ボロボロだった。
逃げて、逃げて・・・逃げ延びた。
その結果カントー地方からジョウト地方まで渡り
とある町にたどり着いた。
もう、何処も動かす気力はない。
サカキ様のロケット団解散で
それぞれがバラバラに逃げた。
警察に捕まるわけには行かない。
でも、今私だけの力ではどうすることも出来ない。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・まったく、人間というものはポケモンと違って脆い者ですね」
私は何とか自分の持ち手のポケモンだけで逃げてきた。
きっと彼らもボロボロだろう。
私も、もう・・・動けない。
段々と視界が薄れていく。
「皆さんは・・・・・・無事、でしょうかね」
同じ幹部のラムダやアテナさん、アポロさんと言った面々は無事だろか。
まぁあの人たちの事だし、生命力はきっとゴキブリ並だ。
私はあの人たちと違ってまだ繊細だ。
「フッ。・・・死に際にこんなことを考えるのもいいものですね」
そう言って私はため息を零した。
雨がぽつぽつと空から零れ、体に打ち当たる。
傷にしみこんでくるも、もう痛みはない。
サカキ様・・・申し訳ございません。
ふと、雨粒が遮られた。
もう残り少ない力で、目を開ける。
「誰、です・・・か?」
「大丈夫、ですか?」
そして、もう力がなくなり私は目を閉じた。
「・・・んっ」
目が覚めた。
此処は地獄?と思ったが普通の民家だった。
目に映ったのは、木の造りの天井。
私はベッドの上にどうやらいるらしい。
ベッドの中から自分の手を出すと、包帯が巻かれていた。
「あ、目が覚めました?」
すると、手に洗面器を持って階段から上がってくる少女が
私に声を掛けてきた。
「此、処は?」
「私の・・・というか、博士から頂いた家なんですけどね」
「博士?」
「はい、ウツギ博士という」
「ほぉ。研究界では、若手のホープとポケモンの進化論を述べたとその筋では有名ですよね」
「よくご存知で」
少女はニコニコしながら、水に浸けたタオルを絞り
ベッドに寝転んでいる私のおでこにつけた。
「私はと言います。此処では一人ですが、博士のお家では居候になってます」
「居候?・・・親子ではないのですか?」
私がそう問いかけると、彼女は苦笑の表情を浮かべながら・・・――――。
「私に、両親はいません」
「え?」
「赤ん坊のとき、ウツギ博士の研究所の前に捨てられてました」
「・・・すいませんでした、不躾なことを聞いてしまって」
「いいえ、いいんですよ。もう随分と昔のことなので気にしてません」
と言う少女は、私が不躾な質問をしたにも関わらず
明るく答えた。
ふと目線を落とすと、彼女の隣に小さなポケモンがいた。
「それは・・・貴女のポケモンですか?」
「あぁ、はい。ヒノアラシというポケモンです」
「さすがはジョウト地方。珍しいポケモンがたくさんいるというのは本当らしいですね」
「お兄さんは、カントーの方ですか?」
ロケット団と言う事は伏せておいたほうがいいだろう。
ロケット団の残党を匿(かくま)っていると
分かってしまえば、何の罪もないこの子が被害を受けてしまう。
「そうですね。カントーの方に以前は」
「そうなんですかぁ」
「・・・・・・何をしていたのか聞かないんですか?」
「え?」
怪我を負った人間を普通なら聞くところだ。
だが、彼女はそれを私に聞かなかった。
「道端で怪我を負った人間に手当てを施したら、普通なら聞くところでしょう?何故聞かないんですか?」
するとしばらく考え込み、隣にいるヒノアラシを見つめ
私にとすぐ目線を寄越した。
「怪我をしているのは何か理由があるから。助けるのは個人の自由。理由を尋ねるのも・・・個人の自由じゃないんですか?」
「・・・・・・」
「だから私は聞きません。今はゆっくり体を休ませてください」
「・・・ありがとう、ございます」
そうさんにお礼を言うと
彼女はにっこりと微笑み、水の入った洗面器を持ち上げ、ヒノアラシとともに
階段を降りようとする。
「あ、お兄さんのポケモン。・・・ズバットとドガース、酷く疲れてたのでヒーリングにかけて
今リビングでポケモンフード食べてますよ。よっぽどお腹すいてたんですね、たくさん食べてます」
「彼らにまで。・・・・・・ありがとうございます」
「困ったときはお互い様です、何かあったら言ってくださいね。私、下に居ますから」
「えぇ」
そう言って彼女は下にと降りていった。
ふと、目線を窓に移した。
雨は止み、大きな月が空に現れていた。
少しの間だけ・・・此処でひっそり身を隠して
痛む傷を癒そう。
動けるようになったら、出て行けばいい。
私には似合わないんだ、こんな平凡な生活が。
暗く冷たい、闇の世界で生きるほうがお似合いなんだ。
ロケット団の幹部として、生きている以上・・・穏やかな生活を望んではいけない。
望んでは・・・・・・いけないのだ。
望まぬ平穏、望んだ安息
(忘れもしない、3年前のあの日。それはひと時の夢だった)