「さん・・・さん」
「んっ・・・あ、園長先生」
「こんなところで寝てたら風邪を引きますよ。子供達も起き始めたので
小さいけれど空いてるベッドで休んでください」
「すいません。ありがとうございます」
「親御さんたちにはいつ帰ると?」
「明日にでもとは伝えてます」
「そうですか」
窓から私は朝の清々しい夏の景色を見ていた。
帰る場所?
そんなのないわ。
明日にでもウチに帰るなんて嘘。
じゃあ私がどうして此処に居るかって?
思い出を捨てに来たの。
アイツと・・・彼との思い出を・・・緑の先にある海へと。
それで全部、おしまいにすればいい。
それで全部、私も・・・消えて、なくなればいい。
「先生。電話借りてもいいですか?携帯、忘れてきちゃって」
「えぇいいですよ」
「ありがとうございます」
でも、きっと私一人じゃ躊躇ってしまう。
だから――――。
「あ、もしもし?私・・・うん、今ね園に来てるの。そう、それでね・・・今、大丈夫?
お願いがあるんだけど・・・いいかな?」
23日。
全国大会決勝。
青春学園と立海の闘い。
死闘の結果、青学さんの逆転優勝で幕を閉じた。
「凄かったなぁ、今年の決勝」
「せやな。光、金ちゃん・・・来年は頼んだで」
「分かってますわ」
「・・・・・・」
「遠山、返事せぇ」
「はぃ」
昨日のことがあってか、金ちゃんは俺と話もしてくれん。
俺はため息を零し、金ちゃんを見る。
「金ちゃん」
「・・・・・・」
「俺、今からんトコ行って・・・謝ってくるわ」
「え?」
俺の言葉に顔を横に背けとった金ちゃんが
真正面の俺の顔を見る。
「そんで、仲直りしてくる。別に嫌々とかちゃうで。・・・昨日の金ちゃんの話聞いて色々決心ついたんや。
自分・・・の笑ってる顔、好きなんやろ?」
「白、石」
「もう俺、のこと泣かしたりせぇへん。寂しい思いもさせたりせぇへんよ。せやから・・・来年
がもっと笑って喜んでくれるよう、テニス頑張りや。全国で1番なったら、もっと喜んでくれるはずやから」
「・・・っ・・・ぅ、ぅん。ワイ・・・ワイ、頑張る・・・頑張る、からっ」
「おぉ、頑張り」
俺の言葉に金ちゃんは泣きながら答える。
そんな金ちゃんの姿を見て、俺は彼の頭を優しく撫でた。
「ほな、俺・・・ちょっと、んトコ行ってくるわ。健二郎、あとえぇか?」
「分かってるわ。行ってこい」
「すまんな。ほなお前ら後は」
「何?が居なくなっただと?」
メンバーに別れを告げ、のところに行こうとした瞬間
少しは慣れた場所で跡部クンの声がして
彼の口から、の名前が出てきた。
その言葉に俺はすぐさま反応。
居なくなった?
居なくなったやと!?
俺は動きを止めて、彼を見る。
「それで、いつから居ない?・・・一昨日?2日もアイツ家に帰ってないのか?」
2日も?
2日もは家に帰ってない?
跡部クンの言葉を聞いただけで俺は力が抜けそうやった。
せっかく、せっかく・・・俺
とちゃんと向き合えるって、今日ちゃんと仲直りするって決めてたんに。
アイツ、アイツなんで・・・っ。
「だからって何故俺に連絡してきた?・・・・・はぁ、そうか。あぁ、ああ・・・分かった。
とりあえず向こうには心配するなと伝えておけ。アイツはこっちで探す・・・あぁ、後は頼んだぞ。・・・ったく、あのバカ」
そう言って電話を切った跡部クンに俺はすぐさま近づいた。
「あっ、白石っ!?」
「どういうことや、説明してくれんか跡部クン」
「あぁ?何だ、白石?」
「が居なくなったこと説明せぇ言うてんねん!」
俺はそう声を荒げながら、跡部クンの胸倉を掴んで食って掛かる。
その場に居た四天宝寺のメンバーはおろか、氷帝さんのメンバーも驚く。
当たり前や、部長同士がこない風になってんねんから。
「てっめぇ、白石ッ!何が気に食わなくて跡部に」
「向日っ!・・・少し黙ってろ」
「けど、跡部っ」
「岳人・・・黙っとき」
俺の態度に、氷帝のおかっぱ君が文句を言おうとしたが
跡部クンの一声と、謙也のイトコの声で彼は黙った。
そして俺は未だ、彼の胸倉から手を離してない。
「よぉ出来た部員やな。自分の声で、ちゃあんと言うこと聞くねんから」
「フンッ、躾け方が違ぇんだよ。それで・・・テメェとの関係は何だ?」
「アイツは俺の彼女や。自分が昔、婚約破棄した女の俺は彼氏っちゅうわけや」
「ほぉ」
氷帝のメンバーは俺の言葉でどよめき出す。
だがさすが跡部クンや。
焦りの表情を微塵も浮かべず、逆に何や余裕をも感じれる。
俺の言葉一つでも顔色一つ変えず
胸倉掴まれてる彼はホンマ、大した男やで。
「は何処や?」
「知らねぇよ」
「じゃあ今さっきの電話は何やねん!ホンマは知ってんねやろ、正直に吐かんとシバくぞ」
「珍しいな、白石。聖書(バイブル)と呼ばれ、冷静沈着とされるお前が・・・取り乱すなんてよぉ」
「!!」
跡部クンの言葉で、心臓が大きく跳ねた。
アカン・・・俺、やっぱりの事になると、上手く冷静でおれへん。
アイツが居なくなった聞いただけで
目の前かて真っ暗になりそうやった・・・いや、今でもそれに近い感覚に陥りそうやわ。
「俺もさっき聞かされたことだ。確かには居なくなった・・・しかも2日も前からだ」
「嘘ついてるんやないやろな?」
「嘘じゃなかよ」
「・・・千歳」
跡部クンと俺との会話に、千歳が入ってきた。
「そん男が言うとるこつは嘘じゃなか。は2日前・・・散歩に行く言うたっきり、家に戻っとらんとよ。
携帯電話も、部屋さんおいて姿ば消したと。昨日の家、行ったら大騒ぎやっか。携帯も置いて、行方ばくらました。
だけん、俺も昨日必死で探したとだけど・・・何処にも居らんくて」
「それで、俺に電話が入ったわけか。分かっただろ、白石・・・放せ」
千歳の言葉もあってか、ようやく俺は冷静になり
跡部クンの胸倉から手を放す。
彼は俺に掴まれ乱れた制服の襟元やネクタイを正す。
「理由はどうあれ、が消えたことには間違いねぇ。・・・そういうことだな」
「あぁ」
「まったく、アイツの親はアイツの何を見てたって言うんだ。のことだ、どうせのこと甘やかして
怒りもしなかったんだろう。が逃げ出して当然なんだよ」
「跡部クン、言い過ぎや」
「言っておくがな、白石。は以前もこういうこと起こした。だが、アイツの親は絶対にアイツを叱りはしなかった。
お前なら俺がこの後何が言いたいか、見当はつくだろう」
跡部クンの鋭い眼差しが俺を突き刺す。
冷静に考えて
今までのを見ている俺なら―――。
「は・・・親に、怒って欲しいんか」
「そうだ。だから1日行方をくらましたことがある。俺もそのとき巻き込まれたから、何となく前と同じ状況だってことだよ」
無理をし続けた。
嬉しかった、家族が出来たから。
でも、家のこととか、自分の置かれてる状況とか
色々考えたら、普通には居れんかった。
優秀で居って、迷惑かけんようしとった。
「アイツが見つかったとき、の親は叱りはしなかった。はあの後、俺にこう言ったんだよ」
『ホントは、怒って欲しいのに。何で、お父さんもお母さんも私のこと叱らないんだろう』
「ってな。まったく、あのバカ・・・ガキじゃあるまいし、いつまでも叱ってもらえねぇくらいで家飛び出すかよ。
っとに、育ちが半ば施設だとそういうの求めたがるから分かんねぇな」
瞬間、俺は再び跡部クンの胸倉を掴んで
左手を彼の顔ギリギリで・・・・・・・・・止めた。
「跡部っ!」
「お、おい白石っ!?」
「次、ヘンなこと言うてみ。自分のその綺麗なお顔、腫れもんになるくらいまで殴るで」
「お前も、相当に惚れこんでるな白石」
「当たり前やん、俺の彼女なんやから。・・・他の女好きになって、婚約破棄した君に言われたないで」
「じゃあ覗き見してたお前に言われる筋合いはないな」
「何や、気づいてたん?まぁ君の事やから気づいてるとは思ってたけどな」
まさに一触即発。
せやけど、今さっきの言葉はホンマに腹立った。
はずっと無理してたんや。
でも心のどっかで優しさだけやのうて、厳しさも欲しがってた。
たとえ、本物の親やなくても
優しくしてもらうだけやのぅて・・・叱っても欲しかった。
そうすれば、普通の親子がしてることと
同じやっちゅうことやったから。
「さざなみ園だ」
「は?」
すると、跡部クンが何か言う。
「アイツの育った施設の名前だ。多分のヤツは其処に居る。さっきも言ったが、前も同じようなことがあったと。
は1日、あそこに姿を隠していた。そのときは俺の家の奴等が見つけて、すぐに保護したけどな」
「さざなみ、園」
「そうだ。アイツに聞いたんだ・・・・何故姿を消したって。そしたら」
『海、見たかった』
『は?海なんか東京湾に出れば見れるだろ』
『バーカ。あんな汚い都会の海じゃ落ち着かないのよ。施設の近くにある海が好きなの。
何かね・・・見てるだけで、落ち着くし・・・イヤなこと、全部流れていくの。其処に立ち尽くすだけで
嫌な事も、悲しい事も、辛いことも全部・・・流れていくの。何かを忘れたいとかそういうとき、1日かけて此処に来るのよね』
『田舎娘が』
『悪かったわね。しょうがないでしょ、此処で人生の最初は育ったんだもん。
温室育ちなお坊ちゃまには一生分からない世界でしょうね?』
『フン。余計なお世話だバーカ』
『まぁアンタにはね、一生かかってもきっと分からないわ』
『捨てられた子供の気持ちなんて』
「」
「ったく」
すると、跡部クンが俺の左腕を掴んで
自ら俺の手を放し、再び身なりを整える。
「俺の胸倉掴んで、粋がってる位ならさっさと行け。どうせアイツの親も知らねぇことだ・・・ついでに教えてやれ」
「跡部クン」
「確かに俺は、他の女を選んでと婚約破棄をした。アイツが俺のことどう思ってたかなんて知らねぇ。
ただ、俺は分かったんだ・・・求めるだけじゃなく、それに応えるのも必要だということを。
俺もも似たようなモン持ってた。ただ、あの時の俺はに求めていた・・・アイツも同じようにな」
彼はゆっくりと、とのことを語りだした。
俺はただ、それを何も言わず黙って聞き入る。
「俺たちは同じものを求めすぎて、互いの気持ちが反発しあっていた。俺はそれが苦しくて・・・から離れ、他の女を選んだ。
最初は何か言ってはくるだろうと期待はした、そうすれば戻ってくることも考えた・・・だが、は何も言わなかった」
「それは、跡部クンに」
「分かっている。嫌われたくなかったんだろ?嫌われたくないから、は黙ったんだ。
そして、俺は本気でソイツことを好きになった。俺は確かに最低だと言われてもおかしくはないんだ。
婚約者が居ながら、他の女のことを本気で好きになっちまったんだからよぉ。・・・・・・なぁ、白石」
すると、跡部クンはポケットに手を入れ俺に問いかけてきた。
「アイツ・・・お前の側に居て、笑ってるのか?俺の側じゃ、一度も・・・笑った顔なんてしなかったからな」
彼に問いかけられ、俺は胸を張って答えた。
「当たり前やろ。俺の側に居る・・・めっちゃ楽しそうに笑ってる。幸せそうに、笑ってるわ」
「・・・そうか。なら、アイツのこと・・・頼んだぞ」
「言われんでも。自分がのこと見捨てたこと後悔した思うくらい幸せにしたるわ」
そう言うて、俺は踵を返しメンバーのところに戻る。
「ちゃん、大丈夫なん?」
「今はな。・・・俺、今からの家に急いでいく。お前ら先に大阪帰っとけ」
「白石はどないすんねん!?」
「俺はを連れて・・・ちゃんと大阪に帰って来る。心配せんでもえぇ」
「し、白石・・・ワ、ワイもっ!」
「金ちゃんは来たらアカン。言うたやろ、俺はに謝らなアカンから・・・付いてきたらアカン。
皆と一緒に大阪帰って、待っとき。は俺が連れて帰って来る」
「わ、分かった!」
「よっしゃ。えぇ子やで金ちゃん」
そう言って、俺は金ちゃんの頭を撫でる。
すると、少し視線を感じる。
顔を上げると、千歳が苦しそうな表情をして俺を見とった。
「す、すまん・・・白石。俺・・・俺っ!」
「千歳。お前のせいやない・・・元は俺がを傷つけたんが始まりや。お前のせいやないで」
「白石・・・すまんかった」
「もう謝りなーや。お前とは連れ帰ってきてから、ゆっくり話そうやないか。そんときは逃げんなや千歳」
「・・・分かった」
「ほな、後頼んだで」
そう言って、俺は走り出した。
俺・・・もう迷いない。
せやから、・・・俺の側離れんといてくれ。
お前が居らん世界なんて、俺・・・嫌や。
テニスも楽しいし、皆とバカやって過ごすのも楽しい。
せやけど・・・せやけどな。
お前が側に居ってくれたら、そういうのがもっと楽しなんねん。
それだけやない。
毎日、過ぎていく毎日ですら・・・楽しいねん。
逢えん日はめっちゃ辛くて、寂しいけど
逢えた日はめっちゃ嬉しくて、楽しいねん。
お前が居るだけで・・・俺、それでえぇんや。
お前が消えてなくなる必要、何処にもないねん。
俺だけやないで。
お前をちゃんと必要としてる人たち、居るんやから。
「・・・・・・ッ」
せやから、待っとけ。
俺、今から・・・・お前の心ごと全部迎えに行くから。
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(お前は一人やない、孤独やない。皆が居る、そして・・・俺が居る)