暑い夏の日。
神奈川に向かう電車は、肌寒いくらい冷房が効いていた。
暗い暗いトンネルを何回も通って、ようやく外の風景を私に見せた。
夕暮れ時の陽射しが何だか心にしみてくる。
「あんな言葉で・・・よかったのかな」
外を見ながら私はボソッと呟いた。
先程、テニスの全国大会の会場で偶然、と遭遇した。
大阪の四天宝寺が勝ち進んでいたのは分かっていたし、多分も来ているだろうと思っていた。
でも、その時出会ったは・・・泣いていた。
突然私の前で泣き出したを宥めるために、一緒に帰る予定だった雅治を先に帰らせ
一方の私はと言うと彼女の家に赴き話を聞いていた。
その話の中で、彼女の彼氏クンへの想いが数ヶ月前に再会した時よりも
更に増していて、そして『恋人ごっこ』から『本当の恋人』としての付き合いをしている事実を知った。
しかしの涙はそれじゃなかった。
以前好きだった相手に出会ってしまい、彼氏クンが自分の中から一瞬消えてしまったことに怯えていたのだ。
話を聞いて自分なりには励ましたつもりだ。
だけど、完全にを元気づけられたのかは心配なところだ。
「もし、私が同じ立場だったら・・・」
自分に置き換えて考えてみた。
まぁ私はと違って婚約者はいないけれど、本当に好きだった人は居た。
好きだった・・・人。
「・・・やだ、私・・・・」
ふと、我に返った。
「好きだった人」・・・亡くなった恋人の存在が
過去形になっていたことに気づいて頭を抱えた。
心の中から、頭の中から龍二という存在を消してはいけないのに
言葉や想いが徐々に過去形へと移っていた。
そうなっているのは・・・――――――。
「雅治が、いてくれてる・・・からよね」
私の中で、雅治への想い、存在が拡大しているからだった。
精市さんと義兄妹であることを明かしたけれど
雅治のヤツ、最初は焦っていたものの時間が少し経ち、理解してくれたのか
「兄妹がおるだけでも楽しみがあるからのぅ。そう暗い顔しなさんあ」と言って、優しく受け止めてくれた。
それが私には何よりの救いで、何よりの安らぎの言葉だった。
自分の心の中、ぽっかりと空いた穴を埋めてくれるはずの存在だった雅治。
だけど、埋めるどころか・・・・埋めた部分からまるでコップに入った水が溢れてしまったみたいに
彼の存在が侵食していった。
亡くなった恋人を忘れてはいけないのに
雅治が、雅治の事がどんどん好きになっていく。
好きになっていくことが分かっているのに、認めたくない・・・いや―――――。
「認められないよね、こんな事」
考えが到達して、思わず失笑した。
もし、自分が雅治へ気持ちを告げてしまえば死んだ彼はどうなる?
天国で私を見ている龍二は認めてはくれない。
「こんな卑怯な私を、龍二は認めるはずない。許すはず、ないよね」
失笑が出ると同時に、電車内のアナウンスが立海大駅に到着したアナウンスを告げる。
私は席を立ち上がり改札へと向かう。
の事は、あまり心配しないでおこう。
あの子は自分の気持ちを表に出さない不器用さがあるけれど
私よりも要領が良いし、何とかなるだろう。
「他人の心配してる暇があったら、自分の心配しなさい・・・って話よね、ホント」
ホームを通り、一人とぼとぼと歩き改札を抜けると・・・・。
「」
「・・・・雅治」
声を掛けられ、振り返ったら雅治が壁に寄りかかっていた。
彼はすぐさま体を壁から離し、私のところへとやってくる。
「何で此処で待ってたの?」と問いかけようと思ったが・・・。
「お前さん、何泣きそうな顔をしとるんじゃ?」
「え?」
そう言われて、いきなり雅治に引き寄せられた。
彼の胸に私の頭が押さえつけられて動けない。
「雅、治?」
「何があったとか聞かん。でも、もしお前さんが辛いんじゃったら泣きんしゃい。
俺は顔を見んから・・・泣きたい時に、泣くのが一番ぜよ」
「・・・そっか・・・」
雅治に言われ、私の張り詰めていた涙腺が緩み目から涙が零れ落ちた。
貴方に優しくされるだけで・・・貴方という存在がまた私の中で大きくなっていくの。
でも、でもね・・・龍二。
もし、もし貴方が認めてくれるなら・・・貴方が許してくれるなら―――――。
私・・・雅治に好きって言いたい。
本当に好きって、伝えたいよ。
心の中で雅治を想えば、想うほど・・・涙をそそり、止まらないの。
ダメかもしれない、ズルいって思われても構わない。
この心(キモチ)が亡くなってしまう前に・・・雅治に、伝えたい。
心が亡くなる前に。
(心が亡くなれば、好きなキモチを忘れてしまう)