子の所に行く。





「何?」


「え?・・・・あぁ、いや、そのぉ」




私の声に目の前の男の子はたじろぐ。
自分でも思い出したらあの時、もう少し良い言葉は無かったのかと後悔した。

でも幼かった私にそんな余裕も無く
無表情で目の前の男の子と会話をする。





「何見てたの?」


「え?・・・な、何も見てないわ!そっちこそ何やねん!」


「は?」


「初めて逢うた人には挨拶やろ!ウチのお母ちゃんが言うてた」


「・・・・・・こんばんわ」



男の子に指摘され、私は大人しく「こんばんわ」と挨拶をした。
すると彼も「はい、こんばんわ」と返してきた。

関西の男の子って変わった子が多い・・・なんてその時思ってしまった。






「自分、越してきた子やろ?」


「・・・ぅん」


「名前、何て言うん?あ、人に聞く前に自分が言わなアカンな・・・ウチは」




彼が明るく自分の自己紹介を始めようとした途端
遠くのほうで「クー!何してんの、早ようおいで!!」と言う声が聞こえてきた。
彼はその声に「げっ?!姉ちゃん」と、あからさまに嫌そうな声を出していた。


すると――――。




「チィちゃん、お夕食の準備できたから頂きましょう」

「あ、はい」




お母さんが私を呼んだ。


え?名前、なのに、何でチィちゃん?
あの時の私は身長も小さかったから、みんなから「チィちゃん」と呼ばれてた。
時々お手伝いさんたちからも「チィお嬢様」なんて呼ばれ方もされてた。





「さようなら」



私はとりあえず挨拶をして、お母さんの元に駆けた。

お母さんの所に駆け寄り手を引かれ、私は家の中へと入っていく。
でも入って行くとき・・・・私はずっと、あの男の子の事を考えていた・・・クーちゃん。







「チィちゃん・・・どうしたの?」


「何でもないです」


「そう。今日はチィちゃんの大好きなお夕食だからね、たくさん食べてね」


「はい」






お母さんとそんな会話をしながらも頭の中はあのクーちゃんという男の子の事ばかり。



次の日から、学校帰りのクーちゃんを私は門のところで待ち伏せ。

初め彼が通るのを躊躇った私は恥ずかしがりながらも「ク、クーちゃん!」と声を掛けると
クーちゃんは「ぁ・・・チ、チィちゃん・・・やったっけ?」と返してきて
私は一つ頷いた。

そこから私と、彼の関わりが始まった。


基本的にウチで遊ぶのが多かった。
まぁ大きいし、お母さんも「チィちゃんのお友達なら大歓迎」と言わんばかりに
クーちゃんと遊ぶのを喜んでいた。



そんなある日、今日もクーちゃんが学校から帰ってくるのを待っていた
私は家の中をうろうろしていると、お母さんの部屋からクラシックが流れていた。

私はそっと扉を開け、中を覗く。




「あら、ちゃんどうしたの?」


「お母さん・・・何聴いてるんですか?」




私の存在に気づいたのかお母さんは、にこやかに私を迎えた。
流れているクラシックに私は気になりお母さんに尋ねた。

お母さんは笑顔で答えた。






「パッフェルベルという人が作った、【カノン】という曲なの」


「??」


「ウフフフ、ちゃんにはまだ難しいかしら?カ・ノ・ン・・・こう覚えればいいわ」


「カノ、ン?」


「そう・・・カノンよ」




初めてその曲を聴いたとき、本当に柔らかい音調で
まるで包まれているようにも感じた。




「お母さん、この曲好きなのよ」


「え?」


「お母さんとお父さんの結婚式のときに流してもらったの。素敵な曲でしょ?」


「・・・・・・お母さんが好きな、曲」




私は耳で一生懸命それを覚えた。

【お母さんが好きな曲】と頭の中でその単語をインプットしてしまい
私は「この人にもっと好かれたい」という一身でピアノ用の楽譜をこしらえてもらい
お母さんを喜ばせたくて、必死に練習を始めたのだった。





「チィちゃん!来たでー」


「クーちゃん」




カノンを練習して、数日。
いつものようにクーちゃんが私の家にやってきた。




「チィちゃん、今日何して遊ぶ?」


「クーちゃん、ピアノ好き?」


「え?」




私は、今日は遊ばずピアノとの睨めっこを試みていたが
相変わらずクーちゃんがやってきたので、追い返すのが申し訳なかったから
何故自分で彼に「ピアノ好き?」なんて尋ねたのか、思い出したら笑える。




「チィちゃん、ピアノ弾けるん?」


「ちょこっとだけ」


「へぇ〜凄いなぁ。ウチテニスしか出来んねん」


「テニス楽しい?」


「おう!めっちゃ楽しいで!!チィちゃんもしてみぃひん?」


「いい。私今からピアノ弾きに行くの・・・クーちゃん、来る?」


「えぇのん?・・・チィちゃんのピアノ聴いてみたいわ!!」





彼が興味津々に私に言うから、完全に追い返す気が失せた。
私は譜面を持って、クーちゃんと一緒にピアノの部屋へと足を進め
部屋にたどり着き、ピアノを開けてカバーを取った。






「チィちゃん、何弾くん?」


「知らない。でもお母さんが好きっていう曲練習してる」


「へぇ〜」




まだ名前を曖昧に覚えていて、はっきりとは言えなかった。
とにかく私はピアノの練習をしなければ、と思い譜面台に楽譜を置いて
鍵盤に指を置いて、曲を奏で始める。

クーちゃんも見てるんだし、しっかりやらなきゃ・・・という気持ちが空回ったのか
指がすごくぎこちなく、音が酷く乱れていた。

時々ちゃんと弾けるのだけれど、やっぱり所々音が乱れておかしく聴こえる。





「チィちゃん、音バラバラやん」


「練習して・・・お母さん喜ばせるの。クーちゃんは黙っててよ」


「ふぅーん、でも上手やな。ウチ、ピアノ弾けへんから・・・ピアノ弾けるチィちゃんカッコエェわ」


「・・・・・・」


「チィちゃん、どないしたん?」





初めて、身内じゃない・・・・誰かに褒められた。

それがカッコイイと言われても・・・凄く嬉しかった。
私はその言葉に思わず顔が真っ赤になってしまったのだ。






「チィちゃん、照れてるん?」


「ち、違うもん!」


「褒められて、照れてんねやチィちゃん。えぇやん、褒められて照れるのは恥ずかしい事やないで」


「クーちゃん」





クーちゃんはにっこりと私に笑った。


今まで人と、あまり関わったことのない私だったけれど
彼にだけ何故か素直になれて、その言葉だけで・・・恥ずかしさは何処かへ飛んでいき
素直に喜んだ。




「ありがとう、クーちゃん」


「え?」






初めて、誰かに褒められて・・・素直に喜べた。


彼だけだった・・・私の小さな心に入ってきて、優しく接してくれたのは。
だから私は彼の事が、好きになった。


そう、これが私の初恋だった。



その後お母さんに「クーちゃんと会うたびにドキドキする」と言うと
お母さんは喜んで「チィちゃん、それはね・・・初恋っていうのよ」と教えられたのも覚えている。




あの時の私が、初めて恋した男の子が・・・クーちゃんだった。





この想いが届けなんて、大きくは望まなかった。

ただ、彼が側にいてくれればそれでよかった、それだけで幸せだった。



だけど、幸せは長くは続かないし・・・初恋は実るものじゃないと、知った。









「お家、引っ越すんですか?」


「すまないな、。大阪の方もお父さんの仕事はうまく行ったんだ・・・だから
東京のお家に戻ろうか」


「・・・・・・」


「チィ・・・じゃなくて、ちゃん・・・どうかしたの?」


「・・・クーちゃんと、お別れしなきゃ・・・いけないの?」



ちゃん」





大阪に来て1ヶ月。


別れは突然にやってきた。


お父さんの大阪での仕事が何とか順調に事が進み
もう大阪での仕事をしなくて済むまでになっていた。


大阪の支社がうまく行くまでの期間とされていたのだが
まさかこんなに早く、お父さんの仕事が速く片付くとは思ってはおらず
ましてや自分に好きな子が出来たとなると・・・やはり、離れるのはとても辛い事だった。



そんな東京へと戻る引越しの準備をしている最中に
私はクーちゃんと出くわしてしまった。

向こうは凄く悲しそうな顔をしている。
それにつられて私も・・・悲しくなってしまった。


お母さんの手の元を離れ、クーちゃんのところへと私は駆けた。

何か言わなければいけない。
いや、言わなきゃ・・・自分の気持ちを伝えて、必ずかならず大阪に戻ってくるって。

彼にそれを伝えなきゃと、幼い私は勇気を振り絞って――――。






「クーちゃん、私ね」


「ヒドイで、チィちゃん。ウチに、何も言わんと・・・どっか行くやなんて」


「ごめんね、クーちゃん」


「チィちゃんと、ずっと一緒に居れるって・・・思ってたんに・・・チィちゃん、ひどいわ」


「ごめんね・・・ごめんね、クーちゃん」


「もう知らん!チィちゃんなんか知らんわ!!
東京でも何処へでも行けばえぇやん!!チィちゃんの顔なんか見たないわ!!」


「クーちゃん!!」





勇気を振り絞るどころか・・・彼に謝ることしか出来ず
仕舞いには怒らせて・・・彼は自分の家へと走り去って行った。


傷ついた。


初めて好きになった子にまるで「お前なんか大嫌いだ、あっち行け」と言われたような
気分になってしまい、クーちゃんが走り去って行った後、私はお母さんの胸の中で・・・泣いた。


もうダメだ・・・もう二度と彼に「チィちゃん」と呼んでもらえない。

再び逢うことができたとしても、きっと彼は私を呼んではくれない。


そんな思考が頭の中を駆け巡り、溢れる涙を止めてくれることはなかった。



きっと、もう彼は私を嫌いになったんだ。



だが、大阪を離れる間際・・・彼が、クーちゃんが家の前に来た。
昨日あんなにヒドイ事を言われ、私は怯えきっていた。

でも何か言わなければならないと思い口を開く。





「ぁ・・・ク、クーちゃん。あ、あのね!」


「チィちゃんにコレ、やるわ」


「え?・・・種?」




すると彼は、小さな袋に入った種を私に寄越した。

突然の事で何が何だか頭の中で、理解しようとも出来なかった。





「ウチがコレ、大切にしてた種や。チィちゃんにやるわ」


「え?・・・で、でも・・・クーちゃんが大切にしてたの・・・もらえない」


「えぇから。チィちゃんにやる・・・んで、コレ・・・ウチの代わりに育ててくれへん?
んでウチ、大きくなったら・・・チィちゃん迎えに行く・・・それまでコレ、枯らすなや。
ウチが迎えにいくまで・・・大切に、育ててや・・・チィちゃん。約束やで」


「クーちゃん。・・・・・・・・・うん」





クーちゃんから貰った種を握り締め、私は泣いた。


そして大阪の町と、彼と・・・・・・離れ離れになった。


離れ離れになってしまったけれど、クーちゃんから貰った
種を私専用の植木鉢に植えて、それは私自身が育てるようになった。


だって約束した・・・彼が迎えに来てくれるまで・・・枯らさないと。


そして、ピアノも・・・彼ともう一度会えたときに
聴いてもらえるように必死に練習をした。

ピアノの先生にちゃんと教えてもらいながら、一つ一つ丁寧に弾けるようになり
ようやく、小学校の半ば3年生辺りだったか?・・・それくらいから
譜面も見ず弾けるようにまでなった。



クーちゃんに貰った種。
あれが徐々に大きくなり始め、春先に花を咲かせた頃
種類が分からず、お母さんの知り合いの専門家に見せに行った事があり
そこで花の事を知った。







「フクジュソウ?」


「えぇ。でもこれはとっても珍しい花で、春にしか咲かない花なの。
春に咲いて、夏にお日様の光をいーっぱい浴びて・・・次の春まではずーっと
土の中で過ごすとっても珍しい花なのよ」


「へぇ」


「でも、この花は毒を持っててね・・・蕾の時はフキノトウって言うお花と
よく形が似てるから、誤って食べちゃう人がいるの。まぁ植木鉢に入ってるから
そう簡単に口に入れたりはしないでしょうけどね。素敵なお花をくれたのね、その子は」







<やっぱり枯らしてはいけない>




その人の話を聞いて、私はますますそれを丹念に
そして優しく育てる事にした。

毎年、毎年、春には花を咲かせ、夏に光合成をし
秋冬と土の中に潜り栄養を蓄え・・・そしてまた春には花を咲かせる。


福寿草は、それを何度も何度も繰り返していった。


時間だけが無常に過ぎていったけれど
いつか逢える、必ず逢える、だから枯らさないで待ち続けようと
水を与えるたびにそう、想いを込めた。










「あ、水やり忘れてた」




ふと、福寿草の植木鉢に水を与えるのを忘れていた私は
ピアノの手を止めた。ピアノの椅子から立ち上がり、部屋を早足で出る。




ちゃん、どうしたの?」

「お水・・・忘れてた。あげてこなきゃ」

「あらあら。あ、お母さんお仕事行くからね・・・お昼は白石君来てるみたいだからチーズリゾットにしてあるからね」

「ありがとう、お母さん行ってらっしゃい」



お母さんを笑顔で見送り、庭先に出る。

庭先に置いたジョウロを手に持ち、水を中へ汲み
福寿草が植わった植木鉢のほうへと歩いていく。

すると、植木鉢の近くに植わってる木に蔵が寄りかかって寝ていた。
いや寝ているのか、それとも目を閉じているだけなのか?

とりあえず気になり私は、彼に近づく。
寝ているかもしれないが、とりあえず生存確認。




「何してんの蔵?」


「お、や」



私の声に気づいたのか、蔵が目を開ける。
何だ起きてたのか。





「ピアノとのお戯れは終わりましたか?」

「意味分かんないし。ていうか、何?寝てたの?」

「自分が俺を相手にしてくれへんかったからふて腐れてただけや」

「いつも構ってあげてるじゃない」

「いつも以上に構って欲しかったんや俺は」

「あっそ」

「愛がないで〜」

「はいはい」






相変わらずのセリフに私はとりあえず半ばスルー。

起きてたのならいいか。と心の中で呟き
私は福寿草の植わっている植木鉢に近づく。








「なぁ」


「何?」


「さっき、何弾いてたん?」


「え?あぁ、ピアノ?・・・お母さんが好きだって言うから、弾いてたの。
聴いたことない?・・・パッフェルベルのカノン」


「おぉ、アレか」





ピアノで何を弾いていたのかを聴かれ
私は素直に答えた。

私の答えに、蔵はまるで何かを思い出したかのような反応をする。

珍しい男の子で知ってる子と居たんだ、なんてそんな事を思ってしまった。

久々にそんな声を出すから私は笑みを浮かべ、植木鉢に水をあげながら
話を進める。





「お母さんが好きだからっていうので一生懸命練習したなぁ〜・・・小さいとき、もう聴けたものじゃなかったし」


「そうなん?」


「そうよ。近所の男の子が『音がバラバラ』って言ってた。それ以来必死こいて弾いたわ」


「え?」





クーちゃんが言ってた『音がバラバラ』って。

あまりにも乱れすぎて、ホント当時は聴けたものじゃなかった。
アレに比べたら、今はまだ全然・・・ちゃんと聴ける。


お母さんのためもそうだけど、クーちゃんのためにも、一生懸命練習した。
もう一度・・・もう一度、聴いて欲しくて。







「庭の風景と合うてへんな、その植木鉢」




すると、突然私が水やりをしている植木鉢の存在に蔵が気づいた。





「え?・・・あぁ、コレは特別な植木鉢だから。私が自分で水やりしてんの」


「へぇ〜。何が植わってるん?」


「その近所の男の子から貰った種の植木鉢よ。自分が大切にしてる種を私にくれたの。
大きくなったら迎えに来るから、それまで枯らさないでくれって・・・言われたから」


「な、なぁ・・・その植木鉢の中の種の、花って・・・何?」


「え?・・・あぁ、確か・・・福寿草だったかな?植物に詳しい人に見てもらった。
コレ、アンタの大好きな毒草よ?だからってあげないからね。コレは約束の種なんだから」






初めて花が咲いたときに、すぐに花に詳しい人に見せに行った。

とても珍しい花、でも毒があるって。
最初は驚いたけど可愛らしい花を咲かせていたそれを
私は愛しく感じ、また大切にしようと心からそう思った。




「なぁ、


「今度は何?」


「自分・・・小さい頃、何かあだ名とかで呼ばれてへんかったか?」


「え?・・・あぁ、あったわよ。名前に似合わず、チィちゃんって言われてた。
名前と全然関係ないあだ名でしょ?お母さんが身長が低いからちゃんじゃなくて、あの時は
チィちゃんって呼んでたわ。たまにお手伝いさんからもチィお嬢様って呼ばれてこともあったわね・・・ウフフ」




今はもう呼ばれる事もなくなった小さな頃のあだ名。


「チィちゃん」って呼ばれた頃が懐かしくて
もうあの頃に戻れないとは分かっているけれど、今でもクーちゃんが
心の中で、私にあの時の名前で呼んでくれているような気がした。


あれ?クーちゃんって言えば――――。





「あ、そういえば・・・福寿草の種くれた男の子も、”クーちゃん“って呼んでたわ。
蔵も、たしか・・・”クーちゃん“って呼ばれてるわよね?でも、違うわよね・・・あのクーちゃんとアンタは見た目からして違うし」





そうそう。
蔵も確か家族からクーちゃんって呼ばれてた事を思い出す。

だけど、あの頃のクーちゃんは可愛かったし
成長してたとしても、こんな毒草バカで健康オタクにはなってないはず。

イケメンには変わりないのだけど。






「男の子は成長するとちゃうねんで」


「私の知ってる”クーちゃん“は可愛い子だった。アンタはイケメンで毒草バカの健康オタクでしょ?
私の知ってる”クーちゃん“はきっともっとイイ男になってるわね」


「エェ男なら自分の目の前に居るやん」


「は?アンタ、頭大丈夫?」


「酷いで、





私はいつものように、彼に棘のある言葉を投げた。

ジョウロに入った水がなくなり、私は福寿草を見つめ再び思い出す。





「あ、お昼・・・チーズリゾットあるよ」

「ホンマ?んちのチーズリゾット好きやねん。でも、はもっと好きや」

「チーズリゾット没収」

「ちょっ、酷いで。それ堪忍してや」




相変わらずのセリフに私は聞き飽きて
ジョウロを片手にその場を去ろうとする。

すると、蔵が立ち上がり私の隣を歩く。
そしてさり気に手を握られた。






「何?」


「えぇ風やなぁって。なんや、風が歌ってるみたいや」


「・・・そうね」





優しく風が舞い踊る。
木々を揺らし、髪をなびかせ、優しく無邪気に戯れてくる。

思わずその風に微笑みが出た。



少し、耳に響いてくる・・・カノンの曲。


祝福の歌とされた、あの優しいメロディ。


私は、貴方にもう一度会いたくて・・・貴方のために奏で続ける。
そう、あれは貴方の為の歌。






「なぁ、知ってるか?」


「何が?」





すると、横で私の手を握って
肩を並べ歩いている蔵が私に問いかけてきた。








「福寿草の花言葉」


「うぅん、知らない」






花言葉までは知らない。

教えてもらったのは、花の種類・・・福寿草という花の名前だけ。


私が「知らない」と言うと
蔵はにっこりと笑みを浮かべ口を開いた。






「福寿草の花言葉は【永久の幸福】、【思い出】、【祝福】なんやって」


「へぇー・・・・・・・・・思い出かぁ。クーちゃん、今頃何してるのかなぁ」


「逢えたらえぇな。そのクーちゃんに」


「どうしたの?やけに素直ね・・・相手男の子だって言うのに。いつもだったら、逢うな!とか言いそうなのに」


「昔の話やろ?それに、そのクーちゃん現れても俺勝つ自信あるし。は俺のやーって、な」


「何それ」




蔵との会話に思わず笑みが零れた。

そう、あの頃の私も・・・クーちゃんと話すだけで、素直に笑えた。


離れ離れになって、逢わなくなって・・・全てを殺して、笑う事を感情を忘れてしまった。
だけど、私に感情の全てをまた教えてくれたのは・・・蔵だった。



もしかして、蔵がクーちゃん?ってやっぱり考えてしまうけど
ありえないわよね・・・もう、きっとクーちゃんは忘れているのかもしれない。


でも、それでもいい。




私のカノンが貴方の為の歌。

いつか貴方の心に届いてくれたら私はそれだけでいい。
たとえ覚えていなくても。











「何?」


「好きやで」


「ゎ、私も好きだょ」







突然の蔵の愛の囁きにドキッとした。

私もおどおどしながらもそれに返した。






貴方に贈る、あの日の歌。

貴方の為に奏でる、あの日の曲。


いつか、届けと思いながら・・・私はこの曲を奏で続けます。


そして、あの福寿草と共に、再び貴方に逢える事を願い続けます。





(もう一度、会える事を信じて。奏でよう・・・貴方の為のこの曲を)


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