「ごっそさん!」
「金ちゃんえらい食うの早いなぁ」
「しかも1杯って・・・どないしたん、金太郎さん」
21日。
全国大会決勝まで残る俺たちは
ホテルで朝食を摂っていた。
すると、いつもなら大食いの金ちゃんが
ご飯を1杯と済ませ、席を急いで立ち上がる。
その姿に誰もが驚き、ユウジと小春が金ちゃんに声を掛ける。
「今からねーちゃんトコ行くねん!」
「あっ、バ、バカ」
「金ちゃん、此処でそれは・・・っ」
金ちゃんの言葉で、全員が俺のほうを見る。
俺は別にそれを気にせず箸を進めながら―――。
「行きたいなら行ってきぃよ。遅くなるんやないで」
「はーい!・・・あ、千歳・・・先行くで!」
「迷子になりなすなよ、金ちゃん」
「今日はならん!千歳より先に行くねん!!ほな、行ってきまーす!!」
そう言って金ちゃんは足早にホテルを出て行った。
すると少し距離の離れたところに座ってた千歳も
箸を置いて、立ち上がる。
「なら、俺も行くね」
「何や、お前もんトコ行くんか」
「おう。まぁ散歩がてら、んトコ行くとよ・・・んなね」
千歳の近くに座ってたユウジが声を掛けて
彼もまた笑顔でその場を去る。
「何や?謙也・・・何か言いたい事あるんやったら言え」
「別に」
隣に座る謙也が俺を見る。
言いたい事あんねんなら、言えやと俺が言うと
謙也は「別に」と言葉を濁した。
嘘付け。
ホンマは、ホンマは言いたいことあんねんやろ?
俺と謙也の会話が気になったのか、小春とユウジも俺の方を見る。
俺は二人と視線を合わせると
二人とも慌てて俺から視線を逸らした。
原因は分かってる。
2日前・・・俺とは、別れた。
いや、俺が一方的に別れを切り出して・・・・・・それっきり。
冷たい態度で突き放して、俺とは恋人としての関係を絶った。
それが原因で
千歳と金ちゃんがを気に掛け始め
昨日も・・・夕飯ギリギリに二人は戻ってきた。
そして、今日も・・・朝も早よから・・・金ちゃんも千歳もの所に行った。
謙也が俺に言いたい事は分かる。
『お前は行かんでえぇんか?』
という言葉やと俺は思てる。
もう、もうええんや。
俺が別に優しくせんでも、こうやってには
千歳や金ちゃんがしてくれるから・・・えぇねん。
俺が特別、したらんでも・・・えぇんや。
ふと、千歳と金ちゃんの座ってた席を見る。
この前まで、こんな早くにあの二人が動く事なかった。
絶対に・・・なかったのに。
それが今では・・・其処に二人の姿はない。
特に千歳とは・・・・・殴られた日以来、喋ってもない。
俺も喋る気分とちゃうし、向こうも俺と喋る事せぇへんやろ。
アイツは、のために俺を殴ったんやから。
を傷つけて、泣かした俺を・・・殴ったんや。
何も悪いこと、してへん。悪い事してたんは、のほうや。
俺に嘘ついて、跡部クンの身代わりさせて・・・・・・俺の心をズタズタにしていきよったんや。
だから・・・俺が殴られる事ないはずやのに。
「(・・・痛いわ・・・)」
殴られた右頬が少し痛み出した。
シップで痛みを抑えてるけど、ホンマ何や・・・・モヤモヤしてきた。
俺は箸を置いて、席を立った。
「白石、何処行くねん」
「散歩や。金ちゃんや千歳の顔見とったら、何やイライラしてきた。散歩に出掛ける・・・後は自分等、好きにしとき」
「あ、おい白石っ!!」
謙也の声を振り切り
俺はゆっくりとその場から足を進め、ホテルを出る。
照りつける太陽の下に肌を晒し、俺は歩き出す。
そう、ワケもなく・・・ただ、歩いて・・・。
歩いて・・・歩いて、気ぃついたら・・・・・・。
「って、俺・・・何で此処に来てんねん」
の家の近くやった。
気づいたら俺はの家の近くまで来てた。
そんなつもりは全然なかった。
だけど、気ぃついたら・・・俺はの家の近くまで来とった。
「何してん・・・俺。アカン・・・帰ろ・・・アイツの顔見るために来たんとちゃうんやし」
そう言って俺は踵を返し、ホテルに戻ろうとすると―――。
「っ!!・・・け、謙也・・・それに、お前ら何してんやこないなところで」
振り返れば、謙也に小春とユウジが居った。
俺の驚きを他所に、謙也が俺に近づいてくる。
「散歩とか言うて、どうせのこと気になって来たんやろ?」
「ちゃ、ちゃう!気ぃついたら此処居ったんや・・・別にアイツの事なんて気にもしてへんわ」
「せやったら、蔵リン・・・何で此処来たん?気にしてへんのやったら、ちゃんトコ来る必要ないやんか」
「せやからたまたま」
「おーい、」
「あ、千歳。来るの早いって」
謙也たちと話をしていると、千歳がの家に向かって声を上げる。
すると、門が開いてが中から出てきた。
俺は謙也たちに投げかける言葉を止めて、思わずそちらに見入る。
「飯ば早う食って来たと。散歩がてらたい」
「相変わらず放浪するわね」
「金ちゃんは?俺より先に出たとだけど・・・まだ来とらんと?」
「え?まだ来てないよ・・・昨日もそうだったじゃん。道に迷ってお昼過ぎに来たでしょ?」
「たいね」
と千歳は軽快な会話を交わし
彼女は・・・2日前の態度が嘘のように笑ってた。
ホラ・・・ホラやっぱり、アイツ・・・嘘つきや。
「ねーーーちゃぁあん!!!」
「あ、金ちゃん」
「金ちゃん、遅かよ」
すると、俺らが居るとは逆方向から金ちゃんが
物凄い勢いで嬉しそうに走ってきた。
「来い白石」
「ちょっ、何す」
「隠れんと金ちゃんにバレてまうぞ。ただでさえ視力えぇねんから」
「俺は別に」
「はい、シャラープ」
「んぐっ!?」
物陰に謙也とユウジに引っ張られ、挙句小春の手で口を塞がれた。
何で俺までこないなことせなアカンねん。
もう、もう俺・・・関係ないやん。
物陰に俺らは身を隠し、小春の手が俺の口から退かされる。
そして3人の様子を、謙也たちは見る。
俺はその気にもならんはずやのに・・・・・・気になって、結局顔を少し物陰から出して、3人を見る。
「あ、千歳。また千歳が早かったん?」
「金ちゃん、また迷子になっとったね?」
「ちゃ、ちゃう!!あ、でもな・・・近所のオバちゃんがコレくれてん。ねーちゃんにプレゼント!」
「え?・・・ひ、ひまわり」
「かぁ〜ふとかねぇ。そぎゃんふとかひまわり見た事んなか」
金ちゃんが嬉しそうに、ひまわりをに渡した。
最初はそのひまわりを驚いた表情で受け取ったやったが、すぐに――――。
「ありがとう。大事に飾るね」
ホッとしたような表情で笑った。
それを見た俺は胸が痛かった。
「おやつ・・・・・用意してるから、上がって」
「すまんな。昨日も来たとに」
「いいって」
「わーーい!お邪魔しまーーす」
「金ちゃん、騒ぎなすなよ」
「はーーい!」
金ちゃんは楽しそうに、と千歳の横を通り過ぎ中へと入っていく。
もそれに続こうと中に入ると―――。
「」
「どうしたの、千歳?」
千歳が、を呼び止めた。
そして彼女にゆっくりと近づき。
「お前さん・・・俺が帰った後も泣いたね。目があっかよ(赤いよ)」
の目元を撫でながら、そう言う。
・・・また泣いてた?
何で?俺と別れて泣く必要ないやろ?
むしろホッとするやろ?・・・何で、何でお前が泣くねん。
泣きたいんは、俺のほうやぞ。
「・・・色々考えたら、また泣いちゃった。ごめんね千歳」
「よかけど。・・・あんま泣いとったら、ひまわりが枯れてしまうけん・・・泣きなすな」
「え?」
「ひまわりは・・・お日様ん花やけん。お日様は毎日、笑っとらすど?だけん、あんまり泣いとっと、ひまわりが
悲しくなって枯れてしまうやっか。笑っときなっせ、。こんひまわりが枯れんごつ。・・・よかね?」
「千歳・・・・・・ありがとう」
千歳の言葉に、は少し笑いながら千歳と中に入っていく。
だが、その表情に俺は違和感を覚えた。
嬉しそうに見えて・・・何や、あの表情・・・俺見たことあるわ。
そう、ある・・・俺はあの顔の、見たことある。
まるで、誰にも心配かけまいと笑う・・・作り笑い。
「・・・・・・アホくさ」
「白石っ」
「俺帰るわ。後は好きにせぇ」
「あっ、く、蔵リンッ!?」
そう言って物陰から俺は出て、ホテルへと戻る道を歩く。
その間も俺は考える。
何で?
何でアイツあんな顔すんねん。
する必要ないやろ?俺と別れたんやから、する必要は何処にもないやん。
だったら何で、あんな作り笑いすんねん。
何で、毎日泣くん?
お前の泣いた顔も、作り笑いも・・・全部、嘘のクセに。
誰かに心配して欲しいからそうやって・・・嘘つきな子演じるんやろ?
誰かに・・・誰かに――――。
『ありがとう・・・・・・千歳』
お前が誰かに微笑むなんて。
何で俺・・・こんなに気持ちむしゃくしゃすんねん。
別れて・・・別れて、すっきりしたはずやのに・・・・・・何で、なんでお前は―――。
誰かの側で笑って、誰かの側で泣いた顔見せてんねん。
「あー・・・もう。のアホ・・・・お前なんか・・・お前なんか・・・・・・」
『蔵・・・・・・・好きだよ』
「大好きや。好きや・・・好きやねん、・・・っ・・・好きや・・・好き、やっ・・・っ」
目を覆い隠しながら、俺は泣いた。
大嫌いなんて嘘や。
あぁ、嘘ついてんのは俺のほうや。
お前は、お前は何も悪くない。
ホンマは、好きで好きで・・・好きでたまらんねん。
でも、あんなことしてしまった。
せやからもう、後戻りなんてできへんねん。
お前の涙・・・拭う資格ないねん。
お前を傷つけて、泣かして、罵倒した俺は・・・もうお前を好きになる資格なんてないねん。
それでも・・・それでも―――。
「っ・・・・・・好きや」
お前を好きな気持ちは・・・嘘やない。
・・・お前を想う気持ちはホンマもんや。
どうやったら・・・俺、どうやったらお前に許されるんやろ?
なぁ、・・・教えてくれや。
俺、もう一度お前の側に・・・・・・居りたいねん。
「?」
「、どぎゃんしたと?」
「え?・・・あぁ、うぅん何でもない」
部屋でおやつを食べていると、誰かに呼ばれたような気がして
私は窓の外を見る。
そんな私を不審に思ったのか千歳が声を掛けてくれた。
「ていうか、金ちゃん寝ちゃったね」
「朝早かったけん。しかも、一番乗りで飯ば食べてんトコに行くって言っとったけんが疲れたっだろ。
よかよか、寝せときなっせ」
「そうだね」
金ちゃんはウチに入って、おやつを食べて早々
私のベッドを占領し夢の世界へと入っていった。
「何かゴメンね。毎日来てくれて」
「あ〜よかとよかと。23日の決勝まで暇だけんが気にせんちゃよかよ」
「明後日だっけ決勝。それ見たら大阪に帰るの?」
「おぉ。皆学校もあるけんね」
「アンタもでしょうが」
「お、いつものお前さんのらしか調子が出てきたな。よかよか」
私の言葉に、千歳が笑う。
それに釣られて私も笑った。
でも、私の笑みはすぐに顔から消えた。
「?」
「私らしいか。・・・・・・ねぇ千歳、私どんな風に笑ってた?」
「は?いきなり、何ば言いよっとね。今さっきんごつ笑いよったやっか」
「・・・何か、ちゃんと笑えてる・・・自信、無くて」
昨日の夜の事を私は思い出した。
誰にも迷惑かけまいと、あれこれ必死になって考えて笑った。
そしたらお父さんもお母さんも、皆ホッとした表情を浮かべてくれた。
だけど、私が塞ぎこみ始めたら
お父さんが困りだして、お母さんが泣いてた。
だから、だから笑おう笑おうと必死に鏡の前に立ってみるけど―――。
「何か、上手く・・・笑えなくて。前、私・・・どんな風に笑ってたのかなぁって思ったら
また・・・分からなくなって、もどかしくて・・・・・・泣いてた」
「それだけじゃ、なかろ?」
「え?」
千歳の言葉に、私は驚きの声を上げた。
「お前さん。俺ん中では、白石と居るとき・・・よぉ笑っとった。呆れながらも、楽しそうに笑っとった。
やばってん・・・白石の側離れた途端、今さっきもばってん・・・見てて、苦しか。
笑っとるように見えとっとだけど・・・何か・・・泣いとるようにも、見ぅっとよねの顔」
「やっぱり」
「だけん」
「もう、白石ん事ば・・・忘れなっせ」
「え?」
千歳の口から零れた言葉に
私の心臓が酷く動いた。
瞬間、彼の手が私の両肩を強く握る。
「もう、忘れろ・・・白石ん事ば忘れなっせ。お前さんがそうやって、白石ん事ば思い出して
泣いとる姿見るだけで、俺は苦しか。もう、もう・・・お前さんが泣く必要は何処にもなかよと?
正直、ば泣かした白石を俺は許したくなか、許す気もなかよ。もう、お前さんが白石ば思い出して
泣くとこば見るだけで・・・俺は・・・俺は」
「ち、千歳・・・っ」
「俺が側に居る。俺が白石ば忘れさせてやっけん・・・・・・もう、もう泣きなすな、」
「好きたい・・・・・・」
そう言って、千歳の唇が私の唇に近づいてくる。
心臓が酷く鼓動してる。
私、私・・・彼とキスしたら、蔵のこと忘れられる?
蔵のことちゃんと忘れて、また同じように笑って過ごせる?
もう、泣かなくていいの?
もう、誰も困らせなくていいの?苦しめなくていいの?
ねぇ・・・ねぇ・・・。
『、好きや』
瞬間、頭の中を蔵の笑顔が過ぎった。
私はそれを見て、思わず千歳と突き放した。
「・・・っ・・・ち、とせ・・・ごめっ・・・ゴメン・・・ッ」
「・・・やっぱり、俺は無理か」
「ゴメン・・・ホント、ゴメン。千歳は、千歳は・・・凄く良い友達なの。
友達で、頼りになって・・・だから、だから・・・・・・そんな風に、見れない。
千歳とは・・・ずっと、ずっと・・・友達で・・・友達で、居たいの」
私は泣きながら彼に言う。
確かに、千歳に全部預けたら蔵のこと忘れれると思った。
だけど、蔵のこと忘れたら・・・私、多分笑わなくなるって気が付いた。
蔵の側に居たときのように、同じように笑うことは出来ない。
やっぱり・・・やっぱり、私―――。
「私・・・蔵のこと・・・好きっ。蔵のこと、忘れられない・・・忘れたく、ないの」
「そうか。・・・すまん、俺が泣くなとか言いながら泣かしてしまったな、ゴメン」
そう言いながら、千歳は私の頭を撫でて立ち上がり
ベッドで寝ている金ちゃんをおんぶした。
「今日はもう帰る。明日また来っけんが」
「千歳・・・ゴメンッ」
「よかと。やばってん、明日はちゃんと笑っときなっせよ?あ、明日謙也とかユウジも誘ってみっけん
ちゃんと笑う準備はしとけな。まぁユウジ一人居ったら笑うには充分たいね」
「・・・ぅん」
「見送りはよかけんが。・・・んなね」
そう言って千歳は寝ている金ちゃんをおぶったまま
私の部屋を後にした。
千歳の居なくなった部屋で、私は・・・・・また泣いた。
千歳、苦しそうな顔してた。
私、また誰かにあんな表情させてしまった。
私が泣いて、塞ぎこんでるだけで
何人もの人が、あぁやって苦しそうな表情をして、困らせて、泣いてる。
笑えば済む話なのに、上手く笑ってくれない。
こんな私・・・こんなわたし――――。
ふと、目に飛び込んできた星のネックレス。
「コレがあるから・・・私・・・・・・っ」
それを持ち上げ、そっと握った。
「お嬢様、どちらへ?」
「少し散歩してきます」
「左様でございますか。どうかお気をつけて」
「はい、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
そして、私は・・・・・・姿を消した。
Way
(誰も悲しまず困らせず泣かなくていい方法は、私が消えればいいだけの話)