『ぬ〜し様っ!』
『わっ!?コラ、小狐丸!抱きつくな!』
『良いではないですか。狐の戯れでございます』
『私に戯れるな。投げ倒すぞ。宗近のトコ行って遊んでもらえ』
『おじじ様はまったりしており駄目でございます。主様が私は良(よ)いのです』
『私は忙しいんだから遊んでる暇ないの』
最近。本丸がやたら賑やかになった。
主・様の元に次々と刀剣達がやって来ているのが原因だった。
つい数日前にも三条派の太刀・小狐丸が此処にやって来て、主に構えと言わんばかりふっ付いている。
おかげで僕は毎日、ため息ばかり吐き出していた。
今も主に頼まれて刀装作りをしているのだが、集中が途切れて
それどころじゃなくなっていた。
外から聞える主と小狐丸の声に僕のやる気は失われつつあった。
「はぁ・・・」
「歌仙、刀装出来てるか?」
「主!」
小狐丸の戯れ?を何とか振り切ってきたのか
主が僕の居る所にやって来た。どうやら刀装の出来を見に来たらしい。
主が姿を見せた途端、僕の心は晴れやかになり笑顔で彼女を出迎えた。
先ほどまで付いていたため息が嘘のよう。憂鬱な気持ちも何処かへと飛んでいってしまった。
「やたら嬉しそうに出迎えるな」
「主が来たんだ。嬉しそうに出迎えなきゃ失礼だろ」
「意味が分からん。それで、頼んでた刀装は出来・・・・・・ちょっ、何これ!?」
「え?何だい主?」
頼まれていた刀装の籠に顔を覗かせた主の声に僕は首を少し傾げた。
瞬間、主が凄い勢いで首を此方に向け、目に怒りを含ませながら僕を見た。
「何だい、じゃないわよ!誰が軽歩と軽騎作れって言った!!私、ちゃんと作るやつアンタに言ったでしょ!
こんなに無駄に資材消費して・・・あぁ・・・どうすんのよ。しかも金一個も出来てない」
「す、すまない主。あと少し時間をくれないか?今度は言われたとおりのモノを」
「時間をくれって、時間ないわよ。もうすぐ任務に向かわせるっていうのに
これだけの装備じゃ簡単に倒されるに決まってるじゃない。あー・・・どうしよ、どうしよ」
僕としたことが考え事のあまり、見事に失態をやらかしてしまった。
主は途方に暮れながら部屋をグルグルと回りながらブツブツと何かを考え始める。
すると、部屋を通り過ぎる石切丸と太郎太刀の姿が目に入ったのか
主はある程度の資材を手に猛烈な速さでそちらにと向かった。
声を掛けると、2人はゆっくりと振り返り彼女を見た。
僕は入り口から顔を覗かせ、様子を伺う。
『どうしたんだい、主?』
『いや、ちょっと刀装を作って欲しくて。作らせてたんだが、思い通りのモノが出来てなくてな』
『・・・コレで宜しいでしょうか?』
『太郎、早っ。つか、槍の特上作ってどうすんの。いや、まぁ使えるけどさ』
『どれどれ。私も主の思ったものが作れないかもしれないよ?・・・・・・金色だがこんなので、いいかな?』
『おお、重騎!さっすがは石切丸!!一個金があれば十分よ。悪いわね2人共呼び止めて』
『いやいや』
『お役に立てたのであれば何よりです』
そう言って主は余った資材と2人が作った刀装を持ち、部屋にと戻ってくる。
僕は顔を引っ込め部屋に立つ。主は嬉々とした顔をして戻ってきたが
たちまち盛大なため息を零された。明らかに僕が作った「失敗作」の数を見てでの事だろう。
「しまった。金に浮かれて、コレの処理忘れてた。ホント、無駄に作ったわね歌仙」
「す、すまない主」
「以後気を付ける、とかそういうのいらないから。溶かして資材にするかな。でも大した数にならないし。
だからって装備させるには短刀達や脇差じゃ荷が重いよね。はぁ〜・・・どうしようコレ」
悩む主に「すまない」と言葉を零しそうになったがやめた。
言った所で主の逆鱗に触れるだけだ。
唯でさえ頼まれたモノが出来なかったのだから、謝罪した所で
この方が許してくれるはずもない。
上手くしようと、褒められようと、努力を重ねていたつもりだったのに。
「歌仙、どうしたの?」
「え?」
途端主に声を掛けられた。
我に返ると、彼女は少し心配そうな面持ちで僕を見ていたのだ。
その表情を目にしたら、何故だかいたたまれなくなり主から顔を逸らす。
「顔を逸らす辺り、何か悩んでるみたいね。それでこんな有り様なの?」
「主は・・・最近、他のヤツばかりを気にかけるよね」
あまり黙っておくのも申し訳なくなり、僕は正直に思っている事を吐露し始めた。
「他のヤツ?最近で言うと、小狐丸とか?仕方ないだろ、ある意味新入りなんだし
主として気にかけて当然じゃない」
「そうだけど。何故だか僕は、それが・・・凄く腹立たしくて」
胸の中の靄(もや)と苛立つ気持ちが入り交じっていた。
新しい刀剣が増える度、主は目を輝かせながらそれらに触れ
出来の良かった者達には嬉しそうに誉を渡す。
僕はずっと、主の側にいるのに
段々と彼女が遠くに行ってしまっているのではないかと思い。
彼女が僕を見捨ててしまうのではないかと、錯覚してしまう。
そう考えれば何も手がつかない。
「全く、お前は」
「あっ、主ッ!?」
途端、主が僕に優しく抱きついてきた。
普段の彼女からは本当に考えられないことでもあり、また主としてではなく
「一人の女性」としても意識しているものだから抱きつかれたとなっては、慌てずには居られない。
「主・・・離れてくれ」
「いいから黙れ。それで私の話を聞け」
「だ、だがっ」
「次、なんか喋ったら近侍から外すぞ。外されたくなかったら黙れ」
近侍から外されたとなったら、おそらく僕の精神的苦痛は計り知れないだろう。
主の言うとおりにし、僕は口を閉ざした。
喋らないと分かったのか主は「よし」と言い、言葉を放つため息を吸い込む。
「別にお前が使えなくなったとか、そんな事私は思ってない。
新しい刀剣が来たのなら、主として気にかけるだけの事。慣れたら私も手出しはしないよ。
右も左も分からないあいつ等に、どっちが右でどっちが左かって教えてやってる立場なんだ。
お前だって最初はそうだっただろ?」
「あ・・・あぁ」
刀として生きていた魂に肉体を与えられ、最初は少し戸惑いも、迷いすらあった。
だけど、その戸惑いを迷いを打ち消してくれたのは紛れも無く目の前に居る女性(ヒト)だった。
「それに、少し・・・お前に楽をさせてやりたかったんだ」
「え?」
主は顔を僕の服に埋め、隠した。
でも耳は隠しきれず本人は気づいていないのか赤く染まっていた。
「今まで私、お前に何でも頼りっぱなしだったから。仲間が増える度に・・・その、お前に楽させれるかな、とか
思ってたりしてたの。ずっと・・・一緒に、いるから・・・無理、させてるんじゃないかって・・・思ってて・・・だから、その」
「主」
「べ、別にお前が頼りないからとか思ってないからな!刀装作りだって、お前が一番上手く作ってくれるし。
ホラ、今までのもさ・・・お前がちゃんと作ってくれてるから、皆安心して出陣出来てるから。
それに・・・それに・・・あと、あとは・・・・っ」
「もういいよ主。もう、それだけ聞ければ十分さ」
「か、歌仙」
慣れないことをしているせいか、主の頭の中はおそらく破裂寸前なのだろう。
僕はそれを悟り抱きつく主を更に自分の腕の中に収めた。
小さい体を包むには、僕の腕じゃ有り余る程。それでもそうせずにはいられない。
「もっと主は僕に頼ってくれてもいいんだよ」
「だ、だけど・・・それじゃあ負担になるだろ。お前だって疲れるし」
「主のためならそんなの気にならないさ。むしろ、いくらでも頼って欲しいくらいだ。
だって僕は君に頼られるだけで嬉しいし、幸せなんだ。主の側で生きてていいんだと思えるから」
「歌仙」
そう言って僕は主を腕の中から解放し、顔を見た。
まだほのかに赤い顔。
それがどれ程愛おしく思えることか。
僕は主の頬に触れ、優しく撫でる。
「すまないね、主。ちゃんと武具を拵えられなくて、明日はちゃんと良いのを作るよう努力するよ」
「む、無理はするな。お前に無理されたら、困る」
「それは部隊的な意味でかな?それとも、主の気持ち的な意味でかな?」
「なっ!?ちょ、調子に乗るなこのバカ!!」
「おっと」
途端、主が僕の体から離れ頬が赤いまま僕を睨みつける。
あの目はいつもの、僕を邪険に扱う目だ。ずっと一緒に居るものだからすぐに分かる。
そう。ずっと居れば何を考えているのかも分かってしまう。
僕はどうやらそれを忘れていたようだ。
「今回は大目に見るけど、次こんなのばっかり作ったら本気で怒るからな!覚悟しろ!!」
「はいはい。肝に銘じておきます」
「それから歌仙。もうすぐ出陣だからさっさと来い。無駄にした資材分は働いて返してもらうからね」
「ああ、もちろんさ主。部隊長は僕でいいんだろ?」
「当たり前だ」
「これからも僕に任せてくれてもいいんだよ主。部隊も、主の側役も」
「お前みたいな側役要らん。むしろ鬱陶しいから消えてください、目障りです」
「相変わらず手厳しいね主」
話してみたら案外、気持ちが晴れ
逆に忘れかけていた事を思い出した気分になった。
そう。僕はいつも、主に頼られている存在なのだという事を。
何でも御任せあれ
(部隊長の役目も、武具の拵えも、もちろん主の側役もね)