作者:78さん  >78-81  オマケ>92-93、97-98@二冊目



静かな金波宮の夜更け。
薄暗闇に小さな呼び声が響いた。

「班渠、いるか?いたら、ちょっと出てきて」

御意、と短く返答があり、次いで床から大きな犬のような獣が現れる。
その獣に、寝台に腰掛けた女王は笑顔を向け、そして・・・

「ここ」
「・・・・・は?」

思わず間の抜けた返答を返すと、女王はいっそう笑い、寝台をぽんぽんと叩いてみせた。

「ここに来て。一緒に寝よう?」
「・・・・・・主上」
「いいじゃないか。冬だぞ?寒いんだ」

いいなあ班渠は毛皮があって・・・などとのんきに呟く女王をよそに、班渠は湧き上がる寒気を感じていた。
こんなことが自分の(直属の)主に知れたら、どうなるか知れたものではない。
しかし、女王の満面の笑顔に逆らえぬのもまた事実で。

「・・・・・・・・御意」

これも使令の勤めか。
結局、班渠は抱き枕兼湯たんぽの役を引き受けざるを得なかったのだが。
それでも彼は、陽子に「何があっても主上がとりなして下さいますね?」ときっちり確認するのを忘れなかった。
陽子が寝返りをうつ。班渠はそれに合わせて微妙に身体を移動させねばならなかった。思った以上に気を遣う仕事(?)だ。
もう何度目か、数えるのも嫌になった頃。
まどろみ中の陽子が、また寝返りを打った。班渠が彼女に向かい合うように寄り添った、その時。


緩んだ夜着の胸元に、鮮やかな赤。かなりの数だ。
昨晩景麒が刻んだものに違いない。
もっとも、人と妖魔、その種としての隔たりは大きい。班渠も特には欲情しない。
しかし、夜目にも鮮やかなそれは人の営みならではのもの。獣のそれには有り得ないものだ。
彼はふと悪戯心を起こした。
その赤い痕に、舌を這わせる。

「・・・・・あッ」

なかなか可愛らしい声だ。昨晩さんざん啼かされた、その残り火だろうか。台輔はこれに魅入られたのか、と班渠は思った。なかなか楽しい悪戯だ。
身じろぎする陽子に構わず、舌を進める。胸元が大きくはだけ、可愛らしい蕾をそっと舌がかすめた(無論、わざとだが)。

「あ、や、ああッ、んッ」
「主上、御身に何か御座いましたか。何やら奇妙な痕が・・・」
「ひあ、あッ・・・な、何でもないッ・・・ああッ」

何でもないわけはない。しかし、だからといって真相を明かせるわけもない。
まったく知らぬが仏とはよく言ったもので、その真相とやらが始めから終わりまでそっくり、床下に潜む班渠に筒抜けであることなど、陽子は知るよしもなかった。赤い痕の秘密を隠そうと、それだけで頭がいっぱいらしい。

「痣でしょうか?お怪我をなさったので?」
「そ、そうなんだ。だから・・・あぁ!」

では、これは治療です・・・と呟いて、班渠は更に舌を滑らせた。
陽子が身悶えて、絹の夜着がさらに乱れる。褐色の肌の半ば以上が露出して、獣の視界に晒された。
痕が胸元に多いのは、昨晩それだけ景麒がそこを愛したということだろう。


(あの台輔が、か・・・・・)


予王時代を思い返して妙にセンチメンタルな気分を感じつつも、班渠はさらに陽子にのしかかる。
もちろん、爪はひっこめて(彼はさりげなく、ついさっき、少ーしばかり裂け目を作ってしまった敷布を気にしていた)。
責めてくる舌の勢いが、思考に引きずられてやや鈍る。その隙にようやく息をついて、班渠の下から陽子が焦ったように小さく叫んだ。

「は、班渠。お前が、その、心配してくれるのは嬉しい。でも、大したことじゃないからッ!」
「そうは思えません。ご覧下さい、こんなに赤く・・・放置するなど、危険なのでは?」
「んぁッ!ひ、ああッ・・・や、やめてぇ・・・・」

班渠のやや固めの毛皮が、陽子の肌とこすれあう。ふと目を閉じてみると、奇妙な背徳の感が脳裏をかすめた。昨晩感じた、景麒のさらさらした金の髪の感触とあまりに違っていて、なんだか別の男に抱かれているような気がしてしまう。
しかも、どうやら自分が濡れはじめているらしいことに気づいて、夜着を引き寄せ身体を包もうとしたが、哀れ、夜着は班渠の爪に引っかかって破れ(狙って爪を出すあたり、相当の食わせ者だが) 使い物にならず。
班渠の悪戯はその後しばらく続いたのだった。


ちなみに、次の日の夜。


「主上!いったい、どういうおつもりか」
「いいだろ何だって!と、とにかく!あんなふうに痕をつけるなッッッ!!!」
「また勝手なことを・・・聞く耳など持ちません」
「やぁ、ああッ・・・け、景麒、ずるい・・・」

お前のせいで・・・と言いかけて、八つ当たりだと(本当か?)言葉を引っ込めた陽子は、床下で今日も班渠(というか使令たち)が秘め事の一部始終を傍観していることを知らない。





※おまけ



・・・・・わからない。
陽子の私室を訪れた景麒は、彼女と隣り合って寝台に腰を下ろしつつも困惑していた。
先程から陽子はやけに赤面している。

(いったい、どうなさったのか)

真意を測りかねて瞳を覗き込むと、ますます顔を赤くして陽子が目線を逸らした。
その様子に初めての夜を思い起こし、景麒は少しだけ笑う。無性に愛しかった。

(ようやく慣れていただけたかと思ったのだが・・・)

いまや寝間でそんな思考ができるほどに成長(?)した景麒。結局、彼は幸せなのだ。
床下では芥瑚が「台輔・・・ようございました・・・」などと呟いている。使令たちの存在自体は
認識しつつも、景麒もその思考までは読めない。彼らが床下やそこらで、嬉しく感慨深く主たちのささやかな幸せぶりを見守っていることなど、景麒もやはり知るよしもないのだった。
彼の思考は続く。

(最近無体をしただろうか?しかし、自覚はないのだが・・・いや、主上があのようにお可愛らしいからだ。そうだ、それがいけない・・・)


「景麒、聞いてるのか?」

いらついた様子の叱責に、景麒は慌てて(妄想から)意識を引き戻す。

「いいか、景麒。お前が、その・・・したいというなら、応じる。ただし、あれだけはナシだ!!!」
「・・・・・あれ、とは?」

まさか、前戯だけで本番はお預けとか?!

(そ、それは困る!!!)

思わず景麒は陽子を怒鳴りつけていた。

「主上!いったい、どういうおつもりか」
「いいだろ何だって!と、とにかく!あんなふうに痕をつけるなッッッ!!!」
「・・・・は?痕?」

なんだ、そういうことか。良かった・・・と安心しかけてふと気づく。
景麒としては見えるようなところに残しているつもりはない。何が気に障ったのだろう?
恥ずかしがっているのかとも思ったが、それを言うなら、それこそもっと恥ずかしいことを痕をつけまくった後にはしているではないか。

「とにかく!困るんだ、つけないでくれ!」


「・・・主上・・・・・」

明らかに挙動不審な陽子に、景麒は小さく溜息をつく。そのあからさまな態度に陽子はむっとした。
半身のこの性癖にも慣れたつもりだったが、それでも腹が立つものは立つ。陽子とて、事情が話せるならば苦労はしない。
こうなったら、最後の手段(と本人だけが信じている)だ。
陽子はびしっと景麒を指差した。

「溜息をつくな景麒ッ!とにかく痕をつけるのは禁止だ!もし、これからつけたりしたら・・・」
「つけたりしたら?どうなるのです?」
「うっ・・・そ、その余裕も今のうちだぞ!よく聞けよ。もし、痕つけたら、もう、二度としな・・・んんッ」

通告は最後まで続かなかった。
景麒が、不敵に笑って陽子の唇を強引に封じたのである。
彼はもがく肩を引き寄せて、紅の髪に指を滑り込ませた。重ねた唇と絡まり合う舌に、身体がじんわりと熱くなる。
・・・・どうやら今のところ景麒の方が優勢らしい。

「また勝手なことを・・・聞く耳など持ちません」
「・・は・・・ぁ・・・ッ」

慣れた舌技に翻弄され脱力した身体が、縋りつくようにしなだれかかってくる。抱き寄せていた肩に軽く力を込めて、景麒は陽子を褥に引き倒した。
襟元を押し開き、細い肩に唇を落とす。そのまま胸元に、その夜初めての華を刻んだ。
身体の線を景麒の指につつ、となぞられて、泣きたいくらいに感じて。すぐにも熱く濡れてきそうな身体を持て余す。敷布をぎゅっと握りしめ、陽子は身体を震わせて喘いだ。
絡めた指は互いに熱を孕んでいて、涙が零れそうになる。

「やぁ、ああッ・・・け、景麒、ずるい・・・」
「聞く耳などないと、申し上げました」
「なッ・・!お、お前のせいで・・・ッ・・・あ、あッ・・んぅ」
「もうお黙りなさい。まったく、仕方のない方だ・・・」

一つ、また一つと新たな華が刻まれてゆく。
それはとても神聖な、熱と想いと安らぎを分かち合う時間。


                        《終わり》





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