『リリィ』
『。その呼び方はやめろと言ってるだろ』
『いいじゃない。ならクーとか呼ぼうか?』
『はぁ〜・・・まったく』
俺の目の前に居るのは、という俺と同い年の女の子。
此処は日本の・・・ナゴヤという場所にある、星徳学園。
外国人の留学生が多く在籍していて、俺も此処の生徒の1人。
しかし、は日本人だが
帰国子女というので、俺達留学生とは英語で会話をしてくれる。
ちなみに、一年のときからと俺は同じクラスだ。
親しみを込めて、俺の事をは『リリィ』とか呼ぶが・・・女みたいな呼び方で
正直、恥ずかしい。
同じ留学生からもたまに笑われたりする。
『いい加減、他の呼び方はないのかお前』
『だって、クラウザーとか呼びにくいじゃない。リリィの方が呼びやすいし』
『まるで女みたいな呼び方だろ』
『いいじゃない。リリィ、女性に間違えられてもおかしくない顔立ちしてるんだから』
『お前はぁ〜』
そう言って俺はのこめかみを拳でグリグリとする。
この前テレビを見ていて、これは「お仕置き」のようなものらしい。
『ちょっ、ちょっと痛いっ!?痛いわよ、リリィー!?』
『やめろと言ってるだろ』
俺とがこうやって、戯れればクラスの誰かが笑うし
テニス部のメンバーだって『クラウザー程ほどにしろよ〜』と笑いながら止める。
は、一年のときから俺の事を友達と思っていたのかもしれないが
俺は彼女に対して、そんな感情はなかった・・・・・・あったのは・・・・・・それと違う感情だった。
『リリィ、何してるの?髪の毛結んで真剣に?』
『か。話しかけるな、気が散る』
ある日のこと。
俺は髪の毛を結んで机の上に、色とりどりの花を並べていた。
其処へがやって来た。
まったく、俺によく話しかけてくるヤツだな。
『何よ、その言い方。何してるか聞いただけじゃない』
『フラワーアレンジメントだ。母親に頼まれたんだ、作って欲しいってな』
『へぇ〜リリィ、そんな事できるの?スゴイねー!』
は俺の返答に本当に感心したような表情で答えた。
初めてだった。
男が、こういう趣味を持っていたりやっていたりすると
「なんだか女々しい」とか思われてそうだったが、俺の想いとは裏腹に
はまるで自分のことのように、喜んでいた。
初めてそんな反応をされたので、俺は照れているのがバレそうだったから
思わずから顔を逸らし、手を動かした。
『フラワーアレンジメント好きなの、リリィ?』
『ま、まぁな』
『ふぅーん』
そう言って、は余り目立たない添え付けな花を取り―――――。
『!?・・・おまっ、何してんだよ俺の髪に!?』
『あ、バレた?頑張ってるリリィに私からお花のプレゼント〜』
は楽しそうに俺の髪に結んでいる髪ゴムに
先ほど自分が取った花を其処に差し込んだのだった。
一足遅かったのか、俺が振り払おうとしたらは
イタズラを成功させた子供の表情をして、俺から離れた。
『あ、リリィ可愛い〜。カスミソウ良く似合ってるよ』
『・・・取れ』
『いいじゃない、それ付けてて良いと思うよ?リリィ、カスミソウ似合うから
今度リリィの誕生日にいっぱいのカスミソウをプレゼントしちゃうね』
『マジいい迷惑、やめろ』
『じゃあ楽しみにしててね』
『返品してやる絶対』
はそう言いながら俺の元を離れた。
俺はため息を零し、目の前のフラワーアレンジメントを始める。
『でも、のヤツ分かってお前の髪にそれふっつけたのか?』
『何がだ?』
すると、イギリス育ちのクラスメイトが俺に問いかけてきた。
『知らないのか、クラウザー。カスミソウは英名じゃ”BABY'S BREATH“って言うんだぜ?』
『・・・・・・』
BABY'S BREATH.
【かわいい彼女の息】。
群れて咲くカスミソウが揺れる様は、乙女の吐息を感じさせるようだと。
間近で、感じれた・・・の吐息。
顔や態度は平然と装っていたが・・・心臓は、スゴイ速さで脈を打っていた。
そう、俺はの事が好きだ。
飾らなく、あどけなく、そして優しいに俺は惹かれていた。
アイツが俺を呼ぶ時の・・・『リリィ』という声に・・・いつも胸が弾んだ。
ただ、俺は上手く表情がオモテに出ないし、は俺のことちっとも思っちゃいないはずだ。
『だからって、マジで送るかお前?』
『花屋さんのカスミソウ全部くださいって言ったから、はい、誕生日プレゼント』
2年に上がる前、は本当に俺にカスミソウを
腕いっぱいに抱えて俺の誕生日に贈ってきた。
しかもわざわざ俺の家まで来やがったぞコイツ。
するとは思ってなかったが・・・・・・まさか、本当にするとは。
『こんなカスミソウ貰ってどうするんだ?』
『大好きなフラワーアレンジメントにでも使ってよ。こんだけいっぱいあればいっぱいお花作れるでしょ?』
『あのなぁ〜』
『それに、カスミソウって何かリリィみたいなんだよ』
『え?』
の言葉に、俺は驚いた。
カスミソウが・・・俺みたい?
『だって、まるでリリィのキレイな心見てるみたいなの』
『キレイな・・・心』
『アイスマンとか言われてるけど・・・リリィ、本当はすっごく優しいモンね、私知ってるよ』
たくさんのカスミソウを抱えた腕で、は微笑む。
あぁ、そうか・・・俺の心は、こいつの前じゃ・・・冷めたり出来ないんだ。
冷めても・・・の前になれば・・・氷が解けて、俺になるんだ。
こいつの前じゃ・・・星徳のアイスマンじゃなくなるんだな、俺。
『だから、はい。誕生日プレゼント』
そう言っては俺に渡してきた。
俺はそれを受け取り――――。
『ありがとう』
『どーいたしまして』
『ちょっと待ってろ、イイモノ持ってきてやる』
『?』
俺はから貰ったカスミソウを抱え、家の中に入り
それを置いて、あるモノを持ってきた。
『お前にやる』
俺は手に持って来たのは、カトレアという洋ランの品種の花だ。
『えー?もうお返しくれるの?・・・早くないかい?』
『育てて余ったんだ。やる』
『でも悪いよ。何か誕生日の意味ないじゃん』
『誕生日のお返しとか関係なく、お前にやるんだよ。ホラ』
俺はカトレアをの目の前に出した。
これは・・・この花はお前に受け取って欲しい。
きっと伝える事の出来ないと分かっていても・・・・・・俺の気持ちが届けなんて言わない。
だが、せめて・・・これだけは――――。
『じゃ・・・じゃあ、ありがたく』
『枯らすなよ』
『う、うん』
は恐る恐るそれを受け取り、俺の家を後にした。
お前は知らないだろ・・・カトレアがどういう意味を持つ花か。
洋ランの女王と賛辞され
男性から女性への贈り物の花として知られている。
花言葉は「あなたは美しい」。
その言葉は・・・・・もっとも最愛の人に送る花にはふさわしいんだ。
俺の中でお前は美しく、そして優しい存在なんだ。
だからどうか、俺の側で・・・優しい吐息を吹きかけていて欲しい。
なんて、願ったのが浅はかだったんだ。
『転校?どういうことだ?』
2年の半ばを過ぎたあたりだった。
は俺に衝撃的な事を口走ってきた。
『いや、親がさ・・・海外に戻るっていうんだけど。私まだ中学生でしょ?だから心配だって言うから
東京に居るイトコの家に行く事になったの』
『いつ、行くんだ?』
『来月中には。向こうにはもう話を通してるからって・・・荷造りも、できてるんだ』
は少し苦しそうな笑みを浮かべて俺に言う。
何でそんな顔をする?
何でそんな悲しそうな顔をする?
何で・・・なんで・・・・・・―――――。
『お前が俺から離れなきゃいけないんだ』
『リリィ』
まだ好きとも告げていないのに・・・何で、離れなきゃいけないんだ。
コイツとずっと、バカやって変わりないやりとりをするはずだったのに
どうしてこうならなきゃいけないんだ?
どうして・・・どうして―――――。
『リリィ・・・東京行っても、手紙書くよ。電話もするよ・・・だから、お願い・・・』
『 泣 か な い で 』
が俺の頬にそっと触れた。
その瞬間分かった・・・あぁ、俺泣いてるんだって。
涙なんて、何年ぶりに流したんだ?
もう随分と頬を伝った記憶がない。
今、に触れられてようやく気づく・・・俺自身、彼女と別れるというのが悲しいという事に涙している。
もうお前の口から『リリィ』という言葉が聞けなくなるのは――――。
『寂しすぎる。・・・俺は・・・俺は、嫌だ・・・・・・お前の口から、俺の名前が消えるなんて・・・っ。
俺を呼んでくれないなんて・・・そんなの・・・悲しすぎる』
『リリィ』
『行くなよ・・・・行かないでくれよ、』
ずっと、俺の側に居てくれよ。
『リリィ。・・・リリィ、ゴメンね・・・ゴメンね、リリィ・・・ゴメンねっ』
顔を伏せて泣く俺をは
優しく抱きしめながら俺にただ、ただ「ゴメンね」と言い続けた。
『離れても、リリィのこと・・・忘れないよ。忘れないから・・・絶対に、忘れない・・・から・・・っ』
『・・・っ』
忘れないでくれ、俺のこと。
だから、毎年送ってくれ・・・・・・俺の誕生日の日に、カスミソウの花を。
『リリィへ。
毎年、カスミソウの花を贈るのがもう当たり前のようになったね。
花屋さんのありったけのカスミソウを送ろうとか思ったんだけど
やっぱり海外と日本じゃ、お金掛かっちゃって少ししか贈れないのゴメンね』
アレから数年と時間が流れた。
俺は日本を離れ、母国であるドイツに戻ってきた。
そして、今日2月7日。
俺の誕生日の日・・・・封筒と一緒に送られてきた、ダンボールいっぱいのカスミソウ。
送り主は分かっている。
のヤツだ。
ありったけの量とか言ってる割に、ダンボールいっぱいに詰め込みやがって。
『そうそう。私・・・来月、結婚する事になりました。お腹の中に赤ちゃんもいるんだよ?
私も奥さんになるし、ママになるんだよ!いいでしょ〜』
そうか。
お前は、俺から離れて・・・いつの間にか、こんなに幸せになっていたんだな。
毎年決まって、2月7日にしか
の手紙が来ないから、元気にしてるのか、大丈夫だろうかなんて心配ばかりしていた。
『だから、来月・・・リリィの都合でよければ、結婚式に来て欲しいな。私ね、もし結婚する事になったら
リリィの作ったフラワーアレンジメントをブーケにしたいってずーっと思ってたんだよ。
それにもう随分と逢ってないから・・・リリィの顔、見たいな』
『バカ・・・来いって言ってるような文面書くなよ』
その文面を見て俺は笑みを浮かべた。
逢いに行ってやるよ。お前のために、何千キロと離れた異国から
お前のためだけに作った特別な花束を手に添えて。
逢いに行ってやるよ。
『最後に。カスミソウを見るたびにリリィを思い出します。あの頃の
キレイな心のままのリリィで今も居てくれたら・・・私はそれだけで、幸せです』
今もなお、お前が好きだと言ってくれたあの頃の俺の心のままで。
お前に最高のブーケを届けに、逢いに行くから・・・・待ってろよ。
(お前の可愛い吐息が俺の心の氷を溶かしてゆく)