「主、あのさ」
「清光」
部屋に戻ろうとした主を引き止めた。
俺の声に反応して振り返るかの人。
言わなければならない事があるのに、こんなときに限って
言葉が上手いこと出てこない。
「明日のことか?」
言葉が出ないでいたら、主から飛んできた。
それに俺はただ頷いた。
頷く俺に主のため息が零れる声が聞こえた。
「今頃行きたくないだの何だのとか言わないでよ。太刀大太刀じゃ不利な地形と天候だ。
お前や安定が居てくれないと困る。短刀脇差でも難しいところが出てくるかもしれないんだから」
主の言葉に俺は何も言えなくなっていた。
確かに地形的には太刀や大太刀の奴らには無理なところだ。
天候も夜戦でしかも市街地になり、余計大物じゃ不利になる。
だけど、今回ばかりは部隊から外してもらいたい自分が居た。
いつもなら先陣きっていくはずなのに。今回は体はおろか精神までも『あの場所』に行くことを拒否していた。
また、其処で折れてしまうのではないかという恐怖心に負けて。
「だけど、俺・・・っ」
「甘ったれるな」
「っ!?」
途端主の口から愚図る俺に言葉の刺が飛んできて
それも、ものの見事に心臓を抉るみたいに突き刺さってきた。
「仕事だ。私情を挟むのは許さないぞ」
「分かってるけど・・・っ」
それでも、行くのは怖い。
恐怖のあまり俺は服を掴んで震えを抑え
それに歪む顔を見られたくないがため伏せた。
「確かに、お前や安定にとって辛いのは分かるし、行きたくないのも分かる。
だがな今ある歴史を守るにはこうするしかないんだ。でもな、清光」
すると主は俺の肩を叩く。
その優しい手のぬくもりに伏せていた顔を上げ、主を見た。
その時見た主の表情はとても眩しく、綺麗だった。
「あの頃のお前は折れてしまったが、今のお前は決して折れやしない刀だ。私が保証する。
それに・・・ちゃんと、生きて清光を連れて帰ってきてくれるだろ、安定」
「え?」
振り返りもせず主は言い放った。
すると物陰に一つ。
肩を上下に揺らしている、見覚えのある姿。
嗚咽混じりの声が廊下に聞こえてくる。
「僕が・・・僕がちゃんと連れて帰ってくるから!!絶対に折らせたりしない!!
コイツの背中は・・・俺が、ちゃんと守るから!!だから・・・だから・・・っ」
「と、大和守安定さんは仰っております。だから、清光・・・行って来い。
今がお前にとって後悔してないというのなら、ちゃんと見送ってこい。大事な人達を陰ながら助けてやれ」
「主」
「ぶっちゃけお前や安定を失うのが怖いのは私なんだ。刀としても、今いるお前達としてもね」
俺だけが辛いんじゃなかった。
この人は俺達が戦場に行くたびに「失うのではないか」という恐怖心を持っている。
新たに作られても、今ある記憶は無かったことになる。
もし俺が壊れたとしたら、おそらく新しい俺は主のことは覚えていないだろう。
尚更、それは俺にとって今一番怖いことだ。
「今日はもう休め。もし、明日になってまで気持ちを引きずっているようなら言ってくれ。
その時はまた考えるから」
「いや、いいよ」
「え?」
「迷わないよ。平気。俺、もう主の刀なんだから」
扱いにくい俺達を主は手塩にかけて可愛がってくれている。
だったらそれに応えるのは今しかない。俺はもうこの人の刀であり、守るべき一人の人なのだから。
「そうか。それは頼もしい。期待してるぞ」
「ああ」
そう言って主は廊下を歩いて行った。
俺はというとため息を零し、泣いている安定のところに行く。
「ひっどい顔。何泣いてんの。ばっかじゃねぇの」
「うるさい。泣いてねぇよ。お前こそ、泣いてんじゃねぇよ」
安定に言われ袖で目元を拭う。
服に滲んだ灰色の斑点。俺は泣いていたと気付く。
でもおそらくコレは行きたくないのが通らなかったのが悔しくて「泣いた」わけじゃない。
嬉しくて「泣いた」んだと思った。
『今のお前は決して折れやしない刀だ』
そう言ってくれた主の声が嬉しくて、泣いたに違いない。
明日。
あの人にめいいっぱい褒めてもらうために頑張ろう。
俺は二度と折れやしない刀、加州清光。
主-大切な人-が俺にそう言ってくれた。その為ならいくらでも頑張れる。
そしてあの人の待つ此処−本丸−に明日は立派になった俺の姿を笑顔で出迎えてね、俺の大切な主。
手折られないように。
(そして主のもとにと俺達は戻って来るんだ)