慶東国湯けむり事情
 作者752さん

〜宰補の場合〜

公務を終えた景麒が外廊を歩いていると、同じく職務から解放されたらしい主人に出逢った。
仕事上がりの陽子は何処か解放的な貌の下、手に場違いな手桶を持っている。
景麒は陽子に一礼し、顔を上げたついでに「何故そんなものをお持ちなのですか?」と問うた。
「これか?見た通り『お風呂セット』。園林の先に露天風呂があるだろう?これから皆で入ろうかと思って」
「…湯浴み…ですか…」
呟くや否や、景麒の脳裏にほわわーんと、いま目の前にいる主人の裸身が思い描かれる。

――水気を帯びて艶めく肌、上気して薄く赤らむ頬、湯気に当たった熱っぽい目元…。

(――いい…っ!!)
瞬間的に浮かび上がった不埒な想像に、景麒は思わず生唾を飲み込んだ。手は無意識の内にぐっと拳を握っている。
(主上の入浴姿…ッ!こ、これは、そそられる…!是非見たい!!――…って何を考えているのだ!!)
一瞬の内に巡った葛藤に、景麒はふるふると頭を振って妄想を追い払った。
陽子は、突然馬のように頭を揺らしだした景麒を見て怪訝な貌をした。
「どうした?虫でもいたのか?」
「な!なな・何でもありませんよ?」
「…なら、別にいいが」
あからさまに挙動不審な姿ではあったが、この下僕が読めない行動を取る事は珍しくなかったので、陽子は深く追及しなかった。
外廊の曲がり角から、同じく入浴道具一式を木桶に詰め込んだ祥瓊と鈴が現れる。
「御待たせ」
「あ、うん。…じゃ、行くから」
陽子は友人等に返事をすると、傍らで固まっている景麒に声をかけた。
「ど、どうぞごゆっくり…」
心此処に在らずな状態で、景麒は機械的に応答する。
女史と女御はそんな宰補を不思議とも思わず頭を下げ、女王に連れ添って一路露天風呂へと向かった。

景麒は溌剌とした声で談笑する三人の娘――特に自分の主人――を惚っと見送る。
景麒の頭の中には、既に一度取り払われた妄想が卑猥さを増して帰ってきていた。
遠ざかる後ろ姿にそれが重なる。

――軽く結い上げた洗い髪。曲線を描くうなじに髪を濡らす雫がポツリと垂れて肩から前へ落ち、胸の谷間に…。

(駄目だ駄目だ!妙なことを考えるんじゃない!!これは主上に対する不遜だ!冒涜に値するっ!!)
(…がしかし、普段は見られぬ主上の艶姿…。見たくはないか?…というか、本当は心の底から見たい!…今日はそれを見られる千載一遇の好機ではなかろうか…?)
(愚かな!一国の宰補たろう者が主人の入浴姿を隠れ見るなど破廉恥な事を…ッ!)
(――…だが見たい……!)
胸襟の内側では理性と本心が必死で鬩ぎ合っている。その間も、妄想が肥大してもうもうと突っ走っていった。

――湯けむりに霞む身体の曲線。水際で湯に慣れるために爪先がそっと沈む。ふくらはぎが水壁を通して輪郭を失い、半開きの唇から熱い吐息が零れる…

(――――理性など要らん…ッ!!)
媚態を想像した景麒の脳内で、何かがブチっと音を立てて切れた。
「………ふふ……っ」
俯き加減の顔から不可解に明るい笑声が漏れる。
(不埒な行い?それがどうした!私は獣だ!!ふしだら上等だ!!欲の赴くままに動いて何が悪い!!!)
欲望を正当化し、良識をかなぐり捨てると景麒は勢い良く顔を上げ、園林に向かって早足で歩き始めた。
(王宮内は私の庭!園林の露天…だったら絶景の場所があった…!其処に行くには…)
景麒は口角を妖しげに上げ、瞳を爛々と輝かせて王城を突っ切る。最早、頭の中には覗きの方略しか考えていない。
…影の中では芥瑚が、自分が手塩にかけて育てた麒麟が論理思考を打っ飛ばして下世話な目的を遂行しようとする姿を察し、「台補…情けのうございます」と己の羽毛に顔を埋めて溜め息を吐いていた。


 〜大僕の場合〜

巡回前の小休止を取っていた虎嘯は陽子達三人が手に桶を持って園林に降りるのを見、声を掛けた。
「よう。桶なんか持って何処行くんだ?」
「この先の露天風呂に」
陽子が答えると、虎嘯は顎を軽く撫ぜて「ああ、あすこか…」と呟いた。チラリと流れた目線は赤髪王の後ろに控える少女達に注がれる。
「…三人でか?」
「ああ。…何か?」
いや、と虎嘯は生返事に答える。
(――この三人で風呂…か)
思わず三人の入浴現場を想像する虎嘯。

――湯に浸かり、或いは岩場に腰掛けて一日の疲れを癒す娘達…

「…いーーー…ネぁ…」
「ん?何が?」
知らず内に紡がれた虎嘯の呟きに、陽子がきょとんとした貌をする。
「い・いや、きょ、今日は暑かったから風呂で一汗流すのもいい…ってことだ」
真実を秘匿すべく、虎嘯は慌てて言葉を取り繕った。
「うん。一足先にのんびりさせてもらうよ」
「はは、気兼ねしないでゆっくりしてくれ」
虎嘯が笑って言うと少女達も微笑む。
「じゃ、お先に」
大僕に労いをかけると陽子達は園林に足を踏み出した。
虎嘯は三人を見送りながら、めくるめく女湯の露天風呂を思い描く。
(若い御嬢ちゃん方の入浴か…。そりゃぁさぞかしイイ目の保養になるだろうなぁ…)
(…おいおいおい馬鹿か、俺は。年甲斐もねえこと考えるな!)
(だが、男たるもの女風呂に惹かれないわけはねえっての…)
(いや、それはそうだが…。しかし…覗きは拙いだろう。見付かったらどうするんだ?)
(覗き?人聞きの悪い…って、ん?覗きか。…そうか…露天だからな。ふとした拍子に誰かが見てしまうかもしれない…そっちの方が問題だ!!)
ニヤリ、と虎嘯は薄笑いを浮かべた。
(御嬢ちゃん方が安心して入浴出来るよう見張るのも、護衛の一種だ!)
恐るべき脳内変換を起こすと虎嘯は「――…ま、これも仕事だ」と呟いた。
周囲には自分一人しかいないが、やけに不自然な声量で、きっぱり・はっきりと『仕事』を強調している。
(べつにやましいことじゃねえ…。何かあったらいけないからな。不埒な奴が出ないかを見張るのも仕事、仕事、仕事の一つだ。…そうだろうよ?!)
この時、虎嘯は十人中十人が確実に『お前の方がよっぽど不埒だ』と判断を下すであろうニヤケ面を張り付かせていたが、幸か不幸か周囲には誰も居らず、それを指摘される事は無かった。
(…あそこは巡回域の間近くにあるんだよな…少し遠回りをすれば…)
虎嘯は口笛を一つ吹くと、「さて仕事仕事…」と小声で呟きながら園林に侵入し始めた。


 〜禁軍将軍の場合〜

部下達への指導訓練を終えた桓たいは休みがてら暇つぶしに園林を散策していた。
西に傾きはじめた強い陽射しの下を特に何をするでもなく歩いている。
――と、何処からか草木を揺らす物音と明るい話声が流れてきた。
若い女の声が一つ、二つ、三つ。この国の女王とその友人兼部下のものである事は容易に想像ついた。
(――しかし、何故こんな辺鄙な処から…)
桓たいは小首を傾げるも、瞬時にその回答に思い当たった。
(そうか、風呂だ!!)
王宮の不思議という物だろうか、この敷地内には唐突に露天風呂が造られていたりする。珍妙な場所にある為、その存在を知るものは少ないが、たまに人が出入りする事があるのだ。
(…これはまず、間違いなくあの三人が入浴する現場に当たったということだな?!)
その事実を確認すべく、桓たいは軽く目を凝らして木々の奥を覗き見た。
緑深く茂る枝葉に邪魔をされて確りと視る事は出来なかったが、襦裙らしき布が遠くの枝に掛かっているのが視界の端にちらりと映った。――そしてその生地の萌黄が今朝女史が身に着けていたものと同じ色である事を、桓たいは知っていた。
推測を裏付けて事実を確定し、桓たいはその場で硬直して考え込んだ。
今、桓たいの頭の中には『うら若い乙女達の入浴場面に出逢った』という現実と『それを知ったからどうするか』という行動の選択肢が広がっている。
その選択肢は三つである。

一、すかさず覗きに行く
二、気付かなかった事にして立ち去る
三、視には行かないが、この場に留まって声だけ聴く

(―――ど、どうする……?!)
心情的には一である。良識的には二である。その中間を取ると三になる。
(…こ、これは究極の選択だ…!)
本心は最初から一で決まっている。しかし、常識ある者としては二を選ばなければならないとは思う。三は両方を汲んでいる為、良心に悖る事無く心情を達する事が出来る。…しかし、どっちつかずという事でかなり中途半端な感じになるであろう事は想像に難くない。
(ああ、迷い処だ…!!)
いきなり現場にぶち当たった桓たいは三者択一の袋小路に当たっていた。
其処へ、黄色い声が追い討ちを掛けるように響いてくる。
「――…もう祥瓊ってば、早く全部脱いじゃいなさいよ」
「ま、待って。急かさないでよ。腰紐が絡まって…」
「如何遣ったらそうなるんだ。器用だな、祥瓊は。…ほら、脱がしてやるからこっちに来な」
「い、いいわよッ!何とかなるからっ…て、きゃあ!引っ張らないで!!」
順繰りに巡る少女等の声と衣服を解く音。
それを耳にした瞬間、桓たいは選択肢二と三を遠くの海に放り投げた。
(こんな会話を聴かされて我慢できるか!此処で引いては男が廃るッッッ!!!)
桓たいはもの凄い勢いで周囲を見回した。
左右に二回ずつ、鋭い視線を投げかけ、誰もいない事を確認する。
(誰も居ない!誰にも見られなければこれは自分一人の秘密…ッ!誰にも遠慮する事はない!!)
肚を括ると、桓たいは敵地に侵入するかのような慎重且つ迅速な仕草で茂みに入っていく。最早、回れ右をする気などさらさら無かった。


〜各地の状況〜

桓たいが木の蔭に消えた頃、巡回の振りをした虎嘯が訪れた。
虎嘯は何気なく周囲を巡り、ぶつぶつと「仕事仕事」と呟きながら頃合を見計らったように草の根を分け入る。
それまでには疾うに、先回りした景麒が絶景の展望点に着地していた。
勘付かれないほどには遠く、臨める範囲には近い距離で三人は三様の位置に着き、獲物が掛かるのを待っている。
――ちなみに景麒は自分の主人以外はあまり気に留めていない。
立ち昇る湯気に一帯は白く霞み、視界はあまりよくなかった。その上、湿った空気が肺に重たく思うように呼吸が出来ない。
熱気に蒸されて身体の表面体温は上がり、額には汗をかき始める。環境の所為なのか、それともこれからの出来事を予想して興奮した所為なのか、細かく言及は出来ないが、三人は早速木陰の隅で軽く息を上げていた。
「――…祥瓊の所為で時間掛かっちゃった…」
「悪かったわねぇ。鈴が急かすから焦っちゃったのよ」
「いいじゃないか。風呂は逃げないんだし」
「…ま・それもそうね」
鉤の字型に造られた岩場に近付く会話の声と足音。それが大きくなるにしたがって男三人の期待と鼓動も高くなる。
ぺた、と素足が石面を踏んだ。
(む?!)
(こ、これは…!)
(ああ、なんて事だっ!)
娘等の姿を捉えると同時に、三人は想像していなかった驚愕に目を開く。声をなくした後、三者同様に心の底から叫んだ。

(((―――布が邪魔だ…ッ!!!)))


岩陰に現れた少女達は各々身体を大きな綿布でくるんでいる。胸から太腿にかけてを完全に遮られて、男たちは少し失望した。
(…た、確かに最初から裸身で来る必要はないわけで…。隠すのも当然と言えば当然ななんだが…)
(同性同士なんだからそこまで拘る事もねえだろうよ…)
(か、肝心な部分が見えないではないか…。……いや、しかし、これはこれで悪くない気もする…)
努めて論理的に考える桓たい、率直に悔しがる虎嘯、落胆するも別の趣向を思いつく景麒。考えは三人ばらばらである。
処々思うことを胸に秘め、物陰に身を潜める者たちの存在を知らない娘達は暢気に歓声を上げていた。
「――うわぁ…ひっろーい」
「中々いい造りじゃない」
「だろう?わたしも初めて見たときはびっくりした」
水際に近付くと少女達の様子が陽光に当てられてはっきりする。
隠していてもふくよかである事がわかる祥瓊の胸。
吃驚するくらい華奢だと感じられる鈴の細い二の腕。
綿布の下からすらりと伸びた陽子の太腿。
(((――いい…!!!)))
一度受けた失望から立ち直り、男達は滅多に見られない少女の肢体に感動を覚えた。
(育ちのよさ、というものだろうか。祥瓊には衣を着せなくても全体から気品が漂ってくる…)
(鈴は細くて小さいな。あれが『女の子』っていうものなのか。強く抱いたら折れそうだな…)
(華奢ではないが無骨ではない。見事に均整が取れている…。主上は脱いでも御美しい…)
三人は鼻の下を微妙に伸ばし、水場の少女達に見蕩れていた。
湯前では娘達が湯に手を沈め、温度を確かめようとしている。
「ねえ、お湯加減はどう?」
「ちょっと待って。―――うーん。丁度いいくらいじゃないか?」
「熱すぎたりしない?大丈夫?」
「え?さあ。こんなものだよ」
鈴に訊かれて湯温を計っていた陽子は手のひらに軽く湯を掬って鈴に掛けた。
「きゃ?ちょっと!いきなり何するのよ!」
「口で言うより肌で感じたほうが早いと思って」
「だからって…。もう!お返し!!」
言うや否や、鈴はぱしゃりと陽子の膝に湯を掛ける。
「あ、やったなー?」
口を窄ませると、陽子は鈴に湯を掛け返した。
蓬莱出身の二人はばしゃばしゃと湯船の前で湯を掛け合っている。
「やめなさいよ、子供ねえ…」
一人陣中から外れていた祥瓊がやれやれと呟くと、それを聴いた二人は両手に湯をとって思い切り浴びせた。
胸元に湯を掛けられた所為で飛沫が軽く顔に掛かる。
「……………やったわねえっっ!!」
祥瓊は僅かに沈黙したが一声怒鳴ると勢い良く湯の中に入り、二人に目掛けてたっぷりと湯を被せた。
それを皮切りに、三人は膝まで湯に入り、滅茶苦茶に湯を掛け合う。
髪に肩に胸に。三人はあっと云う間にずぶ濡れになった。
きゃあきゃあという明るい嬌声が周囲に木霊する。
戯れる娘達の姿が陽に返って光っていた。
(((あーーー。いいなあーーーこういうの)))
じゃれあう姿を外で見ながら男達はホウと目元を和ませる。
(若い娘がやると絵になる…。本当にいい…。ああいう無邪気な姿を見るのは幸せだ…)
(可愛いっつったら怒られるんだろうが、それ以上の言葉が見当たらねえ…。つうか、俺も入りてえ…)
(若いと言うのはそれだけでよい事だ…。それにしても、なんというか…こ、声が…た、堪らない…)
素直に感動する桓たいと感情に忠実な虎嘯。その一方で景麒は邪なことを考えて一人高揚していた。

お湯かけごっこに飽きると三人娘は手の平で顔を扇ぎながら乱れた息を整える。
「あつぅい…」
「ちょ、ちょっとはしゃぎすぎた…みたい」
「ま、全くだ…」
頬を紅潮させ、熱気を逃がすように深く息を吐く娘等の姿が湯気の合間に見え隠れする。
湯に濡らされた綿布が暴れた所為で乱れ、見えるか見えないかの瀬戸際にまで崩れていた。
汗か湯か定かでないが額に張り付いた髪と水に濡れて光る肩口が艶かしくも見える。
(くぁ…っ!い、色っぽい…!清楚なのに色っぽい…!!)
(や、やばい。これは反則だろ?!無意識なのが却ってアヤしい…)
(い、息も絶え絶えに喘ぐ御姿…辛抱出来かねる…っ。ああ、一度その御姿で迫って頂きたいものだ…!!)
自己を主張し始めた下半身を抑えつつ、三人の獣は無為の媚態を食い入るように見詰めていた。
遠くから肴にされている事を露とも知らず三人娘は一度湯から上がり、身体の汚れを流した。乱れた綿布を僅かに解きなおし、前を隠して手桶で湯をかけている。
(結構用心深いというか、恥ずかしがっているだけなのか…。惜しい…)
(何で隠したままなんだ…。んあ?今ちょっと見えたかもしれない…!)
(み、見えそうで見えない…。これが延台補の仰っていた『ちらりずむ』というものだろうか…?き、際どさが………いい…っ)
余計な知識を理解した者を含め、各人共、裸身が露わになるぎりぎりの境界に一喜一憂している。その一方で、一頻り湯を浴びると娘達は湯船に身を沈めた。
小声で雑談、寛ぎの時間である。岩場の造りの所為か、然程大きくなくても声は良く通った。
「はぁ〜、いい気分だなァ…」
呟きながら陽子は思い切り伸びをする。すると留めの緩かった綿布がはらりと外れた。
(ん?!)
(おおおおお?!)
(み、見たっ!!見えたあああッッ!!!)
劇的場面に遭遇し、それを超絶景地点から見ていた景麒は鼻頭を抑えて前屈みになった。
(ああっやはり生は…!これは堪らんです!感動です!!主上最高です!!!い、生きててよかった…っ!!!!)
景麒は全身全霊で興奮しているが、それを漏らすと元も子も無いので何とか耐え忍んでいる。小躍りしたい身体を無理矢理抑え付けるものの、精神は半分昇天している。
(あー、いいもの見た…だが、頭から離れねえ…暫くはまともに顔合わせられんだろうな…)
横から艶肌を目撃した虎嘯は首の裏をトントン叩きながらぼんやりと目に灼き付いたものを思い描いている。
(せ、背中しか見られなかった…!なんとも口惜しい…っ)
丁度背面に居た為、一人裸体を見損ねた桓たいは今、初めて自分の居場所を呪った。
天国と地獄状態の事情を他所に、娘達は体形の話で盛り上がっている。
鈴が特に未成熟な印象の強い自分の身体に溜め息を吐いた。
「――…せめてあたしも、…こう、もうちょっとだけあってもいいと思うのよね…」
(いやいやいや、そんな事は無いぞ!!)
鈴の独白を聴き、虎嘯は激しく首を振る。
(確かに目立つ方ではないかもしれん!しかし細くて華奢で幼げで…守ってあげたくなるんだ!!だから嘆く必要は全くない!!)
虎嘯の心中に呼応したかのように、湯船では友人らが慰めの言葉をかけている。
いいじゃない、と明るく言う祥瓊。それに重ねて陽子が「そうだ。――…それはそれで『そっち系』の人にもてはやされるだろう」と言う。
(((…『そっち系』…?)))
傍観者達の脳裏に疑問符が浮かぶ。
(なんだ?それ)
(遠回しだな…。しかし、察するに俺は、もしかしたら『そっち系』とやらの人間なのか?)
(不可解な…。今度延台補に伺ってみよう…)

一様に溜飲を下げようとする観衆を他所に、祥瓊が鈴に向かい、悪戯っぽい貌で「そんなに大きくしたかったら手伝ってあげようか?」と問い掛けていた。
意思の疎通半ばに祥瓊は陽子に鈴を抑えろと命じる。
はいはい、という気軽な返事と共に陽子は鈴を後ろから抱き締めるように押さえつけた。
(((んぉああ?!!)))
予想だにしない展開に男たちは身を乗り出す。
(っくぅ…、女御め、羨ましい!!私も主上に後ろから『ギュっ』ってされたい……!!!)
完全に着眼点を逸して場違いに嫉妬する景麒。
(ぁああ!!いいなあ、陽子!!俺もあんな風に…抱き締めてみたいっ!!)
何処か間違えながら思わず羨望の眼差しを送る虎嘯。
(――な、何だか娘同士って…いやらしくていいなあ…)
新境地を開拓する桓たい。
そうこうしている間に、祥瓊が鈴の小さな胸を包むような仕草で触った。
(((おおおおおおっ!!!)))
益々読めない行動が起こり、先を見逃さん為に各地で限界ぎりぎりまで近付こうとする反応が現れた。
(おいおいおいおい!ちょっと待て!!羨ましすぎるぞ、それは!!)
最も前進率が高いのは虎嘯である。自分が覗きをしている事は殆ど忘れている気配だ。
(だ、大胆だな、祥瓊…!!なんとも言えん色香だ…!)
桓たいは、一応隠れなければならない事を覚えてはいるが、身体は言うことを聴かなくなっているらしい。
(女仙らがたまに遣っていたかもしれんが…。しかしこれは随分と妖艶な…!)
回顧しつつ目前の進展を期待して景麒はじりじりと間合いを詰めた。
「いやぁぁーーーん!!」
興味津々に注がれる視線の中、半蹂躙の目に遭っている鈴の悲鳴が湯気を切り裂く。
意図は違えど夢中で少女等の絡みを見ていた男達が懐中で『きたーーーッ!!!』と叫ぶと同時に、崩壊寸前で男どもの体重を支えていた垣根も限界を迎えた。
突然視界が反転して頭の中が真っ白になる。全員が全員一瞬放心状態だったが、刺すように注ぎ込まれた少女達の鋭い視線で男達は我を取り戻した。
(((ま、マズイ!!誤魔化さなくては!!!)))
「そ、その、…物陰から声がしたので、様子を見にきただけで、べ、別に湯浴みを覗くつもりでは」
反射的に身を起こしながら桓たいは虚偽交じりの自白をする。
「いや、これは巡回の一環で、決してやましい気持ちがあったわけじゃ…」
虎嘯は忘れかけていた言い訳をしどろもどろに零しつつ、足は既に後ろに下がっている。
「わ、わ、わわわたしは、主上の御身を案じてですね、あの、その…」
開き直って覗きをしていた景麒の頭に弁解の言葉は最初から用意されていない。
「「「やかましーーーーっ!!!」」」
ノゾキ行為を知った被害者の怒りが爆発。
「「「いーからさっさと引っ込まんかーーーーーッッ!!!!!」」」
力任せにぶん投げられた凶器の嵐。逃げ送れた景麒だけが直撃を食らったのは言うまでも無い。
「もー!!やだあっ!!」
「信じられない!!最っ低ッッ!!」
「馬ッ鹿どもがぁ…っ!!後で全員仕置きだ、仕置きぃぃ!!」
非難轟々、口々に迸られる罵声。周囲は俄かに騒がしくなる。

騒動の最中、鉤の字の向こう側ではひっそりと二つの影が湯を浴びていた。
「何かさわがしいね」
「そうじゃのう…まあ、仕方もあるまいて」
岩壁の端で桂桂に背中を流されながら、遠甫は「ふぉっふぉっふぉ。若いのぉ〜、皆の衆!」と言って陽気に笑った。
       (おしまい)

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