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■ ろんぐすとーりぃ

悪魔の指輪

Ring.10 / 悪魔再び


 嫌がる彼女を押し倒す。
 体育倉庫。
 彼女は半袖シャツとブルマーという体操着。
 あまりにも泣き叫ぶから馬乗りになって頬をはたく。
 ビシッ、ビシッ。
 僕は「騒ぐと殺すよ?」と告げる。
 彼女は恐がって黙り込む。
 両手を万歳させて、手首をクロスさせて、左手一本で押さえこみ、彼女の口に、おもむろにくぢづけする。もちろん、彼女は抵抗するけど、空いている右手で喉をグッと掴んで、「殺すよ?」と耳元で囁くだけでいい。
 彼女は泣き始める。
 それでも僕はやめない。半袖シャツをめくりあげて、ついでにブラジャーも押し上げて、彼女の、あまり大きくはない、形のいい胸にしゃぶりつく。
 乳首を噛むと彼女が「ひっ!」と悲鳴をあげる。
 股間を触ると、もうベトベトだ。
「欲しかったんだろ?」
 僕は尋ねる。
 彼女は唇を噛みながら顔を背けるけど、スルッとブルマーの中に手を突きいれると、
「ダメ!」
 と騒ぐ。
 まだわかっていないんだ。
 でも、指をアソコに突きいれると、彼女の体は反応して――



「……高岡、寝てんのか?」
 不意に声をかけられ、僕はようやく、現実に戻った。
 どうやら妄想に浸っていたらしい。
 つい先日、松下さんにお願いして実現した僕の妄想の再現――もっともそれは、松下さん的にもツボなシチュエーションだったらしく、あらすじを説明しただけで、瞳を潤ませ、呼吸を荒らげていた。そのせいだろう。挿入するまではシナリオ通りだったけど、挿入してからは、もうお互い、かなり興奮していて、シナリオなんか全てすっとばして、いつものように楽しんでしまった。
 途中から三島さんと木嶋さんが乱入。電話で呼ばれた姉さんと、姉さんと一緒だった桜子も体育用具室に訪れた頃には、なんというか、まあ、ハチャメチャとしか言えない状態になっていたわけで。
「ちょっと考え事」
 僕は曖昧に笑いかえしてから、再び、先程と同様、頬杖をついて、窓の外を眺めた。
 初冬の寒そうな空の下、市立Y高校の校庭に、一年B組の生徒の姿があった。その中、芝生に座る女子生徒の集団の中に、僕がいつもお世話になっている『彼女』たちがいた。
 木嶋沙織と松下由美。
 彼女たちが僕のほうを見上げ、笑顔で軽く手をふってきた。
 僕は軽く手をあげて応えた。
「ぶーぶー」
「ちぇ、これだからイケメンはよぉ!」
「腐るな、腐るな」
 周囲の男子が慰め合っている。なにしろ僕は“木嶋沙織と松下由美に告白されている超幸運な男子生徒”なのだ。つまり僕だけを見れば二股をかけている状態なのだが、そのことを2人とも承知しているどころか、むしろ望んでいるという噂がバーッと流れたおかげで……なんというか、まあ、僕の立場はさらに微妙なものになっている。
 もっとも、真実を知れば、さらにとんでもないことになるだろう。
 なにしろ僕は2人と肉体関係まである。
 さらに実の姉と妹まで犯している。
 おまけに先輩とも関係を持っているばかりか、最近は6人での撮影会とかをしまくっており、かなり際どい写真やら映像やらを売ったりなんかして、けっこうな収入まで得ていたりする。特に指輪の力を使った露出モノの映像は、その筋で早くも過激作として大評判になっているそうだ。
 ちなみに出演者は、三島さんのみ。
 というか、撮るほうより撮られるほうが好きな三島さんが、趣味と実益をかねて暴走しているだけとも言えるが。


「楽しんでいただいてるようですね!」


 妙な声が聞こえた。
 ふと正面を向くと――そこには、随分前に一度だけ会った、ある女の子の姿があった。
 松下さんそっくりな自称『悪魔』の女の子だ。
 いや、おそらく実際に『悪魔』なのだろう。
 世界はあの時と同様、何もかもが凍り付いている。空を飛ぶ鳥たちも、クラスメートたちも、窓の外で僕に向かって手をふっている木嶋さんや松下さんたちも。
「あれ??? 驚かれないんですね」
「あ、うん。驚いてる。驚いてるけど……」
 なんとなく予感があったのだ。
 悪魔が僕のもとを訪れたキッカケは“僕が松下さんに抱いていた妄想”だった。それが満たされた以上、いずれ悪魔が、再び僕の前に現れるかもしれない。その時には……と、考えていたところだったのだ。
「まず、お礼を言わせて欲しいんだ」
 僕は席を立ち、深々と頭をさげた。
「ありがとうございました」
「えっ? あ、ええっと……?」
「指輪のおかげで、その、かなりいい思いができたし……えっと、ファミリーっていうか、そう思える人が、こんなにたくさんできたってだけで、もう、なんてお礼したらいいのか、僕にもよくわからないっていうか……」
 そうなのだ。
 確かに僕は、以前から姉さんとも桜子とも仲が良かった。でも、今にして思うと、僕のほうから距離を置いていたところがあったように思える。悪魔の指輪は、そんな僕自身が作り上げていた壁を全て取り払ってしまった。そればかりか、木嶋さんや、三島さんや、松下さんも、こんなに親しくなるキッカケを与えてくれた。
「だから、覚悟はできています」
 頭を上げた僕は、右手を差し出した。
「悪魔の指輪が無くても、なんとかしていきます。いえ、してみせます」
 僕の欲望は満たされた。
 そして――〈解放者〉とは、欲望を解放する者。三島さんのように底なしなら話は別だろうが、僕の欲望は、もう指輪が無くても解放できるものになっている。ということは、不適格者として、悪魔が指輪を取り戻しに現れるかもしれない……。
 僕はそう考え、覚悟を固めていた。
 だから驚かない。
 むしろ、ホッとしている。
 僕には、あの5人がいるだけでいいのだと証明されたように思えて。
 だが。
「えっと……それはつまり、指輪を返還したい、と?」
 悪魔の女の子は、少し困った様子で尋ねてきた。
「えっ?」
 僕はちょっと狼狽える。
「そのために……来たんですよね?」
「いえ、あの、お知らせとお願いがありまして」
「お知らせと……お願い?」
「はい。今年は欲望が異常発生しているんで、急遽、他にも〈解放者〉を選ぶことになったというお知らせで……それと、もっと欲望を解放していただけるよう、〈解放者〉のみなさんにお願いを……」
「ということらしいぞ!」
 ガラッ!――と教室の引き戸が勢いよく開かれた。
 入ってきたのは三島さんだ。
「あ、先ほどはどうも」
 悪魔の女の子がペコッと頭をさげる。
「ふむ」
 三島さんは興味深そうに悪魔の女の子をしげしげと眺める。
「相手によって姿を変えるとは、なかなか芸が細かいな」
「えっ……」と僕。「あ、じゃあ、三島さんの時は?」
「初めてあった時は兄だったが、今回はおまえだった」
「ぼ、僕?」
「私もすっかり、骨抜きにされているということだ」
 近づいてきた三島さんは、ひょいっ、と僕の眼鏡を押し上げ、裸眼をジッと見た。
「さっ、これで悪魔が去っても問題無かろう。それよりも」
 三島さんは悪魔の女の子に向き直った。
「少し気になったが、他の〈解放者〉というのは、この界隈で選ばれるのか?」
「この国という意味では、その通りです」
 悪魔の女の子が答える。
「安全に欲望を解放するには、この国が最適だって話になってるんです。前はアメリカって国が中心だったんですけど、あそこだとすぐ社会的な大事件を起こす人ばっかりで……その前のヨーロッパも悪くなかったんですけど、ちょっと洒落にならない暴走をしちゃった人が出たんで、ダメってことになったんです」
「ほほぉ、洒落にならない暴走か。もしやチョビ髭の伍長様か?」
「ええっと……売れない絵描きだって聞いてます」
 ああ、聞いてない、聞いてない。
 僕は聞いてないぞぉ。
「ちなみにヨーロッパの前は?」
「中東です。その前はインドで、その前は中国。その前は中南米で、その前は北アフリカ。で、その前は東欧で、その前はまた中東で、その前はインドで、その前は中国で、その前はムゥで……ええっと、その前はどこだっけ?」
「ほぉ、ムゥ大陸か。与太話だと思っていたが」
「今のハワイのことなんですけどね。1000年かけてほとんど沈んじゃったし、溶岩とか珊瑚とかで隠されちゃてますけど、昔はブイブイ言ってたんですよぉ」
 聞こえない、聞こえない。
 僕はなにも聞こえていないぞぉ。
「あ、いけない。スーさんにもご挨拶しないといけないんで、そろそろお邪魔しますね」
「スーさん? どこのどいつだ?」
「この国の魔界の王様です。ちょっとガサツなんですけど、話のわかるいい神様ですよ」
「ほほぉ」
「秘密ですけど、ちょっとマザコン入ってるのが玉に瑕なんですけどね」
「姉君のほうはどうだ?」
「ものすごいショタのブラコンで有名ですよ。過保護すぎるっていうか……えっと、共依存でしたっけ? もう、神話に出すことさえ許さないって、すごい勢いですし」
 そうか。だから三貴神のあの神は神話に名前しか出てこないのか。
「じゃあ、頑張って、もっともっと欲望を解放してくださいね」
 直後、パッと彼女の姿が消えてしまった。
 時間が動き出す。
 だが、三島さんが僕の目を覗いてくれているため、誰ひとりとして僕と三島さんに注意を向けてこない。それどころか、ふと目を向けた瞬間に木嶋さんと松下さんとも目があってしまったらしい。遠いから大丈夫だろうと思っていたのに、2人とも周囲の変化に気が付くと、仲良く手を握りながら校舎のほうに走り出してきた。
 ここに向かっているらしい。
 まあ、この状態を解除するには、僕とセックスするしかないのだから、当然の行動だけど。
「さて」
 三島さんが僕のほうを向いた。
「どうする?」
「どうするもなにも……」
 僕は眼鏡を外し、制服の胸ポケットに入れた。
「これまで通り、ですよね?」
「なるほど」
 三島さんは苦笑する。
「おまえがそれでいいなら、そうなのだろうな」
 僕と三島さんは廊下に出ると、笑顔で走ってくる木嶋さんと松下さんを迎えることにした。



 こうして僕の物語は続いていく。でも、この物語はここでおしまい。この後の僕たちがどうなったかは、多分、誰もが想像している通りだと思う。強いて言えることがあるとすれば……。
「……来ないの」
 誰がその言葉を告げたのか。それはまた別の物語ということで。

おわり?
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