とある日の夜。
が取り仕切る本丸は皆就寝し
静かな時間が過ぎていた。
そんな中。
、の両姉妹はのたっての希望で
時々一緒の部屋で寝る事にしており、同じ布団で眠っていた。
「・・・んぅ、お姉ちゃん?どうしたの?」
ふと、横に動きがあったのかが眠気眼のまま
自分の隣で眠っていたにと声をかける。
「・・・トイレ、行ってくる」
「ぅん・・・気をつけてね」
寝癖で乱れた髪になったはトイレに行くと言って部屋を出る。
そんな姉をは半分寝ぼけながら見送る。
しかし、コレが翌日の朝。
本丸中が目を覚ます大事件が起こる事とは誰も知る由もなかった。
「・・・んっ」
とある部屋。
歌仙兼定は目を覚ました。
「(まだ、朝じゃないのか)」
辺りを見ても、同室者の蜂須賀虎徹や一期一振は眠っていた。
廊下側で寝ている歌仙が首を動かし、障子からの外を見ても月明かりが障子に当たっているだけ。
まだ夜だという事が理解できた歌仙はため息を零し
腕を目の上に置いた。
何で彼が目を覚ましたのかというと――――。
「(さっき、誰か厠(かわや)に向かったような気がする)」
廊下を歩く誰かの足音で彼は目を覚ましてしまったのだ。
歌仙が眠っている部屋は厠から少し近い場所に位置している。
時々それで目を覚ますことも、無いとは言い難い。
それのせいで目を覚ました歌仙だが
何とかもう一度、寝るよう障子に背を向け横向きにし、目を閉じて寝る態勢を取った。
「(起きが浅いからか、寝れそうだ)」
目を閉じて黙っていたら、段々と睡魔が歌仙を眠りの世界へと誘っていく。
上手く二度寝出来そうだと思っていた――――――瞬間。
「グハッ!?」
思いっきり体の上に何かがのしかかり、歌仙から普段とは考えものにならない声が出てきた。
思わず蜂須賀や一期一振が起きるのではないかと思い口を塞ぎ様子を伺う。
しかし2人は熟睡状態。歌仙の声で目を覚ます事もなかった。
2人の様子に安堵した歌仙は息を吐き出し、自分の上にのしかかっている「何か」を見るため起き上がる。
「(全く、誰の部屋と間違えてこんな所に来てるんだ。
粟田口の弟達だったら一期一振にキツく言っておかなきゃな)」
布団から出て起き上がり、見た。
だが、自分の布団の上に乗っている「何か」が歌仙自身が思っていたのとは
真逆のものが其処に居た。
「あ・・・主」
小さく、彼の声が漏れた。
歌仙の布団にのしかかってきたのは、だった。
予想外の人物に歌仙は驚くも、を揺さぶり起こそうとする。
「主・・・主、此処は君の部屋じゃないよ。起きてくれ主」
最小限の声で歌仙はを起こすも、起きる気配が見られない。
しかもは自分の部屋だと勘違いしているのか、安心しきった表情で寝ている。
歌仙は盛大なため息を零し、途方に暮れる。
起こしても、起きない。
かといって部屋に連れて行くには外は少し肌寒いと思い
却って主であるに風邪を引かせてしまうのではないか、と考える歌仙。
そして、彼の考えが結論付いた。
「(少し早めに起きて、部屋に連れて行くか。くんは給仕で早く起きるだろうし。
それを見計らって主を連れて行こう)」
結論付いたところで、歌仙はの体を引き寄せて
自分の布団の中に入れ包み込むように抱きしめ、寝転んだ。
一人分の布団では狭く、の体を気遣いながら歌仙は毛布や掛け布団を
少し多めにの体にと押しやった。
それを済ませた歌仙は一息つき、自分の腕の中で眠るの姿を目に入れた。
「(主がまさか寝ぼけるとはね)」
普段のからは考えられない行動に歌仙はクスクスと小さく笑っていた。
凛々しく、逞しく。
「女傑」という異名に相応しい程の振る舞い。
だが、時々見せる「女の子」という幼子の表情は
彼自身になかった感情を呼び起こさせるキッカケにもなっており
主として、に仕えていた身の歌仙だったが――――時に「主と従者」ではなく
「男と女」という一線を越えた肉体関係にまでになってしまっていた。
男女の肉体関係になりつつも周囲にはプラトニックな部分だけを曝け出していた。
決して気付かれてはいけない、主従関係とは別の関係。
だからこそ、の部屋に行った時の歌仙は彼女が眠りに就くのを見計らい
夜の闇に紛れ部屋に戻るようにしていた。あくまで、誰にも悟られないように。
徹底していた所に見えた、墓穴。
「君でもこういう墓穴を掘る事あるんだね、主」
だからこそ、歌仙は笑っているのだ。
普段のからは想像もつかない行動をされたことによって。
「んぅ・・・」
「主?」
腕の中から聞こえた小さな呻(うめ)き声。
歌仙は少し体を離し、の顔を伺う。
眉間にシワを寄せながら小さな呻き声が
何度か聞こえるもすぐさま落ち着き規則正しい寝息を立てる。
それを見守った歌仙はホッとして、の寝顔を慈愛の眼差しで見つめた。
「君の寝顔をこんなに長い時間見れるのは滅多にない事だ。
いつもは、君が眠ってすぐ・・・僕は部屋を後にするから・・・今がとても貴重に思えてくるよ」
の寝顔を見ながら歌仙は今まで自分が思っていた事を
小さく口に出していた。
ふと口をもごもごと動かすを見て彼の口から笑みが零れた。
「何を食べているんだい主」
「んぅ・・・・・・ご飯、美味しい」
「ふふっ。そうだね、くんの料理はとても美味しいよね。
いくら料理の上手い僕でもくんの料理には到底敵わないな」
「ん・・・んっ・・・歌、仙」
「主?」
途端、の口から歌仙自身の名前が出てきた事に驚く。
目を凝らし、耳を澄ませの様子を伺う。
「ウザい。鬱陶しい。あっち行け」
「君ってホント、僕に対しての扱いの温度差酷いよね」
の口から出てきた言葉は歌仙をいつも通り
小姑のようにイビる(というか邪険に扱う)言葉が飛んできた。
夢の中でも自分は冷たくあしらわれているのだな、と歌仙は思うも小さく笑った。
「でも・・・・・・好き、だから」
「っ!!・・・はぁ・・・もう、やめてくれよ主」
冷たくあしらわれていると思いきや、飛んできた温かい言の葉。
それも絶対にの口からは出てこない想いの言の葉。
それを聞いた歌仙はため息を零し、を更に腕の中にと収める。
「これ以上僕を夢中にして、君はどうしようっていうんだい。
このままじゃ・・・制御できなくなってしまうだろ。やめてくれ。何かあった時、余計離れられなくなるよ」
そう呟いて、歌仙はを腕の中に入れたまま深い眠りへと就くのだった。
「・・・・・・んっ」
がぼんやりと目を開ける。
朝日が障子越しに差し込み、の目に当たっていたのだ。
「(あれ?私の部屋、こんなに日が差してきたっけ?)」
未だ覚醒しきれていない脳では思う。
そして体を動かそうとするも――――――。
「(なんか動きにくいんだけど・・・なん)」
動きにくいと思い、顔を上げた瞬間の脳は一気に覚醒へと向かった。
自分の隣に居るのが双子の妹・、ではなく、従者である男-歌仙兼定-であることに。
ふと、男の目が段々と開き緑色の瞳が此方を向く。そして、ふんわりととろけるような笑顔を見せた。
「ああ、主起き」
「うわぁぁあああぁあああ!!!!!!!!!」
の奇声により本丸中の誰もが驚き、そして起床した。
「まさか大将が寝ぼけるとはねぇ」
「意外に考えられない事だよねそれってさ」
「すいません。朝からお姉ちゃんがお騒がせして」
それから数時間後。
本丸の食堂。給仕を済ませたが申し訳なさそうに
薬研藤四郎と燭台切光忠にお茶を出していた。
出されたお茶を薬研と光忠は一口飲み、湯のみを置く。
「いや、俺達に謝るよりさ」
「どっちかと言えば僕の隣に座ってる頬に湿布貼った人に謝るべきなんじゃない」
「ですよね!!ホントごめんなさい歌仙さん!!!」
「いや、いいって。こういうの、もう慣れたようなもんだから」
光忠の隣に座っている頬に湿布を貼った歌仙にはひたすら頭を下げていた。
「しっかし、歌仙の兄さんも手酷くやられたなぁ。善意でやったにも関わらず」
「主が風邪を引くと思って布団の中に入れてあげたのに」
「目を覚ました途端、悲鳴を上げて頬を殴って逃げる。ホント、すいません歌仙さん」
「あのさ、もういいって。傷に塩を塗られてるみたいで、それだけで痛むから」
の悲鳴が上がった後。
誰もがそれに目を覚ました。そして、当のは恥ずかしさのあまり歌仙の頬を拳で殴り
そのまま自分の部屋へと走って逃げていったのだった。
そのせいか、朝からは自分の部屋に篭りっぱなし。
食事はおろか、本丸の見回りにも向かわないという始末になっていた。
「夜中にトイレ・・・あ、厠でしたね。厠に行くって言ったから少し心配はしてたんだけど。
案の定こういう事になろうとは」
「何?ちゃん、主が夜中に厠で起きたら何か起こるの?」
の発言にすぐさま光忠がそれを拾った。
「実はお姉ちゃん。夜中にトイレで目を覚ましたら、その後必ずと言っていいほど・・・・・・・部屋に戻ってこないことがあるんです」
「え!?」
「大将マジかよ」
の考えられない行動に、光忠は驚きの声を上げ
薬研はあっけらかんとしていた。もちろん、側にいる歌仙も苦笑していた。
「ていうか、部屋に戻って来ねぇなら大将何処に行くっていうのさ」
「お父さんやお母さんの部屋だったり、和室だったり、居間だったり」
「完全に自分の部屋から逸れてるな大将」
「主にしては凄く珍しい行動だね。でも何で自分の部屋とは違う場所で寝ちゃうの?」
更に光忠が問うとは苦笑をしつつ口を開いた。
「私も最初不思議だったんです。でもお姉ちゃんに聞いたら、自分が安心して寝れる場所って言ってたんです。
自分の部屋はもちろんですけど、その次に体が向かう場所が大体自分の安心して寝れる場所だから
異なった場所で寝ちゃうってお姉ちゃん言ってたんですよ」
「自分の部屋よりも他の場所が安心して寝れる場所とか、大将流石すぎる」
「つまり、歌仙くんの部屋に行ったのって」
「え?いや、燭台切の兄さんそれは無いって。だって大将と歌仙の兄さん、普段見てみろよ。酷いもんだぜ」
「どうせ酷いもんだよ、僕と主は。腐れ縁同然だからね、扱いもそれなりに砕けてるんだよ」
「いや、砕け過ぎでしょ。君も主も」
話を切り上げるかのように歌仙は席を立ち、食堂を後にする。
先ほどの場所を後にして廊下を歩く歌仙。
ふと、脳裏をよぎるの言葉。
『自分の部屋はもちろんですけど、その次に体が向かう場所が大体自分の安心して寝れる場所だから
異なった場所で寝ちゃうってお姉ちゃん言ってたんですよ』
「自分が安心して寝れる場所、か」
歌仙はずっと不思議に思っていた。
何故が自分のもとに来たのか。
寝ぼけているだけ、と思っていたけれどの話を聞いて
歌仙はへの情愛が増えていった。
「安心して寝れる場所が、僕の所だった・・・なら、嬉しいな」
そんな事を呟いていたら、自然と頬の痛みも何処かへと飛び
歌仙は貼っていた湿布を剥いで嬉しそうに歩みを進めていたのだった。
安心して眠れる場所へ
(それが僕の側だと言うのなら嬉しい限りだ)