切恋?六×陽
作者597さん

彼女は隣の国の少女だ。

彼女が来ると嬉しい。
彼女がオレの方を向いてくれるだけで嬉しい。
彼女がそして自分に対して笑ってくれるともっと嬉しい。
彼女の紅い髪が好きだ。
彼女のひたむきさが好きだ。

彼女が、自分のモノになって欲しいと願う。

でも、それは叶わない願い。
永遠に叶わない願い。

叶うとすれば、夢の中だけなのだろう。
できれば、本当に彼女を自分の腕の中に抱きしめたい。

「ご無沙汰していました、お久しぶりです。」
「遠路はるばるご苦労だな、半年ぶりか。国の方は平気なのか?」
「えぇ、たまには休んでこいと皆に言われまして、久々に来てみたのですが」

にこやかに会話を交わすのは延王・尚隆と景王・陽子。
今日は非公式のお忍びで息抜きに遊びに来た形となる。
会話も一段落し、ふと周りを見渡すと何かが足りない。
「あの、延王?今日はろく・・・延台輔のお姿が見えませんけれどどうなさいました?」
「あぁ、昨日からずっと部屋で寝てるみたいだな。行って来るといい、あいつも喜ぶだろう。」

もう少し雑務をしてから行くという延王の好意に甘え行き慣れた六太の部屋へいそぐ。


「六太くん、六太くん?お土産持って来たよ、いる?」
扉を叩いても返事が無い。いないのかと押してみると扉が開く。
首を入れて中を窺うと、榻に横になっている六太の姿が見える。

いたのか、と安堵しつつそばに行くとかなり深く眠っている様子。
よほどいい夢でも見ているのか顔はうっすらと微笑み、元々の愛らしさが更に強調されて可愛らしく見えてしまう。
頬に張り付いた髪をそっとどけてやると、うっすらと六太が目を開いた。

「あ、ごめんね。起こしちゃった?」
「ぅ〜・・・・・ようこぉ?あれぇ?」
寝ぼけているのか口調がやけに幼く感じる。
「六太くん、大丈夫?ごめんね、あとでまた来るね」
体を起こすと六太が手を伸ばして抱き付いてきた。
「ちょ・ちょっと六太くん!?」
「やらぁ〜行ったらダメだよぉ〜」
抱きついたまままた寝られてしまったようで離れてくれない。

抱きつかれたまま陽子は途方にくれてしまった。

体の位置がずれたせいで今頭を下ろすときっと榻の肘掛に頭をぶつけてしまうだろう。
仕方無いので手を添えて半分抱き抱えるようにして六太を支える。

首に手を回されているせいで顔が近い。
端整な顔立ちの少年の顔を見ると、いくら色恋にうとい陽子とて顔が赤らんでしまう。

「綺麗な顔してるよね・・・景麒とはまた違う、かな」

ちょっとふっくらとした頬。すっきりと通ってはいるが子供らしさを残す鼻筋。
何もかもが整っている景麒とは違い、まだ未発達さを残す六太の顔を見るとふふっと微笑んでしまう。
見ているだけだと飽きるので頬をあいている手で押すと、ぷにぷにとマシュマロのような感触がする。

「おいしそう、って言ったら変かな」

特に考えずに頬に口付けをしてしまう。
してから、自分が今した事に気付いて顔が熱くなる。

「ようこぉ〜もっとぉ〜」

ハッ、と見ると寝言だったようで相変わらず幸せそうな六太の顔がある。
このままだと何かしてしまいそうで周りをおろおろと見回すと、臥牀が目に入った。

少し苦労しつつ六太をそこまで運びおろす。
が、相変わらずしっかりと六太の手が首を離れない。

「どうせなら一緒にお昼寝しても平気かな?まぁ大丈夫だよね、寝てるし」

独りごちながらゴロンと六太に抱きつかれた格好のまま横になるとそのまま眠りに落ちてしまった。


― 幸せな夢を見ていた。
― 彼女が自分の横にいてくれる夢。
― 目が醒めなければいいと、夢の中で夢だと気付きつつ願っていた。


六太が目を醒ましたのは、陽子が軽い寝息を立てはじめてから数分後。
最初、間近に陽子の顔がある事に驚いてまだ夢の中かと思った。
次に、自分の腕が陽子の首に巻きついているのに気付いて、更に驚いた。

それからやっと、自分がさっき寝ぼけて陽子に抱きついたような気がするのに気付いた。

「陽子、陽子。ちょっとまずいよ、起きてくれってばー」

ゆさゆさと揺さぶるが陽子は軽くうなっただけで目を醒ましてくれない。
先ほどの陽子と六太の立場が逆転しただけとは六太は思いもよらず、焦るだけである。

寝返りをうって上を向く陽子の紅い唇に目を奪われる。
夢の中でしか間近に見る事の出来なかった唇。

人差し指でそっ、と唇を撫でる。
ふっくらと柔らかい、しっとりとした感触。
髪をなでると目をつむったままうっとりとしたような表情に変わる。

そんな陽子を見て切なくなって、涙が零れてしまった。
涙は零れ落ち、陽子の紅い髪を濡らす。

彼女は慶国の王。
自分は雁国の麒。

結ばれる事はまず無いだろう、でも。

それでも。自分は彼女を想ってしまう。
想うだけならば罪にはなるまい。

想いを口に出してしまえば、麒麟とて失道になるのかもしれない。

もしかすると、尚隆が雁を滅ぼすのではなく自分が滅ぼすのかもしれない。


ぽとぽとと、涙を溢れさせながら六太は愛しい紅い髪の少女を見つめ続ける。
想いを遂げようとは思わないようにしよう、と思いながらただ、ただひたすらに。


自分の想いは心に秘めておこう。
慶のために、陽子のために。

自分はただこの少女が笑顔でいてほしいから。
心を曇らせながら国を支えるのは辛いことだろうから。

自分に出来るのはこれしか出来ないから。
だから、心に秘めておこう。永遠に。


「六太くん!良かった、いそがしそうだから帰る前に会えないかと思ったー」
嬉しそうに駆け寄ってくる少女を見ると心が疼く。
触れたいけれど触れることを許されない少女。

―そんな顔をされたら帰るな、と言ってしまいそうだ

「六太くん、どうしたの?」
「あ、いや。気をつけて帰れよ、ムリすんなよ」
想いがバレないように努めて明るい笑顔を見せると陽子が安心したように微笑む。

―だからそんな顔しないでくれってば・・・


と、いきなり視界がふさがれた。
一瞬自分がどうなったのか分からず声をあげる事も忘れて呆ける。
やわらかい感覚と自分の好きな香でどうやら陽子が自分を抱きしめているのだと気付いてうろた

えた。
「陽子!?お前何してんだ、急に!離せってば、ばかっ」
「だって何か六太くん寂しそうな顔してるからー」
「オレは子供じゃないんだからこんな事されても困るっての」
そうだね、と笑う陽子から離れると背中を向ける。
「とにかく!気をつけて早く帰れよ、オレ仕事あるからもう行くな。」
真っ赤になった顔を見られないように、そのまま言葉を聞かずに走り去る。


それからしばらく後。

「はぁ・・・・・・・・・・・・・・・・」

ぱさり。
──── 間 ─────

ぱさり。
「・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
先ほどから同じ頁をパタパタとめくりながらため息をつく六太。

「鬱陶しいぞ六太。悩み事か?」
「え?あぁちょっとぼんやりしてた、なんでもないよ」
そう言いつつ心ここに有らずという風情の六太。
それをじっと見ると延王はニヤリ。と笑い六太を傍に呼びつける。


「六太。主命だ。」
「はぁ?何だよ藪から棒に」
「陽子が来てから変な気がする。しばらく慶国に厄介になって悩みを解消してこい。
 いいな、確実に後腐れ無いようにちゃんと悩みを解消してくるんだぞ。それまでは帰って来な

くていいからな?」
「なっ・それじゃ慶国に迷惑がかかるだろうが!何考えてる、尚隆!」
「主命だぞ。従えないワケはないだろう?延台輔殿?何、適当にあっちには先に伝えておこう。お前は早く準備しておくようにな」

にやにやと笑う主に何も言えず混乱する頭のまま六太は自室に下がるのであった。


――――――――――続く

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