『昼下がりの情事』
 作者327さん


茹だるような暑さに堪えかね、公務と公務の僅かな合間に、「涼みに行く」と陽子は傍に控えていた祥瓊に言葉を残し、書房から姿を消した。
涼を求めて緑の茂る方へ足を向け、園林を突き進んでいく。
木陰の間を縫うように進む内に、彼方で冷涼とした水音が響いてくるのを耳にした。
背の低い木々を掻き分けて覗き込むと、その先に陽射しを跳ね返して光る水面が拡がっているのが見える。
涼やかなせせらぎは湧き出る泉からのものだった。
辺り一面に広がる碧面と、その奥に細い滝。清流は小さな水の帯となって何処かへ路を拓いているようだった。
陽子は草木を越え、水の端まで近付いた。
ほとりに膝を突き、指先をそっと、水中に浸す。
暑さに辟易していた身体にはなんとも心地好い冷たさだった。
――あまり深くは無さそうだ。
光を通して澄み切った水が底を明るく照らし出している。その様子から、水深が浅いのだろうと算段をつけた。
陽子は少し逡巡し、左右を見渡して人気が無いことを確認すると、襦裙を括る帯紐を解きはじめた。
――無茶をすると鈴には怒られそうだが。
ただでさえ暑いのに、更に熱さを呼ぶように重ね着している。少し位冷してやらねば身体がもたない。
陽子は内心で大袈裟に独白し、幾重にも渡り肌を隠すもの全てを脱ぎ去った。拭身用に犠牲にしようと決めた襦裙以外を、脱ぎ放しで草陰に放り出す。
髪を下ろすと、陽子はざぶりと水飛沫を立て、泉に飛び込んだ。
浮き上がる水泡に、水面が白く反射する。
浮力に上付いた足を水底につけ、真っ直ぐに立つと、泉の深さは陽子の胸より少し下である事が判った。
汗ばんだ肌を流す冷たさが、えも云われぬほど気持ちいい。
陽子はほんの少しだけ微笑むと、軽く跳ねて頭から水中に潜った。
背筋から臀部まで、滑らかな曲線を描きながら肢体が水に沈む。
暫し間の後、水幕を破った紅が表に現れて、きらきら輝く雫を空中に放った。
陽子は水面から顔を出すと、深く息を吸い込み、再び水の中に入った。
暑さを忘れたように、浅さの無い泉の中で水底を眺めたり蒼穹を仰いだりしながら人魚の如し様相で水に躍る。
そんな風にして水と戯れていた時、不意に木陰がざわめいた。
枝葉の擦れる音を聞きつけ、陽子は泳ぐのをやめて険しい目付きで音のした方に目を向ける。

「――そのようなお顔をなさるくらいなら、沐浴など初めからなさならければよろしいものを」
険しい貌で見据える陽子の三倍渋い貌をした景麒が草葉を分けて姿を現せた。
「……なんだ、驚かすなよ」
警戒を解き、陽子が眉尻を下げると、景麒は溜め息を吐いた。
「『なんだ』ではなく。妙な場所にいらっしゃると思えば、貴女という方は…」
「いいじゃないか、少しくらい。こう暑くては思考も鈍る」
「避暑を咎めているのではないですが?」
「じゃあ別に構わんだろう。気持ちいいぞ。お前も入るか?」
下僕の嫌味を躱し、陽子は気軽に言った。
「主上。」
景麒の渋面が濃くなる。陽子はそれを見て、「冗談だよ」と言って微笑った。
「淑やかにせよとは申し上げません。しかし、もう少し人目を憚る努力をなさって頂きたいものですね。…まったく。誰ぞに視られたらどうなさるおつもりか」
「こんな辺境、誰も来やしないよ。事実、誰にも見られてないんだし、そう怖い顔するな」
顰めっ面の下僕に苦笑いし、陽子は「もう少しだけだから」と言った。
「もう一泳ぎしたら上がるよ。だから、大目に見てくれ。…それに、そんなに心配なら、お前が見張っててくればいいだろう?」
景麒は憮然として、これには言葉で答えない。その沈黙を許諾と取り、陽子は「じゃ、頼んだよ」と言い残して水中に消えた。
光の射す泉の中央部まで悠々と泳いで廻る。
空に立ち込める熱気が嘘のよう――そう思った時、陽子は足から後方に強く引き寄せられた。
「!?」
突然の抗力に身体が対応出来ず、陽子は硬直した。その間も、身体だけが水を掻き分けて連れ去られる。素肌の腕に抱えられている、と云う事に気付くまで少し時間が掛かった。
「ッ!景麒、お前っ」
漸く状況を把握した陽子が首を後ろに向けると、視野に機嫌の悪そうな下僕の貌が映った。
景麒は主人を片腕に抱え、無言のまま平地とは反対方向の泉の端に向かう。
「は、離せ!」
「嫌です」
「こらっ!命令だぞ!聞け!!」
「聞けません」
「ふ、巫山戯るな!!」
「至って真面目ですよ」
泳ぐ速度は変えず、景麒は仏頂面で陽子の非難に投げ遣りに答える。

じたばたともがいてみせる主人を無視し、景麒はどんどん陽蔭の方へ泳いでいった。
片腕に主人を抱えたまま滝の方へ。陽の翳る泉のほとりの、少し窪んだ岩陰まで辿り着くと、景麒は漸く陽子を手放した。
圧迫を解く代わりに、頭上から薄く水の落ちる岩壁に両手を突いて陽子を壁と岩の狭間に押さえ込む。退路を封じてから、景麒は厳しい表情で主人を見詰めた。
腕の下では、同じく険呑な貌で、陽子が景麒を見返している。
岩肌を滑る水流が、絶えず陽子の髪と肌を濡らした。
「…人目が不安なら見張っていろ、と言った」
「ですからこうして見張っているのではありませんか」
「馬鹿を言うな!一緒に入る見張り方があるかッ!!」
「『入るか?』と仰ったのは主上の方です」
「だからアレは冗談だと…」
「生憎、笑えない冗談を受け付ける耳はしておりません」
「…お前、何様のつもりだ」
「貴女の忠実な下僕ですよ」
事も無げに切り返すと肘を曲げ、景麒は陽子に詰め寄った。じりじりと距離を縮められて、陽子は居心地悪そうな貌をする。
「何処が忠実…」
呟いた言葉は勢いを無くし、語尾が水音に消えてしまう。
――先刻から気になっている、抜けるように白い景麒の肌と角張った『男』の手。
陽子は、自分が裸身であることと、同じく相手も衣を纏わない姿で対面している事に、今更ながらどぎまぎしていた。
息が通うほど近くにいることを意識すると、無条件に頬が赤らむ。
景麒から背けた頬に雫が伝い、一条の流れを作った。
「如何なさいました?気兼ねなさらず沐浴なさいませ」
「…出来るか。」
透明な圧力に耐えかねて、陽子は自分から折れる事にした。
「…わ、悪かった。私が悪かったから…そう近寄るな」
「そんな口先ばかりの理解を頂いても仕方ありません」
景麒は逃げ場を欲する陽子の心情に反して更ににじり寄り、気拙げに逸らされる目線を追いかけた。
「軽はずみな行動は御控え下さいと常々申し上げているのに、主上は一向に解って下さらない。…言葉で御聴き届け願えないのであれば、身体で解って頂くほかありません」
「な、何を――」
考えている、と云う陽子の言葉は、脅迫した唇に塞がれて意味を為す前に潰された。

「――…っッ…!」
身体ごと引き離そうと抵抗する陽子の手の平は、逆に掴まれて壁面に押さえ付けられ、拘束を余儀なくされる。
逃げようともがくが、その行動が却って隙を作り、陽子は景麒の腕の中に完全に封じ込まれた。
重なるだけの唇から深さを求めるものが割り込んでくる。息継ぎもままならないほど長く唇を吸われ、舌を繋がれて陽子は苦悶の表情を浮かべた。僅かにずらされた唇の間で苦しげな息遣いを繰り返す。
「…ゃ…は、はなれ……」
「…お断りします」
景麒は一声返して再び唇を塞ぐ。今度は、力付くで押さえ込んだ身体の強張りが溶けるまで、唇を離さなかった。容赦の無い口付けで意識を麻痺させ、抗う気力を砕いてから、陽子の耳の下に唇を移した。水に冷された肌に熱を打たれて、陽子は軽く身震いする。
――触れる唇の温度が吃驚するほどの鮮やかさで身体に波紋を広げていく。
「……っ、景麒、…っ!」
陽子は黙々と唇を落とす景麒の真意を察し、細い拒絶を上げた。
もう遅いと言わんばかりの冴えた瞳で主人を見詰め、景麒は小さく囁く。
「…『誰も来ない』のでしょう?なら此処で何をしても、構わないじゃありませんか…?」
「そ、そういう意味じゃ…!」
なら、どういう意味です――と景麒は答えを期待せず呟き、冷たい胸元に舌を這わせた。
唇より鮮明な熱さが肌を通して身体の奥まで浸透する。びくりと大きく、陽子の肩が波打った。
「これは駄目だ!景麒っ、ほんとに…!!」
「…裸身を陽の目に晒すのは良くても、外で間合うのは御嫌と…?御恥ずかしいと申されるか」
「そ…っそれと…これとは、根本的にちがうだろ…っ」
「同じ事ですよ…」
囁きを残し、景麒の手は水を滴らせて陽子の首筋へ伸びた。水気を帯びて肌に張り付いた紅い髪を取り払い、髪で隠されていた上半身を明るみに出す。舐めまわすような景麒の視線が、陽子の羞恥心に火を点けた。
思わず上肢を抱き込み、身体を隠そうとするが景麒の腕はそれをやんわりと阻害する。
「…如何です?御恥ずかしいでしょう?」
自由を奪いながら、景麒は陽子の耳元で囁いた。
「い、嫌味ったらしい…!」
耳まで顔を真っ赤にし、陽子は景麒をねめつける。景麒はそんな陽子の視線を物ともせず、「主上が一度で御解りにならないのがいけない」と返した。
「…っ。――…分かったよ。もうしないから…だから離れてくれ…な?」
不承不承、という影が見え隠れはするが、陽子は極めて従順な仕草で上目遣いに願う。
景麒はそんな主人を暫し見詰め、薄く息を吐いた。
「――…そうしたいのは山々ですが」
半端な所で言葉を切り、景麒は陽子の手を取る。そして徐にその手を水面下に沈ませ、己の欠片にあてがった。
「!!!」
陽射しよりも高い熱を持ち、硬く立ち上がったものに触れさせられて、陽子は驚愕に目を見開く。
「私の身体も暑さに障ったようなので。これを鎮める手助けをくださいませんか?」
「…て、手助けって…お前、まさか」
狼狽する陽子の声に、景麒は言葉の代わりに行動で返した。掴んだ腕を引き寄せて裸の背を抱き、掌中に収まる細い肩に口付けを降らせる。遠ざけられていた愛撫が蘇って、陽子は軽い眩暈を覚えた。
「――ゃだってば…!こんなところで…!!」
「私としても不本意ですが、抑えきれそうにない。…これは、主上でなければ鎮められません」
「そんなん、お前の勝手じゃ…あぅっ」
抑制を忘れた景麒の掌が、熟れきる前に成長を止めた陽子の柔らかな乳房を下方から包み込んで撫で擦る。荒々しくなく、然りとて優しくもないその手つきは、表皮を冷されて敏感に成っていた花房の先端を、直ぐにでも伸ばさせた。
景麒の指先が花先を掠めて離れる。中途に与えられた刺激にすら、身体は機敏に応えた。
空から降ってくる水の冷たさと、素肌を弄る掌の熱さの不調和が陽子の中で快楽に変化していく。
意識の半分以上を愛悦に付け込まれ、陽子は抵抗らしい抵抗が出来ずに、自然と景麒の愛撫を受け入れていた。
それでも、最後の自制心を奮い立たせ、何とか宥めようと抗ってみせる。
「…や、やっぱり、駄目…。だって、まだ昼間だし…っ」
「――…夜まで待てたら、こんな御願いしませんよ…?」
景麒は弱々しく拒む陽子の腕をそっと払い、戯れに乳房の先を口に含んだ。敢えて触れられずにいた処を急に攻められて、陽子は甲高く哭いた。
甘い乳房を舌先で転がし、軽く歯を立てる。空いた方を指の腹で擦ったり爪先で擽ったりと執拗に弄ばれる内に、陽子の身体からみるみる力が抜けていく。

陽子の頭の中には、行為に対する抵抗が残っている。だが、このまま状況に流されてしまいたいと望む自分がいる事も拒みようのない事実だった。
――陽の光も、その熱すら冷めやらぬ内に、屋外で交わろうとしている。
潜在的な後ろめたさから忌避の念が沸くものの、それを意識すればする分だけ身体が昂奮してしまう。
危険や陰徳が、淫蕩に対する欲心を呼び起こして理性を殺した。
脱力した陽子の身体を水の浮力を借りて抱き込むと、景麒は体勢を入れ替えた。だらりと弛緩した陽子の脚を、折り曲げた自分の脚に架け、その間を縫うように掌を忍ばせる。
水圧に引き締まる太腿を撫和して水流に揺れる繁みに分け入ると、指先が水とは明らかに違う感触を捉えた。
ぬるりとねめる粘液を指先に絡ませ、若い双葉を揶揄うように押し広げた。鳥肌が立つほどの冷たさが陽子の中に入っていく。対照的な温度差が陽子を翻弄した。
「――ぁあ…っ!!」
腕も脚も、疾うに火照りを洗い流して冷めているのに、身体の中心は大気と同じくらいの熱を湛えている。
水中で、体内で。宥め透かしと抜き差さされ、気紛れに胎を掻き回される度に、隙間から水が入り込んでくる。異質物の侵入が教える甘い痛みですら性感の促進剤になって性欲に荷担し、突き抜けるような熱さが溢れ出して止まらなくなった。
――まるで快楽が身体の外に溶け出してくるよう…
濡れながら喘ぎ、涙声に似た歓喜の悲鳴で陽子はただ哭くばかりだった。
景麒は淫事に酔うその貌を悦目する。
本当の処、声を掛ける以前からずっと、水の中を泳ぎ回る陽子の姿を木陰から盗み視ていた。
陽の照り返しの中を泳ぐ姿を、ぞっとするほど美しいと思い、一時でも長くその姿を眺めていたくて、欲しくなるまで黙って遣り過ごしていた。
――最初からこうする事を目論んでいたわけだが。
景麒は無防備な陽子の耳をぺろりと舐めて悪戯に反応を窺った。
「…んっ…やぁん…」
泣き出しそうでそれでいて、何処か嬉しそうな貌が景麒を見詰めてくる。
こうして痴情に悶える姿には、美しさの他に、卑猥な艶やかさがある。
景麒は薄く笑み、荒く短い呼吸を繰り返す半開きの唇に、今日何度目かの口付けを落として舌を交えた。
陽子の腕が、景麒の白いうなじに緩く絡んでくる。景麒はその腕にも軽く接吻し、間近にある主人の顔を覗き込みながら言った。

「…もうよろしいですね?」
拒否する気などとっくに消え失せているが、それを口に出す勇気が持てず、陽子はただ、こくり、と頷く。
淫行を求める己に嬌恥を浮かべるも、欲情に逆らわない仕草が視覚の媚薬となって男を誘い込む。
返事代わりに瞼に口付けて、景麒は陽子の腰を抱き、盛り立つ分身を乱れた女の花園に貫かせた。水圧と身体を冷す水温の所為で狭まった内壁が予想以上のきつさで景麒を咥え込む。
「――…ああ…!!」
水中で身体を繋げた衝撃が吐息となって、陽子の唇から零れる。
お互いの熱さを感じながら、景麒は陽子の上肢を引き寄せ、下肢を激しく打ち付けた。
上下に浮き沈みする身体の動きが水面を乱して細波を立てる。
張り立った陽子の乳房がつぶさに震えた。
妙に耳に響く水の音。陽子は、頭上から降り注ぎ、落下して腰元でぶつかり合う水の叫びが自分の中から響いてくるような錯覚を覚えた。
表肌とは非対照に、ジンと痺れる疼きで内部がどんどん高まっていく。
「…っあ!あぁ!!へ、へんな感じ…っ」
水を巻き込みながら身体の芯を打ち抜く景麒の重さと熱さに血肉が沸き躍る。――否、熱かったのは自分の方かも知れない。しかし、そんな事を冷静に考える余裕は陽子の中には一塵もなかった。
共有する部分が放つ体温の昂ぶり合いに、獣のような嬌声を上げる。
肌に打ち付ける水流の冷温と身体の中から生み出される高温の倒錯に夢中になった。
「あ…はぁ…っ…!!いいよぉ…っきもちいぃ…!!」
背を弓状に反らし、髪を振り乱す。勢いよく揺れた赤髪の先から雫が飛び散った。
「…もっと深く…っ!もっと奥まで頂戴…!!」
欲情を嗾けて景麒に喰らいつく。景麒は貪欲に重なり合いを求める女を強く抱き、深さと激しさでそれに応えた。
言葉にならない声が水場を切り裂く。
陽子は景麒にしがみつき、天高くまで身体が跳んでいくような浮遊感が全身を包み込むのを待った。


「――…折角熱冷ましに来たのに、却って熱くなっちゃっただろう…」
快楽の山を乗り越えた後、陽子は景麒に抱きついたまま間延びした声でポツリと呟いた。身体はまだ繋がったままで、熱も失っていない。
景麒は全体重を預けてくる陽子を抱き直し、主人の不満に答えを返した。
「それを私の所為になさるか」
「する。お前の所為だから。…と言うより、最初からこうする気だったろう」
「おや。お気付きでしたか」
図星を指されても平然と受け答える景麒に、陽子は心持ち溜め息を吐くと、「お前には敵わない」と言って景麒の肩に顔を埋めた。
「このまま帰っても落ち着けない…。休憩が休憩にならなかった」
「それは申し訳ない」
「…誠にそう思うなら、態度で示してもらいたいものだな…」
婉曲な言い回しに、景麒は軽く瞬いて陽子を見詰める。陽子の碧眼がそれを見返し、「皆まで言わすか」と語った。
主人の言わんと欲する処を理解し、景麒は
「…此処で、ですか?」
と問い掛ける。
「結局、『誰も来なかった』ろ?」
陽子は婀娜っぽく微笑んでそれに返事した。
――…他人の目を阻め、と言うのは一応本心だったのだが。
景麒は陽子の微笑を見ながら、逆効果だったか、と内心独白する。
「…で、どうなんだ?お前は『忠実な』わたしの下僕なんだろう?」
問いの形は為しているが、拒否は許さない、という声色。
「…敵わないのはこちらの方です」
景麒が溜め息混じりに答えると、陽子は
「わたしはお前の主人だからな」
と言ってまた微笑った。
強気な主人の口調につられて景麒は微苦笑する。
――尤も、誘われて断るつもりも毛頭無いが。
絡みついた紅い髪を梳いて、陽子の頭を引き寄せると、景麒は何度交したか判らない口付けで承知を示した。
肢体を絡ませ合う男女の元に、橙を含んだ陽光が手を伸ばす。
水際を立ち込める空気は、秋の足音が近寄るにはもう少し時間が掛かりそうな気配を醸し出していた。

《了》

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