「(うー・・・体が重い。歌仙のヤツ・・・結局戻ったの夜明け前とか何考えてんだ)」
昨晩。歌仙を部屋に招き入れてしまい
私が寝たら自分の相部屋に戻ると言っていたにも関わらず
結局アイツが部屋に戻ったのは夜明け前。
つまり、それまで私と歌仙は一緒の部屋に居た。
これ以上言うと恥ずかしいので何も言わないが、私の体が重い事で察して欲しいところだ。
しかし、体が重いからといって審神者としての仕事を放棄してはならない。
むしろ今日はある意味大一番。
今までよりも地形や天候に左右された場所へと刀剣達を飛ばすことになり
今回ばかりは部隊もなかなか難しい組み合わせとなった。
つまり、安心して任務をこなしてくるかは分からないと言ったところだろう。
「(見守ってやらんとな、主として)」
体が重いにせよ、主としては部隊全員の行く末や采配を見守ってやる義務がある。
私は体を引きずりながら皆が集まっているであろう場所へと足を進める。
「あ、居た!主さん!!」
「え?・・・国広?」
すると前方から堀川国広が慌てた表情でこちらへと駆けてくる。
「どうした?」
「大変なんですよ兼さんが!!」
「和泉?何で和泉?」
「いいから早く来てください!!」
国広の口から出てきた言葉が彼の相棒である和泉守兼定。
和泉の身に何かあったのかと思うと
私の体は自然と痛みが消え、いつも通り機敏に動き始める。
国広に連れて行かれると、いつも皆が集まる広間。
そこに一際目立つ輪。
「出陣前よ、何事?」
「お姉ちゃん。実は和泉さんが」
「何?」
の手引もあり、輪の中に入ると床に手と膝を付き顔を伏せている和泉の姿。
明らかに何やら嫌な予感が過る。
とにかく穏便に事を済ませようと、自分なりに優しい言葉で声をかける。
「和泉。どうしたの?」
「オレも」
「は?」
「オーレーも―行きてぇよぉお〜歳さんに会いてぇよぉおおおぉ〜。
何で国広ばっかりなんだよぉお〜オレだっていきてぇえよぉ〜」
「さっきからずっとこの調子なんです、兼さん」
「皆さんで宥めても、なんか逆効果っていうか・・・手に負えないっていうか。
だからお姉ちゃんが来るの待ってたの」
「朝っぱらから・・・ホントにもう・・・っ」
嫌な予感は大的中。
今回の場所は清光や安定、そして和泉と国広には縁のある場所。
しかし今回は和泉には不利という地形や天候で部隊から外していた。
昨日までこんな愚図りを見せていなかったが、今日になって愚図られるとは思ってもみなかった。
しかも出陣前に愚図られると頭が痛くなる。
優しく対処と心がけたが、誰が宥めても一緒と分かったのなら
それすらも私は止めることにし、いつも通りの対処を始める。
「お前が京都に行っても不利なの。この前言ったばかりだろ。他の太刀や大太刀は聞き分けた。
お前もそれと同じ属種なら分かってるだろ」
「だけどぉ〜だけどさぁー・・・」
此処まで言っても聞かないとは、まるで聞き分けの出来ない子供を扱っているも同然。
世の子持ちのお母さん達の気持ちが齢18歳の私にも分かってしまった。
「お姉ちゃん、どうしよ」
「はぁ〜・・・ったく、こうなりゃ現実的物量を言って聞かせるしかないか」
「現実的物量?」
そう言って私は手近にあった紙を筒状に丸めた後、それで和泉の頭を叩く。
一発叩くと和泉は泣いている酷い顔を上げ私を見る。しかし、私は叩く手を止めることなく
和泉の頭を紙筒で叩く。
「いいですかー?和泉守兼定さーん。貴方に私、どれだけの資材と時間を費やしたと思ってるんですかぁ〜?
貴方それを一秒程考えたことありますかぁ〜?」
「うっ!?そ、それは・・・ッ」
「ま、まさしく」
「現実的物量・・・驚くべき戦法だが、俺達からすればこいつぁ恐ろしいな」
私が資材やら費やした時間の事やらを口にした途端
目の前の和泉は顔を真っ青にし、また周囲に居た誰もがドン引きしていた。
しかし私はお構いなしに話を続ける。もちろん、頭を紙筒で叩きながら。
そうまるで木魚を叩きながら念仏を唱えるお坊さんのように。
「装備品だって馬鹿にならないんですよぉ〜?貴方が付けてる装備品も色んな所から資材集めたりしてるし
そもそもその装備品を誰が作ってると思うんですかぁ?」
「え?・・・だ、誰?」
「お前がややこしいだの何だの言ってるから全部歌仙に作らせてんだよ!!テメェの兄貴銘に作らせてんだよ!!!
アンタの装備品全部!!何で同じ兼定でも違うのよアンタ達は!!」
「主、其処で僕を土俵に入れるのはやめてくれないかい。僕は武具の拵えは得意だからやっているまでだし」
「歌仙!!和泉を甘やかすな!!」
「おやおや。今日は随分と機嫌が悪いようだね主」
「(後でお前ぶん殴る)」
目線で歌仙にそう伝えると、歌仙は苦笑を浮かべ「やれやれ」と呟いていた。
半分は誰のせいだ!と言ってやりたいが、今そんな事を此処で言ってしまえば
昨晩どころか今までの私と歌仙の関係が露呈されてしまう。
歌仙を睨みつけつつも、目の前の和泉に怒りの刃を向ける。
「アンタにどんだけの時間かけたと思ってんの!むしろ、手入れするだけでも資材使うのよ!!
部隊長として突っ込んでいくのもいいけど、考えなしに突っ込んでいくから怪我をすんの!!装備品を敵に剥がされるの!!
私の言ってることアンタ分かってんの!?」
「分かってるって!!だけど・・・だけど、オレだって・・・行きてぇよ!!
何で国広とかは行っていいのにオレはダメなんだよ!!別に何かするわけじゃないんだ。
ただ、ただオレは・・・歳さんに・・・っ」
−会いたいだけ−
そんな和泉の声が聞こえてきた。
此処まで言っても聞かないというのは昨晩の清光を宥めるより難しい。
行かないと愚図られるより、行きたいと愚図られる方を言い聞かせるのが余程骨が入る。
私はため息を零し、紙筒を収め和泉を見る。
「じゃあお前を失った時の私の気持ちを考えたことはあるか?」
「え?」
あまり口にしたくはない私の本音−弱音−。
出来ることならずっと心の奥底に眠らせておくべき言葉だったけれど
おそらく目の前の和泉を留まらせるにはこうするしか方法がないと悟り
私は眠らせていた言葉たちをポツリポツリと吐き出し始める。
「お前を行かせてはやりたいさ。でも、お前を失うのは辛い。
破壊されてしまえばお前は戻ってこない。資材なんて集めればいくらでも戻ってはくるけど
今のお前は戻ってこない。新しいお前を作った所で、今のお前はもう二度と私の所には戻ってこない。
記憶だって・・・全部、失くなってしまうんだから」
失えば今までのモノが戻ってこないことは十分に味わった。
新しく打ち直したところで、今私の目の前にいる刀達の記憶の中に
私やの姿は新しいまま何処にもない。
それだけが、私は一番恐れている事だった。
過去の世界に私が行けば、それこそが「歪み」になり歴史が変わる。
だから私はこの地から動けず皆の動向を見守るしかなかった。
歴史修正主義者達とは別に
彼等を失うのではないか、という恐怖とも戦いながら。
「十一代目」
「二代目」
すると歌仙が私と和泉の間に割入る。
「これでも、主の声を振り切り行くというのかい?」
歌仙の言葉に和泉は顔に付いていた涙を拭い立ち上がる。
「ったくよぉ・・・仕方ねぇな!今回は我慢してやらぁ。国広、しっかり仕事してこいよ」
「兼さん。うん!頑張ってくるよ!」
ようやく和泉が立ち直り始め、その場に居る誰もがホッとし始める。
もちろん私も同じようなものだった。
「和泉」
「な、何だよ」
「ありがとうな」
「べっ・・・別に、アンタに礼を言われる筋合いとかはねぇよ。愚図ってたのオレなんだし」
「お前にはまた別の場所で頑張って貰うからな。その分今は体を休めといてくれ、いいな」
「お、おぅ」
何故か照れれながら返事をした和泉の姿に笑いが込み上げる、
何とかこの騒動穏便に済みそうだぞ、という表れにも思えた。
現実的物量と仮想的質量
(現実的物量−資材−より、仮想的質量−失いたくない気持ち−のが圧倒的に多いから日々困る)