捨て子の私に会いたいと言って、そして東京の学校に通って欲しいと思っている・・・家のお爺様。
すぐさま身なりを整えて、お父さんとお母さんに案内される。
ドアの前にお父さんが立ち、2回ノックをして「父さん、入るよ」と言ってノブを捻り
中へと入る。
窓の前、車椅子に座った人。
「おぉ・・・やっと来たか」
「最初で最後のワガママだからね父さん。本当はを連れてきたくはなかったんだから。
この子が家の中じゃ捨て子扱いをされてしまうからね」
「すまんすまん」
お父さんはどうやら私がこの家で受ける扱いを分かってて、今まで法事などの集まりには
私を連れてこようとはしなかった。
でも、今回急に私を連れて行くと言ったのは・・・どうやらお爺様がお父さんに頼んだことらしい。
「初めまして。君のお父さんの父親・・・君からしたら祖父にあたるかな?」
「は、初めまして・・・、です」
初めて会う人で、私も変に緊張してしまう。
「ホホ、そんなに固くならなくてもいい。君はもうの子供なんだ、周りが何言おうが
胸を張っていればいいんだよ」
「・・・は、はい」
「それにしても、は本当に亡くなった妻に良く似ている。何だろうな・・・まるでアイツの生まれ変わったみたいだ」
亡くなった妻・・・という事は、お婆様という事になる。
私は会ったこともないし、写真だって見たことも無い。
お父さんとお母さんに引き取られる前に、お婆様は亡くなっているとだけ
長年ウチで執事をしている魁さんから聞いていた。
でも、私に似ているとまでは・・・知らない。
私はお父さんを見ると、お父さんは小さく笑って私の肩に手を置いた。
「お父さんも、が大きくなっていくに連れて・・・母さんに似てるなぁとは思っていたんだ」
「若い頃の妻にそっくりでな。英明(の父の名前)から写真を見せてもらったとき
アイツが戻ってきたものだとばかり思っていた。さっきも、庭の池で必死に何かを探している姿は・・・アイツに見えた」
「あ・・・・す、すいません。お見苦しい姿を、見せてしまって」
さっきの光景を見られて、ようやく私は恥ずかしくなってきた。
あの時は必死でストラップを探すことだけを考えていたけれど
今思い出してみれば、何て恥ずかしいことをしてしまったのだろうと後悔している。
「妻は私と結婚する前は・・・この家に仕える使用人の1人だったんだよ」
「へぇ・・・・・・え?」
「この事実は長男であるお父さんしか知らないことなんだ。お父さんのお母さんは、良家の人でもなければ
大財閥の令嬢でもない。ウチに仕えていた使用人だったんだ」
グループのトップに立つ妻ともなれば
それはもう良家の娘とか大財閥のご令嬢とかそういうのをイメージしていた。
しかし、目の前に居るお爺様やお父さんの話を聞いて
私は驚いていた。
「さっきも言ったと思うが・・・庭の池で必死に何かを探している姿は・・・アイツに見えた、と。
あの姿は亡き妻の若い頃にそっくりだった。偶然とは怖いものだよ」
「お爺、様」
「出来たら。東京に英明たちと共に移り住んではくれないか?学校も出来る限りこちらで支援する。
亡き妻の面影を重ねながらではあるが、お前の成長していく様を少しでも見ておきたい。
こんな老いぼれの願いを、聞き入れてはくれないか?」
お爺様の言葉に私は何も言えなかった。
捨て子の私を、家族として、孫として認めてくれた。
それだけでも私は嬉しい。
だけど―――――。
「ごめんなさい。私は、お爺様のお願いを・・・聞き入れることは出来ません」
私には、どうしてもあの場所を離れられない理由がある。
「何か、特別な理由があるのか?東京ではなく、大阪に居続ける理由が」
私の返答に、お爺様が問いかけてきた。
深呼吸をして私はお爺様を真っ直ぐ見つめた。
「お爺様のお気持ちはよく分かります。でも、私にも大切な人が居ます。此処に来る前、いえ、ずっと前に約束したんです。
一緒の高校行って、一緒にまた桜を見ようって」
大人達からすれば、ちっぽけなことかもしれないし子供の戯言にしかすぎない。
だけど、今を生きている私にとってはとても大切な約束。
決してそれを違えてはいけない事。
もう一度、蔵と手を繋いで・・・桜並木を歩く、あの約束を。
「捨て子の私を家族として受け入れてくださって、本当に嬉しいです。お爺様から、お婆様のお話も聞きたいです。
だけど、私は・・・東京に、この家に住むことは出来ません。大切な人の元を去ることは、私には出来ません。
本当に・・・本当に、ごめんなさい」
気がついたら、目から涙が零れて
服を握り締めていた。
まるで小さな子供が叱られて泣いている様な姿だと思う。
でも、それくらい私にとっては蔵と離れることが辛い証拠なのだ。
こんな私を優しく、受け入れてくれた彼だからこそ
離れることが出来ない・・・去ることが、出来ない。
「」
すると、目の前にお爺様の姿。
その表情はとても優しく、泣いている私を見つめていた。
「其処まで大切な人が居たとは。ワガママを言ってお前を困らせてしまったな」
「い、いえ・・・ワガママなんてそんなっ」
「いや、私のワガママだよ。お前があまりにも妻に似ていたから、側に置いておきたかったのかもしれない。
すまなかったな。お前はお前だ・・・好きなように、大切な人と共に過ごしなさい」
「お爺、様っ」
「でもたまにはこの老いぼれの所に顔を見せに来ておくれ。お前はもう私の孫なんだから」
「・・・・・はいっ!」
その言葉に私は嬉しくて、また涙を流した。
これで胸を張って蔵にまた逢える。
また蔵と一緒に同じ日々を過ごせる。
東京に行ったこと、きっと怒るかもしれない。
だけどちゃんと話せば彼は聞いてくれる、耳を傾けてくれる。
これで、何の不安も無く過ごせると思って帰ったのに・・・・・・・・・・・。
「結局は出戻り、か」
全てを話すために、学校まで赴いたのに
彼は私の話に耳を傾けるどころか、聞いてもくれなかった。
私だって東京に行くまで、お爺様と話すまで不安で不安でたまらなかった。
あの家で起こったプチイジメだって、正直腸(はらわた)煮えくり返るくらい悔しかった。
何であんな馬鹿共に私が馬鹿にされなきゃいけないの?って思ったし
あんな奴らに大切なストラップを汚されなきゃいけないのよ!ってショックが大きい。
ストラップも、無事だったとはいえ・・・庭の池の水が手入れされてなかったのか
若干コケでピンク色の蝶々もなんか汚れてる。蝶々から垂れ下がっている紐だって・・・。
「蔵の、バカ」
そう呟いて私はキャリーバックを閉めた。
ある程度の服は詰め込んだし、後は少しずつ送るようにしよう。
学校には目途がついたら連絡をして、進路も変更。
約束・・・守るつもりで、行ったのに。
「ホント・・・最悪よ」
守ったはずの約束を、全て無かったことにされたこの虚無感。
心に空いた大きな穴・・・どう、埋めればいいって言うのよ。
この穴を埋めてくれたのは・・・蔵、貴方なのに。
もう、きっと、私が死ぬまで・・・埋まらないんだろうなぁ。
考えがやっと到達して、私はキャリーバッグを持って部屋を出ようとした。
この部屋とも、大阪とも、そして――――。
「さようなら、蔵」
大好きな貴方とも、本当の別離(わかれ)ね。
ドアを開いた向こうはきっと、戻ること無い世界が待っている。
そう思って扉を開いた。
動き出そうとしたら、目の前に立ちはだかる人の影。
顔をゆっくりと上げたら・・・・其処には・・・・・・。
「ハァ・・・ハァ・・・何処行くん、」
「く、蔵」
蔵が、息を切らしながら立っていたのだった。
今、私が此処に居る理由
(貴方はそれを聞くために私のところにやってきたの?)