『だって見なくていいものを、見ずにすんでいるから』






意味が分からなかった。





『それだけでも、私は少しだけ幸せでいられるの』






目が見えない、と出会って数日。彼女の言葉に俺は引っかかっていた。


確かに目が見えなかったら、見なくていいものを見ずにすむだろう。
俺だってこのホークアイが時々ウザくて、そういう気持ちに少なからずなる。
でも、それは本当に時々・・・という事だ。




だけど、は『見えなくても幸せだから』という発言をした。




暗闇だけが続く世界に居て、不便な毎日な癖に
どうしてそれが幸せだと感じれるのか、俺には理解が出来なかった。



気になって聞こうと思ったけれど
何だかそれ以上の事を尋ねるのはタブーのような気がしたから聞くのをやめた。







「高尾」


「んあ?何、真ちゃん?」





ふと、我に返ると目の前に緑間が居た。
しかも何だか不思議そうな表情をしている。






「なーに、その顔。真ちゃんらしからぬ顔だぜ?」



「黙れ。物思いに耽るのは構わんが、練習でそんな態度したら怒るのだよ」






緑間に言われて気づいたが、俺・・・物思いに耽ってたのか?
思い返したら何だか笑えた。









「何を考えているが、知らんが」


「なぁ真ちゃん」


「人が話している途中で言葉を挟むな」


「目が見えないってさ・・・どんだけ不便なの?」


「は?」








一旦は苛立ちを見せていた緑間だったが
俺の質問に目を丸くして、驚いていた。




緑間も眼鏡をしている。

みたいに全盲じゃないけれど、視力は確実に悪いほうだろう。


それに比べて俺は昔からこの目があるし視力は良い方だ。
だから分からない。







『目が見えない不便さ』と『その幸せ』の意味が。








「おちょくっているのか?」



「別にそういうつもりじゃねぇけどさ」







笑いながらそう切り返すと、緑間は呆れたようなため息を零した。

目の悪い人間に「目が見えない不便さ」と問いかけた時点でおちょくっていると
思われても仕方ないけれど目の前の奴は呆れたため息を零したが
眼鏡を上げ、苛立ちを鎮めた。






「眼鏡がなければ無理なのだよ。視界がぼやけたり、距離が掴めん。シュートも上手く入ることはない」



「へぇ〜」



「お前が何を考えているのか知らんが、俺のように視力の悪い奴は症状が人それぞれだ。
だが視力が悪い人間と、見えない人間とでは違うのだよ」



「へ?」







緑間の言葉に驚きの声を上げた。


視力の悪い人間と、見えない人間の・・・違い?


”見えない“点では間違いはないはずなのに・・・それでも違いがあるというのか?





「視力が悪い、というのは見えているようで見えていないだけだ。いわば距離の問題なのだよ。
近視や遠視、後は左右の視力の程度違いだ。視界がクリアではない、全てぼんやりと見えている世界なのだよ。
だから物の判断や正確な距離が掴み切れない。だが、色の判断はつけれるのだよ・・・ぼんやりとした視界でも
目に映った色彩を脳は判別することができるからな」



「あー・・・なる、ほど」



「だが、目が見えないというのはつまり・・・常に暗闇の世界なのだよ。人間は暗闇の中を歩こうとすると
最初のうちは目が慣れていないせいでモノに躓いたりぶつかったするのだよ。しかしそれは次第に目が慣れていく。
目が見えていたり、視力が悪い人間でもそれは普通だ。だが・・・目の見えない人間は、距離も掴めなければ
色彩の判断もできない・・・光が遮断された世界、という事なのだよ」



「光が、遮断された世界」



「俺の持論だ。全てが全てそうではないかもしれん。だが、違いがあるというのは確かなのだよ」






緑間の力説に俺は言葉が出て来なかった。


つまり、は・・・光も何もない、遮断された世界に閉じ込められていると考えたほうがいい。








「真ちゃんさぁ・・・視力悪くて、幸せだなぁ〜って思ったことある?」



「バカたれ。眼鏡がなければ俺はシュートを確実に入れることすらできんのだよ。
視力が悪くて得したことなど一度もないのだよ」



「だよな」







緑間の話を聞いて更に分からなくなった。


目が悪くて幸せ、だなんて思う奴はまぁ少なからず居るかもしれない。
緑間は真面目すぎるから砕けた考え方が出来ないだけだ。



だけど、は違う。

光もない世界に居るというのにどうしてそれが「幸せ」だと言えるのか。
不便の極みを超えている。自分の力じゃ、出来る範囲なんて限られているというのに。



考えれば考えるほど、頭の中をのことだけが巡っていた。










相変わらず居残り練習まで終えた俺は
の居る病院にやってきた。


特別、何かあるわけではない。


ただ・・・なんとなく、に会いに来た・・・ただ、それだけの理由だった。


時間も少し遅いから、きっとアイツは病室に居るんだろうな・・・と思い
入り口の自動ドアを抜けたら、エントランスのソファーに見慣れた後ろ姿。



俺はため息を零し、彼女へと近づく。







「よぉ」



「高尾、くん?」





声を掛けると、目の見えていない顔がこちらに向く。





「そうだよ」


「ウフフ・・・当たった」


「声何回か聞いてるだろ?当たって当然じゃん」





笑うの隣に俺は腰掛けた。





「部活帰りで寄ったの?」



「え?」



「汗の匂いがするから」





目が見えていないのに、は残された感覚だけで
俺の事を見透かした。


まるで普通の人と同じようだ。


でも、彼女は普通の人とは違う・・・光がない世界で生きている、という事だけ。






「ホント、お前すげぇよな」


「そう?」


「俺からしたらすげぇの」





残された感覚で、目の代わりをするというのは
並外れた度胸とそのための訓練
そしてそれを使いこなすという意思がない限り出来た技じゃない。

感心と尊敬を込めて、俺はの頭に優しく触れ撫でた。





「高尾くん?何で頭撫でてるの?」



「すげぇな、って意味込めて」




こんなことガキにすることだ。

普通なら嫌がるはずだけれど、はそんな表情を一切することなく
「ありがとう」と言いながら喜んでいた。







「もう遅ぇから部屋まで送る」


「大丈夫だよ、自分で戻れるから」


「いいって。部屋の場所も覚えてるから」







そう言って俺はの手を握って、コイツの病室まで連れて行くことにした。
は「大丈夫なのに」と少し不貞腐れたような声を出したけれど
でも連れて行かれることに満更嫌でもないような、そんな声色だった。




病室に近付くと、看護婦がウロウロと忙しなく動き回っていた。
そして俺の手に引かれたの姿を見つけた途端―――――。









ちゃん!」



「紗由理さん」






凄い勢いで駆け寄り、俺の手からを引き離した。

握っていた手が無理やり離され何だか手持ち無沙汰になる。






「もう!また勝手に部屋抜け出して」



「違いますよ。ちゃんと他の看護士さんに」



「でも貴女の担当は私なの!私に無断で何処にでも行かない、心配なんだから」



「大袈裟です紗由理さん」



ちゃん、貴女ね」







ふと、紗由理と呼ばれる看護士が俺の方を見る。
しかし・・・普通に見る、というわけじゃない。



明らかに、睨みつける・・・という感じだ。




の目が見えていない事を、いいことにしてるのか
鋭い視線が俺を睨みつける。

別に何もしていないのに、どうして俺はこの人から睨まれなきゃいけないのかと
疑問に思っていた。悪いことは、何一つしていない。





「高尾くん」



「え?・・・あ、何?」




に声を掛けられ、睨まれる視線から少し解き放たれる。






「部屋まで連れてきてくれて、ありがとう」



「いいって別に」



「じゃあ、またね」



「ああ」





は俺に優しく手を振って、病室へと入っていった。
そして例の看護士は、俺を睨みつけたまま同じように入っていく。





睨まれるようなことをした覚えもないし、そのつもりもない。





それだというのに、どうして俺は睨まれなきゃいけないのか。
の事といい、アイツの身の回りの人間といい・・・分からないことだらけで
俺はまた熱が出そうになりそうだった。




eyeS
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