「へし切りさん」
名を呼ばれ振り返ると、主の妹君で在らせられる方が俺の背後に居た。
殆どこの本丸で俺のことを「へし切り」と呼ぶものは居ない。
しかし、彼女だけはいつも俺のことを呼んでいた。
「姫様。何度も言うように”長谷部“とお呼びください」
「で、でも・・・私はお姉ちゃんみたいに呼べませんし、私ばかりがそう呼ぶのはズルいです」
「ズルくはありません。主や主の御身内の方に家臣が名で呼ばれるのは当然の事です。
ですので、これからは姫様も」
「じゃあ、貴方も私を名前で呼んでください」
「え?」
突然彼女から切りだされた言葉に俺は至極驚いた。
あまりの言葉に俺は一瞬思考が停止するも、すぐさま回路は動き出し
彼女に反論をした。
「な、なりません!主の妹君である貴女様を、名で呼ぶなどと・・・っ」
「だったら私も名前で呼びません。それに、私『お姫様』ってガラじゃないですし
私ばっかり名前で呼ぶのはそれこそ、ズルいです」
「・・・っ」
一本取られた。
この時ばかり側に主が居てくれてたら良かったのに、と後悔する。
そうすれば、まだ彼女を言いくるめていたけれど、生憎と此処には俺と彼女の2人。
俺には彼女に上手い誤魔化しをしようとも思わないし、正直出来ない。
此処は腹をくくるしかあるまいと思い、目を閉じ何度か口を動かし――――――。
「、様。・・・・コレでご勘弁くださいませ」
彼女の名を呼んだ。
恥ずかしさのあまり閉じていた目をゆっくり開けると
俺の目の前に立つ人を見ると、ふんわりとした笑顔を見せ。
「はい。長谷部さん」
俺の名を呼んだ。
この瞬間、自分が刀である事を忘れるかのように
心の臓が早鐘を打ち、手に取るように顔が赤くなっていくのが分かった。
あまりそのような顔を見られるのが恥ずかしい俺は
思わず顔を伏せてしまった。
「長谷部さん?何処か具合でも?」
「いえ、あの・・・様の方が凄くズルい御方だと、この長谷部痛感したまでです」
「え?」
名で呼ばれることは慣れているはずなのに、様に名を呼ばれるだけで
自分が酷く動揺し、落ち着かない心持ちになるのはおそらく気のせいではないのだろう。
この−様を好きだという−気持ちに自分自身気付いてしまったのだから。
名前で呼んで
(この時、貴女に恋い慕う気持ちが芽生えた俺が居た)