『逃げよう・・・2人で。誰も知らん所に』
その言葉を聞いただけで嬉しかった。
今なら何処かへ行ける気がした、誰も知らない何処かへ――――。
「だからって、何で京都なのよ。すぐ来れる距離じゃない」
「あんだけ大口で言うたけど・・・ゴメンな、」
「別にいいけど」
新幹線の中、蔵は私の向いの席で謝っていた。
確かに手を握られ、新大阪駅までやって来た私と蔵。
乗り込んだのは京都行きの新幹線。
本当は遠くに逃げたいと、願っていたが・・・今の蔵にはそれが出来ない理由があった。
「ゴメン・・・ゴメンな、。明日・・・その・・・・」
「青学さんとの合同練習なんでしょ?・・・・・分かってる。もう言わなくていいから」
そう、先日から四天宝寺では今年全国優勝を果たした
青春学園中等部テニス部との合同練習が行われていた。
今日はたまたまオフデーで、明日にはまた練習を再開しなければならない。
遠方に行ったところで、彼を困らせるだけだ。
まだ蔵は・・・部長としての使命が残っているのだから。
私は新幹線の速さで過ぎ行く風景を見る。
目の前に座っている蔵はもちろん私に何度も頭を下げる。
「ホンマ・・・ホンマ、ゴメン、。・・・・俺・・・おれ・・・っ」
「いいの。分かってる・・・いいのよ、1日だけでも」
「」
分かってる。
彼にワガママ言ったところで、何も解決されないし
ただ迷惑を掛けてしまうだけ。
私の身勝手な行動で、蔵を困らせたくない。
でも・・・でも・・・――――。
「今日は、離れないでね・・・・蔵」
私がそう言うと、目の前に座った蔵は私の隣の席に
移動し、肩を抱いて自分の元へと引き寄せてくれた。
「分かった。今日は絶対に離さんから・・・ずっと、ずっとと居るから。俺が側に居るから」
「・・・ありがとう」
私はただ、彼にそう呟いた。
でもかすかに、肩を抱いた蔵の手が震えていたのを感じた。
彼も本当は怖いのかな・・・私と離れるのが怖いのかな・・・そう思えた気がした。
京都に着いて、色々回った。
東寺、金閣寺、銀閣寺、平安神宮・・・色々、時間のある限り。
そして、今現在嵐山に私と蔵はいた。
「ほな、次何処行く?・・・太秦とかは?行った事ある?」
「映画村でしょ?うん、何度かは」
「今なんか時代劇の撮影してるかもしれんで?行ってみよか?もしかしたらお嬢様スカウトされるかもしれんで?」
「バカなこと言わないで」
2人で手を握って笑いながら、嵐山の町を歩く。
ふと、店先に並んだピンク色の蝶の形をしたストラップを見つけた。
可愛い。
「ん?・・・どないしたん?」
「え?・・・あぁ、うぅん、何でもない」
「そうか?」
思わず店先で足を止め、一緒に動かしていた蔵の足も止めてしまった。
私は何でもないと言葉を濁し、彼とまた同じように
足を進めた。
思わず首を後ろに、そうさっきのストラップが置いてあったお店を見る。
あのストラップ・・・可愛かった。
「?・・・後ろになんかあるん?」
あんまり首を後ろに向けたりするから、蔵が心配そうな声を掛けてきた。
い、いけない。
後ろ見すぎだ私・・・あんまり見ないようにしなきゃ。
心の中で思わず欲しい気持ちを断ち切って蔵を見上げる。
「ごめん。何でもない・・・気にしないで」
「そうか?せや、此処で少し休憩しよか?俺ジュース買ってくるわ。
休憩して、ほんで太秦行こう」
「結局太秦行き?まぁいいけど」
「よっしゃ。ほなにお姫様の格好してな。俺も着物着る」
「え、やだ」
「せっかく太秦行くんやしやろうや〜」
「しない。どうせ、それでお代官様ごっこ〜とか言い出すんじゃないんでしょうね」
「・・・・・・・」
こんの・・・っ。
「さっさとジュース買ってきなさいよ!この包帯毒草バカっ!!!!」
「は、はいっ!!」
私が怒った声で言うと、蔵は急いでその場を離れジュースを買いに行った。
私はベンチに腰掛け、ため息を零し・・・持っていたバックを開け
携帯を手に取る。
携帯は優しく点滅を繰り返していた。
私はそれを開くと、数件の着信履歴・・・あけなくても分かる、きっとお母さんから。
でも、とりあえず着信履歴を見る・・・やっぱりお母さんからの着信が数件と並んでいた。
私は一番新しい履歴を選んで、発信ボタンを押した。
―――――PRRRRRR・・・・・・ガチャッ。
『ちゃん』
「・・・お母さん」
コールがすぐに止み、お母さんの慌てた声が私の耳元に届いた。
多分、あのメール・・・それでお母さん心配して何回も電話、したんだよねきっと。
「ごめんなさい・・・・あんなメールして・・・」
『ちゃん。言いたい事は分かるわ。・・・・・・白石くんに言ったの?』
「・・・はい。私・・・あの・・・ごめんなさい。・・・蔵と、離れたく・・・ないっ」
電話元のお母さんに私は泣きながら言った。
いつもは引っ越すというだけで、私の中で「仕方のない事」だと思っていた。
それに友達もあまり居なかったから、泣くほど辛くなかった。
だけど・・・今は違う。
謙也が居て、千歳が居て、ユウジが居て、小春ちゃんが居て
光が居て、金ちゃんが居て、銀さんが居て、健二郎が居て・・・・・・・・・。
『、好きやで』
蔵が・・・居る。
失ってつらいものが・・・大きすぎて・・・。
この幸せを、失いたくない気持ちが・・・大きくなりすぎて・・・。
『ちゃん・・・でも・・・』
「お願い!・・・最後の、最後のワガママ・・・どうか、どうか・・・今日1日だけ
蔵の、側に・・・蔵の側に居させてください・・・っ」
蔵の、彼のいない世界が・・・私には・・・辛い。
こんな気持ち、今までなかった。
大阪に来て、蔵に出会って、私は変わった。
私を変えてくれたのは・・・蔵だった。
こんな私を愛してくれた・・・これからも愛してくれる、そう言ってくれた。
離れたくない・・蔵と・・・離れたくないよ・・・っ。
『分かったわ』
「お母さん」
私の気持ちが届いたのか、どうか分からないけど
お母さんの優しい声が電話元から聞こえてきた。
『今、何処に居るの?』
「京都に・・・いる」
私は正直に今何処に居るのかをお母さんに話した。
『なら、別荘を使いなさい。お父さんにはお母さんから言っておくから』
「お母さん」
『でも、ちゃん。帰ってきたら・・・――――』
その言葉を聞いて、私はゆっくり携帯電話と閉じた。
時間は与えてもらった。
出来るだけ楽しもう・・・明日には・・・。
「いけない。蔵が戻ってくるまで目、何とかしなきゃ。こんなんじゃ戻ってきた途端―――」
『?!どないしたん?一人ぼっち寂しかったん?ごめんなぁ、俺が1人にしてしもたから。
今度から一緒に行動しような?自分がイヤ言うても、俺はするからな!』
「ウザい文面しか思いつかないんだけど」
思わず心配そうな顔で私に言い寄ってくる蔵の表情を目に浮かんできた。
あと言う言葉とか・・・でもそうやって私の事を心配してくれる蔵が好きだったりする。
でも泣いていた表情を見られるのは見っとも無い。
私は何とか泣いた顔を隠す事を考える。
「お嬢ちゃん可愛えぇなぁ」
「どっから来たん?」
「夏休みか何かなん?」
私がベンチで座っていると、男子高校生と思われる人が3人。
目の前にやって来た。
1人で居るとこうやって声掛けられるから時々イヤなんだが・・・。
「なぁ、1人なん?」
「・・・い、いえ・・・あの・・・っ」
「あれ?こっちの(関西方面)子とちゃうんか。なら観光か何か?」
「1人やったら俺らが案内したるから、おいでよ」
「えっ?・・・あっ、ちょっ・・・」
いきなり私は手を握りられ、ベンチから立ち上げられた。
蔵に此処に居てって言われた以上動くわけにも行かないけれど
もっともこんなナンパ野郎たちに付いていくつもりは毛頭ないわけであって。
何て1人心の中で理論付けしてても、男3人に対して私の力なんてたかがしれてる。
やだ・・・やだ、こんなんじゃ・・・まるで・・・・・・。
引 き 裂 か れ て し ま い そ う。
「俺の彼女に何してんねん」
すると聞き慣れた声に、私はおろか3人の男達も反応した。
振り返ると、蔵が片手にジュース缶を持って、男達を睨みつけていた。
男達は蔵の姿に圧倒されたのか、よく分からないけど
手を離して私の元から去って行った。
「大丈夫か、」
「平気。・・・蔵、ありがとう」
男たちが去ると、蔵はベンチにジュースを置いて私の心配をした。
「ゴメン、俺が離れたりしたから・・・」
「いいって。助けてくれたから・・・ありがとう」
私が笑顔で答えるけど、蔵の表情が一向に明るくならない。
「蔵?」
「離れんって・・・言うたのに。俺・・自分から・・・から、離れとった」
「いいよ・・・大丈夫だったか」
「アカンって!」
私の言葉を遮るように、蔵が大きな声で言う。
突然の声量に私は驚いた。
ふと、彼の手を見る・・・震えてる。
そして蔵の顔を見ると、彼は顔を横に向け伏せていた。
「今日まで・・・今日までかもしれん。今日しか・・・ともう、居れんとか・・・考えたら・・・俺・・・お、れっ」
私はそんな蔵を抱きしめた。
続く言葉を塞ぐように・・・彼を抱きしめた。
「ゴメン・・・ゴメンね、蔵。・・・辛い思いさせて・・・ゴメンね」
「・・・っ」
私が抱きしめると、蔵は私を抱き返してくれた。
震える手で強く、きつく・・・。
震えを悟られないように、彼は私を抱きしめてくれた。
「もう、1人にさせへん・・・絶対に、1人にさせへんから・・・っ」
つらい想いをさせてゴメンね蔵。
苦しい思いをさせてゴメンね蔵。
私、ずっとずっと・・・側に居たい、貴方の側に居たいの。
同じ未来を一緒に生きたいの。
今という時間に、私は彼と一体何を残せというの?
同じ未来を生きられないかもしれないというのに・・・何を今、残せばいいの?
今という残り少ないページに
(僕らは何を残せばいいの?)