『慶国トラブルストーリー(キャラ崩壊継続中)」
作者403さん
目を通すべき書類を全て片付け、軽く一服している陽子の元に、非公式に客人が訪れた。
「よぉ!!」
軽いノリで挨拶する隣国の麒麟に、陽子は破顔する。
「これはこれは延台補。また、唐突なお越しで」
「へっへー、散歩だよ」
言って六太は書卓に歩み寄る。そしておもむろに助平笑いを浮かべると、声を低くして「聴いたぞ〜」と言った。
「え?何を」
またまたぁ、と六太は井戸端会議のオバちゃん宜しく手招きをする。
「景麒との事。…陽子ってハゲしいんだってな」
「はいぃ?!」
突拍子も無い言葉に、陽子は素っ頓狂な声を上げた。六太は愕然とする陽子に向かって白い歯を見せる。
「いやー、雑談がてらに景麒と最近どうよって話したら、あいつがとうとう陽子と一夜を共に過した…って」
そう言って六太はニシシ、と笑った。
陽子は予想もつかない交流に、あんぐりと口を開けた。
――童貞を棄てた高校生じゃあるまいし。そんな事をいちいち他人に報告するのか?!
(――と言うより、『そんなコト』はしてない!!)
いち早く我を取り戻すと、陽子は弁明を試みた。
「ま、待ってください!違います。誤解なんです!!」
「違うって何が?あれだろ?一緒に朝を迎えたんだろ?」
「た、確かに…結果だけを見ればそうなりますが――」
上手い言い回しが思いつかず、語尾はごにょごにょと消え入ってしまう。
陽子は事実の通達を言いあぐねていた。
――確かに陽子は、景麒と一晩を共にした。睡眠を、という意味だが。
結局あの晩、景麒はトチ狂ったまま何処までも陽子に迫ってきた。
陽子は迫られるたびに全力で追い払ったが、そこは腐っても神獣といった所か、景麒はちょっとやそっとの事じゃ痛手を受けない上に、異常に回復が早かった。
陽子もただの人間の身体ではないため、殴っちゃ追われ、蹴っては迫られ――という、終わりの見えない鬼ごっこをひたすら繰り返していた。
そんな不毛な戦いに終止符を打ったのは冗祐の助太刀である。
当初冗祐は、直接の主人である景麒に仇為すような真似は、と居ないものとして振舞っていたが、その主人のあまりの醜態に見かね、延髄に改心の一撃をくれて景麒を気絶させたのだ。
「――あ、ありがとう…たすかったぁ…」
陽子は半泣きにに近い状態で、心の底から礼を述べた。
『礼には及びません…。しかし、このことは――』
不可抗力とはいえ主人に手を出した。冗祐はその事に責を感じていた。
「心配するな。お前はわたしを助けてくれた。そんなお前を責めさせやしない…。冗祐のことは、わたしが守ってみせる…!!」
有難う御座居ます、と礼を残し、冗祐は沈黙した。
(――本当に漢前な方だ――。)
冗祐は思ったが、嫌味にしか成らないと解っていたので、敢えて伝えなかった。
対話が終ると、陽子は力尽きてそのまま眠りの森に沈んだ。
床の上で景麒と折り重なって倒れている――それは、失敗すれば心中の現場に間違われそうな光景でもあった。
翌日、陽子はそんな状況で、鈴に起こされた。
鈴はよく見なくても異常だと判る場面に対して何故か何も言わず、普通に陽子を起こし、普通に洗顔を勧め、普通に見繕いを促した。
陽子が起きた時に景麒も目覚めたが、暫くの間、景麒は前日の事をよく覚えてないような顔で惚けていた。
判らぬならそれでいい――陽子は深い説明を避け、景麒を自室に帰して衣を改めるよう命じた。
(―――…覚えていないと思っていたのに!!)
陽子は歯軋りした。
――あれは寝惚けていただけか――!!
悔恨ばかりが胸に拡がる。
真相を知って今更後悔する陽子を尻目に、六太はニヤニヤ笑いながら言った。
「何でも、景麒が気絶するまでヤリ続けたんだって?やるね〜陽子!!」
「…ぁんの莫迦ッたれ…!!」
性的侮辱を当てこする重役のようなからかい方をしてくる六太より、普段は言葉足らずなくせにどうでも良い事はペラペラと喋る部下の方が癪に障った。
――大方、例の『説明にならない説明』で中途半端な状況報告だけしたのだろう。
「あいつ…!!」
陽子は勢いよく椅子から立ち上がると、六太を放って書房を飛び出した。
「な、なんだー?」
いきなり置いていかれた六太は、興味津々、と目を輝かせる。書卓を飛び越えると、すぐさま後を追い駆けた。
――ばたばたばたばたばたばたっ
けたたましい足音を立て、陽子は王城を駆ける。
この時間は書房で執務のはず――。
陽子は一心に景麒の書房を目指し、廊屋を疾り抜けた。
「ちょっと、陽子?!どうしたのよ?!」
祥瓊は凄まじい形相で走ってくる陽子に出会い、吃驚しながらも声を掛けた。
しかし、思考回路に余裕のない陽子はそれには答えず走り去ってしまう。
「何なの…?」
無視されて祥瓊は呆然とする。その前を、物凄い速さで六太が通った。
「え、延台補?!」
友人と、それを追いかける隣国の宰補を目の当たりにし、祥瓊は反射的に駆け出した。
「お、お待ちください!!一体、何が――?!」
六太は走りながら、後ろから聞こえてくる祥瓊の問い掛けに「さあ、急転直下の大展開だぁ!!」と答えた。
(――何よそれ?)
全く答えになっていない。
結局、祥瓊は最後までついて行く事に決めた。
景麒の書房につくと、陽子はそのままの勢いで中に踏み込んだ。
書卓に座す金髪を見付け、刹那、書卓に飛び乗り、正面から首を締め上げる。
「あぐはぁ!!」
景麒はいきなり訪れた虐待に声を上げた。
「こンの戯けぇ…!余計なことを喋り散らしやがって…!!」
陽子は両手でギリギリと締め上げながら怨念を呟く。
「…しゅ、しゅじょぉ、こんな、明るい内から…!!今は駄目です…っ。ひ、人目につきますぅ…!」
真っ昼間から求めてきたと曲解した景麒は、途切れ途切れに呟いた。
「あ゛ぁ゛?!」
陽子は早くも被虐態勢に入った景麒に苛立ちを漏らす。
「な・ん・の・は・な・し・を・し・て・い・る・ん・だ…ッ!?」
間歇に喋りながら、締め付ける指に力を込めた。
「あっ…あぁあ…ッ!そ、そんなに締めつけてわぁ…っ」
窒息しそうな程に首を締められているにも関わらず、景麒は物凄く嬉しそうだった。
喜悦に息を吐く下僕の動きが、陽子の苛立ちに油を注ぐ。
陽子は震える手で景麒の首を締め上げ続けた。
「気色の悪い声をだすんじゃない…!!」
「あふぅ…も、申し訳な…っ!お許しくださぃい…ッ」
許しを乞う景麒の声は被虐に悦ぶ奴隷そのもの。
やればやるほど逆効果だと言う事に、陽子は気がついていなかった。
「…ははは、ほんと激しいなぁー。陽子は」
殺伐とした現場を押さえ、六太は他人事に呟いた。
「いきなり飛び出したと思ったら景麒に逢いたくなったのかぁ。
なるほどな。そんな攻め方されたらイっちゃうわけだよ。いや〜過激に愛されてるなぁ、景麒」
後ろから入った茶々に、陽子は景麒から手を離した。昇天間際に拘束を解かれた景麒は、少し残念そうな顔をする。
陽子は険を含んだ眼差しで六太を見ると、「…これが愛しているように見えますか…?!」と棘のある声で問い掛けた。
「うん」
六太は即答する。
「景麒も大満足みたいだし、何つーか、溢れんばかりの愛を感じる」
「大勘違いですよ!!」
強く否定する陽子に対し、またまたぁ、と六太は笑った。
「照れんな、照れんな」
「何処を如何したらそう見えるんですか?!」
「何処…って見たまんまだけど」
陽子の真剣な反論は打ち砕かれた。がく、と陽子は脱力し、肩を落とす。
(――畜生!!どいつもこいつも!!何か?!麒麟はみんなマゾなのか?!)
変則していく事態に、陽子はわなわなと震えた。
「はい。私も、あんなに激しい夜は初めてでした…」
俯く陽子の前で、景麒は些か頬を赤らめ、過去を思い出すように言った。途端に陽子の苛立ちが再燃する。
「それだ!景麒、お前、初夜後の若妻みたいな顔で紛らわしい言い回しをしてくれるなよ…!!」
陽子は掌を広げ、景麒の顔面を正面から掴んだ。即座に景麒の口端が綻ぶ。
「なりません、主上!!延台補の目の前で…♪」
「だからそれをやめろと言っているんだぁぁぁ!!」
「おーおー、見せ付けてくれるよなぁ〜」
状況は最初に比べて、悪化の一途を辿るばかりであった。
「莫迦ねぇ……」
漸く追い着いた祥瓊は、中で繰り広げられる羅刹の光景に、運動の呼吸とは違う息を漏らした。
――やれば悦ぶんだから、やらなきゃいいのに。
(…それとも、わざとやってんのかしら?)
色んな意味で最強よね、と内心で突き放すと、止めに入る意気を放棄し、祥瓊は薄笑いを浮かべた。
…そしてこの日の事は、六太の口から尚隆の耳に伝わる次第となる。
「蓬莱の趣向…『えすえむ』とかいうものだったか?」
「ああ。それの『えす』だ」
六太の報告に、尚隆は難しい顔をする。
「さすがは現代育ち。女だてらに天晴れな…いや、これは『漢』と認めてもよかろう。――…俺も負けてはいられんなぁ」
尚隆は不敵に笑い、果てない東の空を眺めて呟いた。
――こうして、景王赤子総攻伝説は国を越えて伝わっていく。
これが風の便りに広まっていき、陽子が『十二国屈強の漢』として『抱かれたいほど魅力的な存在』の五指に入る日もそう遠くはなかった…。
(おしまい)