8月、全国大会が行われた。
暑い日ざしが照り付ける日々が続き
私は大阪の空から、全国制覇を目指す彼等を願った。
そして――――。
「蔵・・・頑張って」
心の奥底で想い続ける、彼へとエールを送った。
空の向こうの彼に届くように。
----------------PRRRRRR・・・・!!!!
とある日。
私は暑さを逃れるように、軽井沢の別荘に来ていた。
机に置いていた携帯が電子音で着信を知らせる。
私はすぐさま取り上げ、電話に出る。
「もしもし」
『俺や、謙也』
「謙也。どうしたの?・・・今日、準決勝じゃ」
電話の相手は謙也だった。
時計を思わず私は見た。
今日は準決勝だと先日、蔵からメールが飛んできたのを覚えている。
それにしては電話をするには少し早い時間だ。
『・・・・・・負けたわ』
「え?」
謙也の一言で私は驚きを隠せない。
『ストレート負けや。・・・3-0で』
「ストレートって・・・・・じゃあ、蔵は」
『アイツ、今日シングルス1でオーダー組んでたんや。其処まで行きたかったんやけど、負けてしまったわ』
「・・・・・・そう」
謙也の沈んだ声で、私も自然と声のトーンが落ちてしまう。
『決勝、観て帰る予定やから。まぁ後は白石本人が電話すると思うわ』
「うん、分かった。皆に、お疲れ様って言っといて」
『おう、じゃあな』
「うん」
そう言って謙也との通話を切断した。
やっぱり、ミサンガだけじゃ・・・・・全国制覇って言う願いは重すぎたのかな?
それとも――――。
「バチ、当たっちゃったのかな。私のせいで・・・・・蔵に迷惑かけちゃったから」
ふと、そんな事を思ってしまった。
もし、彼が私に出逢わなければ・・・彼は全国制覇をしていたのかもしれない。
私が変なことを言い出さなければ・・・彼は全国の舞台で輝けたのかもしれない。
私の行いで・・・彼にツライ思い、させてしまったのかもしれない。
「はぁ〜・・・何考えてんだろ、私」
ため息を零して、私は携帯を机に置いた。
とにかく、彼が戻ってきたら精一杯出来るだけ励ましてあげよう。
私に出来るのはそれくらいしかもう・・・見つからないのだから。
8月も終わりに近づいてきたある日の夕方。
大阪の自宅で一人読書をしていた。
すると――――。
「お嬢様・・・白石様がいらっしゃいました。お連れいたしましょうか?」
「あ、いいです。私が行きます」
蔵がやってきた。
私は自分の部屋を出て、すぐさま玄関に走りドアを開く。
「おぉ。久しぶりやな、」
「う、うん。・・・久しぶり」
ドアを開けたらいつもどおりの蔵が笑顔で其処に立っていた。
「は、入れば」
「おう。お邪魔します」
久々に逢った蔵の表情に私は思わず緊張する。
ドキドキとかそういうのもあるけれど
一番はこの後、どう彼に励ましの言葉をかけてあげればいいのか迷っていた。
いつもなら私の部屋に行くまで会話が弾むのに
今は一切、私も蔵も言葉を交わすことなく、私の部屋に着いた。
部屋に彼を居れ、ドアを閉める。
蔵は私の部屋に入るなり、いつものようにベッドに座る。
「あー・・・このベッドに座るんは久々やなぁ〜。硬すぎず、柔らかすぎず
この具合が丁度えぇねんなぁ〜。俺このベッド好きやわぁ」
「そ、そう。ありがと」
軽く会話したら無言の空気が流れる。
何とかそれを破りたいけど、突破口が見つからない。
「・・・聞いたやろ、謙也から」
「え?・・・あぁ、うん。惜しかった、ね」
破ったのは蔵だった。
先ほどの少し間の抜けた声とはまったく違う、凄く真剣な声だった。
「ホンマ・・・やっぱ前回優勝校はちゃうな。王者の力っちゅうの?強かったわ」
「そう、なんだ」
「情けない話・・・俺、出られへんかったわ。ちゅうか、回ってけぇへんかったんやけどな」
「それも、謙也から聞いた。蔵、シングルス1だったって」
「おう、何たって部長やからな。・・・・・俺、部長やから」
途端、蔵の表情が曇る。
先ほどまで少し明るかったのが、急に曇りだした。
彼の心に、何故か雨が降っているように見える。
「ホンマ・・・情けないやろ?部長やのに、試合に出れへんかったんちゅうの。メンバーみんな頑張ったし
それに、3年の先輩達のためにも・・・全国制覇・・・したかったわ」
「蔵」
「先輩達差し置いて、俺部長になったからな。ホンマそういう気持ちもあるんよ。それに部長として
皆のために勝たなアカンし、俺自身としても一試合一試合、全力で挑んで勝ちたいんや。
せやけどな・・・・・・勝たれへんかったわ。皆を、もっと上まで連れて行かれへんかったわ」
「ベスト4でも・・・充分、上だよ」
「うーん、でもやっぱり一番欲しいやん。望むのはみんなその高台や。俺ら四天宝寺のメンバーかて
一番っちゅう高台目指して頑張ってたんや・・・・・・俺、やっぱり力不足やったんやな。全国の舞台で思い知らされたわ」
表向き、蔵は少しニコニコしながらこの話をしている。
だけど、何故だろう・・・心の中が雨が降っているようで
とても寂しいし・・・何故か寒い。
「俺がもっとしっかりしてたら、全国制覇出来たのかもしれへんし・・・俺がちゃんと皆のことまとめれたら
ストレートで負けることも、なかったんやろうなぁ。ストレートで負けたのは有り得へんやろ?
フツー、1ゲームぐらい取れよとか思うやん。1ゲームすら取らしてくれる隙なかったわ。
まぁそれなりに、前回優勝校の意地っちゅうのもあるやろうし・・・そこはなしゃあないねんな。
俺らの力がまだまだやってことやし、俺の指導力不足っちゅうのもあるやろうし」
「もう、いいよ」
「え?」
蔵が話しているのを私は思わず自分の言葉で遮った。
私の声に、今まで喋っていた蔵が驚いた声を出す。
「もう、いいよ。そんなに・・・自分、責めなくて」
「・・・・・・・・・」
分かってた。
蔵は、自分を責めてる。
さっきから「俺が〜」とか「自分が〜」とか。
絶対にメンバーを責めたりしていなかった・・・ただ、自分を責めている。
自分のせいで、他のメンバーや3年生を導けなかった。
それは部長としてもそうだし、一選手としても・・・彼は自分を責め続けてる。
「蔵は・・・頑張ったよ。なのに、どうして自分をそんなに責めるの?
蔵だけじゃない、謙也だって、ユウジだって、小春ちゃんだって・・・・・みんな、みんな・・・頑張ったのに。
何で自分で全部背負い込もうとするのよ・・・おかしいよ」
「部をまとめきらんかったんは部長である俺の責任や。俺が全部・・・悪いねん」
「もういいって!」
私はそう言いながら、彼を抱きしめた。
「もういいよ・・・蔵。蔵のせいじゃないよ・・・蔵、一生懸命頑張ってるよ。無理に全部、背負い込まなくていいよ」
「」
「蔵は精一杯、部長として頑張ってるし・・・選手としても頑張ってる。みんな、それはちゃんと分かってるよ。
蔵・・・いっぱい、いっぱい・・・頑張ってる、努力してるじゃない」
関西大会の決勝の日。
渡邉監督が言っていた。
『それなりに努力も色んなもんも積み重ねてきてる奴や』
私と逢う以前の彼はよく知らない。
けど、逢ってからの彼の事は誰にも負けないくらい知ってる。
3年生差し置いて、部長になったプレッシャーを跳ね除ける為
彼はきっと一生懸命努力し続けたに違いない。
いや、今でもそう・・・彼は歩む足を止めようとしない。
部長として、一選手として・・・その歩みを止めてしまえば
迷い、戸惑いが起こるに違いないから。
でも・・・でもね――――。
「自分を責めたところで・・・何にも変わらないよ。自分がただ傷つくだけだよ・・・私、ヤダ。そんな傷ついた蔵の姿・・・見たくない」
「・・・・・・」
「もう、自分を責めないで・・・傷つけないで。蔵は一生懸命頑張ってる。みんなだって・・・それ分かってるから
ちゃんと付いて来てるんじゃない。貴方がちゃんと頑張ってるのみんな分かってるんだよ。だからお願い・・・もう、自分を責めないで」
「スマン・・・・・・ありがとう」
そう言って、蔵は私を抱き返した。
胸に温かいものを感じる。
「蔵?・・・・・・泣いてる?」
「・・・あー・・・あんま、見んといて・・・ホンマ、堪えるの大変やったんや」
私が少し離れて彼を見ると
彼は顔を伏せる。そこから涙の雫がポロポロと零れていた。
「男が泣くんはカッコ悪いやろ。せやからあんま見んといて。あー・・・クソ、止まらへん」
蔵は腕で何度も目を拭うも、涙が止まらないらしい。
私は再び彼を抱きしめた。
「?」
「私の胸くらい、いつでも貸してあげる。泣くなら泣きなさいよ。私だってアンタに何回胸借りてると思ってるの?
数え切れないくらい借りてるんだから・・・泣きたいとき、泣けばいいの。意地張るな」
「・・・・・・俺、おれ」
「たくさん泣いて・・・明日から、また頑張ればいいの。だから今日はたくさん、泣いてもいいよ。私がずっと側に居てあげる。
いつも私が泣いて、蔵が側に居てくれたみたいに・・・今度は私が側に居てあげる」
「・・・・・・ホンマ、おおきに」
そう言って、彼は涙を流した。
きっと、今まで辛かったのだろう。
苦しかったのだろう。
分かってくれる人は多分、数は限りなく少ないはず。
いや、もしかしたら・・・彼を理解できた人は私だけかもしれない。
『アイツが一番ゆっくり出来るんはお嬢さんの隣やと思うし』
渡邉監督も、彼の背負い込んでるものが分かっていたのだろう。
そうか、だから私にそう言ってくれたのか、と今更ながら
あの人の言葉を理解した。
辛くなったら、いつでも胸貸してあげる・・・だから、意地張らず泣いてもいいよ。
辛いとき、泣くときはちゃんと私に言ってね。
私、ちゃんと受け止めてあげる。
偽りの関係だとしても、私は心の奥からそれを受け止めてあげる。
だって・・・貴方の事がとても・・・・・・大好きだから。
「・・・・・・」
目が腫れぼったい。
確実にこらぁ充血してるな。
の家の天井を見上げ俺はそう思た。
お生憎とお嬢様はキッチンに向かって
アイマスクをこしらえてる最中。
俺はの部屋のベッドを占拠して天井を見上げていた。
「目ぇ・・・痛いわ」
泣いたのは、ホンマ何年ぶりやろうか?
特に人前で泣く事なんてもうここ数年経験無し。
昔はよぉ、姉ちゃんとケンカして泣かされた事があったな。
せやけど、に見透かされたように言われた瞬間
傷に塩を塗られた思いやった。
痛かったのが更に痛み出したんやから。
最初「自分に俺の気持ちなんか分かるんか!」と叫んでやろう思もた。
けど、出来ひんかった・・・・・・は、分かってたんや・・・俺の気持ち。
「ホンマ、側に居るだけでこんなちゃうねんな」
いつもは俺が逆の方やった。
が泣いているのを俺が宥め、側に居るちゅうの。
せやけど、今日は逆。
俺が泣いているのをが宥め、側に居る。
何や不思議な気分や。
「・・・蔵、大丈夫?」
「お、おう」
すると、キッチンに走っていたが戻ってきた。
俺は体を半分起こし、彼女を出迎える。
「あぁ、いいよ寝てて」
「別に病気してんのとちゃうねんからえぇって。泣いただけやで?」
「泣き疲れるっていうのがあるでしょ?いいから、ホラ」
無理に再びベッドに戻らされ、目元にひんやりと濡れたタオルが置かれた。
「ゴメン・・・アイマスクあったはずなんだけど、なかった」
「えぇてこれでも。あーー・・・生き返る。目に潤いが戻ってくるわぁ」
「大げさよ」
そう言いながらはベッドから離れ、自分の机へと向かう。
俺はタオル少し退かし、彼女を目で追う。
ふと、俺の視線に気づいたのかこちらを見る。
俺は慌ててタオルを元に戻した。
スリッパの足音でこちらに近づいてくる。
瞬間、目元に置いたタオルが退かされる。
「何?・・・他に何かいるのある?」
「え?・・・あぁ、いや、別に。せやけど」
「ん?何」
「此処・・・俺の側に、居ってほしいな・・・思もて」
絶対「え?ヤダ」とか言いそう。
俺は心の中、そんな予想をしてしまった。
「いいよ」
「え?」
せやけど、返ってきた彼女の言葉に俺は内心驚いた。
いつもやったら毒舌で色々返ってくるんに。
「だって、言ったじゃん。今日は私が側に居てあげるって・・・自分で言ったことはちゃんと守るわ」
そう言うて、はベッドに座り
俺の目に置かれた濡れたタオルの上に手を置いた。
目にひんやりと冷たい水の温度と
の手の温かいぬくもりの温度がえぇ具合に目に潤いを与える。
俺は思わず、タオルに置かれた彼女の手を握る。
「・・・・・・来年」
「何?」
「来年、また全国行く。せやから、今度はちゃんと・・・、応援に来てな。全国行ったら応援来てな。
ミサンガやのぅて・・・が居らんと、やっぱ力入らへんわ」
「・・・蔵」
お前のためなら・・・・・・何や、頑張れる気がする・・・言うたら結構自分勝手。
しゃあないやん・・・B型さんはそんなもんやで(俺だけかも知れんけど)。
「そうね。・・・じゃあ来年、頑張って全国行けたら・・・・・・応援に行くわ」
「おおきに」
全国制覇をしたらという、俺の本当の願いは叶えられへんかった。
せやけど、まだ俺ら繋がってられる。
俺にはミサンガあって、にはお星さんのネックレスがある。
どっちかが外れたら、幸せに向かうか不幸に向かうか分からへん。
でも、まだ繋がっていれるやろ?
俺のこと、ちゃんと分かってくれたんは・・・自分だけや。
俺・・・もう、お前から離れとぉない。
もちろん、俺かてお前を離しとぉない。
来年・・・全国行けて、優勝できたら・・・・・・ちゃんと、俺と付き合うかどうか考えてくれ。
それまでこの話・・・ずーっと心の奥底に沈めとくわ。
せやから・・・・・・まだ俺の―――――。
「側に居ってな・・・・・・」
「・・・・・・ぅん」
来年、必ず全国にお前連れて行ったる!
そして今度こそ優勝して・・・俺の本当の気持ち伝えるんや。
「」
「ん?」
「好きや」
「私も、好き」
濡れたタオルを退かして
俺は彼女を引き寄せ唇を重ねた。
セミの鳴く、暑い夏が・・・終わりを告げようしとった。
Cry
(泣きたいときは泣いていいよ/大丈夫。もう泣いたりせぇへんから)