怪我も大分癒え、私は体の半分をベッドから起こしていた。
さんに窓を開けてもらい、外を見る。
昼の温かい日差しと、木にゆれる若葉の匂いが部屋に入ってくる。
私は縮小していたモンスターボールを元のサイズに戻し
ボールの中からポケモンを出した。
こうもりポケモンのズバットを出し、肩に乗せた。
「ラムダやアテナさん、アポロさんが今何をしているか調べてきてください。いいですね、ズバット」
『キーッ!』
「さぁ、行きなさい」
そう言ってズバットは窓を飛び出し、何処かへと飛び去っていった。
うまくやるだろう。
私の育てたズバットだ・・・どのポケモンよりも優秀に出来てる。
音波を辿って、きっと彼らを見つけることが出来るだろう。
「頼みましたよ、ズバット」
そう呟き、ため息を零した。
ふと、何かに見られている視線に気づく。
目線を落とすと・・・――――。
「・・・おや、どうしたんですか?」
ベッドの横にちょこんと座って私を見ている
さんのポケモン、ヒノアラシが私を見ていた。
もしかして、今さっきのやりとりを見られた?
いや、見られたとしてもポケモンが人間にそれを伝えるのは困難だ。
だから、あえて私は何もなかったように振舞った。
「君が私のところに一人で来るなんて、珍しいですね?どうしたんですか?」
「・・・・・・」
ヒノアラシに話しかけるも、無反応でジッと私を見つめていた。
正直、私は彼に嫌われているのかもしれない。
なぜなら主人であるさんは怪我人である私に付きっ切りで
看病をしているがため、自分に構ってもらえないから
私に嫉妬しているのだ。
此処でお世話になって、しばらく経っているが
ヒノアラシ1匹で私のトコにやってきたのは初めてだ。
大抵さんと一緒にやってきて・・・私を睨んで帰る。
本当に、こういうポケモンの扱いは少々苦手だ。
『ヒノアラシー・・・何処にいるのー!』
「キュッ!?」
すると、階段下からさんの声が聞こえてきた。
しかもどうやらヒノアラシを探しているようだが
当の彼はなにやら怯えた声をあげた。
「さんが呼んでますよ?行かなくていいんですか?」
「キューッ、キューッ!」
私が彼に問いかけると、身振り手振りで”行きたくない“というサインを出していた。
彼女に従順のヒノアラシが今更
怯えるということは、何かやらかしたのだろう。
「来なさい」
「キュゥ?」
「いいから、さぁ」
私がそう優しく促すと、ヒノアラシはベッドに飛び乗ってきた。
彼を抱き上げ、ベッドの中に隠した。
と、タイミングがいいようにさんが階段を上ってやってきた。
「お兄さん。此処にヒノアラシ・・・来てませんか?」
「彼ですか?・・・いいえ、来てませんが。何かあったんですか?」
さんに理由を尋ねると
彼女は腕を組んで、少々怒った表情を浮かべていた。
「おやつでクッキー焼いてたんですが、焼いた枚数が足りないんです。
近くにいたのがお兄さんのドガースとヒノアラシなんですが、お兄さんのドガースは
自分も食べたってすぐに認めたんですが、ヒノアラシが消えたということは・・・あの子も共犯で
つまみ食いをしたというので探してるんです」
「これはこれは」
彼女のヒノアラシならまだしも
私のドガースまでもか。
普段なら絶対に人に謝るということをしないのだが
自分から罪を認めたということは、この子が相当怖かったのだろう。
なるほど、それで彼は私の所に逃げてきたというわけか。
「此処じゃないって事は・・・どっかに隠れてるわね、あの火ねずみ。もう今度という今度は許さないんだから。
お兄さん、ヒノアラシ見つけたら教えてくださいね!」
「えぇ、分かりました」
そう言ってさんは慌てて階段を下りていった。
私はというと、ベッドを捲った。
すると膝元でビクビク震えているヒノアラシを抱き上げ
ベッドの外に出した。
「いけませんねぇ、つまみ食いをして逃げるなんて」
「キュゥ〜」
「あの温厚なさんが怒ったら怖いことくらい、君が一番分かっているはずですよ」
「キュゥウ」
「此処は素直に謝りなさい。君が悪い事をしたんですから、さんが怒って当然です」
私がそう言うと、ヒノアラシはしょんぼりとした仕草をする。
「大丈夫ですよ。さんは、きっと君を嫌いになったりしません・・・彼女はそんな人じゃありませんよ」
「キュウゥ?」
「当たり前じゃないですか。私よりも彼女の側に居る君が一番分かっているはずですじゃないですか」
「キュウ!」
途端、ヒノアラシは元気な声を上げて返事をした。
「ヒノアラシー!・・・何処行った・・・・・あーー!!!こんな所にお前はぁ〜」
すると、ヒノアラシを見つけに来た
さんが再び階段を上ってやってきた。
ベッドの上に乗っている彼の姿を見るなり怒る準備をしていた。
ヒノアラシはというとベッドからすぐさま降り、彼女の前に行きヘコヘコと頭を下げる。
「お前は何度言ったら分かるの?あれほどつまみ食いしちゃダメって言ってるでしょ!」
「キュウ、キュゥ、キュウ」
「食いしん坊なのは分かるけど・・・皆の分まで食べちゃダメよ。いいわね?」
「キュゥウ」
「二度としない?」
「キュウ!」
「博士のお弁当もつまみ食いしない?」
「キュウ!」
「約束できる?」
するとさんは膝を落として
小指を立てて、ヒノアラシの前に出した。
「キュウウ!」
すると、”できる“と言わんばかりに
ヒノアラシは小さな手で彼女の小指を両手で挟んだ。
「よし、いい子ね」
そう言ってさんはヒノアラシを抱き上げた。
「お兄さん・・・もしかして、ヒノアラシ・・・隠してました?」
さんが私にそう問いかけてきた。
彼女の胸に抱かれているヒノアラシはジッと私を見つめていた。
「まさか。さんが探しに来て、階段を下りて行ったと同時に身を隠していたヒノアラシが出てきただけですよ」
「そうですか。ホントお前は隠れんぼの天才だね、ヒノアラシ」
「キュウ!」
「誰も褒めてないわよ。少しは反省しなさい」
「キュゥウ」
二人のやりとりを見て私は思わず笑った。
そんな私の姿を見たのか、さんも笑った。
「あ、クッキー焼いたんですよ。持ってきますね」
「ありがとうございます」
「ちょっと待っててくださいね!」
思い出したかのようにさんは階段を駆け下りて行った。
静まり返る部屋。
ふと、開かれた窓の外を見る。
久々に笑ったような気がする。
平穏なんて、望んでいなかった。
ただ、安息が欲しかった。
数週間前までは動くことも痛かった体が
今ではもう十分に動くまでになった。
私は何をしているんだ?
ただ、此処では身分を隠して・・・体を休めているだけ。
決して平穏な生活をしてはいけない。
それなのに・・・それだというのに・・・・・・――――。
「お兄さん、クッキー持って来まし・・・・・・お兄さん?」
「え?」
「どうして、泣いてるんですか?」
小さなバスケットに入ったクッキーを手にさんが
階段を上ってやってきた。
だが、現れた彼女の言葉に私は思わず自分の頬に触れた。
頬には一筋の涙。
「お兄さん、どうしたんですか?」
ふと、彼女が私に触れようとした―――。
「触るな!!!」
「っ!?」
私は叫んだ。
声に驚いたのかさんは触れるのをやめ、離れていった。
ふと、我に返り彼女を見る。
今にも泣きそうな顔で、体が手が、震えている。
「ご、ごめんなさい・・・・あの・・・・・・ゎ、私っ」
「、さん。あの・・・違います、これは」
「ごめんなさい!」
「さん!!」
呼び止めようとも、彼女はその場から去っていった。
床には彼女が持っていた小さなバスケットと・・・焼きたてのクッキーが割れていた。
心が軋んだ。
何故?
ロケット団でもっとも冷酷な男と呼ばれる私が何故・・・心が軋む?
たった一人の少女の涙で・・・何故?
何故? なぜ? ナゼ?
こんな、生活望んでなかった。
ただ、安息が欲しかったんだ。
ただ、ただ――――。
誰かに 愛 さ れ た い と望んだんだ。
それがたとえ、小さすぎる愛だとしても。
望んだ愛情、望まぬ拒絶
(平穏なんていらない、愛がほしかった。私は誰かに愛して欲しかったんだ)