作者:257さん >375-383



「主上、また『すとれす』とやらがたまっておられるとか」
 執務を終えて正寝に戻ったところを、わざわざ追いかけてきて何を言うかと思ったら。
 景麒の言葉に陽子は顔をしかめた。
「誰から聞いた、そんなこと」
「女史です」
 そういえば、先日、祥瓊にそんなことを愚痴ったような気もする。確かあれは、下界に視察に行きたいというのを拒否された後だ。
「だが、今回は桓たいと仕合ってはいないぞ」
 以前、ストレス発散のために手合わせをして、景麒にさんざんイヤミを言われたのを思いだし、陽子は小言の種を潰そうと先回りした。
「それは当たり前です。主上ともあろうお方が、軽々しく仕合なぞなさるものではありません」
 間髪入れずにこういうセリフが出てくるあたり、この麒麟は本当に人の神経を逆なでするのがうまい。
「……言っておくがな。私のストレスの半分以上はお前のせいだぞ?」
 その言葉に景麒はわずかに怯んだ。陽子はおや、と眉を上げる。
 さぞ心外な、という表情――ほとんど感情を表に出さない彼の、ほんのわずかな表情の違いを、いつの間にか陽子はわかるようになってしまっていた――をするのだろうと思っていたのに。
「やはり、そうなのですか?」
 沈んだ声――これまた、彼をよく知っているものでないとわからないような――で言われて、いささか陽子は慌てた。
「い、いやその、ストレスというのは別に日常生活でもたまるものだし、お前がそう言う奴だってのは最初からわかってるし」
「主上」
 フォローにもならないようなことを口走る陽子に、景麒はずいと詰め寄った。
「私が原因であるのならば、私が責任を持って発散いたしましょう」
「……は?」
 景麒の言葉を陽子が理解できないでいるうちに、眼前に白皙が迫っていた。
 思考停止。
 唇に温もりを感じる。何か柔らかなものが自分の唇をふさいでいる。
 数瞬たって、それが景麒のものだと気がついた瞬間、陽子はパニックに陥った。
「な」
 何をするんだと言いかけて開いた唇に、景麒の舌が入りこんでくる。
「ん……ぅっ」
 知識はある。だが、厳格な父に育てられた陽子にディープキスはおろかフレンチキスの経験すらなかった。
 混乱と羞恥にわななく口中を、麒麟は優しく、しかし容赦なく蹂躙する。
 舌を絡め取られ、吸われ、歯列をやわらくくすぐられる。
 やがて陽子の体に未知の感覚が走り出した。
(なんだ、これは……)
 唇が熱い。その熱は体中を巡って、奥の方からより熱い何かを連れてこようとしている。
 見知らぬ感覚に陽子が気を取られていると、不意に体が宙に浮いた。
(うわっ!)
 背中からふわりと臥牀に着地して、陽子は自分の状況をようやく理解する。これはつまり、いわゆる”押し倒される”という奴ではないだろうか。
(ちょっと待てーーーーーーっ!)
「な、何をする気だ、景麒!」
 ようやく抵抗することを思い出して、陽子はジタバタともがく。だが、この期に及んでもどうも現実感がついてこない。
 何しろあの景麒である。本性は麒麟ということを差し引いても、このような欲望があるとも、そもそも興味をもつとすら思えなかった。
 ゆえに、抵抗にもいまひとつ真剣味が欠けてしまう。
「お、お前、何か悪いものでも食べたんじゃないのか?」
「そのようなことはございません」
 我ながら間抜けた質問をしたものだと思ったが、相手は生真面目に返答を返してくる。
 こういうところが景麒だよなぁなどと、いささか逃避気味に感心しているとふたたび口付けられた。
「……んんっ…………ぁっ」
 先ほどの感覚が甦る。背筋をピリピリと何かが走り抜けていく。その気持ちよさに、思わず陽子は声を上げた。
「主上……」
 自分を呼ぶ麒麟の声が、どこか嬉しげに思えるのは気のせいだろうか。
 恥ずかしさに顔を背けた陽子に無理強いはせず、今度は景麒は首筋に唇を落とした。
「ひゃっ!」
 新たな刺激に、陽子はのけぞった。
「あ……ぁ……」
 きっちりと止められていた襟元はいつの間にか大きく広げられ、景麒の唇はゆっくりと下に降りていく。時々、強く吸われ、その度ごとに陽子は身もだえた。
「ん……あ、ゃぁっ!」
 景麒の手が胸に触れた。細いけれど、骨張った大きな手の感触。
 ――男の手だ。
 そう意識した途端、陽子は全身がかっと熱くなるのを感じた。常に自分と共にある半身。だが――あるいは、だからこそ――彼の性別を意識したことなど、今まではなかった。
 気がつけば長袍の帯が解かれ、衫だけになってしまっている。
 女王でありながら、男性士官用の袍を好む陽子であるが、この時ばかりは後悔した。
 何しろ男性の袍は重ねが少ない。いや、多く重ねる者もいるのだが(高官であればあるほど、それが当然であった)、陽子はたいていの場合において簡素な服装を好んだ。
 おかげで、上は今身につけている衫が最後の砦である。
 しかも、蓬莱で言うところの薄物のブラウスのような衫一枚では、直接触れられているのとさほど変わらないように、陽子には思えた。
「け…き……景麒……ぁっ」
 いたたまれないような恥ずかしさに襲われて、陽子は景麒を引き剥がそうとした。
 だが、実際にできたことと言えば、彼の名前を呼ぶことだけ。体はすでに、言うことを聞かなくなっていた。
「ゃ……んっ……ふぁっ!」
 ゆっくりと降りていた景麒の唇が一度離れ、衫の上から固くなりかけていた胸の先端を捉えた。
 今までとは段違いの刺激が、陽子の体に送りこまれる。
「景麒、そこっ……ああっ」
 乳首を舌の腹で転がされ、自分でも聞いたことがないような甘い声が漏れた。
 もう片方の乳房は、相変わらず景麒の手に捉えられ、優しい愛撫を受け続けている。
「あ……ぁんんっ、ぁぅっ……ふ……っ」
 2ヶ所からの刺激に、陽子は切なく体を揺らす。
 顔が熱い。体が熱い。チリチリと肌が泡立って、衣の擦れる感触にさえ感じてしまう。
 ふと刺激が止んだ。安心しかけた陽子は、次の瞬間、体を引きつらせた。
 合わせが広げられ、直接、景麒が触れてきたのだ。
「やあぁぁぁぁっ」
 衫一枚でも、あるのとないのとでは大違いだということを、陽子は知った。
 すべてあますところなく感じてしまう。
 優しく、強く、胸を揉みしだく景麒の指を、先端を甘噛みする景麒の唇を、肌の上を滑る景麒の吐息を――…。
「あ、あっ……ふぁぁっ」
 無意識に陽子は膝をすりあわせる。体の奥が熱い。自分ではわからない、どこか別の部分が刺激を欲しがっていた。
 陽子の動きに気づいた景麒が、手を下へと滑らせた。
「あ、やだっ」
 一瞬、理性の戻った陽子が抵抗する。それを無視して、景麒は腰帯を解き、乱れた裙を取り払った。
 むき出しになったなめらかな太股に手を添えると、ぶるりと陽子の体が震えた。そのまま内側をなで上げようとしたが、陽子は両足を固く閉じて、景麒の指を拒む。
「……主上、お力を抜いてください」
「いやだっ」
 頬を真っ赤に染めて陽子は逆らった。
「相変わらず頑固でいらっしゃる……よろしい、では」
「あっ、ああぁぁぁ……――――っ」
 突然、胸を強く吸われて陽子は惑乱した。同時に形を変えるほど乳房を揉まれる。これまでの愛撫とは違う、強すぎる刺激は陽子の理性を奪うのに十分だった。
 力の抜けた膝を簡単に割って、もう閉じられないように景麒は自分の身を滑りこませた。中心に触れると、下着の上からでも熱い滴りが感じられる。
「……濡れておられる」
「ば、ばかっ」
 陽子は両腕で顔を覆った。自分の体の反応を言葉にされ、羞恥にますます体が熱くなる。
 景麒本人はそうとは意識してないようだが、彼に翻弄されているようなのがどうにも悔しい。
「ぁあ!」
 景麒の指が下着の内へと侵入する。思わず、陽子は景麒の肩を掴んだ。
「そ、そこはっ……ゃぁっ、ああぁっ、んぅ……っ」
 長い指が襞を探り、なぞりあげる。その動きのすべてに陽子は反応した。自分の体が自分の意志ではなく、景麒に――景麒の与える刺激に支配されているかのようだ。
「あふ、ぅぅんっ、ふぁ、あ、あ、あ、……ひぁっ?」
 陽子の腰が跳ねた。突然、強い快感の電流が流れたのだ。
 景麒もそれに気づいた。反応の強かった部分をもう一度探ると、そこには小さな突起があった。
「や、だめ、そこはぁぁぁあああっ」
 指先でそれをくすぐるようにすると、思いがけず激しい反応が返ってきた。全身が反り返って、手は景麒の肩を痛いほど掴んでくる。
 そこが女体の急所のひとつだと知らぬまま、陽子の反応に導かれるようにして、景麒はそこを攻め続けた。
「ゃ、やだ、景麒、そこ、あ、あ、あ、や……ああああああああああああっ」
 何かを拒絶するように、首を振り続けていた陽子がひときわ高い声を上げた。背中が完全に浮き上がるほどに体を固く緊張させたかと思うと、突然、脱力して臥牀に沈み込む。
「しゅ、主上?」
 いささか慌てて、景麒は陽子の顔をのぞき込んだ。
「いかがなされたか?」
 いかがも何も、そんなこと説明できるはずがない。
「……ばか」
 陽子に見つめられて、景麒の動きが止まった。潤んだ瞳、上気した頬、紅く色づいた唇……。
「景麒……? んぅっ」
 乱暴と言えるほどの勢いで、陽子は景麒に唇を奪われた。
「んふぅ、うっ」
 舌を絡め、深く深く口づけてくる。呼吸すらも奪うほどに、景麒は陽子をむさぼった。
 やがて陽子もおずおずとそれに応えだす。
 ようやく2人が離れたときには、互いにすっかり息が上がっていた。
「景麒……」
 陽子の呼びかけには応えず、景麒は無言で衣服を脱いだ。
 そそりたつ男のものを見てしまって、陽子は慌てて目をそらす。これから……と考えると、体の中を甘い痺れが走り抜けた。
 恐怖はもちろんある。けれども、今はそれを上回る感情があった。
 自分の上に重なってきた景麒を抱きしめる。触れ合う素肌が気持ちいい。すでに下着は取り払われ、陽子もまた、生まれたままの姿になっていた。
 自分の半身。誰よりも近くて、誰よりも憎たらしくて、誰よりもいとしい――……。
 はた、と陽子は閉じていた瞳をみはった。
「ま、待て景麒」
 今まさにというときにかかった制止の声に、景麒はあからさまに憮然とした顔になった。
「……何か?」
「やっぱりダメだ!」
「この期に及んで何を今さら」
 構わず、景麒は腰を進めようとする。それを必死になって陽子は止めた。
「だ、だめなんだ! だって血……」
「いいえ」
 陽子の言葉を、景麒は途中で断ち切る。
「もはや止まりません」
 くちゅり、と先端が蜜壷に入りこむ。
「ぁっ……だめ、けい…………あぁ――――――――――っ!」
 満たされる喜びに体が震える。けれども次の瞬間には激痛が陽子を襲った。
 指を入れたことすらない場所である。一度達して十分に濡れているとはいえ、男を受け入れるにはきつすぎた。
「い、ぁ……け、いき……っ」
 痛みに顔を歪めながら景麒を見れば、相手もまた顔をしかめている。
「だ、いじょうぶ、か……?」
 景麒の頬に苦笑が浮かんだ。
「普通、そのような言葉は男が言うものでしょう」
 陽子の体から、血の匂いが立ち上る。なるほど、これを心配されていたかと景麒は納得した。
「私を戦場に連れて行かれると思えば、このような些細な心配をなさる。まったく、あなたというお方は」
「だ、だって……ぁっ」
 陽子の中で、景麒の物がさらに固くなった。
「恨みのない血であれば、さほどには障りません。ご心配は無用です」
 陽子の耳に、ごく小さな声で景麒が囁く。ひどく甘く感じられるのは、自分の願望だろうか。
「それより、主上は」
「お前っ、だいじょぶ……なら、わたしも大丈夫、だ……」
「では、残りをおさめてもよろしいか?」
「っ! まだ全部じゃなかったのか」
 真面目な顔で景麒は頷いた。何しろ狭くて、少しずつしか進めない。
「……いい」
 唇を引き結んで、瞳に涙を浮かべて。痛くてたまらないだろうに、それでも自分に許しを与える陽子の姿が愛しい。
「……お許しを」
「っ、ぁ……っ!」
 どれほどの痛みを堪えているのか、陽子の体が引きつるように震えた。だが、その唇から声はでない。
「唇が切れます。我慢されずに、声をお出しなさい」
 だが、景麒にそう言われて素直に聞くような主人ではない。
 ため息を吐くと、景麒は陽子の顎を持ち、無理矢理に開けさせた。指一本分の隙間ができたところで、すかさず人差し指を差し込む。
「っ?」
「噛まれるのならばどうぞ私の指を」
 あなたの痛みを、私にも分け与えてください――。
 しかし、そんな景麒の心とはうらはらに、陽子はけっして彼の指を噛もうとはしなかった。
「う、あ……あああっ、あっ、あ、あ……っ」
 開かれた唇から、とめどなく声がこぼれる。自分を傷つけることよりも、あれほど嫌がった声を出すことを陽子が選んだのだと知って、景麒は胸が熱くなった。
「主上……っ!」
 景麒の動きが激しくなる。ようやくおさめたものを引き抜き、一気に突きいれる。
「ひゃぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」
 陽子が悲鳴を上げる。だが、景麒はなおも動き続けた。
「あ、ああっ、あぁぁああっ」
 もう陽子は何もわからなかった。ただ、景麒に揺すぶられるまま、声を出し続ける。
「景麒、景麒……っ」
 うわごとのように麒麟の名前を呼ぶ。自分に痛みと熱を与える相手の名を――。


 じんじん痛む腰を押さえ、臥牀に横たわる陽子の隣で、景麒はすっかり恐縮しきっていた。
「申し訳ありません、手加減ができず……」
「いや、いい……」
 力なく答えて、陽子は微笑む。
 ――こいつでも我を忘れるなんてことがあるとわかっただけでも収穫だ。
「それより景麒、最初におかしな事を言っていたな。ストレス発散とか何とか……」
 褥にひじをついて、陽子はどうにか体を起こし、景麒と目線を合わせた。
「主上、どうぞ、そのまま……」
「いいから答えろ」
 重ねて強く求められ、景麒は口を開いた。
「何でも、すとれすとやらは、あまり溜まっていると気鬱が高じ、ついにはお体さえも悪くしてしまうほどの病気だとか。ですから、発散させることが非常に大事だと……」
「ほほう、よくわかってるじゃないか」
「かといって、主上に仕合などといった危険な真似をお勧めするわけにはまいりません。どのようにすればよいかと悩んでおりましたら、すとれす発散にはこれが一番だと教えていただいたのです」
「 誰 に だ ? 」
「延王です」
 ばふっと、陽子は褥に顔を落とした。
「しゅ、主上!? いかがなされた」
「……ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
 慌てる景麒の耳に、地の底から響いてくるような声が届いた。
「しゅじょう……?」
「そうか、延王が……」
 顔を上げた陽子は、にこやかに笑っていて、景麒はホッと胸をなで下ろす。
「はい。延王はやはり胎果であらせられるので、蓬莱の病のことには詳しく――」
 陽子につられたように、珍しく微笑みなどを浮かべる景麒を前に、陽子は心中密かに決意を固めた。
 延王許すまじ。
 この借りは、絶対に返す!!
 このことが、『黄昏〜』での陽子の延王イジメにつながったかどうかは、定かではない。

―どっとはらい―




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