箸休めのノンエロリー(延王と景王の会話)
5682さん

陽子は招客の酒手を勤めながら雑談をしていた。
客人は号を延という。
「…いつもいつも唐突なお越しですね」
そう言うと、酒に強い延の偉丈夫は長椅子に身を預けて、まあなと言って少し微笑った。
酌娘は普段と何一つ変わらぬ仕草で空いた盃に酒を注ぐ。
底なしの彼の相手をしている為、ほんの少しだが酔いが廻っていた。
ほんのりと色付いた陽子の艶やかな頬の上で、潤んだ瞳が灯火に揺れる。
尚隆は水鏡を飲み干すと、若き国の主に近寄った。
「なぁ、陽子」
なんでしょう、と陽子は疎げな仕草――素人娘の振る舞いで首を傾けた。
「今日俺がこうして訪れたのには訳があるのだ」
「一体何です?」
「夢の話さ」
卓の上に盃を置くと、尚隆は共有した椅子の背凭れに腕を回して陽子の顔を覗き込んだ。
「いつの頃からか、俺は妖しげな夢を視るようになった。
それが夜毎に俺を悩ませて、満足に眠れなくなってしまった。
この胸の内を語れば、少し楽になるやも知れんと思って此処に来たのだ」
「何故、此処なのです?」
「お前でなくてはならないと思ったからだ」
おや、と陽子は口許で微笑う。
尚隆は不図真面目な顔をすると、「聴いてくれるか?」と陽子に詰め寄った。
「どうぞ…」
陽子は猪口を手離し、彼に向き直る。
見詰め合うこと暫し。
彼は深く息を吸い、口を開いた。



「始めは必ず、金波宮に入る処からなのだ。
門から中に入って正殿に入ると、先ず其処に娘が迎えに来る。
あれはお前の女史――確か祥瓊と言ったか。
かの娘が白い衣装を身に纏って現れるのだが、その姿が何とも悩ましげなのだ。
身体の線がはっきりと解る薄手の衣装でな、着丈など腿までしかない短いものを一枚で着ているのだ。
裾からはうっすらと光沢を放つ白い足が伸びていた。あれは何かを穿いていると思うのだが、あれは何というのだろうな。
いや、まぁとにかく、その脚が踵の低い丸い履を履いている。手には何故か書板を持っていた。
そう言えば、片方が二股に分かれている謎の用具を首に掛けていたな。
紺青の髪を括る白帽がまた見慣れぬものでな。
後ろを向いた時に襟首から覗く白い項が危うげで仕方がない。
俺がそれに取り乱すとだな、俺の異変に気付いた女史が、首に掛けていたものを外して今度は耳につけるのだ。
二股の方を自分の耳に刺し、もう片方の先をもって俺の胸に当ててくる。
『少し動悸がお早いようですね』と呟くと、娘は書板になにやら書き込む。
その後で、『指し当たっては問題御座居ませんが、あまり無理はなさらないで下さい』などと言って微笑むのだ。
つまりあれは瘍医遊戯という事だろうか?
あのような愛らしい姿で『御身体に何かありましたら御教えくださいね』などと言われればなぁ、流石にこの俺でもくらりときてしまうさ。
――あ?ああ、これはまだ序の口で先があるのだ、聴いてくれ。
取敢えずお前の女史は俺の手を取って奥まで導いてくれる。
奥に入ると今度はまた違う娘が迎えに来るのだ。
今度は女御だな。


かの娘は、女史とは相反した真っ黒な衣装で現れるのだ。
三つ編みの黒髪を、鉤網で作られた白の髪紐で括り、銀縁の丸眼鏡を掛けていた。
肩口がふわりと盛り上がった変わった服だが、裾丈は女史とそう変わらぬ短さだ。
短いひらひらとした黒服の上に、袖のない白い襦裙のようなものを着ていたが、あの短さでは重ね着にはならぬだろう。
まあともかく、腰元を締めている所為で、体形がくっきりと見えてなぁ…。凹凸の激しくないところがまた堪らぬのだ。
ああ、そうそう、丈の短さは女史と同じだが、今度は履物が違っていたな。
太腿を隠すような長さのある履――否、あれは薄布だな。履ではない。
それを穿いていて、細い太腿は落下防止の止め具で繋いでいた。
しなりと振舞うお前の女御は、『いらっしゃいませ』と言って俺に頭を下げる。
国交の際、数多の女官に迎えられるが、かように胸躍らされる歓迎は受けた事がない。
接客の手を変えるとだな、女御は私殿の更に奥まで案内をしてくれる。
案内がてらに、衣装の所以を問うと、女御は控え目に『わたしは小間使いですから』と答えるのだ。
俺が『それはよい。お前のような娘に身の回りを世話して貰いたい』と冷やかすと、娘は振り返って言うのだよ。
『ええ、いつか。機会が御座いましたら、わたしの御主人様に成ってくだしませ』と。
…心の底から『御主人様』と呼ばれたくなったぞ、俺は。
大体、うちの女官どもはどいつもこいつも慣れきってしまって、そういう清楚さに欠けるのだ。
――ああ、話が脱線しかけたな。すまぬ。
そうそう、女御に着いて行くとな、見覚えのない場所に出る。
周囲で擦れ違うのが女官しかおらんかったし、配置的にも後宮なのだと思う。
しかし、出会す女官がまた皆変わった形をしていたなぁ。
何とも形容し難いのだが、手錠を手にした娘もいたし、中には裸同前の娘がいたぞ。
中でも、兎娘には度肝を抜かれたな。
まぁ、そんな多彩な女官等の間を通って、俺は奥の奥まで招かれるのだな。
奥の部屋まで行くと、案内役の女御は扉を軽く叩いてから中に声を掛けるのだ。
『御主人様、尚隆様がお見えになりました』とな。
中からは言いらえがあって、女御は頭を下げる。
戸を開けて中に入ると、その中にはお前がいたのだよ。


無論、先の状況を考えれば想像に苦しないが、お前も不可思議ないでたちをしていたよ。
しかし、俺はそれを何というのか知っているのだ。
六太の持ってきた風俗誌に載っていたからな。
よくよく考えれば、擦れ違った娘達の衣装もその読み本に載っていた気がするが、あえて此処では触れずにおこう。
お前の衣装は確か、『せぇらぁふく』というものだった。
しかしそれは何でも、お前が蓬莱に居た頃毎日見に付けていたものだそうだな?
だから俺は言ったさ。『此処まで来る間に色々なものに変装する娘達を見てきたが、お前の格好は変装にしては地味だな』と。
するとお前は不敵に笑って言うのだ。
『延王、貴方はわたしを何者だと心得るのです。わたしは此処を治めるものですよ?』とな。
随分箔がついたものだと感嘆すると、お前は着ていたものを一気に脱ぎ去った。
そうするとだなぁ、一瞬の後に、何とも淫靡な格好をしたお前が現れるのだよ。
鋭い踵を持つ皮の履を穿き、黒光りする皮の手袋を嵌めて手には皮製の浮「鞭を持っている。
肝心の衣装だがな、手袋と揃いの黒皮で出来ていて、胸元を軽く隠すだけのそれは下腹部が際どく切れ込んでいた。
妖艶と言うか何というか。いやしかし、よく似合っていたものだよ。
呆然と見蕩れる俺を一瞥すると、お前は居丈高に嗤ってこう言い放った。
――『女王様と御呼び!』」
尚隆は此処まで澱みなく喋りきった。
「…で?」
話を聴いている間に酔いが飛んでいったのか、陽子は完全に覚醒した瞳で尚隆を見ている。
尚隆は殺気すら篭った陽子の眼差しに気付いているのかいないのか、いつもと変わらぬ漂々とした口調で問い掛ける。
「なぁ、これはどういう意味を持つと思う?」
「…お答えして差し上げましょうか?」
陽子は不自然なほど形作られた微笑を浮かべた。


「つまり貴方は、この国の後宮がイメクラになっている夢を御覧なのですね?
で、ナース服を着た看護婦さんの祥瓊とお医者さんごっこをしてウハウハしながら、メイドさんの鈴にときめいて奉仕を期待していらっしゃる。
その他、此処の後宮には婦人警官だのバニーガールだのが右往左往していて、このわたしは一見セーラー服の女子高生と思いき、その実・イメクラの元締めをするSM嬢だと。
――要は、欲求不満ですね。
どうやら蓬莱の風俗にも通じておいでのようですが、それが試してみたくなったと、そう解釈も出来ます。
最も盛り上がる所――此処ではつまり夢の最後ですが、女王様に扮したわたしが出てきて終っている事を考えると、貴方はどうやら虐げられてみたいようです。
意外と隠れMかも知れません。
覇権の最高峰におられる所為で、被虐に餓えていらっしゃるのかも。
まぁそれは可能性の一部に過ぎませんけどね。
それでもよくそんなマニアックでふしだらな夢が見られたものですね。
ナースにメイド。若しかしたらスッチーやチアガールだって居たかもしれません。
女教師なんかいたらそれはもうマニアの領域ですよ?
しかしわたしはSM嬢ですか?SM嬢。
黒のボンテージで鞭持ってる姿が似合ってると言われましてもね…。
新手のセクハラか何かとしか言いようがありませんけど?」
「うぅむ…何を言っているのかさっぱり解らん…が、最後の部分はもしや、お前の『えすえむ嬢』とやらに関係しているのか?」
「…ないこともないでしょうね」
陽子は冷め切った瞳で言うと、あらぬ世界に興味津々な隣国の王を見据えた。
「夢の先を御覧に入れたいですか?」
「出来るのか?」
さぁ?それは御自分次第です――陽子は言って右手の拳を固めた。
「お待ちください!!」
陽子が黄金の右を繰り出しかけた正にその瞬間、何処からともなく制止の声が掛かった。
驚いて動きを止めると、帳の影から彼女の麒麟が出てくる。
「け、景麒?!」
「お気を御鎮め下さい!曲がりにも、この方は雁の国王であらせられるのです!!」
暴力沙汰だけは――突然現れた景麒は、形振り構わず陽子に飛びついて暴動を止めさせた。
「ていうか、何でお前が出てくるんだ?」
驚愕に怒気を抜かれた陽子は腹にしがみつく景麒を見詰める。


ぱっと目が合った時、景麒はそろりと視線を外した。
その仕草を見取って、陽子は景麒が後ろ暗いことをしていたのだと判断した。
「お前、隠れて盗み聞きしていたな?」
険呑な気配が陽子の背全体から立ち昇ってきた。
「も、申し訳ございません!!」
景麒は陽子の立腹を察して咄嗟に詫びを入れる――しかし、その手は一向に陽子の身体にしがみついたままだ。
「私事ですが、主上の事を考えると夜も眠れず、居てもたってもおれません。
それはもう、夜な夜な私室に忍び入るほどに…!!
あまつさえそんな状態なのに、今宵は延王の酌を勤めるなどと仰るから…!!」
夜な夜なぁ?――と陽子はドスの利いた声を上げた。
「どうりで最近寝苦しいと思ったんだ!誰かに見られているようでどうにも落ちつけなかったが――。
まさかお前がそんな変態染みた真似をしていたとは。全く忌々しい…!」
陽子は勢いよく景麒を引き剥がすと長い髪紐を解いて半折に持った。
「其処へ直れ!根性を叩き直してくれる!!」
あぁ、と一声叫び、景麒は陽子の前に平伏す。
陽子は丸めた背に足を置くと、手にした紐を景麒に打ち付けた。
「汚らわしい…ッ!下卑たオスめっ!!」
「ああ御勘弁を!!このいやらしい身体が言う事を聴かず…!」
「五月蝿い!!言い訳など聴きたくないわ!煩悩一つ抑え込めんのか、お前はっ!それでよく王の下僕が勤まるものだな!!」
ひゅんひゅんと空を切って紐が舞う。その衝撃が弾ける度に、景麒の吐息に甘味が増していく。
「申し訳のう御座います…っ!ぁあ!!愚かな私をもっとお怒りください!!」
「そう言って何度罰した事か!!それなのにちっとも進歩しやしないじゃないか!
仁愛が聴いて飽きれる!ああ、全くお前は犬か?いや、お前の学習能力は犬以下だ!!」
「あぁ!!然様です!私はさもしく卑しい駄目なケモノですぅっ…!ですから罰を!!この身を存分に仕置いてくださいぃっ!!」
「この、大莫迦者!情けないぞ、わたしはッッ!!」
陽子の右脚が景麒の背を踏み躙った。景麒はその痛みに恭しく悶える。
「あぁ主上!も、もっと強くぅ!!激しく踏んでくださひぃ…い!!」




…ふーむ…」
最早完全に蚊帳の外と、存在を放り出された尚隆は、顎に手を当てて嘆息した。
遠くの世界に置いていかれて丸無視されているが、これはこれでも構わんだろうと臨機応変に思考を切り替えている。
足蹴にされているのは、もしかしたら自分だったかも知れない、という可能性がなかったとも言い切れないが…。
「うむ。なるほどな?これが世に聞く『えすえむ』、か…」
――一見ただ暴行されているように見えるが、その実、的確に欲情を刺激している。
奥が深いな、と尚隆は呟き、未開拓の世界を真剣に見詰めた。
(おしまい)


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