「景吾」


「ん?どうした?・・・・お前、それは」




ある日のこと。

恋人であるが俺の所に植木鉢を抱え込んでやってきた。
俺はその植木鉢を見ると、思わず目を見開いた。






「これ・・・お庭で見つけて・・・枯れちゃってるけど、どうしてこれ・・・このままにしてるの?」


「・・・・・・そうか、庭にあったのか」


「景吾?」





俺は立ち上がり、の元へと歩み寄る。


彼女の腕に持たれた植木鉢にはある花が植わっていた。
だが、その花はもう咲く事はない。

土は干からび、蕾は廃れ、茎は緑色をしているどころかほぼ黒に近い色で
触れてしまえば、それこそすぐにでも手折れそうだった。






「こんなになってたのか、随分廃れたな」


「ねぇ、これ・・・どうしてこんな風になってるの?どうしてお水あげなかったの?
きっとお水さえあげてれば・・・お花、きっと咲いてたのに」


「忘れていた・・・いや、正直忘れようとしていたのかもしれない」


「景吾?」




俺はそっと、枯れた葉っぱを持ち上げた。
今にも崩れ落ちそうな枯れ葉を優しく・・・――――。




あの頃も・・・こんな風に、していれば・・・この花は枯れずに済んだのかもしれないと、思いながら。










「これは・・・・・・俺の、」

















婚約者だったヤツから貰った植木鉢なんだ。













アレはアイツと婚約を結んでの、初めての誕生日だった。



毎年の事、プレゼントだけは大量に贈られて
肝心の父親や母親は仕事で家に戻らない日だった。


家でプレゼントの山を見ながら、ため息を零しているときだった。







「跡部」


「ん?・・・なんだ、か」





婚約者のが俺の目の前に立っていた。
相変わらずの無表情で。





「何だとは何よ。・・・・誕生日なんだから、シケた面すんじゃないわよ」


「うるせぇ。俺がどんな顔しようと勝手だろ。何しに来た」




正直、誕生日に誰かとワイワイするつもりは毛頭ない。

どうせ皆俺の事、気を遣ってやってる。
同情されるつもりはない、するくらいなら・・・やめろ、といつも執事たちに言いつけていた。

だって、同じだと思い俺は邪険に扱った。





「アンタのシケた面拝みに来た」


「お前・・・相変わらずいい度胸してんな」


「まぁそんだけ私と張り合えるなら、元気じゃない。よかったわ」


「!!・・・う、うるせぇ」




はフッと笑った。

何だか心を見透かされたような気になり、俺は思わず顔を逸らした。





「用が、ないなら・・・帰れ。俺は機嫌が悪りぃんだ」


「そうみたいね。じゃあこれだけ渡して帰るわ」


「コレ?・・・・・・なんだ、その植木鉢」





すると、の腕には植木鉢が抱えられていた。

その植木鉢には白くて、柔らかい花が咲いていた。





「アンタにあげる」


「は?こんなちっさい花なんか」


「いいからあげる!」






そう言っては俺に植木鉢を押し付けた。






「お、おい!」



「跡部!・・・それ枯らしたら、承知しないんだから!!」



「は?」



「枯らすなって言ってるの!!じゃあね!!」



「お、おい!!」





そう言って、はその場を去って行った。
呆気に取られた俺は貰った植木鉢の花を見た。


バラとは似ても似つかないほど地味だったが

でもどこか優しくて、それでいて温かい・・・そんな花だった。





しばらくは、水やりをしていた・・・枯らしたら本当にのヤツに
怒られそうだと思ったからだ。



だが、俺は途中で水やりを諦めた・・・いや、しなくなった。














それは・・・俺が本気で心から愛するヤツが出来てしまった・・・から。











「庭の、何処に置いてあった?」


「え?・・・隅っこに、置いてあった。いつもならちゃんと処分、してるのに
これだけは、ずっと日陰に置いてあったから・・・ごめんなさい、勝手に持ち出してきて」





は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

俺はそっと彼女の頬に触れる。






「気にするな」



「景吾」





俺はと出逢って、水やりをしなくなった。

本気でを愛してしまったから。





そう、俺はから逃げた・・・の、小さな優しかった愛情から。




怖かったんじゃない・・・出来なかったんだ、あいつを愛する事が。

俺も同じように、愛情を、愛される事を求めていたから。




捨てれなかったのは、多分・・・屋敷の奴等が気を遣って
処分に困っていたのだろう。それで日陰にずっとコイツはひっそりと置かれていたに違いない。


まさか、が見つけてくるとは思ってなかったがな。









「景吾坊ちゃま」


「ん?どうした?」





すると、ミカエルが電話を持って部屋にやってきた。





「お電話です」


「誰からだ?」


「とにかく、お出になってください」




ミカエルの言葉に俺は不審がりながら、から手を離し
電話の受話器を受け取る。








「俺だ」


『跡部、久しぶり』


「・・・






受話器の先から聞こえて来た声は、の声だった。
俺は思わず口からヤツの名前が零れる。






『何よ。人がせっかく電話してあげたのに、その声は?』


「驚いてるだけだ。お前から電話が掛かってくるなんて、珍しいからな」


『実はね、ちょっとアンタに届け物したからそれの――』

















『何で、跡部クンに電話してんねん!自分吹っ切れたんやろ、する必要ないやん』

『うっさいわね。ちょっと黙ってなさいよ蔵』





今度は電話の向こうから
四天宝寺中テニス部部長の白石蔵ノ介の声が聞こえてきた。


そう今、は大阪に居て、白石と付き合っているみたいだ。

聖書(バイブル)と呼ばれ、冷静沈着とされる白石が
冷静で居れなくなるほど、ヤツはに惚れこんでいる。






『ほな、電話切って?』

『用件済んだらね』

『今すぐ切ってぇな』

『ぶっ飛ばすわよアンタ?用件済んだらって聞こえなかったの?』

『俺は嫌や。が他の男とお喋りすんのが嫌やねん。ホラ切って』

『やかましい。5分黙ってろ』

『3分黙っとく』

『じゃあ10分黙ってろ。てか、電話終わるまで黙ってなさいよバカ蔵』

〜・・・蔵ノ介クン寂しい〜』

『あーもー!ふっ付くな!!やめなさいって言って』




「痴話げんかなら他でやれお前ら・・・用がないなら切るぞ」




あまりにも電話の向こうのアホどもがウザイと感じた俺は
イラっとしながら電話元のに言い放つ。






『あーゴメン!・・・蔵!黙れ!』

『・・・・・・はぃ』

『よし!・・・・・・ふぅ、ゴメンゴメン』


「デカイ犬の面倒は大変だな」


『そうね、かなり手のかかるワンコだわ。じゃなくて!お届けモノの話だった』




ようやくが話を水面下に持ち上げてきた。






『昨日くらいに、アンタにお届けモノしたの。多分今頃届いてるんじゃないかしら?』


「お届けモノ?・・・何だそれ?・・・ミカエル、から何か届いてるか?」




俺がミカエルに尋ねると、「はい、頂いております」と言われ
しばらくミカエルがその場を離れる。

俺は受話器を耳から離さずそれを待つ。
ふと、横に目を移すとが少し心配そうな表情を浮かべていた。

俺は笑みを浮かべ彼女の頭を撫で、口パクで「心配するな」とだけ言うと
それがにも伝わったのか同じように笑みを浮かべた。









様から頂いております。こちらの植木鉢を」








ミカエルが持ってきた植木鉢の物を見て目を見開かせた。





あの日、が俺にくれた・・・白くて、柔らかい花。
しかも、たくさん・・・たくさん、あの花は植木鉢の上で咲き誇っていた。





「お前・・・コレ」


『どうせアンタの事だから、きっと枯らしてると思ったのよ。その声からして
枯らしてたわね・・・よかったわ、新しいのあげれて』





『勘違いしないで。いい?今度はその花・・・』




























『彼女と一緒に育てなさい。そして絶対に今度こそ、枯らすんじゃないわよ』







電話元のの声はとても力強く、俺の胸に響いてきた。

の言う「彼女」とはもちろんのことだ。
俺はそっとの顔を見る。






『私があげたその花はきっとアンタ1人じゃ育てられなかったけど・・・2人でなら、育てられるでしょ?
アンタの大好きな彼女と、一緒に育てて』


「お前」


『いいわね?枯らしたら、承知しないわよ』


「・・・当たり前だろ。必ず育ててみせる。俺様を誰だと思ってんだ?」


『はいはい。じゃあそれだけだったから。そろそろ電話を切らないと、ワンコが待ちきれないみたいだから』


「そうか。ありがとうな」


『どういたしまして・・・じゃあね』






そう言って、は電話を切った。

今頃は白石がに甘えている頃か?とかそれを
想像したら思わず笑みが零れた。






「景吾・・・何、笑ってるの?」


「いや。・・・何でもない。ミカエル、それをこっちにくれ」


「かしこまりました」






ミカエルの手に持たれた植木鉢を俺は受け取る。
それを受け取ると俺はミカエルを下がらせ、部屋にと2人っきりになった。






「綺麗ね」


「あぁ。・・・お前が持っている枯れているのは、この花だ」


「え?」


「そして、それを俺にくれたヤツが・・・新しくくれた。お前と一緒に育てろって言っていた」


「わ、私と?」


「あぁ」







枯れている花と咲いている花が向かい合っていた。





「何か・・・コレ、景吾の心みたいだね」


「え?」





すると、枯れている花を持っているが花を見ながら俺に言う。






「私と逢った頃の景吾、覚えてる?咲きたくても、咲けないお花だったんだよ?
凄くお水が欲しくて、でも頑張って咲いてたけど・・・それに疲れちゃって、枯れちゃってた。
でも、今景吾が持ってるお花・・・とっても幸せそう。景吾の心がすごく、幸せだから・・・お花もそれに応えてるみたい」









は笑みを浮かべながらそう言う。

俺は持っていた植木鉢を机に置き、そしてが持っていた植木鉢も
彼女の手から離し、机の置いて――――を抱きしめた。







「景、吾?」



「お前が、水を・・・愛をくれたから・・・俺は咲ける様に、なったんだ」



「景吾」



「一緒に育ててくれ・・・俺と、ずっと・・・ずっと」

























「お前が側に居てくれたら、俺は絶対に枯れたりしない」










俺がそう言うと、はそっと背中に手を回してくれた。






「あ、今日景吾・・・誕生日だよね?」


「・・・そういえば・・・そう、だったな」


「ご、ゴメンね・・・わ、私何も・・・用意してなくて・・・あの・・・ゴメンね」





体を離すと、は困った表情を浮かべ俺に言う。
俺はそんなの額に自分のを付けた。







「何もいらねぇよ。・・・お前が俺の側に居てくれるだけでいい」


「景吾」


「ありがとうな、


「うぅん。・・・景吾」


「何だ?」






























「ハッピーバースデイ・・・これからも、ずっと・・・一緒に居ようね」






が頬を染めながら、笑みを浮かべ・・・俺にそう言う。






「当たり前だろ。今日は記念日だ・・・コイツを庭に植えに行くか」

「うん。ねぇ、このお花・・・何ていうのかなぁ?」

「さぁな。今度調べさせておく」

「きっと、景吾にぴったりな花言葉だったりね」

「どういう意味だよそれ」

「エヘヘヘへ」







白く柔らかい花は、10月の少し肌寒いが温かい風に揺れて

その花はまるでレースのようで
風に揺れたら、可憐に、そして美しく・・・咲き誇っていた。




(花言葉は可憐な心。君とともにこの記念すべき日に誓い、育てよう)
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