『主君。昼餉(ひるげ)をお持ちしました』
「え?ああ、もうそんな時間か?」
部屋の外から前田藤四郎の声が聞こえてきた。
政府から届いた書類と睨み合っていると時間が経つのを忘れてしまう程。
昼食と言われ、今時間が昼過ぎなのだと気付く。
「入っていいよ」
『失礼致します』
私は部屋に入るよう促すと、障子が開き前田を先頭に
彼の双子の兄弟平野とその下の子秋田、そして小夜左文字という
小柄な体型勢が盆を持ち入ってきた。
私は机に散らかしていた書類を簡単に片付け、空きスペースを作る。
「悪いな、持ってきてもらって。本当なら食堂に行くはずなんだけど」
「いえ。姫様が主に昼餉をお持ちした方が良いと仰られてたので」
「は本当に気がつく妹で、姉の私としては助かってるよ。
お前たちもありがとうな」
「いいえ。いいんですよ主君」
盆を持ちながら笑って答える秋田や、頷く平野と小夜。
どうやらが気がついたのか、前田達に食事を持って行かせるよう促したに違いない。
本当に姉として気の利く妹を持って嬉しい限りだ。
盆に乗った皿が机に並ぶ。
綺麗に置かれた箸置きに箸が添えられ、私はそれを握り手を合わせる。
「いっただきまーす」
食事を始める言葉を放つ。ふと、目に止まったお皿に置かれたあるモノ。
「コレ・・・おにぎりよね?」
一際目立つ、味噌汁やおかずに負けないほどの異彩を放つ
不格好なおにぎり。
三角でもなく、丸くもなく、形としては歪(いびつ)。海苔は今にも剥がれそうな程。
「あっ、そ、それは・・・っ」
「え?」
途端、平野が声を出す。
おにぎりに向けていた顔を上げると、前田、平野、秋田が視線を寄越す先――――小夜。
彼等は小夜に視線を向けていたのだった。
顔を伏せ固まる小夜。
私はおにぎりと、小夜を交互に見て・・・ようやく小夜を見た。
「小夜」
「っ!!」
声を掛けると酷く肩が動いた。
怯えているようにも思えた私は優しく、語りかけるように小夜に声を掛けた。
「小夜が、このおにぎり作ってくれたの?」
訊ねると縦に振る首。
「そっか。じゃあいただきます」
歪な形をしたおにぎり。
手で掴めば零れてしまう程、上手く握れていない証拠だった。
だけど、それを悟られないように私は何とか小夜の握ってくれたおにぎりを一口食べ
未だ顔を伏せている小夜を見た。
「小夜、顔を上げて」
「こ、このままでいい」
「顔を上げなさい。私は小夜の顔を見て話がしたいの」
そう言うと小夜は顔をゆっくりと上げ、私と視線を合わせた。
ようやく見れた幼子の表情は少し怯えているようにも思え
それがたまらなく愛しく感じた。
「小夜。おにぎり、美味しかったよ」
「え?・・・で、でも、形・・・変だよ」
「そうね。形は変でも、小夜が私のために一生懸命握ってくれたおにぎりでしょ?
だから小夜の愛情がいーっぱいおにぎりから伝わってきたよ」
「主」
私は自分の座っていた場所から離れ、小夜の前に膝を立て
優しく小さな手を握った。
「不器用でも、不格好でも、それに愛情を込めれば美味しくなるの。あのおにぎりは、確かに変な形してる。
最初見た時びっくりしちゃった。だけど、小夜が一生懸命愛情込めて
握ってくれたからそんなの全然気にならなくなった。だって美味しかったんだもん」
「・・・っ」
嬉しいのが言葉にならず、小夜の顔が赤くなっていく。
私は青色の小夜の頭を優しく撫でた。
「また作ってね小夜」
「え?・・・た、食べてくれる、の?」
「もちろんよ。小夜のおにぎり、また食べたい。だからまた作ってね。でもせめて丸いおにぎりを作るように」
「う、うん・・・っ」
嬉しさを押し殺した返事が聞こえ、小夜の隣に居た前田、平野、秋田も安堵したような声を上げた。
私は視線をそちらに移し、3人を見る。
「お前達も、ありがとうな。後で4人に、私からこっそりへそくりしてた誉をあげる。ちょっと小さいけどね」
「え?ぼ、僕達にもですか?」
「小夜だけでいいんですよ主君」
「僕達、小夜のお手伝いしただけだし」
平野、前田、秋田は慌てて誉を全部小夜にあげるよう遠慮がちに言ってきた。
「そうね。お手伝いでも、お手伝い賃くらいはあげないと。それだったら、いいでしょ?」
「主君が、そう仰るなら」
秋田が平野や前田を見て、少し遠慮がちに頷く。
「よし決まり。じゃあ後でに渡すから、受け取りなさい。お昼ごはんはこのままでいいわ。
食器は自分で持っていく。皆も早くご飯食べておいで」
『はい』
返事が聞こえ、4人は嬉しそうに部屋を出て行った。
出て行く足音が聞こえ、逆にやってくる足音が聞こえた。
「お姉ちゃん」
「」
自分と同じ顔をした双子の妹のが障子から顔を覗かせ此方を見て
部屋の中にと入ってきて、畳に座る。
私はというと、机に並んだ昼食にようやく手を出し始め
頬張りながらにと話を振る。
「お前、小夜におにぎりの作り方教えただろ」
「やっぱりバレた。小夜くんがどうしてもお姉ちゃんに何か作ってあげたいって言うから。
小さい子の手でも作れるおにぎりが得策かなと思って」
「大分歪な形してるけどね」
「コレでも結構練習した方なんだよ。今日が一番の上出来点かな」
「上出来点、ね。過去の作品を見てみたいものだよ」
そう言いながら手では掴めない歪な形のおにぎりを箸で摘み食べる。
形は歪でも、味は上出来。そして目に浮かぶ、一生懸命に手に米粒を付けて握る小夜の姿。
不器用でも、不格好でも、込められた気持ちに嘘偽りは無い。
だからだろうか、それがとても美味しく感じれるのは。
「小夜、可愛いから息子にでも欲しいくらいだわ」
「じゃあ旦那さんは歌仙さんになるね、お姉ちゃん」
「何でそうなるんだよ!!」
「え?だって、歌仙さんと小夜くん昔同じ所に居たって言うし」
「アレが旦那とか死んでも嫌なんですけど。小夜だけが良い、歌仙いらない」
「お姉ちゃんの場合、不格好云々というより相手によって愛情の形変化してるよね」
不格好でも愛は形になる
(どんなに歪でも愛は形になり、伝わるものなんです)