「明日東京に戻る時にゴメンな。戻る準備とかせなアカンのに。でも自分に、これだけは伝えよう思てな」
「いや、構わない」
合同練習最終日。
青学さんは明日、東京に戻ることになっとった。
練習が終わった後、俺は1人手塚クンを呼び出した。
誰も居なくなったフェンスの外。
先日俺と彼が此処から青学さんの秘密特訓を覗いてたところに居った。
「昨日、俺・・・彼女とケンカしてな。まぁ色々誤解とかあったんやけど仲直り出来た。
俺な・・・昨日自分に言うたこと、間違いとは言えへん。彼女が居る世界は、正直関西人の俺からしたら
ホンマかけ離れた暮らしも何もかもしとるから」
一般庶民の俺からしたら、の居る世界はホンマにかけ離れた世界で
住む世界が違ってて・・・何もかもがそうやった。
「離れたほうがええって思うんは、幸せかもしれん。世界が違いすぎるとな」
「確かにな」
「せやけど・・・出来んのや。彼女から離れるっちゅーのは・・・並大抵の覚悟がないとムリやし
むしろ俺にはそういう覚悟とか正直出来ひん。今まで側に居ることが当たり前やったから」
「・・・・・・」
俺の言葉に手塚クンは黙って聞いていた。
ただ、何もいうこと無く・・・無表情で、無言で。
「当たり前だったことが、突然無くなると・・・ホンマ、怖くてしゃあないねん。せやから・・・」
「止めたくなるんだ・・・何もかも、時間も、相手の動きでさえも・・・全部」
「ああ。何処にも行かせんように・・・キツく、抱きしめて・・・逃がさんようにしたい」
「だが、俺には出来なかった。気付くことも、出来なかったんだ」
「でも忘れたくないんやろ?忘れたくないから、今でも想い続けてるんやろ?」
手塚クンは少し驚いた表情をして、ため息を零し
苦笑を浮かべながら俺を見た。
「未練がましいか?」
「ええんとちゃうん?俺かて、もし彼女がなんも言わんとどっか行ったら
今の手塚クンと同じ状態になってたかもしれん。もしくは――――」
何も考えられず、泣き崩れ、壊れていたのかもしれない。
俺には何よりもが支えやった。
いや、お互いがお互いを支えあっていたようにも思えた。
俺にはが必要で。
には俺が必要で。
初めて出会ったあの日から、きっと互いにどこか必要としとったに違いない。
「気ぃ張らんと・・・時間が少しずつ、解決していってくれる」
「白石」
「自分の彼女が何の為に、自分から離れたんか・・・それは手塚クンにしか分からんことや。
嫌いとかそんなんちゃうって俺は思うで」
「・・・・・・」
「ゴメンな、こんな話して。自分からアドバイスしてもろたし、俺も何か力になろう思てな・・・おせっかいやったら堪忍」
俺がそう謝ると
彼は首を横に振り「いや、いいんだ」とだけ答えた。
その表情からは少し安堵のようにも思えた。
「いつかは」
「ん?」
「いつかは、俺も上手く行くだろうか・・・昔のように」
彼は憂いを帯びた表情で俺に問いかけてきた。
「昔にはきっと戻れへんけど・・・昔以上の関係が作れると俺は思うで。
離れとる間はツライけど、再会した時・・・以前よりも強い絆が出来ると思う。
元に戻すのは大変かもしれへんけどな。まぁ俺がそんな感じやったし」
「・・・そうか・・・ありがとう白石」
何かを悟ったようなお礼の言葉なんか、よく分からないけれど
少しだけ彼の手助けになれるようなことが出来たような気がした。
「ほな、頑張ってな」
俺が手を差し出すと、彼はその手を握り返した。
「ああ。色々とありがとう」
「ええて。困ったときはお互い様やろ?」
「そうだな」
そう言って、俺の長いながい夏休みが終わった。
「え?!ひ、1人で此処住むんか!?」
「そうだけど。何か文句ある?」
「いや、そういう訳とちゃうねんけど・・・」
次の日。
ようやっと全てが終わり、俺はの家に足を運んだ。
すると何やら引越し業者のトラックが門前にあり
の家の人達は少し慌ただしく動き回っとった。
「まさかが引越し?!」なんて事を考えとったら
この引越しはどうやら彼女のお父ちゃんとお母ちゃんのモノらしい。
そして、当の本人から衝撃の事実を今し方俺は聞かされた。
「お父さんとお母さんは東京に戻るのよ、会社の都合でね」
「いや、それは分かった。分かったけどな・・・こないな広い家に娘一人残すとか」
両親は東京行き。
娘は大阪に残る。しかも1人で、この広い家に。
「別に広くないわよ。東京の家よりか小さいし、狭いほうよ」
「ホンマ・・・金持ちの家の敷地感覚って分からんわ」
「仕方ないでしょ?この家に1人残るくらいなら部屋借りて一人暮らしするって言ったら
お父さんとお母さんに止められたの。私は大丈夫って言ったのに」
いくら血が繋がってなくとも、あの2人にとってはは娘同然。
大事な娘を一人残して自分等が離れた場所に行くとなると
確かに心配して当然、この家に居ってもらったほうが安心といえば安心や。
「心配してんねん、自分のお父ちゃんもお母ちゃんも。
大事な一人娘大阪に残して東京に戻るんやから、心配せん親は居らんで?」
「・・・ま、まぁ・・・そうよね、うん」
そう言うとは何やら照れたように顔を横に背け納得しとった。
お。
何やその表情可愛ええ。
「な、何?」
「の照れた顔可愛ええなぁ〜って」
「口元緩んでるわよ。その美顔殴られたいの?」
「か、堪忍したってや」
思わず本音を零した所
は照れた表情をすぐさま収め、握りこぶしを構えて
毒のついた言葉を飛ばしてきた。
「せやけど」
「何よ?」
「良かった」
「何が?」
俺がそう言うも、は首を傾げる。
「何って・・・分からんのん?」
「アンタの脳みそって本当に私には理解し難いから
むしろ理解したいともあんまり思いたくもない。そもそも、毒草オタクで
健康バカの蔵の考えていることを理解したくない」
「真っ向から色々と全否定される俺の身にもなってくれや」
「そんなこと知らん」
「〜蔵ノ介クンの心が〜」
「勝手に壊れてろ」
「更に酷い」
相変わらずの毒舌炸裂に、俺の心は安定の壊れっぷり。
しかし、彼女がこないな感じやなかったら
俺は深く彼女の事を・・・追い求めはせんかった。
胸を焦がす程の、恋を・・・せんかった。
「蔵ってさ」
「ん?何?」
するとが突然俺に話しかけてきた。
「何で私の事、好きになったの?」
「へ?・・・何でって、そらぁ・・・」
そう言われ、考えてみた。
でもあんま難しいこととか考えてへん。
ただ・・・ただ・・・―――――。
「心が・・・心が、自分に反応したんやって俺は思う」
「心が?」
「せや。何ちゅうか・・・心がな”コイツは、コイツだけは離したらアカンぞ!“って言うてた。
正直・・・自分と両想いになるなんて思いもせんかったから。ずっと、ずっと俺の片想いのままって」
「蔵」
初めて逢った、中学2年のあの日から。
俺の心はを、だけを見とった。
始めは、ただのクラスメイトとして。
でも、恋人ごっこのような関係になって。
次第に気持ちが通じあって―――結ばれた。
酷いまでに傷つけあったり、泣いた日もあった。
それでもやっぱり、俺にはしか居らへん・・・って答えしかなかった。
「色々あったけど・・・俺、後悔してへんよ。を好きになったこと」
「く、蔵・・・っ」
そう言いながら俺はの手を握り
彼女の小指に嵌ったリングに唇を落とした。
「せやから・・・も、俺を好きになったこと後悔せんでほしい。
ちゅうか後悔させん。自分の何もかんも俺がぜーんぶ幸せにしたる」
「あ・・・アンタって、ほっんと・・・・恥ずかしい事ばっかり言うわね」
「もっと甘めの言葉がご要望とあらば、この白石蔵ノ介がご要望にお答えしますが?」
「吐き気がするからそれくらいでいい」
「即答はなかなかヘコむで」
甘さを知らない君に、砂糖を落とす僕。
「」
「何?」
「好きや。めっちゃ好きや、愛してんで」
俺が笑顔でそう言うと、彼女は驚いた表情を浮かべるも
頬をほのかに赤らめて――――。
「ゎ、私だって・・・・お、おんなじ、なんだから」
「それってつまり、どういう事?」
「・・・す・・・好きって事よ!!言わせんじゃないわよバカ蔵!!毒草バカ!!」
「堪忍堪忍。俺が悪かったって、そない叩かんでもえぇやろ?」
恥ずかしかったのか、は俺の胸を何度も叩く。
俺は笑いながらそれを受け止めとった。
そして、俺は彼女の手を握り動きを止める。
動きが止まったを見つめると、顔を真っ赤にして目に涙を浮かべとった。
その表情を自分の目に焼き付ける度に、胸が締め付けられるほど・・・愛おしさを感じる。
俺は彼女のおでこに自分のおでこを付けた。
「堪忍。いじめ過ぎた」
「アンタって奴は・・・ホントに、もぅ・・・っ」
「ん?」
「・・・大好き」
ようやく出た、素直な言葉。
「俺もや」
君の言葉で、俺の心は溶けていく。
「来年、桜・・・見に行こうな」
「ぅ、ぅん」
約束の言葉を交わし、俺とは誓いを立てるように唇を重ねるのだった。
これから先は予測不可能やと思う。
色んな困難や障害があるかもしれへんけど
お前となら、どんな困難でも何でも乗り越えていけるような気ぃすんねん。
ぐしゃぐしゃにしたこれから描こうとしとったページを
元に戻し、そのページに
少しずつ、俺達の未来描いて行こうな。
そして一緒に歩いて行こうな。
きっと、幸せでええ未来が待ってんで。
未来-あす-へ。
(手を繋いで歩いて行こう、明日へ、そして未来へ)