闇が辺りを覆い隠す夜。
静まり返る周囲。聞こえてくるのは風に揺らぐ草木と、虫の声。
だが、僕の耳に聞こえてきていたのは甘く愛らしい啼き声だけだった。
「様・・・様、大丈夫かい?」
「んっ、ぅん・・・なん、とか」
主・様の部屋。
灯一つと、一組の布団の上。肌を覆っていた服を畳の上に脱ぎ捨て、欲を貪る。
何度も何度も体を重ね、これでもかというくらいに愛を注ぎ確かめ合う。
この時ばかりは「主と従者」ではなく「男と女」という上下関係もない、愛を囁き合う者同士になる。
そしてこの時間の時だけ。
僕は彼女を名前で呼ぶことを許されている。
普段はこの関係を知られないために「主」と呼んでいるが、誰も居ない二人っきりの時。
僕はそれを許されている存在になる。
腕の中に収まった主は達したばかりで息が荒い。
繋がっている部分はまだ離れたくないと言わんばかりに互いを繋ぎ止めている。
僕は彼女の頬に触れ、顔を覗く。ほんのりと赤く染まった頬が愛らしく、其処に口付けた。
頬に触れた口唇の感触に主は気付き顔を上げた。潤んだ目で僕を見つめる。今度は瞼に優しく口唇で触れる。
「もう少し、加減してあげるべきだったんだが・・・すまないね」
「歌仙。お前、いつもそう言って・・・・・・加減、できてないだろ」
「ハハハッ、そうかな?」
主の言葉にしらばっくれるように笑う僕。
加減ができていない。当たり前だ。こんな時まで加減なんか出来やしない。
毎日毎日、主の姿を目に映すだけで胸は張り裂けそうなほど熱くなり、体は彼女をいつ何時と求めようとする疚しい気持ちだけ募る。
夜。この時間だけが主を「一人の女性」として求める時間なのだから抑制された欲の楔が外れ、加減できないで当然だ。
「も、もぅ・・・歌仙お前、部屋に戻れ。あまり一緒に居ると皆にバレる」
「まぁ戻るけどさ。すまないね・・・・・まだ、どうやら様、君が足りないみたいなんだ」
「えっ?」
瞬間、僕は未だ繋がったままの部分から主の体を貫く。
「ひゃっ!?やっ、あっ・・・も、もぅ、やだぁ・・・っ、歌仙、いやぁあ・・・!!」
「イヤなのかい?君の体は、心地が良いって、震えているね。繋がっているココからも・・・嬉しいのか、蜜が滴ってるじゃないか。
それでイヤだなんて・・・よく、言えたもんだ」
「ふぁっ・・・ああっ、バカッ・・・!!歌仙、やめっ・・・いやぁあっ・・・あぁン」
「可愛い声だよ様。もっと啼いて、僕にその声を聞かせてくれ」
そう言って主の体を貫き、愛を囁いた。
手を体中に這わせ、柔らかな双丘を揉む。時にそれらを口に含み舌先で弄ぶ。
それだけでも彼女の体は反応して甘い声を上げ啼く。
繋がり合う蜜壺は滑らかな蜜を滴らせながら、僕の肉塊を程よく締め付けていく。
それだけで気持ちが高揚し、律動を激しくしていく。
「・・・っ、は・・・、様・・・・様っ・・・僕は、酷い男だね。君を、こんなに・・・淫らにしてしまって・・・っ。
こんな姿を、他の誰かが見たらどうなるだろうね。まぁ・・・見せやしないけど」
「歌仙・・・ぁん、ああ・・・んぅ、歌、仙っ・・・も、もぅ、だめぇ・・・!!死んじゃう・・・っ」
「ああ、達するのかい。達して、いいんだよ様。僕が、何度だって君を」
骨の髄まで、愛し、満たしてあげようと耳元で囁き―――――何度目と数えても分からぬ程、情事を繰り返した。
「・・・(今、何刻くらいだろうか)」
気づけば部屋の灯が消えていて、僕と主は身を寄せ合いながら一組の布団の中で眠っていた。
ふと目を覚ました僕は腕の中に眠る主を見る。
疲れて眠っているのか、これは朝まで起きない様子だ。今日もやはり無理をさせてしまった。
そんな自分に失笑し、僕はゆっくりと布団から出て脱ぎ散らかした自分の服を肌に纏わせ
主の服を整え置いた後障子に手をかけ、首を後ろへと向ける。
僕の気配に気付きもせず眠り続ける主。
また今晩も朝まで彼女を一人眠らせる自分が酷く情けなく思える。
しかし、僕は彼女の「従者」。踏み越えてはならない一線が何時も其処にはあった。
主従関係の垣根を取り払った逢瀬が終わったのなら従者の僕は自分の部屋に戻るまで。
朝まで側に居てはならない。
居てはならないからこそ、それでも足掻こうとする自分が居る。
胸にある芍薬の花飾りを取り、踵を返し主の枕元にと向かいそっとそれを置く。
花飾りを置き、目線を眠りの世界にと居る主に移し、畳に膝を付け手を伸ばし彼女の頭を撫でる。
「様、僕はもう戻る。コレを僕の代わりに置いていく。共に朝を迎えれないのはいつも残念に思うよ」
そう言い残し、僕は主の部屋を去り暗闇に紛れ自分の眠る部屋に戻るのだった。
朝。何事もなかったかのように本丸中の刀剣達が動き出す。
無論僕も同様。睡眠は取った。
主の部屋でも眠っていたし、部屋に戻ってからも眠ったから特に眠い感覚はなかった。
未だ主の姿が見当たらないから「もしやまだ眠っているのか?」と思い
無理をさせてしまった自分を悔い改めるしかないだろうなと
心の中で呟きつつも、おそらくそんな事は無理だろうと結論づけてしまった自分に変な笑いがこみ上げてきた。
「歌仙の兄さん。胸の花ねぇけど、どうしたんだ?」
一人小さく笑っていると粟田口の短刀、薬研藤四郎に胸の花飾りが無いことを指摘された。
彼の言葉を皮切りに誰もが「そういえば」なんて言葉を漏らす。
僕はいつも花飾りをつけている側の羽織りの布を手で撫で、薬研に困った表情を作って見せた。
「実は朝から見当たらないんだ。昨日はあったんだけどね、何処へやったのか思い出せなくて」
「探しておこうか?今日は兄さん、遠征で此処離れるわけだし。俺っち、今日内番で此処に居るし代わりに探しておくぜ」
「大丈夫だ。そのうち戻ってくるよ」
「戻ってくるって言ったって。花飾りに足が付いてるワケじゃねぇのにそんな、そのうち戻ってくるとか」
「歌仙。コレ、お前のだろ」
すると会話に割入ってくるかのように主がいつもの格好で立っておりその声がその場に響く。
そして、彼女の手には芍薬の花飾り。
探さずとも「そのうち戻って」は来る。主の手を介して。
「あ。大将、それ兄さんの花飾り!」
「今朝方風呂に入りに行った時に脱衣場に置いてあった。お前のだろ歌仙。ていうかお前しかこんなのしてないからすぐ分かる」
「おやおや。風呂場に置いてあったんだ。ありがとう主、わざわざ届けてくれて助かるよ」
主の手のひらに乗った花飾りを受け取り、いつもの場所にそれを飾り付ける。
花飾りが見つかったのか薬研は「見つかったワケだし、俺畑仕事だから行くわ」と言って去り
また他の奴らも今日組まれた各々の部隊へと向かう。
そしてその場に残る、僕と主。
二人っきりになった途端、主が盛大な溜息を零し上目遣いで僕を睨みつける。しかし僕はそんな彼女の表情にも笑みを浮かべる。
「すまないね主。手間を掛けさせたかな?」
「ワザとやってるでしょ」
そんな彼女の言葉に一瞬驚いた表情を見せ、誰も居ないことを良い事に
彼女の腰に手を当て引き寄せた。
顔を近付け、間近に映す主の表情。
「ワザと?馬鹿を言わないでくれ。それは違う。
アレは朝を主の側で迎えられない僕の代わり。本当はね様、君が目を覚ますまで側に居たいんだ」
顔を少しずつズラしながら、耳元に口唇を近付け吐息混じりに囁く。
風呂上がりの主の体から香ってくる花の香りが鼻を掠める。
「嗚呼、良い香りだ。これだけで今でも思い出すよ昨晩の事を。何度、様は僕の腕の中で啼いただろうね」
「か、歌仙・・・っ、やめろ、今は名前で・・・っ」
耳元で囁きながら体中に手を這わせ弄(まさぐ)る。
それだけでも羞恥と思うのか、主の体が段々と熱くなっていくのが自分の手伝(てづた)いに分かる。
手の感触を嫌がるかのように彼女の体はそれを避けようと体を色んな角度にとくねらせる。
しかし、それを追いかけるように僕は手を動かし追いつこうとする。
「愛らしい小鳥の様な声は、今も僕の耳に焼き付いて離れてくれないよ。鼓膜が破けそうなくらい熱い君の啼き声」
「もっ、バカッ・・・やめろって・・・誰か来たら・・・っ」
「誰も来やしないよ。それよりも君は思い出さないのかい?
お互いの体を求め合った・・・昨日の夜の事。何度も僕を求め喘ぐ君の姿は、本当に可愛かったな」
「歌仙、もぅ、いい・・・っ、わ、分かったから・・・っ」
主の顔を見ると林檎よりも真っ赤に染まり
羞恥に耐え切れないと言わんばかりに体を震わせている。
これ以上悪戯心で彼女を甚振(いたぶ)るの止めにしようと思い、弄る手を止めた。
途端、腰が抜け全身の力が床に落ちようとしていた。
僕は何とかそれを受け止め自分の体にと主を抱き寄せる。上から主の顔を覗くとまだ赤い。その赤ら顔も愛(う)い。
「朝からすまないね主。少し苛め過ぎた」
「あ、朝からはやめて。ホント、身がもたない」
「悪かったよ。でも、主が可愛いからつい苛めたくなるんだ、許してくれ」
謝罪を込めながら額や頬にと口唇を触れせされる。
触れるだけで、僕の中の鎖が崩れ去っていく。
あまり近づいてはいけないと、心の中で分かっていながらも―――――。
「今晩も、行っていいかな?」
今更この−肉体−関係を無かった事になんて出来やしない。
踏み越えてしまった自分と。
「あんまり遅かったら、寝るから」
それを受け入れてくれた彼女。
「なるべく早くに行くようにする。それまで、様。待っててくれ」
誰にも気付かれてはいけない、僕らの関係。
「主と従者」、そして「男と女」。
僕と彼女は2つの関係の鎖で繋がっている。
永遠に離れることの出来ない、見える鎖−主と従者−と見えない鎖−男と女−の両方で互いを繋ぎ、愛し合っている。
見える鎖と見えない鎖〜繋ギ愛シ合ウ〜
(そして今日も僕らは離れることの出来ない2つの鎖を纏い、共に過ごす)