『慶国"漢"ランキング」
 作者403さん

陽子が書房で書簡に目を通している時の事である。
数多くの書簡をゆっくりではあるが着実に処理し、さて、次のもの――と新しい書簡に手を伸ばした。
その時、書簡と書簡の隙間に、ずらずらと文字の書いてある粗末な紙が一枚挟まっている事に気付いた。
何かの追記だろうか、と思い、陽子はそれに目を通した。
しかし陽子はすぐに、それが明らかに政務には関係のないものであるという事を知る。

『抱かれたい 漢 順位表(於 金波宮)』。

――冒頭にはそう、書いてあった。
先王が城から女官全てを廃してしまった為、金波宮に女官吏は多くない。
しかし、まるきり居ないわけでもないのだ。
察するに、娯楽的刺激の少ない宮中で戯れに行ったものが紛れこんだのだろう。
まるで女性週刊誌みたいなことをする、と陽子は呆れつつも、好奇心を寄せてその先に目を通した。

『第四位 宰補 景麒
神獣であるが由縁の誇り高き態度と洗練された美しさが一部に大受け。
「見目麗しさといったら何をおいても景台補でしょう!」
「無駄に愛想を振り撒かす、必要以上に喋らないところがいい」
「孤高の近寄り難さが魅力。主上が羨ましい」』

――無駄に喋らないんじゃなくて言葉を知らないだけなんだが。
まず陽子は軽く噴きだし、余裕の表情で次に目を移した。

『第三位 禁軍左軍将軍 桓たい
禁中の軍部の最高峰である禁軍左軍の先頭に立つ実力と折り目正しい態度が好印象。
「高位に就いているのに奢らない態度が素敵」
「一見、強靭そうには見えないけど、実は凄く逞しい。そんな二面性に惹かれます」
「何気にお坊ちゃん育ちなところ。お世話したくなる」』

「…ふぅん。桓たいは意外と母性本能をくすぐるタイプなのかもな…」
軽く意表を突かれたように呟き、次に目を向ける。

『第二位 冢宰 浩瀚
怜悧という言葉は彼のためにあるようなもの。仁道に篤く頭脳明晰なところが数多くの女官を魅了。
「機知に富んでいてお話していて飽きません。尊敬しちゃう」
「言うことはきちんと言う、そういう物事をはっきりとさせるところが女々しくなくて好き」
「聡明さのにじみ出たお顔がえもいわれません。知的な言葉で口説かれたい!!」』

「…大人気だなぁ、浩瀚。まあ、官吏に就く女だったら馬鹿より知性のあるほうが好きだろうな…」
思わず陽子は納得する。
――しかし、宰補、禁軍将軍、冢宰と『宮廷的には華々しい』面々が続き、それ以上に目立つ人物に心あたりがない。
「意外と遠甫とか?」
適当に呟き、陽子は最後の名称を記した字面を追った。

『第一位 景王 陽子』

紙面に自分の名前を見た瞬間、陽子は椅子ごと後ろに倒れた。
「ちょ…っと待て?!『漢』ランキングだろ?!おとこッッ!!」
一人抗議に喚き、慌てて先の評価を読み下す。
順位の下には、こう書いてあった。

『――言わずと知れた我が国の主上。凛々しい面立ちと、高慢でない気さくな態度が人気を呼んで堂々の第一位に!
「雲泥の身分差があるのにも関わらず、『お疲れ様』って直接お声を掛けていただいたの。嬉しさのあまり昇天しそうでした!!」
「良く通るお声、きりりとした面差し、無駄のない立ち振る舞い…本当に女性かしら?とよく見蕩れてしまいます」
「その辺の男よりよほど漢らしくていらっしゃる。同性だとはわかっているけど、一晩だけでも共に過したい…」』

――ぱさ。
陽子の手から順位表が滑り落ちる。
「いや!!嫌だっ!!いくら何でも、こんな…こんな女子高みたいなこと…!!」
床に引っ繰り返ったまま、陽子はわなわなと震える。
「どうした?!」
「なにごと?!」
陽子が椅子ごと倒れたときに立てた派手な音を聞きつけて、鈴と虎嘯が書房に駆け込んできた。
「…な、なんでもない…」
二人は床にぶっ倒れた陽子の姿に一瞬おののいたようだが、大事がないことを知るとホッと胸を撫で下ろした。
「…あら、なぁに?これ」
鈴が床に落ちた紙に目を留める。
「――あ!!それは…!!」
慌てて奪い取ろうとしたが、それより先に鈴が拾ってしまう。内容を改める鈴の横から覗き込むように、虎嘯もその紙面を眺めた。
「……っぷ…。もてるわね、陽子」
それだけ言うと、鈴は紙に顔を埋めて声なく笑った。
「はっきり言って複雑…」
起き上がり、陽子は鈴にフテた表情を向ける。可笑しそうに笑う鈴の横では、虎嘯が落胆したような顔をしていた。
そこに、祥瓊が入ってきた。祥瓊は地べたに座る陽子を見て、瞬きした。
「やだ、陽子ったら、なに遊んでるの?」
「遊んでない!!」
「そう?…って鈴、どうして声を押し殺して笑ってるのよ?」
鈴は小刻みに肩を震わせながら紙片を祥瓊に渡す。それを受け取ると、祥瓊は内容に見入った。

「……やぁだ。これに驚いたってわけね?」
床から立ち上がり、陽子は含み笑いをする祥瓊をジト目で睨んだ。
「驚かずにいられるか。…まったく、何を考えているんだか…。大体、わたしは女なんだぞ。正真正銘の」
ブツクサ文句を言う陽子に向かい、祥瓊は言った。

「あら、私、陽子にだったら抱かれてもいいわよ?」

平然と言い放ち、次いで色っぽく笑う。――まるで『男』を誘うように。
さぁぁ、と陽子の表情が変化していった。
「ご、ごめんだ…!!」
戦闘態勢をとり、ずざっと後退る。
「百合は御免だぁぁぁぁぁっ!!!!」
宮中に響き渡るくらいの大声をあげ、陽子は書房から走り去った。
「…冗談なのに。本当にからかい甲斐がある娘ねえ…」
言った言葉が真実かどうかは定かでないが、祥瓊はおっとりと呟いてみせる。
そのやりとりの後ろで、虎嘯が軽く意気消沈していた。
「…どうしたフ?あ、自分の名前がないの見て落ち込んでるんでしょう?」
ずばりと鈴が図星を突く。虎嘯は思わず胸を押さえた。
「気にすることないわよ?虎嘯のよさをわかる人は、身近にちゃんといるじゃない」
そう言って鈴はにっこり微笑んだ。
(え?何だ?それってもしかして―――)
一度風穴のあいた虎嘯の胸が希望に膨らむ。鈴は微笑を湛えたまま言った。
「虎嘯は、部下の殿方の間で大人気じゃない。陰で『兄貴』って慕われてるの、知らないの?」
希望が見る間に萎んでいく。更に鈴は、トドメを刺した。
「この間も、『一晩で良いから兄貴と契りを…』って、誰かが言ってたわよ?」
「ち、ちがう…ッッ!!」
虎嘯は叫んだ。
「言い寄られるなら女がいいんだぁぁぁぁ!!」
そしてそのまま、駆け足で出て行く。
祥瓊はキョトンとした鈴に首を廻らした。
「…鈴…。あなたそれ、わざと?」
「え?何かいけないこと言った?」
鈴に悪気はなかったようだった。

…ちなみにこの話は鈴・祥瓊から遠甫に伝わり、遠甫から雑談として浩瀚・景麒に語り継がれる。
浩瀚はそれを聴いて失笑し、景麒は無関心を装っていた。
しかし景麒が無表情ながらに、心の中では「私も主上に抱かれたい…!!」と思っていた事は、無論、誰にも図りえる事ではない。

――金波宮の今日は、至極平和に幕を閉じた。


  つづき

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