異端審問官が到着した時、私は秩序神の教えを捨て去る決意を固めた。
「だから言ったろ」
鳥籠の中で小悪魔が笑う。
「いずれ蜥蜴の尻尾みたいに切られるってさ。だいたいあの馬鹿、毎晩のようにあたしを部屋まで運び込ませていただろ。ま、幻術で適当にあしらっておいたけどさ。結局は、あのクソ野郎が自分のためにしたことじゃないか」
小悪魔の言う通りだ。
私が愚かだった。孤児だった私を拾ってくれた秩序教会のことを信用するあまり、それが人の組織であることに気づこうとしなかったのだ。
先々代の教皇聖下が下された魔物の一掃の大号令を現実のものにするべく勧められた魔物研究という茨の道――冒険者に捕らえさせてきた魔物も、もう残っているのは籠の中の小悪魔だけになっている。
そもそも他は魔物というより魔獣というべき生き物たちばかりだった。
断言しよう。
魔獣は、獣と同じだ。彼らが悪なのではない。厳しい自然の中で生きるために手に入れた力が、ほんの少しだけ普通の獣と違っていた。ただそれだけの生き物たちだった。
ある時期から、そうした結論にたどり着いていた私たちは、それを立証するべく血眼になって研究を続けた。ただ、魔獣の血肉は人にとって猛毒でもある。そのせいで、ひとり、またひとりと同志たちが倒れていった。今、この部屋に残っているのは私だけだ。しかもそんな私の体も、魔獣の猛毒でボロボロになっている。
もう長くはない。
時間が無いことを悟った私は、これまでの研究結果を本にまとめ、1冊を研究するよう命じた修道院の院長に、もう1冊を冒険者に頼んで聖都の教皇聖下にお送りした。
その結果が、私の異端審問だ。
馬鹿馬鹿しい。
いや、わかっていたことだ。
今代の教皇聖下……いや、教皇が、金で秩序の鍵を買ったという話は、辺境に位置するこの修道院にまで流れてきている。今や秩序教会全体が腐りきり、この修道院でも若い修道僧を慰めものにする者や、近隣の村人たちに女性を差し出すよう促す者まででてきている。そうだというのに、私は研究に没頭することで、現実から目を背けてきた。
あるはずがない。
厳しい禁欲の戒律がある秩序教会で、そんなことが、あるはずがない。
「……おまえの言う通りだ、リリス」
私は椅子に腰掛けると、引き出しから取り出した短剣で指先を傷つけた。
「なにも見えていなかった。なにも聞こえていなかった。私は、私の望むものした見ようとせず、私の望ことしか聞こうとしなかった。その結果が、これだ」
私は鳥籠の中に、傷つけた左の人差し指をさし込んだ。
「これが最後の血だ。そのあとは、おまえを解放する。逃げるなり、私を殺すなり、好きにするがいい」
籠の中の小悪魔は、あぐらをかいたままムスッと私を睨みあげた。
「あたしが殺さなかったら、あんた、どうするつもりだい」
「どうもしない」
私は答えた。
「もう、どうだっていいんだ」
しばらく私を見上げた小悪魔は、いつもように膝立ちになりながら両手で私の指をつかむと、ぺろっ、と傷痕からにじみでた血を舐めてきた。
それだけのことで、ゾクゾクッとする快感が腕から背筋へと駆けていく。
股間が固くなる。
今日まで、餌をやっているだけ、と自分に言い訳をしがら続けてきたことだが、実際にはこの性感を求めての行為だったのかもしれない。今なら素直に、そう思うことができる。
「はぅ……んっ……おしいよ、あんたの血…………」
小悪魔は恍惚とした表情を浮かべつつ、私の指に抱きつきながら傷痕を舐め続けた。
艶めかしい姿だ。
小悪魔は頭に山羊の角、背中にコウモリの羽根、臀部の谷間の少し上から先が鏃(やじり)のように尖っている尻尾を延ばしているところをのぞくと、魅惑的な少女そのままの姿をしている。肌は浅黒く、巻き毛がかった短い黒髪は、どこか少年っぽい印象すら与える。それもそのはず、彼女は自由自由に性別を変えられるのだ。
エルニストの『万物博記』に照らすなら、インキュバスまたはサキュバスと呼ばれる種類の悪魔なのだろう。
悪魔は魔物の中でも上位に位置する半物半霊の存在だ。
通常、悪魔崇拝者が生け贄を用いた召喚魔法で呼び出すことができる。もっとも、大賢者エルニストの時代から今日まで、大悪魔の召喚に成功した例は数えるほどしか無いらしい。何十人という生け贄を捧げても、呼び出せるのは彼女のような小悪魔であるのが一般的なのだ。その理由は、今のところなにひとつわかっていない……
小悪魔は文字通り、小さな悪魔だ。
リリスと名乗ったこの小悪魔の場合、体長は20セル(約20センチ)しかない。
だが、魔法の力は下手な高司祭を軽々と上回る。
魔法封印の古代文字を彫り込んだ鳥籠に捕らえておいてさえ、秘蹟の修練を積んでいない者を惑わすくらいの力は発揮できる。いや、修練を積んでいる者でも、意識的に守りを弱めれば、幻術くらいには容易にかかってしまう。例えば修道院長のように。
「なあ、リリス。私に幻術をかけてみないか」
ふと思い立ったことを彼女に告げてみた。
顔を私の血で汚したリリスは、驚いた様子で私を見上げると、ふふっ、と少女の顔をしているとは思えぬほど妖艶な笑みを浮かべた。
「あの豚野郎になにをしていたか、気になるのかい?」
「ああ」
「だったら籠から出しなよ。あたしの本当の力、味わわせてあげるよ」
「……なるほど」
私は空いている手で引き出しから鍵を取り出し、鳥籠の錠前を外した。
「開いたぞ」
私は椅子から立ち上がり、少し離れたうえで彼女が出てくるのを待った。
まるで猫のように、顔と手についた血をぬぐい舐めた彼女は、小さな戸をあけ、ついに鳥籠の外へと身を乗り出していく。
「ほんと、あんたって馬鹿なんじゃない?」
小悪魔はクスクスと笑った。
「あたしは悪魔だよ? それも性根は最悪。そんなやつを自分から外に出すなんて、お人好しにもほどがあるね。そんなんだから、腐りきったブタ野郎のいいように使われたって、まだ気づかないのかい?」
「おまえの言うとおりだ」
私は目を閉じた。
「我ながら、馬鹿だと思うよ」
私は改めて彼女を見ようと、目を開けた。
驚きのあまり絶句した。
いや、驚いたからではない。その時にはもう、私の体はぴくりとも動かなくなっていた。目を動かすことと、呼吸することはできるか、開けたまぶたを閉じることすらできなくなっていた。束縛の魔法だろう。いかに私が抵抗の意志を失っていたとはいえ、これほど鮮やかに束縛されるなど、想像を超える出来事だった。
だが、それ以上の驚きが目の前に、いる。
「ふふふっ」
リリスだ。ただし、もう小悪魔ではなかった。
いや、体つきは少女のままだ。目尻がわずかにつり上がっているつぶらな瞳も、どことなく悪戯好きの幼子のような愛くるしさと、無邪気ゆえの残酷さを感じさせる。胸元もほのかに膨らむ程度、腰もくびれだした程度、臀部の曲線もまだまだ緩やか、しかし手足がスラリと長く、手足の長い爪は扇情的な赤い色に染められている……
問題は体格が実際の少女のそれと同じであること。
大きくなったのだ。
目の前にいるリリスは、角と翼と尻尾を除けば、全裸で私を挑発してくる10代の少女そのものに見えるのだ。
「ふっ」
彼女は唇をわずかにとがらせ、息を吹きかけてきた。
衝撃が襲いかかってきた。
ドンッとぶつかってきた不可視の衝撃は、私の衣服を一瞬にして切り刻んでいった。
だが、私は動けない。
「ふふふっ……それなりに立派なもの、持ってるじゃない」
リリスは机を降り、私に歩み寄ってきた。
「ねぇ、お馬鹿さん」
彼女はしなだれかかるように、両腕を私の首に回してきた。
「秩序教会の司祭って、本当は童貞を守らなきゃならないんだを? あんたは守っているから、高い秘力を備えてる……でも、それを失ったらどうなる? あんたの体を蝕む魔獣の猛毒、どういうことになると思う?」
わかり切っている。
抑えを失った猛毒は、私の体を一気に食い荒らすだろう。
「ふふふっ……可愛いよ、お馬鹿さん」
彼女はおもむろに唇を重ねてきた。
舌が、ねじこまれる。
驚きよりも痺れるような心地よさに、私は恐怖心と安堵感を同時に抱いていた。
恐怖は小悪魔とはいえ悪魔である彼女の存在に。
安堵感は腐りきった神を道から外れることへの思いから。
いつしか束縛の魔法は消え去り、私は彼女をしっかりと抱きしめながら、逆に舌をねじこんでさえいた。つま先立ちになった彼女の肌と直接、全身で触れあえることが、人肌というものを忘れていた私に強い激情を呼び起こしていく。
「待った」
唇を離した彼女が、囁いてくる。
「こっちも久しぶりなんだ。楽しまないと損だろ?」
彼女は私の胸を押すと、そのまま体を沈めていった。
首筋に、胸元に、腹に、幾度となく口付けをしながらズリ下がっていく。
彼女は膝立ちになった。
その小さくも艶めかしい両手で、いきり立っている私の肉棒を優しく握ってくる。
「ふふふっ……もったいないね。こんな立派なもの、持ってるのに」
彼女は私を上目遣いで見つめながら、舌を見せつけるように長くだし、亀頭の尖端を、ぺろん、と舐めあげた。
それだけでゾクゾクという強烈な快感が股間からかけのぼってきた。
「ふふふっ」
彼女は妖艶に微笑むと、まるで猫がミルクを舐めるように、ぺろっ、ぺろっ、と肉棒を舐め始めた。同時に彼女の柔らかな両手が陰茎を優しくしごいてくる。
私は彼女の肩をつかみつつ、その一部始終をジッと見つめた。
立って入れないほど気持ちいい。
これが悪魔の愉悦というものか。
傷つけた指を舐められていた時とは比較にならない心地よさが、私の理性を痺れさせていく。なにより彼女の姿は、年齢的には親子ほども離れた若いものだ。教会が最大の禁忌としている近親相姦、中でも極めて重罪とされる親子相姦の罪を犯している錯覚にすら陥ってくる。
そんな私の心情に、彼女は気づいてたようだ。
「ねぇ、お父様」
甘えるような少女の声。
「気持ちいい?」
「……ああ、リリス。気持ちいいよ」
私は彼女の頭を撫でた。
「おまえの好きなように、私を堕としてくれ……」
額から伸びる小さな山羊の角に触れると、彼女は猫そのままに目を細め、自分の顔に亀頭をなすりつけていった。似精がベトベトと彼女の顔を汚していく。かと思うと、彼女は亀頭に、ちゅ、と口付けをし、そのまま、ぬるっ、と口の中にのみこんでいった。
「おおっ……」
ねっとりと粘膜がからみついてくる感覚に、私の膝から力が抜けかけた。
どうにか踏ん張る。
彼女は私を見上げると、長い舌を絡めながら、顔を前後に動かし出した。
――じゅぼっ、ぬちゅ、ずじゅっ、じゅぶっ
リリスは頬をすぼめ、強い吸い込みながら、顔を前後に動かし続けた。
腰の全てが飲み込まれてしまいそうだ。
「リ、リス……すまない、もう……!」
私が彼女の両肩を掴むと、リリスは片手で私の陰嚢をやさしくいじり、左手で陰茎をしごきながら、それまで以上の早さで激しく頭を前後させた。
堪えきれなかった。
「うっ、くっ!」
私は射精した。
びゅるっ、びゅくっ、とリリスの口に射精するのは、麻薬的な心地よさに満ちていた。
なにより彼女は、喉を鳴らし、注ぐ先から精液を飲んでくれる。
強い快感と同時に、まるで彼女を隷属させているかのような陶酔感が私を酔わせた。
なるほど、彼女は悪魔だ。
口唇性交は教会が固く禁じている変質的な行為のひとつだが、その意味を私は身をもって理解することができた。教会は女性を"生まれながらに汚れた存在"としているが、そんな彼女たちを、こうまで貶める行為が、これほど気持ちよいというのは、危険すぎる。
「……ん〜っ……んっ…………」
リリスは陶酔した表情で、さらに陰茎をしごき、尿道に残る精液を吸い取った。
それのうえようやく亀頭から唇を離す。
赤い唇とグロテスクな肉棒の間に、白濁した液の糸が生まれ、たわみ、切れた。
彼女がわたしを見上げる。
口を開く。
鮮やかな口腔と舌を汚す、私の精液がはっきりと見える。彼女はそのまま舌で精液をかきまわしてみせ、たっぷりと味わったうえで、こくっ、と喉を鳴らし、口に残る精液も飲み込んだ。
「リリス……」
私は跪き、彼女を抱きしめようとした。
だが、彼女はするりと逃げるように立ち上がりながら退き、背後の椅子を後ろ手に持ち上げるが早いか、クルッと回転させ、そこに腰掛けた。
「今度はお父様の番よ」
椅子に浅く座った彼女は、股を大きく開き、肘掛けに両脚を引っかけた。
あまつさえ、彼女は両手で、陰部の柔らかい肉を左右に引っ張った。
――くちゅ
彼女のそこは、いやらしい音をあげる。
恥丘にハート型の黒い陰毛が茂っている彼女の股間は、生娘以上に鮮やかな色合いをしていながらも、充血した陰唇が秘裂を押し広げ、雄を誘っていた。
ぷくっ、と盛り上がっている陰芽。
とろりと蜜を漏らしながら、くぱぁ、と小さく開く膣口。
色づきの無い、皺が寄っているだけの可愛らしい肛門。
膣口から漏れ出た淫液は、浅黒い彼女の肌をつたいながら肛門をぬらし、そのままお尻の谷間に沿って落ちていく……
「教えてくれないか」
私は膝だけでにじりよりながら彼女に尋ねた。
「私には解剖学的な知識しかない。どうすれば、おまえが気持ちよくなるのか……教えてくれないか?」
途端、リリスは寒気でも感じたかのようにブルッと震えた。
「ここ……」
彼女は即座に、ぷくっ、と盛り上がる陰芽を指さした。
「ここ、舐めて」
「ああ。わかった」
私は蜜に誘われる虫になった。なにしろ彼女のそこは、芳醇(ほうじゅん)としか言いようがない、不思議な香りを漂わせているのだ。なにかの淫猥な別の生き物のようにも感じられ、私は忌避感もなにも感じないまま、そこを舐めてみた。
途端、夢中になった。
美味しい。
舌触りもいい。
舐めている私のほうが、ビリビリとしたものを背筋に感じてしまう。
「あ、んっ……や、音、だしちゃ……あ、あ、あ……」
リリスの可愛らしく喘ぎもまた、私を興奮させた。
ぴちゃぴちゃと音をたてながらなめ回すと、彼女はひきつきながら悦んでみせた。
演技なのはわかっている。
だが、興奮する。
すぼめた舌を、膣口にねじこむと、彼女は幼子のようにいやいやいと頭をふった。
強く、吸う。
ずずずっ、と音をたてて吸い込むと、口の中に甘い淫蜜がどんどん流れ込んだ。
「あ、座れる、ぅん、あ、すちゃ、いや、あ、うぁ……」
彼女は全身を強ばらせた。
首をのけぞらせ、隆起させた乳首をぷるぷると震わせる。
それは数瞬で終わり、彼女の小さい手が私の頭をなで回した。
「イッちゃったじゃないか……もういいだろ。いつまで舐めてるつもり?」
座っていた私は膝立ちになった。
ちょうど腰の位置があう。
彼女の右手で、私の肉棒を優しくつまみながら誘ってきた。
「ほら、そもまま前に」
「おおぅ……」
触れるなり彼女の陰唇が亀頭に吸い付いてきた。そのまま私は淫肉に誘われるように、ずぬぬぬっ、とトロトロに溶けた柔らかくも冷たい彼女の中に肉棒を埋めていった。
「はぁ……んっ…………」
彼女は両手で私に頭を掴むと、艶めかしい吐息を漏らしながら私を受け止めた。
根本まで入った。
全部だ。
ありえない。
彼女の下腹部は、臍のところまで少し不自然に盛り上がっている。
「どうだい、悪魔の肉壺は」
熱っぽそうな表情を見せるリリスは、潤んだ瞳で私を見上げてきた。
「あんたはもう終わりさ。一度味わったら、もう他の女じゃ満足できない」
「……ああ、きっとそうだ」
私は腰を震わせながら、彼女を見下ろした。
「少し動かしただけで……終わってしまいそうだ。こんな極上の快楽を知ってしまったら、もう他のものなど、すべて灰色にしか思えないだろうな」
「いいことを教えてあげるよ」
彼女は私の頬を挟んだ。
「あたしはずっと、あんたの血を舐めてきた。この体は、あんたの血で作られたも同然なんだ。わかるかい? あんたは血を分けた女を犯してるんだよ」
「血を、分けた……?」
「ふふふっ、急に大きくなった……もう限界か? ああ、そうだよ。血を分けた女。娘そのものさ。だからこそ、こんなに気持ちいいのさ。さぁ……」
彼女は自らの唇をペロッと舐めた。
「娘の子宮に、黄ばむほどドロドロと粘ついている精液を注ぎ込んで、孕ませなよ。全部受け止めてあげるからさ……ねぇ、お父様」
「あ、ぐっ――!」
急激に彼女の淫肉がからみついてきた。
私の腰は、まるで壊れた機械のように勝手に動き出した。
ぐちゅぐちゅぐちゅ、と彼女の肉壺をかき回す。
「あ、ひっ、あ、いい、いいよ、もっと、もっとめちゃくちゃにして!」
彼女は激しく喘いだ。
「うぐ、うっ、くっ、う゛う゛っ!!」
視界に光が瞬く。
痛みすら伴う勢いで、精液が肉棒の付け根に流れ込んできた感覚すらあった。
――びゅるっ! どぷっ! びるっ! びゅくっ! どぴゅっ! びゅくっ!!
頭が真っ白になる。
私は椅子の背もたれを掴んだまま、限界までのけぞりつつ、腰を強く押しだし、精液を彼女に注ぎ込んでいた。
私がのけぞったことで彼女の両手は頬から離れたものの、リリスは私の腕を掴むと、爪を立て、皮膚を破り、肉に突き刺しながら、胸を突き出すように大きくのけぞり、真っ白な首筋を私に見せつけながら全身を痙攣(けいれん)させた。
「!!」
彼女は大きく開けた口から舌を突き出しつつ、声にならない声をあげている。
淫肉はきつく私を締め付けてくる。
それでいながら全ての精液を絞り出そうとしているかのように、根本から先端に向けて複雑な蠕動(ぜんどう)運動を続けている。
精液が注ぎ込まれているであろう臍のあたりを見ていると、わずかに膨らんだかと思うと、すぐにへこむという反応を繰り返していた。直感的に、私は彼女が、子宮で私の精液を飲んでいるのだと思った。
「――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
無限に続くかに思えた射精の快感は、潮がザーッと引いていくかのように消えていく。
私は再び座り込んだ。
下半身に力が入らないのだ。
その拍子に、肉棒はニュポッと抜けてしまった。
押し広げられた膣穴はキューッとすぼまっていく。と同時に、注ぎ込んだ私の精液が逆流し、トプッ、とあふれ出てきていた。
かなり大量に出したからだろう、あふれ出た精液は床にまで垂れ落ちている。
見ると幼い一本筋に戻った秘裂と私の禍々しい亀頭の間にも、白濁した粘液の糸が生まれていた。かなり粘度が高いのか、糸はたわみこそするが切れる様子がない。まるで私の肉棒と彼女の陰部が一本の糸で結ばれているように思えて仕方がなかった……
「かはっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
軽く咳き込んだ彼女が、ようやく止めていた呼吸を再開した。
ぐったりとしている。
無理もない。
いかに悪魔だろうが、この体で、ケダモノと化した私を受け入れたのだ。
私は左手を床につけつつ、右手を彼女の顔に延ばした。
「すまない、リリス。抑えが効かなかった」
頬をなで、汗ばんだ肌に張り付いている髪を1本ずる避けていく。
彼女はしばらく、焦点の合わない眼差しを私に向けてきた。
だが不意に微笑むと、撫でていた右手の親指に軽く噛みつき、そのまま美味しそうに舌をからめ、しゃぶりついてきた。
少し萎えかけていた肉棒が、それだけのことで元気を取り戻した。
だが下半身に力が入らない。
そもそも私は、もう童貞ではない。秩序神の加護を得るための制約を破ったのだから、もう秘力は失われているはずだ。つまりほどなくして、私の全身は魔獣の猛毒に冒され、仲間たちがそうだったように、ドロドロに腐りながら死んでいくはずだ。
「おまえには感謝している」
私は目を細めながらリリスを見つめた。
「腹立たしく思うこともあったが……皆が死んだあとも私が生きてこられたのは、おまえという話し相手がいたからこそだ。なによりこうして、本当の私は無理をしていただけの、罪深い男なのだと教えてくれた」
その時だ。
――ドドドンッ!
鉄製の重い扉が激しく叩かれる。
「鍵を開けろ! さもなくは即決裁判で貴様を処罰するぞ!!」
どうやら異端審問官がここまで来たらしい。
わざわざ塔の最上階にある、こんなところまで登ってくるとは。
「……時間だ」
しばらく肩越しに振り返り、扉を見ていた私はリリスに向き直りつつ語りかけた。
「私を食べるなら、今のうちだ。そのあとは、天井の窓から逃げるといい。空の高いところまで飛んでいけば、矢も届かないはずだ」
リリスはしゃぶっていた親指から口を離すと、
「あたしを逃がすつもりかい?」
などと尋ねてきた。
「なにを今更」
苦笑するしかない。
「おまえは私の血を分けた娘なのだろ?」
彼女は微笑んだ。
「あんた、やっぱり馬鹿だよ」
「ああ、馬鹿者だ」
「あたしは悪魔だよ?」
「そうだな」
「ふふっ。どうやら忘れてるみたいだな。悪魔ってやつは――」
リリスは、ニヤッと笑った。
「望みを裏切るのが、大好きなんだ」
直後、私の意識は前触れもなく、暗闇の中へと落ち込んでいった。
♥
目覚めた時には、なにもかもが取り返しのつかない状態になっていた。
修道院は廃墟と化していた。
内側から壊されたらしい鉄の扉を抜けた先には、長いくちばしを付けた鳥の仮面を被る黒装束の男たち――異端審問官だ――の凄惨な姿があったのだ。そればかりか、他の修道士たちも惨殺されていた。極めつけは修道院長だろう。修道院長は切り落とされた自分の肉棒を、口にねじ込まれた状態で張り付けにされていたのだ。
無事なのは私だけ。
いや、私も無事と言うのは、問題がある。
もう50歳を過ぎようかとしていたはずの肉体は、鏡で見る限り、20代の盛りの状態まで若返っていたのだ。しかも右胸には淫魔の烙印が痣となって刻まれていた。サルニコフの『悪魔大全』が正しければ、この痣を刻まれた者は、夜になると性欲にとりつかれたケダモノと化してしまうらしい。
「なるほど」
研究室に戻った私は、なにも入っていない鳥籠を見ながら全てを受け入れた。
リリスは悪魔だ。
悪魔は望みを裏切るのが、大好きだ。
だから彼女は、死にたがっている私を殺さず、生きたがっている他の者たちを殺した。ただ、私は魔獣の猛毒に冒されている。ゆえに彼女は、私に烙印を刻みつけ、体を若返らせることで、死なせないようにした。おそらく、そんなところだろう。
「まったく……」
もうひとつ、彼女は私の望みを裏切っている。
できることならリリスと共にすごしたい――そんなことを私は一瞬だけ考えた。その希望を彼女は敏感に察した。だからこそ、彼女は去った。私の前から。
「私の娘だろ」
鳥籠を撫でながら、私はこの場にいないリリスに語りかけた。
「娘なら父親のそばにいてくれてもいいんじゃないか?」
――ごめんだね。
そんな声が聞こえた気がした。
「この悪魔め」
私は小さく笑いながら、空っぽの鳥籠を撫で続けた。
おわり