それが其処に「存在している」と分かった時。
不意に頭を過った彼の顔はいつもより眩しく輝いていた気がした。










「すいませんさん。忙しいのに誘ったりなんかして」




「いえ。息抜きもしなきゃいけないと思っていたところなんで」










とある日。
私は本丸を出て、現実世界へと戻って来た。



しかし私一人ではない。隣にいる女史は同じ審神者の方。
偶然演練の時に声をかけられ今に至る。


何故彼女と私が此処に居るのかといいうと―――――。









「美術館見学とか小学校以来です」



「そうですか?私、審神者になる前から古美術品とかに興味があったのでよく一人で行ってました」








彼女に美術館見学に行かないか、と誘われたのがきっかけだった。



ただの見学なら私もつまらないと称して断っていたが
彼女の隣を歩いているという段階で「つまらない」どころか「興味がある」という意味で足を揃えていた。









「此処に来ることはさんの刀剣達はご存知なんですか?」




「粟田口のチビ達とサプライズじじいも行きたがってました」




「粟田口の子達なら分からなくはないですが、鶴丸もですか」







女史様は苦笑しつつ、私はため息を零す。



あまり口にはしたくなかったが、出る際は本当に其処の面々に愚図られた。
あと双子の妹のまでもが愚図る始末だったから手に負えない。


我が家の本丸は本当に騒がしいの極み。


たまには一人になる時間も欲しいし、せっかくのお誘いをうるさい面々で華やがれても困るに値する。






現実世界に降り立つ数時間前に遡る。











お姉ちゃんだけズルい〜」



「お誘いを受けたのは私なんだから、文句を言うな。いいだろその審神者の格好させてやってんだから、今は好き勝手し放題だぞ」



「あ。そうだよね・・・って上手く丸め込まないでよ」







私は私服を来て、に審神者の格好をさせた。


の存在は政府最高顧問枢機卿のみが知り得る事で、という審神者は存在していないという形式上そうなっている。
しかし、私が本丸を留守にするとが自然と表に出てこざる得ない。


だが其処は一卵性双生児。そっくり双子を利用して服を入れ替えれば問題ない。



に普段私がしている格好をさせ、私が本丸を離れればいいだけの事。







「とにかく、。好きにしてもいいけど、無茶なことはするなよ」



「む〜お姉ちゃんだけズルいよぉ」



「何かおみやげ買ってきてやるから。私だって遊びに行くわけじゃないんだからね」





「主様遊びに行くの!?」


「現世!?現世に行くんですか主君!!」


「なぁなぁ大将!今の現世ってどんなところ!!俺も行ってみてぇ〜!!」


「そりゃぁやっぱりアレだろ?驚きが満ちた世界なんだろうな。よぉーし、俺も連れて」




「行くわけねぇだろこのバカどもが!!!」









私が出ようとした瞬間。
普段とは違う格好で外に出るものだから、粟田口の乱、秋田、厚。そして何故か鶴丸までもがやって来て
連れて行けと言わんばかりの声を上げる。


しかし、私はその声すらも一蹴して刀剣仕置用のハリセンで全員の頭を叩いた。








「どこから聞きつけたか分からんが、仕事しろ!お前ら内番サボるな!!」



「え〜だって〜〜」


「主君の世界を見てみたいです」


「俺も連れて行けー」


「君だけズルいぞ。なぁ妹君」


「そうですよね鶴丸さん。お姉ちゃんだけズルい」






全員から一斉攻撃され、カチンと来た。







「ほぉ・・・じゃあ二度とその減らず口が開かないようにしてやろうか?ん?」




『ひっ!?』
























「とりあえず、黙らせてきたんで問題はないです」



「そのお顔から察するにそうですよね。さん大変そうですね」







女史様は苦笑どころかもう失笑するレベルだった。


大変を通り越し、苦労の連続だ。妹まで一緒になるから頭が痛くなる。




あくまでコレは「社会勉強の一環」というやつだ。
本来なら万屋に行く程度の距離しか出入りが許されていない立場なのだが
政府の許可が下りさえすれば、現世と本丸の行き来は少なからず可能となる。


審神者になって苦労しているのは其処だ。


十分な生活が送れているにせよ、行動範囲が決まっているから動けない状態も同じ。
政府の許可がない限り、現世に足を付けることすらままならない。




今日は隣の女史様のおかげあって、現世にと来た。
彼女が政府に「社会勉強の一環」として申請してくれたのだ。私はそのお零れに肖(あやか)っているだけに過ぎない。






色んな話をして気づいたら目的の美術館へとやってきた。



平日なのか人気が少ない。


受付で入場料を払うと、女史様は競歩並みの早さで目的の場所へと向かう。
あまりの早さに自分の目を疑ったが、私が居ないと分かったのか
物陰から顔をのぞかせ手招きをする。









さん。こっちです、こっち」



「あ、は、はい」










私は小走りでそちらに向かい、女史様の後を早歩きする。
するととあるケースの前で彼女の動きが止まった。


私もそちらに向かう。









「コレです。刀身の燭台切光忠。随分と昔から此処に飾られているんですよ」




「コレが・・・光忠」







ケースの中。


純白の布の上に剥がれた金少しと黒い姿を見せた刀。


これが本丸では「オカン」なんて呼ばれている燭台切光忠の本体と言うべきもの。








「黒い、ですね。コレって元からですか?」




「え?さんご存知ないんですか?」




「あっ、私あんまりこういう事は知らないっていうか、無知です」








あまり刀剣達の生い立ちや生涯については知らないでいる。


触れてしまえばそれこそ、彼らの思い出を掘り返してしまいそうで怖いからだ。
だから自分の中ではあまり「彼らの過去」や「刀として生きていた時の話」は聞かないでいる。




「彼らが可愛そう」という気持ちではなく「自分が知るのが怖いだけ」という自己防衛に徹しているだけだ。









「光忠の名前の由来とかは知ってますよね?」




「ええ。今でも本人が気にしてるくらいですから。政宗公が家臣を斬りつけるときに、燭台も一緒に斬ったところからって。
格好良く決めたいのに、なかなか良い感じに決まらない・・・なんて言ってます」




「ああ、それは何処の光忠も同じなんですね。ウチのもそんな感じです。でも、元は綺麗な光る刃だったんですよ。
でも1932年に起こった大震災で所在不明になったんですが、それでも焼身ながら残っていたんです。ある意味光忠は奇跡じゃないかって
昔の人は言ったらしいですよ」




「奇跡・・・か」










黒く染まった刀身を見て、それが焼けてしまったモノだと初めて知った。



確かに酷い震災で所在不明となれば誰もが手放し諦めるだろう。
だが彼は命からがら見つかった。その身が炎や土砂によって焼け焦げ、黒に染まったとしても。



本当に燭台切光忠は「奇跡の産物」という名に相応しい刀にもなった。









「でも日の目を見るのはそれから随分と経った頃で。ようやく彼が姿を表したのが2015年なんです」





「2000年代に入ってからなんですね」





「ええ。焼身してますし、人目に晒すのは難しいんじゃないかって言われてたくらいですからね。
でも今ではこうやって皆から寵愛を受けてるって思うと感慨深いものがあります。審神者やってて良かったって思うんですよ」





「え?」







女史様は嬉しそうに私に言う。


私はある意味半強制的に審神者という職業に就いたのだ。
ブラック政府の体の良い中間管理職、なんて酷い職業だなと常々思っているが
隣の彼女はそんな待遇を受けながらも嬉しそうな表情で「良かった」と言っている。










「だって、私達が歴史を正しい方向に導いてるおかげで、光忠だって姿を現す事が出来たんですよ。
もし、修正主義者たちに歴史を改ざんされていたら、光忠はずっと暗い中に居たと思います。
刀剣たちを束ねて歴史を正すって事は昔の人達にどんな形になっていても彼らを見せるためにやっているって思ったら良かったなって思うんです」









そんな解釈、一度もしたことなかった。



ただ漠然と「歪みそうな歴史を正す」という行いに日々を費やしていた。
だけど、そうじゃないと隣の彼女は私に教えてくれた。



そして目の前の――――刀身にも。









「綺麗な刃もいいけど、黒く染まった光忠もかっこいいですね」




「ですよね!ですよね!!やっぱり光忠ってどんな形になってもカッコいいですよね!!
今日帰ったら光忠に抱きついちゃおうかな。さんもしてみてください!!」




「え?い、いやぁ〜・・・流石に私のガラじゃないんで」








抱きつく云々は出来ないかもしれないけれど、言ってやれることはあるだろうと自分の中に言葉を残し
社会勉強を終え、本丸へと戻るのだった。



















「ただいまぁ〜・・・って出迎え無しかよ」








本丸に手土産を持って戻ってきた。


しかし誰一人として出迎える気配なし。



出陣部隊も遠征部隊も帰ってきてない頃だし、内番を終える時間でもない。
もおそらく給仕の準備に手間取っているのだろうと思い、ため息を零す。


朝アレだけ愚図っておきながら、帰ってきてからの扱いは酷いものだ。









「(おみやげに買ってきたシュークリーム。全部食ってやろうかな)」






「あれ?主、出かけてたの?」








ふと背後から声。


振り返ると脇に野菜の入った籠を抱え立っている―――――燭台切光忠だった。



あまりにも突然すぎる登場とさっき見てきた刀身が微妙に重なり
自分の中で少し動揺する。








「お、あ・・・まぁ。今、帰ってきた」




「それはお疲れ様。確か近くの審神者さんと社会勉強とか言ってたね、勉強になったかい?」




「う、うん。これ、おみやげ。シュークリーム、皆の分あるから」






シュークリームの入った箱の袋を差し出すと光忠は
自分が持っていた野菜の籠を置き、袋を受け取る。








「わざわざ勉強した帰りに買ってくるとは。夕餉食べたあとでも皆に配ろうか、喜ぶだろうねきっと」





「ああ。そうして」





ちゃんは外で洗濯物を取り込んでるよ。他は皆内番してる。
僕は今日畑仕事だっただろ?良い野菜が採れたから持ってきたんだ。主、疲れてるよな。丁度台所に向かうし、お茶淹れるよ」






「う、うん」








光忠は野菜の籠を脇に抱え、シュークリームの入った袋をその手で持ち室内に入る。




言わなければならない。



言わないと、多分ずっと後悔する羽目になりそうだ。




だが、私の頭は口よりも先にどうやら体が動いてしまい
彼の背にと抱きついた。




あまりに突然の事で「え!?」と光忠の裏返る声。
自分でも「しまった!」と思えるも、やってしまった事には仕方がない。


抱きつかない方向だったがもうやむを得まい。











「あ、主どうし」





「お前は・・・お前は、どんな姿になってもカッコイイよ。私の自慢の燭台切光忠だから」










途端、野菜の籠とシュークリームの入った袋が地に落ちた。


そして聞こえるため息。
ようやく私は光忠の体から離れる。しかし、彼は振り返りもせず体が少し前のめりになり首を横に振る。










「光忠?」








その様子があまりにもおかしく思い、前に行く。
顔を手で覆い隠し、頭を上げない。その顔を覗きこもうとしたら―――――。













「わあぁああ、ダメダメ!!今見ないで主、僕・・・今、凄くカッコ悪い表情してるから、見ないでくれ」










自分の目元を手で覆いながらも嬉しそうに笑い、頬に涙が伝っていた。





おそらく彼には分かっているのだろう。
自分が「どんな姿」をしているのかが。当たり前だ。曲がりなりにも付喪神。自分の現在の状況くらい把握するのは容易いだろう。



きっと彼は少し恐れていたのかもしれない。



本当の姿を見られたらどんな目で見られてしまうのかを。








「僕を、見てきたの?」





「良い刀だったよお前は。カッコ悪くない。カッコ良かったよ光忠」





「ズルいよ主。社会勉強で僕を見に行くなんて・・・ズルい」





「そうだなズルいな。でも私が審神者やっててよかったって誇りに思う事が出来た。
ちゃんとお前を救い出すことが出来たんだから」




「はぁ〜・・・主、カッコよすぎでしょ」






そう言って光忠は私を優しく抱きしめた。
おそらく泣き顔を見られたくないのだろう。



そんな彼が愛おしく思えたのか背に手を回し優しく叩く。






「大丈夫。お前が一番格好良い。心配するな、私が保証する」



「主に保証されたなら、僕はこれからもっと自分に自信が持てるよ。もちろん君の刀としての誇りもね」



「そうか。それならいい。これからも頼むぞ燭台切光忠」



「ああ。任せてくれ我が主」






自分の仕事がどれだけ彼等にとって尊いことか、私はこの時ようやく理解した。

今になって理解するのは少し遅いかもしれないけれど
彼等刀剣男士達の「主君」として、これから私は誇りを持って采配を振えばいい。

彼らがこの世に存在した事を更なる後世へと残せるように。
私も私なりに努力をしよう




彼等を束ね、正しい歴史を刻み続けれるように。





眩しく輝くその出で立ち
(どんな姿になってもお前が格好良いことに変わりはない) inserted by FC2 system

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