あの日から、さんは私の部屋にやって来なくなった。


いつもなら軽快に階段を上って
「お兄さん、大丈夫ですか?」と笑顔でやってくる。


でも、私のあのときのたった一言で――――。










『触るな!!!』







あの言葉を境に、さんは私の部屋に近づきもせず
やってくるのは、ようやく私に心を許してくれた彼女のヒノアラシだけ。



傷も完治近く、もう腕を振り回せるほど。
足は今のところまだ試したことはないが傷は癒えている。



しかし、まだ私のズバットが帰ってこない。

他の仲間の状況を調べに行かせたきり、戻ってこない。


まぁ情報収集に手こずっているのだろうと簡単に解釈した。






「キュウ!」





すると、階段を上ってヒノアラシがやってきた。
彼は勢いよく私のベッド、膝元へと飛び乗ってきた。

6キロといえど、助走をつけて飛び乗られると少々重い。






「どうしたんですか?・・・さんの側にいなくていいんですか?」


「キュゥ〜・・・キュゥ〜」



ヒノアラシに尋ねると、しょんぼりとした仕草で
体をくねらせていた。


彼には分かるのだろう・・・彼女の異変に。


でも分からないだろう・・・私が彼女にしてしまった過ちを。







「教えてください、ヒノアラシ」


「キュウ?」


「どうすれば、もう一度・・・さんと仲良く出来ますか?」


「キュゥ〜」





あの日を境に、会話がなくなった。

顔も見なくなった・・・笑顔が消えた。


私の心が軋んだまま、どうこの軋みを治めればいいのか
今まで愛情を望まなかった私は
どうすればいいのか分からない。



どうすれば・・・もう一度・・・・・・・・。















さんの笑顔が、見れますか?」









あの笑顔で、望まなかったことがすべて舞い込んできた。




拒絶をしようとも考えた。
だけど、出来なかった。



幼くて、小さな愛情に私は―――幸せをも感じていた。



悪事を働くことで、誰かを困らせることで、それを”幸せ“と感じていた。

だけど、この幸せと・・・今感じている幸せはまったく違う。







この幸せを、愛情を手放してしまえば・・・きっと、私は―――。


















「失礼します。・・・おや、ヒノアラシこんな所に居たのかい?」






すると、階段を眼鏡をかけた若い男が上がってきた。
膝の上に乗っていたヒノアラシは
ベッドから飛び降り、彼の元へと向かう。

男はヒノアラシを抱き上げ、私を見た。





「怪我の具合はどうだい?」

「もう、大分。・・・失礼ですが、貴方は?」

「あぁ、紹介が遅れたね。僕はウツギ。・・・・の親代わりをしてるんだ」





この男が・・・ウツギ博士。



そして、さんの親代わり。




「中々研究所を離れられなくてね。あ、僕の自宅は研究所の上にあるんだけどね」


「そうだったんですか」




道理で、この男がこの家にいる気配がないと思った。

ということは、此処は彼女一人で暮らしているということか。







「最近、が嬉しそうなんだ。やっぱり君が居るからかなぁ?」


「え?」



すると、博士は不思議なことを呟く。



「あんまりあの子笑ったりしないんだ。ずっと親代わりしてる僕にも、何か気を遣ってるような感じでね。
が嬉しそうな顔するなんて、ホント珍しいんだよ。君に相当心を開いているんだろうね」


「・・・・・・・・・」


「君がずっと此処にいてくれればいいんだけど・・・・・君にも事情があるんだろう?」


「・・・・・・えぇ、まぁ」





ズバットが戻って来次第、この家を出るつもりだ。

ただ、それまでは此処に居続けようと思っている。






「まぁ、無理になんて言わないけどさ。・・・・・・出来れば、此処に居る間だけでいいんだ。の側にいてあげてくれないかな?」


「・・・・・・でもっ、この前・・・私は、彼女を・・・傷つけるような言い方を」


「そっか。・・・まぁは、そういうのに慣れてないからね。本人もきっとどうすればいいのか迷ってるはずさ」


「迷い、ですか」


「大丈夫だよ・・・ちゃんと向き合えば、はちゃんと分かってくれるから」






















あの子は優しい子だからね。























月の明かりが窓から部屋へと入ってきていた。


ウツギ博士は「まだ研究が残ってるから失礼するよ」と言って
部屋を出て行った。

私はベッドから体を半分起こし、月を見ていた。






「一人・・・か」





私はベッドから抜け出し、地に足をつかせた。

ずっと寝たきりの生活だったせいか
立った瞬間、足に力が入らずその場で崩れた。






「まったく。・・・本当に、人間とは脆い生き物ですね」






こんな時にまで、自分の体が気持ちとは裏腹に
足を引っ張っているなんて情けないものだ。


腕には力が入るのに、足にはまったく力が通っていない感じがする。
寝ている時間が少々長すぎたようだ。

まともに歩けるのも時間がかかりそうだ。

腕の力だけで這いずろうとしていると・・・・・。








「お兄さん、どうかしましたか!?」







すると、焦った声をしてさんが階段を上がってきた。





「・・・、さ」



「ベッドから落ちたんですか?・・・何処も、怪我・・・してないですか?!」



「何処にも怪我は。ただ少し、歩こうと思って。・・・でも、不甲斐ないものです。足に力が入りません」



「無理をしたらだめですよ。急に何も支えなしに歩こうなんて、起き上がれますか?」






さんは私の体を支えながら、体を持ち上げるのを手伝ってくれた。
私はその場で座り込み、ベッドを背もたれ代わりに体を預けた。







「大丈夫ですか?」

「えぇ・・・まぁ・・・」





ちょっと体を動かしただけで、息切れするとは・・・まったく、ロケット団でもっとも冷酷な男が無様な姿だ。

ラムダにこんな姿を見られたら「ブッ!ランス、おめぇ無様だなぁ!!」とか
腹が立つような顔で笑うに違いないだろう。






「でも、どうして急に歩こうなんて」


「・・・・・・しぃて言うなら、さんの顔が見たかった」


「え?」




ようやく、ベッドというモノがなくなり
間近で彼女の顔が見れる。

頬にそっと触れ、月明かりで彼女の顔を見る。





「この前は、すいませんでした。あんな酷い言い方をするつもりはなかったんです」


「お兄さん」


「ただ、あまり・・・こういう生活に慣れていないもので、どうすればいいのか分からなくて・・・怖かったんです」


「あの・・・その、私も・・・ごめんなさい。急に泣き出しちゃって」


「いいんですよ。あの時は私が悪かったんですから・・・貴女は何も悪くありません」






そう言って、幼い彼女をゆっくりと抱きしめた。




もう少し、もう少しだけ・・・神がこの時を許すまで―――。










「お兄さん?」


「もう少しだけ、こうさせてください。今はこうしていたい気分なんです」


「は、はい」







私のことを何とも思っていなくても構わない。



今は、この幸せを手放したくはない。

もう少しだけ、ロケット団幹部のランスじゃなく
一人の男、ランスとして・・・貴女の側にいても構わないでしょうか?








ねぇ、・・・もう少し、私を貴女の側に置かせてください。







望んだ願い望む居場所
(もう少し、もう少しだけ・・・君の側にいさせて)


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