「此処が今日から君達2人が取り仕切る、本丸でーす」
「うわっ、広っ」
「大きい場所ですね」
正式な通達があって1週間経った日。
私とは2人揃って、政府の役人に連れられて今日から生活をする場所にと足を踏み入れた。
最初は古びた屋敷に木が腐った床や梁。屋根の瓦も砕けている、みたいな
本当に悲惨な光景を想像していたが、私の想像とは裏腹で何処かの高級旅館並の清潔感と綺麗さをしていた。
「やけに綺麗にされてるわね。庭も手入れが行き届いてるみたいだし」
「2ヶ月前まで別の審神者が使っていたからね。その審神者も歴史修正主義者に負けて
今は普通の暮らしに戻っているよ」
「つまりお下がりって訳か」
「でもお下がりでも綺麗にしてあるよね。ラッキーだねお姉ちゃん」
「まぁね」
に言われて「お下がりでも悪く無いか」と思った。
双子として、そして長女で生まれたものだから正直「お下がり」というものを知らない。
でも初めてもらったお下がりが屋敷一個っていうのはおそらく何処にもない話だろう。
「此処が、君達が仕切る領地になるわけだけど・・・一応、少し離れた場所にも別の審神者が何人か居るからね。
何かあった時のためにコミュニケーションは取っておいてね」
「へぇ。じゃあ私の先輩にあたるって事か。そのうち挨拶に行かなきゃな」
「あ。私お菓子作るよ!手ぶらじゃやっぱり申し訳ないしね」
「そうだね。まぁまだ向こうも向こうで1ヶ月しか経ってないけど」
「いっ、1ヶ月!?」
「ちょっと待て!!それって先輩って言えるレベルじゃねぇよ!!そっちもそっちでまだ新米扱いじゃん」
役人の話を聞いて「先輩が近くにいる」というので心強く感じたが
その先輩審神者が着任1ヶ月という言葉を耳にした途端、不安しか過ぎらなくなった。
私は今日審神者として着任したばかりだ。
1ヶ月前に着任した先輩審神者に流石にあれこれ尋ねるのはなんだか申し訳なく感じる。
おそらく向こうもまだ知識経験共に豊富とは言えないのだから。
「新米でも戦績は良い方だよ」
「戦績が良くても他の事がダメなら意味が無いって。挨拶に行くだけでも迷惑だし、空気読んでない感満載じゃない」
「あの・・・その人達も、私達みたいに政府の人達から呼ばれたんですか?」
「彼等は志願者だよ。アレ?君達知らないの?審神者が志願制って」
顔面を薄っぺらい習字紙で隠した政府の役人は私とに問いかけた。
あまり口にしてはいけない事だが、今すぐあの顔面の習字紙が真っ赤になるまで殴りたいという
殺意が芽生えたのは言わないでおこう。
「お、お姉ちゃん・・・口に出さなくても、なんかオーラがオーラが出てる」
「あ、ゴメン。で、そこの使いっパシリの役人。今すぐ説明しろ。じゃないと、本気で顔面の紙が真っ赤になるまで殴り倒すから」
「ヒッ!?」
「お姉ちゃん!!」
説明してもらわなければ困る。
審神者が志願制というのは知らない話だったし
志願制のはずなのに、何故私とが選ばれたのかが納得行かない。
手の関節を鳴らしながら役人を睨みつける。
「特別法の一つとして『審神者志願制』っていう法律があるんだよ。歴史修正主義者が現れて2年位してから
この法律が制定されたんだ、奴らに対抗するためにね。最初は強制的にって、随分と昔のやり方で審神者を募ろうとしたけど
それもそれで可哀想じゃないかっていうので、敢えて志願制にしたんだ。まぁ意外にもこの方法が良かったのか
やたら志願者が多くてね、困ったもんだったよ。まぁそれは今でも変わりはしてないけどね」
「志願が多ければそれだけで簡単に敵を叩けるじゃない。何で困るのよ其処で」
「審神者としての能力発揮にはね、自己の年齢が重要なんだよ。つまり、君達ぐらいの年頃以上の子がね」
「私達ぐらいの?」
「年頃以上の子?」
私とは役人の言葉に首を傾げた。
意味が通じてないと分かったのか役人はため息を零し「ああ言い方が悪かったね」と謝り
軽い咳払いをして、話を続けた。
「18歳未満だと能力が十分に発揮できないおそれがあるんだ。18歳はギリギリ、人によっては十二分すぎるくらいの
力を持っている子も居る。年齢がそれなりに上だとこっちとしても安心して任せれるし、能力値は人それぞれでも
ちゃんと発揮できるって分かってる年齢だから問題はないんだ」
「つまり、志願する人達に18歳未満の子が居るって事?」
「そう。志願は自由だけど、其処から審神者として認められるのは「18歳以上の男女に限る」って事。
困ってるっていう部分は18歳以上の男女を志願者から一人一人見つける作業をするの。
18歳未満の子も混ざってるからね。未満の子を省いて、以上の子を確定する。毎回この作業の繰り返しさ。
本当はこの話政府内部の極秘事項だし、審神者制度の内部に関わる事だから露見しないほうがいいんだろうけど。
君達はある意味特別枠だし、話してもいいか」
「私やお姉ちゃんが『特別枠』ってどういう事なんですか?」
「一応定員があるんだ1回の募集でね。でも省く作業もあるから、結局は定員に満たないことがあるんだ。
ごく稀にだけどね。その時は政府が高等学校、大学、大学院に優秀な人材の要請を行う決まりになってる。
もし学校側がこれを拒否したり、または生徒の情報隠匿などをした場合は厳しい処罰の対象となるんだ、学校側にね」
「つまり、私達って」
「学校に売られた」
聞きたくない事実を聞いて失意のどん底とは言ったもんだ。
まさか家族の次に身を守ってくれる学校が政府の要請とはいえ手のひらを返し
生徒の情報を売り飛ばした事実に、私とは思いっきり落ち込んだ。
アレだけ学校に貢献してやったのに、なんて薄情な学校だろうかと今だったら呪いでも何でも掛けてやりたいくらいだ。
「あ、ああ、落ち込まないで2人共。君達の学校側からはね、ホント最後の最後まで渋られたんだよ。
君達2人を手放すのは本当に惜しいって校長先生はおろか理事長まで来たくらいなんだからね!!」
「でも、結局はハゲ(校長)にもジジイ(理事長)にも私とは売られたんだよ・・・フッ、あの学校朽ちればいい」
「3年間楽しい思い出ばっかりだったのに、酷いよね。いくら法律違反になるとはいえ、酷いよね先生達」
「で、でも!!君達はこうして学校生活では送れない貴重な体験をこれからするんだから!!ほら、めげないでめげないで!」
落ち込む私とに役人は何とかテンションを戻そうと必死になる。
しかし、落ち込んでいても仕方あるまい。
『審神者』という者になってしまった以上、おそらく足掻くことの出来ない運命だったのかもしれない。
私はの肩を叩いて頷いてみせた。つまり、過ぎたことを悔いるなと言う意味だ。
その意味が理解できたのかも落ち込むのを止め、私と肩を並べる。
「で。学校側から売られたのは私達だけじゃないんでしょ。どうやって選ぶの?全員年齢は満たしてるワケだし」
「其処からはもうこっちの判断さ。でも、枢機卿が君達2人を見た時から審神者にするって決めてたみたいだからね」
「あのお偉い軍人格好の爺さんが?」
「お姉ちゃん、あの人偉い人なんだよ。お爺さんなんて言ったら失礼だよ」
「ハハハッ、歳からしてそんなにジジイに見えるのか私は」
途端何処からともなく笑い声が聞こえ、姿を表す。
そう、白い軍服姿の初老の男――――――。
「す、枢機卿!?何故此方に!?」
「今日が姉妹の着任日と聞いてな。以前の審神者のお下がり本丸だが、どうだ?」
「悪く無いわ。私の砦にしては良いんじゃない」
「こ、コラ!。枢機卿に何たる言葉遣いを!!」
「お姉ちゃん、枢機卿さん偉い人なんだから敬語使わなきゃ!!」
揃いも揃って同じ指摘を受けた私に対し、笑う枢機卿。
此処で「恥ずかしいから言葉を改める」というのをしたくない私は
なりふり構わず目の前の初老の男に目線を向けた。もちろん、言葉遣いを改めるということもせずに。
「私やを選んでくれたそうじゃない。でも、を選んだのは人選ミスよ」
「確かにな。まさか評議場で愚図られるとは思いもしなかったさ。だが結果的には問題ない。人員は満たされたのだから」
「でもこの子は審神者にならないって言ったし、それをお宅達が承諾したのも事実じゃない。人員不足よ、1人足りないわ」
「じゃあこう言えば人員は満たされるだろうか?
上層部には私の方から、両者とも審神者として申請をしており、認可が下りた。
本来審神者になる事を拒否、または辞退した場合速やかに自宅に帰すよう処置を行うはずだが
当のはこれをも拒否した。厳重注意どころか法律違反も良いところの反抗っぷりだ」
「、お前思い返すと凄いことやってのけたな」
「い、言わないでよ!!お家に1人で帰るの嫌だったんだもん!!」
我が妹ながら天晴な振る舞いだ。
私以上に肝が座っている、といえばそうなるだろう。
むしろ本人は全く無自覚でやっていたのだから、何とも咎めようがない。
「其処で私の方から両者を審神者にする事を考え、欠けていた人員を満たした」
「でも実際は審神者になってない」
「心配するな、本物は此処に篭もればいい。書面上のやりとりだ、嘘を取り繕うくらい造作も無い」
「す、枢機卿まさか・・・っ」
「上に提出した新規審神者の欄に名前だけを書いた。任地も実際此処とは違う場所だし、存在しない。
あの朴念仁共の事だ。私の驚きに気付くはずもないだろう。気づかれた時には
”は早々に歴史修正主義者に破れ、審神者を辞退した。書類の修正を怠っていた“と言い訳を並べる手はずも出来ている」
コレでを本丸から出すな、という意味の合点がいった。
この男はが審神者になることを拒否した時にこの算段を始めたに違いない。
完全に手の上で踊らされた感満載だ。
「この、狸ジジイが」
「褒め言葉として受け取っておこうか。とにかく気付かれるまでの間は人員は満たされている。
人員が欠けた時を見計らって妹の名は書類から抹消しておく。ただし、私の言いつけは守るのだぞ?」
「はい!お約束には従います」
「ああ、良い返事だ」
意気揚々とは返事を返したが
正直この子が「他人から与えられた規則を勤勉実直に守る」事が出来るのかどうかが不安だった。
学校の規則は破らないにせよ、家の規則は平然と破る癖があるのだ。
ちなみに本人には全くその気はないという、とんでもない無自覚っぷり。
それを枢機卿が知ってか知らずか、とにかく私もの動きには目を光らせておく必要がある模様。
「ところで”アレ“は終わったのか?」
「え?ああ、まだです。今し方審神者志願制に付いて説明しているところでしたので」
「そうか。なら、私がしよう」
「え!?枢機卿自らですか!?大丈夫ですか?」
「なに。私もまだまだ現役だ。若い奴らには引けを取らないさ」
「まぁ、そう仰るなら」
私との知らない話を始めた政府役人の2人。
全く何の話をしているのか分からないから、完全に蚊帳の外だった。
すると話を終えた2人がこちらを見る。
どうやら話の輪の中に入れてくれる模様。
「じゃあとりあえず、。選んで」
「選ぶ?何を?」
「コレ」
政府役人が指を鳴らした。
途端、何処からともなく刀が5本、現れ畳に突き刺さる。
私と役人との間に多少なりと間隔があったにせよ
鞘に収まっていない刀が畳に刺さるのは誰が見ても怖いに決まっている。
下手をすれば足に刺さる重傷ものだ。
何の予告もなしに刀が降ってくるものだから
正直罵声を浴びせたいところだが、自分を何とか落ち着かせ畳に突き刺さる刀を見る。
「コレって刀よね」
「そう。誰も最初から丸腰で戦えなんて言わなよ。評議会場でも言ったけど、刀に宿っている付喪神を呼び出して
それで歴史修正主義者達と戦ってもらうから」
「じゃあ5本全部」
「ダメ1本」
「はぁ?其処ケチんなよ。5本全部でもいいじゃん」
「1本から皆スタートしてるんだから、1本だけ。後々ちゃんと仲間が増えていくんだから今は1本でもいいの」
「1本ねぇ」
そう言いながら5本全部を眺める。
するとが隣に来て、顔を見合わせた。
「お姉ちゃん、どれがいい?」
「なんかどれも同じように見えるけど、コレにしようかな」
5本全部をじっくり眺めて、私は一本を手にし畳から引き抜いた。
「コレにする」
「それは打刀・歌仙兼定。室町時代に美濃国関で活動してた刀工・和泉守兼定の作品でね。
この歌仙兼定はその兼定の中でも随一の刀工と謳われた二代目之定(のさだ)の作だよ」
「じゃあ良いもんだな。それで、これどうすんの?」
「今からこれに肉体を与える。元々魂は宿っているも同然だからね。後はコレに肉塊を与えれば立派な戦士になるってわけ」
「へぇ。どうやって肉体を与えるんですか?」
「それは私の力と、審神者であるの力が必要となる。殆ど私は手助けするだけで
実際は『審神者の能力』とはどんなものかを目の当たりにさせるのがコレの目的というわけだ。
他の刀剣達は手に入れた時に、が触れれば肉塊が与えられ戦士が生まれる。審神者とはそういう種族さ」
「やたら詳しいけど・・・アンタ、本当に政府最高顧問?」
私は手に持った刀を鞘に収めながら、ツラツラと喋る枢機卿に問いかけた。
すると初老の男は私の言葉にフッと笑みを浮かべ口を開かせた。
「今は政府最高顧問だ。だが、昔は君と同じだったよ」
「昔というか今もでしょ枢機卿。枢機卿は今でも審神者としてご活躍されていらっしゃるんだ」
『えっ!?』
役人の言葉に私との声がハモった。
政府の最高顧問という椅子に鎮座しつつ、審神者としてもその力を大いに振るっていると知り
どれだけおっかなびっくりな男なんだと思ってしまった。
「ハハハ。今は政府の仕事が忙しすぎて、刀剣達に内番ばかりさせている。この前久方ぶりに任務に迎えば
皆が誉以上の活躍をしていたから、誰に誉をやればいいのか困ってなぁ。長年続けていると、あやつらの世話に手を焼く」
「す、凄いですね枢機卿さん!」
「いやいや。も見込みがある。何れ私を超えよう」
「長年って、いくつからやってるんだあの狸ジジイ」
「年齢は政府内じゃ不詳扱いになってるし、正直誰も枢機卿の本名を知らないって言う話もあるからね。
実は戸籍すらないんじゃないかっていう噂も一時期流れてた」
「全部信憑性が高いからか、全部信じそうよ」
だが、長年審神者を続けている男が言うのであれば確かなのだろう。
『審神者の能力』とはどういうものかを、この男は私よりもずっと昔に目の当たりにしているのだから。
「さて、では始めようか。刀を握り、目を閉じよ」
枢機卿に言われるがまま、私は目の前で鞘と柄を握り目を閉じた。
ぽつ、ぽつと水滴が落ちる情景が目に浮かぶ。
「念じろ。暗闇の先。見よ。何が見えた。光の向こう。感じろ。刀の鼓動。
思い描け。その手に抱く刀の形を。さぁ、呼べ。汝の声にて、刀に宿りし志士を目覚めさせよ」
瞬間、光ったと同時に目を開け鞘からゆっくりと刀を抜く。
「来い、歌仙兼定」
名を呼ぶと、手から刀が光の塵となり辺りを包み人形(ひとかた)が出来上がっていく。
徐々にそれに色づき始め鮮明になっていき、目の前にゆっくりと舞い降りてきた。
薄紫色の頭髪に、黒の羽織り。
胸に咲いているのは牡丹のような花飾り。
目を開き此方を見る色は緑色。
「初めまして、我が主。僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ、どうぞよろしく」
コレが、刀剣男士というものなのかとビックリした瞬間だった。
「うわぁ〜綺麗な人。ねぇ、綺麗な人だねお姉ちゃん!」
「え?あ・・・ああ、そうだね」
の声で我に返り、目の前の歌仙を見上げた。
すると歌仙は驚いた表情をしてこちらを見ていた。
おそらく、同じ顔をした人間が二人いるというので驚いているのだろう。
「双子だから、私達」
「ああ、成る程」
「あの、文系名刀って何ですか?」
「僕の元主がわびやさび、雅を愛する人だったんだ。そのせいか、僕もそういうものを好むようになってね。
名前の歌仙ってのも良い名だろ?」
思わず「自分で言うかこいつ」とツッコミを入れたくなったが
とりあえず「ええ、まぁ」と軽く返事をしておいた。どうせ大した名前じゃないと思うけれど、という予想だ。
「三十六歌仙ってあるだろ、僕の名は其処から来ている」
「うわぁ〜すごい雅ですね!ねぇ、お姉ちゃん!!」
「あ、ああ・・・凄いな」
思わず棒読みで返してしまった。
なんとなく予想は付いていたが
やはり大した名前じゃなかったなと心の中でため息を付いていた。
「だが、本当の由来は元主が手打ちにした家臣の数が36人だったからっていうので
この名が付けられたんだ」
「え?」
「は?」
さっきまで綺麗だの何だのと言ってたのが一変。
一気に血生臭い雰囲気になった。
そして隣のはそんな歌仙の名の本当の由来を聞いて固まっている。
だが私はというと―――――――。
「反応に困るだろ、こういう話だと」
「いや、面白い」
「え?」
「お姉ちゃん?」
一気に興味が湧いた。
わびやさび、とか雅とかそんなものに興味はない。むしろ当たり前すぎるから正直却下。
だが、歌仙の名の「本当の由来」を聞いた瞬間
自分の中に隠れていた興味が一気に沸き上がってきた。
目の前に立つ長身の男に、私は目を輝かせながら言い放つ。
「気に入ったわ歌仙兼定。私の一番最初の刀としては申し分ない経歴じゃない。
存分にその力、私に見せてみなさい」
男は驚いた表情を見せるも、すぐさま笑みを浮かべ―――――。
「主命とあらば、喜んで主のために働こうじゃないか」
私に忠誠を誓うのだった。
コレが始まりで、コレが出逢いだった。
創めましょう、此処から
(新たな一歩を踏み出した)