三人娘湯けむり事情
作者753さん

十二ある国の中で最も東に位置する女王の国。
その王宮の一角、園林の奥にひっそりと形作られた岩場の片隅に、三つの影が蠢いていた。
ほこほこと湧き上がる白い湯煙に霞んで見える真紅、紺青、漆黒の髪色。うら若き三人の娘達が湯に浸かって談笑している。
「金波宮に露天風呂があったなんて知らなかったわ」
ちゃぷ、と鈴が薄く白濁する湯を掬って言った。その正面に位置する陽子が軽く微笑みながら答える。
「うん。わたしも最近知ったんだ。だけど、一人で入るのも何だか味気ないな、と思って」
「…でも、誰かと一緒に御風呂って何だか恥ずかしいものね」
祥瓊がこっそりと呟いた。
「まあね。でも、偶にはいいだろう」
陽子の言葉に、そうね、と祥瓊は答え、持参したぬか袋で軽く頬を擦った。
胸元まで湯に浸かっていると、それだけでやや高めの御湯が芯から身体を温めてくれる。しっとりとした蒸気に蒸され、三人の顔は綺麗な薔薇色に色付いていた。
「はぁ〜、いい気分だなァ…」
政務疲れのコリを解すように伸びをしながら陽子が呟く。その拍子に、肢体を覆っていた綿布が緩んで外れ、湯の中に沈んだ。ズレた覆いの下から、柔らかそうなふくらみが零れる。
「あっ…」
陽子は『あ』に濁点のついた声を漏らし、慌てて布を拾い上げた。
あくせくと身体を包み直し、気拙げに友人らに目を向けると、鈴は微妙そうに、祥瓊は怪しい笑みを浮かべて陽子を見ている。
「ふ〜ん。陽子って意外とイイ身体してるじゃない」
「み、妙な事言うなっ!」
「あら、感じたことを率直に言ったまでよ?細すぎず、然りとて太いわけでもなく。均等が取れてて綺麗じゃない。…ま、ちょっと凹凸が寂しいようだけど」
「…別に、祥瓊みたいな女性体形じゃなくても苦労してない」
陽子はフテ気味に呟き、湯の中に軽く沈んでブクブク泡を立てた。
二人の遣り取りを遠くから眺めるような目をして鈴が、「…いいわねえ、祥瓊は。主張するような胸があって…」と言った。対面では祥瓊がぱちくりと目を見開いている。湿った蒼い髪から水滴が零れて頬の上に流れた。

鈴は、はぁ〜と軽く溜め息を吐き、半独り言の様相でもにょもにょ呟いていた。
「肌もきめ細やかで真珠のツヤがあるし。胸なんか意外と大きくて形もいいし。まるで上等の桃みたいでウラヤマシイわ。せめてあたしも、…こう、もうちょっとだけあってもいいと思うのよね…」
そう言って空しそうに自分の身体に視線を流した。
「いいじゃない。その控え目加減が鈴らしくて」
「そうだ。別に気にすることじゃないと思うぞ?…それに、それはそれで『そっち系』の人にもてはやされる事だろう」
祥瓊のフォローを受けて、陽子は真面目顔で鈴に詰め寄る。鈴は口を窄ませ、陽子を軽くジト目で睨んだ。
「何よ、『そっち系』って…」
「いや、それは、なあ…だから、『そっち系』だってば…」
「ちょっと?遠回しに馬鹿にしてない?!」
「そ、そんな事ないよ…」
言えば言うほどドツボに嵌る陽子の失言に鈴は、ぷうっと頬を膨らませる。
祥瓊はクスクス忍び笑い、「…そんなに大きくしたいなら手伝ってあげようか?」と言った。
「え?」
言葉の意図が掴めず鈴がポカンとしていると、祥瓊はススイ、と湯の中を泳いで鈴に近付いてきた。
「??…てつだうって?どうするのよ?」
「自然に勝てないのなら実力行使!――陽子!鈴を抑えて!!」
「…え?ああ、はいはい」
陽子は一瞬、祥瓊の号令に虚を突かれるも、すぐさま鈴の後ろに回り、脇から両腕を持ち上げて羽交い絞めた。
「ちょ、ちょっと…?!何する気??!」
身体を固定された鈴が不安げな声を上げる。前から後ろから、悪戯を思いついた子供のような友人の顔が迫ってきた。
「ふふふ、身体って言うのはね、刺激を与えれば成長するものなの♪」
言い切るや否や、祥瓊は綿布で隠された鈴の乳房に手を伸ばした。
「きゃ?!やだっ!祥瓊ってば!!ドコ触ってんのよ!!よ、陽子も離して」
それは出来ないな、と陽子は含み笑いで鈴を抑え付ける。
「これは『御手伝い』。鈴の胸が大きくなりますよ〜にってね」

陽子と祥瓊が目配せてにんまりと笑い合う。祥瓊の白い手の平が少し手に余る鈴の両の膨らみをふにゃふにゃ揉みしだいた。
「ぁあん、ちょっとぉ!や、やめてったら!やだやだ、もう、いやぁぁーーーん!!」
戯れに弄ばれた哀れましい鈴の悲鳴が湯煙に霧散する。
絶叫が木霊するのとほぼ同時に、けたたましく茂みを掻き分ける音が響き渡った。
派手な音を立てながら、周囲に巡る木陰から三つの影が水場に向かって倒れ込んでくる。東、西、南、と三方から傾れ入ってきた塊に、少女達が三者三様の声を上げた。
「景麒!!」
「桓たい!!」
「虎嘯!!」
小枝を押し潰してスッ転んだ男達が決まり悪そうに顔を上げる。
「そ、その、…物陰から声がしたので、様子を見にきただけで、べ、別に湯浴みを覗くつもりでは」
と桓たいが体勢を立て直しながら言い訳をする。その斜向かいでも、虎嘯が「いや、これは巡回の一環で、決してやましい気持ちがあったわけじゃ…」と同じような事を呟いている。
「わ、わ、わわわたしは、主上の御身を案じてですね、あの、その…」
景麒は上手い言い訳が思い浮かばず、支離滅裂な言葉を吐き散らしながら一人でわたわたしている。
『やかましーーーーっ!!!』
擁護弁論を遮って、三人娘は怒号を上げた。
『いーから、さっさと引っ込まんかーーーーーッッ!!!!!』
少女達は手近にあった物を引っ掴み、叫ぶと同時に各々男達に向かって放り投げた。
湯煙の中を、ぬか袋と手桶と軽石が飛び交う。
カッコ――――…ンと小気味の良い音が岩場に炸裂した。

「ふっ……」
園林を見渡せる高台から一部始終を見ていた浩瀚は、うっすらと口元だけで笑い、遠視に使っていた望遠鏡を取り下げた。円筒の硝子の中に、阿鼻叫喚の様相が残って踊っている。
「易々と見付かるなど。誰も彼も、まだまだですねぇ…」
浩瀚は望遠鏡を縮めて袂に隠すと、遠くから聞こえる黄色い声に耳を澄ませながら、悠々とした足取りで高台から立ち去っていった。



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