「すまんな、。時間取らせてしもて」
「いいえ。あの、それで・・・なにか?」
4時間目手前、休み時間に私は担任教師に呼び出された。
場所は進路指導室。
何かやましいことでも・・・とか思っていたのだが
目の前に、書類を出されて私は何もないとホッと肩を撫で下ろした。
担任は私の目の前に腰掛けて、書類を前に出す。
「進路のことなんやけど」
「はい」
「ホンマに、この学校でえぇんか?」
「・・・と、言いますと?」
担任に問いかけられ、私は質問で返した。
すると、かの人は少しめんどくさそうな顔をして頭を掻きながら―――。
「お前の成績やし、別に此処の学校でもなくてもえぇんとちゃうんか?」
「え?」
書類を改めてみると、提出した進路希望書。
第一希望は、もちろん蔵と同じ学校・・・いや、第三希望まで同じか。
担任の言葉に、私は黙り込む。
「それに、お前・・・一氏や金色と同じ学校になんねんぞ。まぁあいつ等のことや、此処の学校
テニスでは強いところ言うからな・・・どーせ、1組の千歳や2組の白石、忍足も同じやと思うけど。
仲えぇからってわざわざお前までふっ付いていかんでも、えぇんやで。いつかは離れていかなアカンねんから
いつまでも、仲良しごっこは続かへんねんぞ」
「・・・・・・」
「はぁ〜・・・まぁもう少し、親御さんと話して、結論出しぃ。もう授業始まるからえぇで」
「・・・はい。失礼しました」
私は席を立ち上がり、一礼をして進路指導室を出た。
8組の教室に戻る途中
担任の言葉が耳に残って離れなかった。
『いつかは離れていかなアカンねんから』
そう、いつかは・・・離れなければならない。
でも、そのいつかって・・・いつよ?って話。
もしかしたら、ずっと一緒に居るかもしれないじゃない。
それに・・・・・・。
「約束だから・・・離れないって、蔵と・・・約束したもん」
1学期始まる前・・・花見をしながら2人で交わした約束。
「同じ高校、一緒に行こう」って。
その方が、恋人のフリを続けやすいという蔵の的確な判断。
その言葉だけでも私は嬉しかった。
またずっと、彼と一緒に同じ時間を過ごせる。
そう思えただけで幸せで、嬉しかった。・・・それが嘘でも。
嘘でも・・・・・・側に居れれば・・・・・・よかった。
たとえ、お母さんが望んでいるような道に逸れているとしても――――。
『この学校に行くの?』
『うん』
『調べてもらったけど・・・別に、此処じゃなくてもいいのよちゃん』
『でも、私・・・此処に、行きたい』
『・・・・・・白石君が居るから?』
『・・・・・・・・・ごめんなさい。勝手に・・・決めて』
『ちゃん、顔を上げて。お母さん、別に怒ってるわけじゃないの。貴女が本当に此処でよかったのか
判断を誤らせないために言ってるの』
『入ってみないと分からないし・・・それに、自分の行くって決めた道だから・・・後悔するときは自分だし。
お母さんやお父さんに迷惑だけはかけないようにする』
『ちゃん』
『ごめんなさい。お母さんやお父さんの望むような道に、進めなくて』
『いいのよ。貴女には幸せに育って欲しいから・・・お母さんだけじゃないわ、お父さんだってそう思ってる。
この高校で本当にいいのね?後悔はしない?』
『はい』
『分かった。その代わり』
『白石君とずっと仲良くね。これはお母さんとの約束よ』
あの時のお母さんの言葉と表情に、私は凄くホッとした。
蔵と同じ学校に行くと察すると、本当は何か言いたそうな顔をしていた。
別の学校に進んで欲しい・・・そう、お母さんは思っていたに違いない。
多分、お父さんも・・・同じだろう。
気づいたら8組の教室前。
腕時計を見ると、授業が始まる5分前。
入るのが少し億劫。でも入らなきゃ。
「ただいまー」
「あ、ちゃんおかえり〜」
「えらい遅かったな。何話してたん?」
教室の中に入ると、小春ちゃんやユウジが明るく出迎えてくれた。
「うん、ちょっと」
「担任の先生に呼ばれるとか・・・、お前なんかやらかしたんか?」
「バーカ、何もしてないわよ」
「せやで。ちゃんはえぇ子やもん・・・何かするとか有り得へんで」
「さっすが小春ちゃん」
「って蔵リンならそう言いそうやね」
「そこで蔵の名前出すか」
戻ってくると、いつものように他愛無い話しで盛り上がる。
コレが高校まで続くと思うと、嬉しくてたまらない。
『いつかは離れていかなアカンねんから、いつまでも、仲良しごっこは続かへんねんぞ』
瞬間、担任の言葉が蘇ってきた。
思い出した途端、胸が苦しい。
ダメだ・・・・・・思考がどんどんマイナスの方向に走っていく。
「ちゃん、どないしたん?」
「?」
「帰る」
「「へ?」」
私は立ち上がり、横にかけていたカバンを取り
必要なものだけをカバンに戻していく。
「ちょっ、ちょっとちゃんどないしたん?」
「帰るの。ちょっと気分悪くなってきた」
「戻ってきてすぐとか・・・、仮病か?」
「本当に気分悪いのよ」
特に心の方がね。
「戻ってくる途中、蔵リンとばったり遭遇してケンカしたのとちゃうん?」
「そんなんじゃないわよ。むしろアイツとのケンカなんて日常茶飯事じゃない」
「そらそうやけど・・・ホンマなんや・・・、どないしたん?」
「言ってるでしょ、気分悪いって。じゃあ、先生達に上手く伝えておいてね」
「あ、!」
「ちゃん!!」
私は鞄を持ち、そそくさと教室を出た。
これ以上、多分此処に居たら・・・私、苦しくて泣いちゃう。
泣くのは、蔵の前だけだって決めてる。
それ以外の場所じゃ絶対に泣かない・・・そう決めた。
私が泣いたら、きっと皆に迷惑をかけてしまう。
だったら、ウチに帰ってひっそり泣けばいい。
その方が誰にも迷惑かけず、辛くないと思うから。
すぐに家に帰ろうと思ったけど
少し歩きたい気分だったから、私は大阪の町をふらついていた。
まだ頭の中で、担任の言葉が鐘のように響き渡っている。
「・・・?」
「え?・・・あっ、ち、千歳っ」
「おぉ、やっぱりだったね」
すると、放浪者の千歳千里とばったり遭遇した。
相変わらずコイツ・・・学校サボってるな。
「どぎゃんしたと?学校は授業中じゃなかとね?」
「そうなんだけど・・・・・ちょっとね」
「白石とケンカしたと?」
「小春ちゃんとユウジとおんなじこと言わないで。・・・そうじゃない、そうじゃ・・・なぃ」
千歳に優しく問いかけられた瞬間
私の目からは涙が零れてきた。
我慢して、我慢してたのに・・・胸が苦しい。
「っ!?・・・、此処で泣きなすな」
「ごめっ・・・ごめん、千歳っ・・・涙・・・止まんなくてっ」
「と、とにかく此処じゃなんだけん、向こうで話そう。
何か、白石とケンカばしたっていう感じじゃなかような気ぃすっけん」
「ぅん・・・あり、がとう」
「よかよ」
そう、千歳に促され、近くの公園へと私たちは向かった。
そこで私は、学校で何があったかを
彼に正直に話した。
だって泣いてるところ見られたんだ・・・正直に話さなければ、逆に怪しまれる。
「進路かぁ。まぁの頭だけんね、そぎゃん風に言われてもおかしくなかね」
「でも・・・蔵と約束したから。一緒の高校、行こうって。まぁ約束というよりも、蔵が最初に言い出したんだけどね」
「そんだけ・・・白石は、ん事ば大切にしとっとたい。よかやっかなぁ〜・・・進路は自分で決めるもんだけんが
頭がよかけんがって、無理矢理進路変更させんでも」
「だけど・・・正直、担任にそれ言われて不安になった」
「え?」
私の言葉に、千歳は驚きの声をあげた。
「いつかは・・・離れなきゃいけないって、自分でも覚悟はしてた。だけど、いざ現実それを突きつけられると
不安な気持ちだけが増してきて・・・言い返せる自信、なかった」
「」
そう、いつかは・・・蔵が、ネックレスあるなし関係なく
離れていくような気がした。
今はすごく楽しくやってる。
でもそれは長くは決して続かないことくらい・・・誰にだって分かる。
中学と高校じゃ、話が違う。
四天宝寺の生徒だけじゃない、大阪全部・・・いや他県からの生徒だって。
いつかは、彼の目に私が映らないことも・・・・・・覚悟はしていた。
「不安すぎて・・・頭の中、ぐちゃぐちゃ。私・・・大阪に来たのが間違いだったのかな」
「そぎゃんこつば言いなすな、。俺、九州に居って辛(つら)かことあったけん、こっちに来たようなもんだん」
「千歳も?」
「”も“ってことはも、俺と同じか。になんがあったか、あんま聞かんごつしとく。
やばってん、俺はこっち来て間違いじゃなかって思っとる。四天宝寺の皆と逢えたし・・・、お前さんにだって逢えた。
それだけで俺は自分の判断間違ってなかって思っとるよ。自分で決めたとだけん・・・後悔だけはしたらイカン」
「・・・千歳」
彼の言葉に、止まっていた涙が溢れた。
「あんま泣きなすな。目が腫れて滲みてくっばい」
「うん。ごめん・・・ありがとう。少し、スッキリした」
「ならよか。今日はもう帰って寝なっせ・・・その方が明日またがまだせ(頑張れる)っけんが」
「そうね。ホントありがとう千歳」
「よかよか。ほんなら、俺は散歩ん続きば」
「あっ、千歳!」
ベンチから立ち上がった千歳を私は呼び止めた。
「ん?どぎゃんしたと?」
「あのさ・・・もう一つ、聞いてもらっていい?コレ、蔵には絶対言わないでね」
「白石に?ま、まぁ・・・よかけど」
「ありがとう。あのね・・・・・・」
「・・・、何であぎゃんこつ」
『もし、もしも・・・私と蔵の関係が嘘だって言ったら・・・どうする?』
『は?』
『それでね・・・もし、私が本当はお嬢様じゃなかったら・・・どうする?』
『?・・・何ば言いよっとね?白石との関係って・・・嘘でお前さんたち、付き合ってるって』
『もしの話だよ。ねぇ、驚く?』
『俺ん表情ば見て分からんね?たいぎゃ(かなり)うったまぐぅよ。お嬢様、冗談キツか』
『・・・フフフ・・・そうね。エイプリールフールには絶対似合わない嘘よね』
『そぎゃんじゃなくても、心臓止まりそうな嘘ばつかんよ、よかね?』
『はーい。じゃあ、蔵には内緒の方向性でよろしく。じゃあね!』
そう言って、彼女は笑って俺ん前ば去って行った・・・ばってん。
何であぎゃんこつば言うたとか、よぉと分からん。
「秘密主義じゃなかけんがねー・・・・・・には悪かばってんが、白石に一応言うとったほうがよかかね」
彼女の真意がよく掴めん。
そういえば、家族も・・・弟か妹が居るよぉな気がして
いっぺんに尋ねたことあったね。
でも、俺の予想は見事に外れた。
は一人っ子。
よぉ当る俺ん予想が外れた。
面倒見がよかけん、下にキョウダイ居ってもおかしくなか。
金ちゃんとの2人を見てそぎゃん風に感じた。
俺の予想が外れたことをに言うと――――。
『お嬢様だからって、甘えん坊って思われちゃ困るわ。世間様はそんなに甘く無いからね。しっかりしなきゃ』
と、凛々しか面持ちで言うとった。
たまに、分からんん事。
白石は、どんくらい・・・・・・ん事ば、知っとっとだろうかね。
こぎゃん話ばしたら、どぎゃんすっとだろうか?
予想したくても、予想ができん。
何か・・・胸騒ぎがすっとよね。
予想出来んような・・・胸騒ぎ。
「これば話して・・・今後、何もなかならよかっだけど」
そう言って俺は呟き
風に押されるように、四天宝寺中学へと足を進めるのだった。
Future〜予測不可能〜
(未来のことは誰にも予測できない)