「、お嬢様・・・い、いかが」
「荷物をつめて、今日中にでも新幹線で東京に戻ります」
「え!?あっ、あのっ、まだ帰ってきたばかりですし、ゆっくりなされても」
「いいえ。今すぐ東京に帰ります。新幹線のチケットは自分で駅で買いますから心配しないでください」
私はイライラしながらカバンに服を押し込んでいた。
苛立っている私にお手伝いさんたちはみんな焦った表情で宥めようとしている。
だがしかし、それだけで私の苛立ちが治まるはずも無い。
何のために私が大阪に戻ってきたか。
それを話すために戻ってきたはずなのに・・・アイツは、蔵は・・・耳を傾けてくれなかった。
話すどころか話す隙すら与えてくれず
一方的に言われて、挙句の果てには―――――。
『やっぱり俺ら・・・・・・離れた方がえぇねん。住む世界も・・・ちゃうんやから』
蔵の放った言葉の刃が心に深く突き刺さり、私は動けずその場で泣いてしまった。
完全に嫌われてしまった。
頭の中でそんな言葉が過ぎったとき、もう大阪にも居れないと分かった私は
荷物をまとめて東京に戻る準備をしていた。
今度こそ、本当に戻ってくるつもりも無ければ・・・東京の学校に進学するつもりでもある。
「もう、私は・・・此処に居る理由もないですから」
「え?お、お嬢様?」
「何でもないです。荷物詰め終わったら呼びますから、1人にしてもらえますか?」
私がそういうとお手伝いさんたちは、心配そうな面持ちをしているも
「かしこまりました」と言って部屋から出て行った。
そして、部屋で1人ため息を零す。
「・・・蔵の、バカ」
ボソッと呟いた言葉と同時に涙がじわっと出てきた。
何のために戻ってきたか分かる?
何のために東京に行ってきたか分かる?
本当は行きたくなかった。
でも、お父さんとお母さんとの約束だったから。
蔵と1日・・・駆け落ちごっこする代わりに
次の日、東京に行って3日間・・・お父さんのお母さん・・・私からしたらお婆様になる人の法事に出て欲しいということだった。
たったそれだけって思うけど、法事だから家族が集合する。
しかし、私はあの家の人たちとは全然血の繋がりも無ければ
養子縁組を組んだ子供。更に掘り下げていくなら、私は捨て子だ。
の家族中が冷やかして、馬鹿にするのは目に見えていた。
私自身馬鹿にされるのは別に構わないけれど
”私自身が原因“でお父さんとお母さんが冷たい目で見られたり、馬鹿にされたりするのが嫌だった。
だから今まで私はの法事には参加しなかったが
お爺様のたっての希望で私を連れて来て欲しいと、お父さんに頼んだらしい。
それで仕方なく・・・私は東京に戻ったのだ。
『おい、あの子か?』
『そうみたいよ』
『今まで顔すら見せなかったのに何で今頃』
『ホント、あの二人お人好しにもほどがあるわ』
『捨て子なのに』
「あ、アナタ」
「毅然としておきなさい。、大丈夫か?」
「うん。私は平気だよ」
私は平気だけど、やっぱり私が原因で二人が冷ややかな目で見られるのは心苦しい。
周りに居る親族の子供はどこも有名な学校の制服ばかりを身に纏っている。
以前の私も氷帝に通っていたから、あれこれ言われることもなかったけれど
大阪の、府立の学校ともなると・・・言われることは違ってくる。
「お前が噂の捨て子ちゃん?」
「だっせぇ制服着てんだな」
1人で廊下を歩いていたら、多分同い年と思われる男の子たちに声を掛けられた。
その二人は私を冷やかす目的で声を掛けてきた。
「いいご身分だよなぁ、捨て子だったのにグループの長男であるオジサンに拾ってもらって」
「さぞいいお暮らししてるんでしょうねぇ?お勉強もやっぱりダメダメなのかなぁ?」
二人は私を見ながらケラケラと笑う。
しかし、私は何を言われても痛くもないし・・・ましてや――――。
「勉強がダメダメなのは貴方達じゃなくて?いい学校の制服着ているようだけど、中身はただの御馬鹿さんなんでしょね?」
「なっ!?」
「この女っ!?」
どうやら図星をつくことができたようだ。
まぁこういう奴らは大体は見掛けだけを判断して言っている。
言葉で叩きのめすのは楽勝だ。
「あらヤダ、ごめんなさい。貴方達みたいなバカばっかり日ごろ相手にしてるから口が滑っちゃったわ。
見掛けは良い様だけど・・・中身がタダの馬鹿じゃ、何年かかっても私に勝てやしないわよ?
府立の制服着てるからって、中身まで馬鹿とは限らないし・・・ましてや、捨て子だからってあんた達みたいな
お家や親の脛(すね)齧ってのうのうと生きてるのとはわけが違うの。悔しかったら全国模試で1番とってみなさい?
1番取れるまで私に話しかけんじゃないわよ、この体たらくのボンボン共が」
そう吐き捨て私は踵を返し、その場を去った。
向こうも私を追いかけるどころか返す言葉も見つからないらしい。
まぁさっきの言葉・・・馬鹿ばっかり日ごろ相手にしているが
四天宝寺のみんなは見かけとかそういうのではなくて、肝心なのは中身だという奴らばっかり。
私から言わせて見ればバカだけど・・・・みんなのバカと、此処に居る威張り腐ってる奴らの馬鹿とは違う。
何ていうか、四天宝寺のみんなは『愛あるバカ』というか『愛すべきバカ』というか。
『〜!好きや〜!』
ふと、足が立ち止まった。
蔵が楽しそうに私に抱きつこうとする様を思い出したのだ。
「はぁ・・・・・・蔵に会いたい」
1日ワガママを言ったから、それなりの代償は払わなきゃいけないし
今此処で私が逃げ出してしまえば、お父さんとお母さんに迷惑が掛かる。
ポケットに忍ばせた携帯を取り出す。
携帯と一緒に手のひらに乗った、蔵が買ってくれた蝶のストラップ。
電話して、声が聞きたい。
でも、今こんな所で弱音を吐いている場合じゃない。
隙を作ったら、そこに漬け込まれる・・・3日、頑張って耐えればいい。
それまでは・・・・。
「蔵・・・ゴメンね」
私は携帯を再びポケットに戻し、廊下を歩き出した。
次の日・・・思いもよらない事態が私に襲い掛かってきた。
携帯を出したばっかりに、蝶が私の元から飛び立ってしまっていたのだ。
飛び立った蝶々
(私を守っていた蝶が、次の日忽然と姿を消した)