何もかも忘れられたらいい。
たとえ、この体が壊れてしまったとしても。
アンタのことを、跡形もなく・・・・・・忘れることが出来たら。
「・・・本気で言うてんのか?」
「本気じゃなかったら、こんなこと言わないけど」
目の前のクラスメイト・・・白石蔵ノ介に私は言い放った。
『100万出すから、私を抱いて』
先ほどのおっさんの言葉を貰う感じで使ってしまったが
いたって私は真面目に言い放った。
目の前の蔵はというと、驚いて目が見開いたままだった。
「頭、大丈夫かお前?」
「うん、熱もないわよ。至って正常に働いてる」
「んな事言うヤツの頭は大体イカれてんぞ」
「・・・・・・そっか、もう其処まで私の脳みそおかしくなっちゃったか」
蔵にそう言われ、私は顔を伏せた。
全部を忘れるため、大阪に来たはずなのに
結局私の心や頭は、東京にいる元婚約者のことを忘れないでいる。
もうどうやっても
私はアイツを忘れることは出来ない。
一人で出来ないのならば・・・・・・・・・――――――。
「お願い・・・・・・蔵、抱いてよ。100万でも、200万でも・・・出すから」
「」
私は顔を伏せながら、蔵にそっと抱きついた。
お金で愛が買えるなんて思ってない。
むしろ、どれだけの金をつぎ込めばアイツは私に振り向いてくれただろう。
たくさんのお金があれば・・・・・・愛だって、きっと買えたはずなのに。
アイツの気持ちだって・・・・・・動いたはずなのに。
「・・・・・・抱けば、えぇんやろ」
「え?・・・・・・ちょっ・・・く、蔵?!」
蔵がそうボソッと呟くと
突然、手を握られて人ごみを抜けるように
私の手を引っ張りどこかへと連れて行く。
引っ張られる腕がすごく痛かった。
「蔵っ・・・蔵、痛いって・・・・・痛いってば」
私がそう言うけれど、蔵は何も言わずどこかに連れて行く。
繁華街を抜け、人気の少ない夜の公園に入っていく。
しかし、公園の中だけれど
人が通る道ではなく、思いっきり木が生い茂る草むらの中に連れてこられた。
「痛っ・・・何す」
木に体を押し付けられ、蔵の両手が私の逃げ道を阻む。
「抱けばえぇんやろ・・・お前のこと、めちゃくちゃに抱けばえぇねんやろ」
「く、蔵?」
「100万でお前みたいなお嬢さん、抱けるなんて安いもんやで。ホンマ、これやからボンボンって気持ちお気楽やな」
「・・・っ」
蔵の目が獣のように光っている。
「逃げるな」と言わんばかりの目。
逸らしてしまえば確実に、その視線だけで噛み殺されそう。
「100万といわず・・・・・・もっと出せや。メチャクチャに壊れるまで抱いたるから」
そう言って、蔵の唇が私の唇に触れそうになる。
心臓がすごくうるさい。
体が・・・・・・――――――。
「ぃ、いやっ!!・・・や、やだぁっ!!」
思いっきり抵抗する。
逃げようとしたが、今度は両手を掴まれ身動きが取れなくなる。
男って・・・何でこんなに力強いの?
振り払えない。
だけど、体が・・・・・・言うこと聞かない。
自分から言い出したのに、何してるんだと・・・・・・自分の脳が訴える。
「やだっ・・・やだぁっ・・・・・・いやぁあっ!!いやっ・・・いやぁあっ」
でも、それでも・・・・・・こんなの・・・・・・・・・嫌だ。
「アホ!」
「ふぇ?」
瞬間、目の前の蔵が私に罵声を浴びせた。
その言葉で暴れていた体がピタリと止まった。
気づいたら、目から頬に涙が伝っていた。
目の前の蔵はいつものような視線に戻っていた。
だが、その目には少し怒りが見えていた。
「軽い気持ちで誘うな。そんなんやからあんな変なおっちゃんに引っかかるんやで」
「く・・・・・・く、ら」
「お金で何でも買えると思うなや。人の気持ちなんて、お金で買えるもんやない」
「・・・・・・うっ・・・・・ふぅ」
蔵にそう言われ、私は泣いた。
私が泣き出すと、蔵はそっと抱きしめてくれた。
「ゴメン、怖かったな。ちょっと怖い思いしたら諦めるって・・・・・・怖がらせただけや。でも泣くほど怖いんやったら・・・もうするんやないで」
「ゴメン・・・なさいっ・・・ゴメンなさい」
「あー・・・もう泣き止みぃ。ホンマゴメン、怖かったな・・・よしよし」
蔵は優しく私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。
しばらくして、私の頬を優しく包み
おでこをつけて、蔵が言葉を放つ。
「どなんしたん、。あんなん言うから心臓止まりそうやったで」
「・・・も、もう・・・ゃだ・・・・・忘れたい・・・忘れたいの」
「何を?・・・それ忘れたいから、俺にあんなこと言うたん?」
言いたい言葉出てこなくなり、私はコクンと頷いた。
「ホンマに、忘れたいことなん?」
すると、私はまた頷く。
「なら、えぇよ。の気持ち、俺が受け止めたる」
「ぇ?」
私がそう言うと、蔵の顔は微笑を浮かべていた。
「だっ・・・だって、蔵」
「忘れたいんやろ?なら、俺がその気持ち忘れるまで―――」
「お前のこと抱いたるわ」
「・・・・・・く、らっ」
彼の言葉に私の涙はまた溢れてきた。
ダメだ・・・止まらない。
すると、蔵は私の涙を止まるように
瞼(まぶた)にキスをする。
「せやけど、金はいらんで。金で繋がる関係とちゃうから」
「それだったら・・・セフレに、なっちゃう」
「何言うてん、付き合うんやで。・・・スるからには、正式にお付き合いしたほうがえぇやろ?その方が周りにバレにくいし、ちゃーんと俺がフォローしたる」
「蔵」
「まぁ、その”忘れたいもの“から忘れる前に、お前が俺にメロメロにならんことやな」
「バ、バカッ」
「おぉ、いつもの調子出てきたな。それが俺の知ってるやで」
蔵がニコッと私に微笑んだ。
ふと、涙が突然止まる。
不思議なことに泣き出した涙が止まった。
あれだけ、泣いてたのに。
「ほなら・・・まずは、俺とのお付き合いを祝って」
「何で付き合いを祝うのよ」
「えぇやん。お付き合い始めで、チューしよか」
「えっ?・・・あっ・・・・・・ぃっ」
「どなんしたん、?怖がらんでもえぇって・・・ちょっとするだけやから」
蔵の【お付き合い始めのキス】の言葉に私は戸惑う。
なぜかというと・・・・・・・・その、色々と。
「え?・・・・・・もしかして、・・・・・・俺とのチューが、ファーストキスとか?」
「!!」
蔵の言葉に、私は顔を真っ赤にした。
私の表情に蔵は笑う。
「わ、笑うな!」
「ファーストキスもお済じゃないお嬢さんが、えぇ度胸やで。ホンマ、俺で良かったなぁ〜」
「これ以上言ってみなさい、張り倒すわよ」
「堪忍。・・・せやけど、えぇの?俺がお前のファーストキスもろても?」
蔵にそう問いかけられ、一瞬考えた。
確かに、私・・・キスもしたことない。
むしろ、アイツのために・・・とかホントそこら辺私純情すぎる。
でも、もう・・・それも叶わないのなら。
「いいよ。私の最初、全部蔵にあげる」
「さよか。なら、ありがたくいただきますわ」
そう言って、唇がそっと触れた。
最初、触れただけだったけど
ちょっと距離を置いて、見つめあったら――――今度は深いキスが来た。
口の中に、蔵の舌が入ってきて
私の舌とか、唾液を絡めて弄(もてあそ)ぶ。
て、ていうか・・・・・・息、できない。
私はあまりの息苦しさに、蔵の胸を叩く。
それに気づいたのか、蔵はゆっくりと唇を離した。
ようやくまともな呼吸が出来てた。
「い、息できない、わよ・・バカ」
「こういうのはな、鼻で息すんねんで。ホンマ、何も知らんねや」
「ぅ、うるさい」
「まぁ、えぇわ。俺が色々教えて・・・最高のエクスタシー感じさせて、お前の中にある忘れたいちゅう気持ち、溶かしたる」
蔵の余裕ある表情に、思わずドキッとしてしまった。
男のクセに、無駄に色気がある。
ホントアイツとそういうところ、案外何処にでも居るもんなのね。
「せやけど」
「何?」
「【四天宝寺の聖書(バイブル)】と呼ばれる男が、今から聖女を穢すとか・・・禁断っぽくてえぇな」
ニヤニヤしながら蔵がそういうので
私は顔を真っ赤にして、思わず彼の顔を掴んだ。
「ムード考えろエロ関西人」
「すんません」
そう言って私は蔵の顔から手を離した。
「さーて・・・今からホテルとか無理やし。ていっても俺の家もアカンな」
「う、ウチなら・・・いいよ」
「え?」
悩んでいる蔵の手を握り、私は顔を伏せ横に向ける。
「お父さんも、お母さんも・・・・・・今日、仕事で帰ってこないから。分かるところまで、連れて行ってくれたら
その・・・・・・魁さん・・・う、運転手さん呼ぶから」
「え?・・・行っても、えぇの?」
「他にないなら、ウチで・・・・・・よければ」
私が恥らいながらそれを言うと、蔵は―――――。
「えぇよ。の匂いがたくさんある部屋で、抱くのも悪くないわ・・・・・・行こうや」
「ぅ、ぅん」
色気を含んだ声で、耳に囁かれ
思わずそれだけで私の体は砕け落ちそうになった。
手を繋いで、目立つ通りに出て
運転手を待つ時間、二人で他愛もない話をした。
迎えが来ても、車の中で手を離すことなく話が続いた。
コレで私、忘れられるかな・・・・・・アイツのこと。
Substitution?
(彼はアイツの身代わり?忘れるための人に過ぎないの?)