作者:361さん >361、365-367、373-377@2冊目
伝え忘れた書簡を持って景麒は主人の部屋に向かう。
「主上、居られますか?失礼します」
景麒は主人の私室の前で無礼を断り、堂室に入った。
「如何かしたのか」
堂室の奥、臥台の近くの長椅子に陽子は腰を下ろしていた。
夜着に軽い薄物と、肩には綿布を掛けたその姿は湯上り直後、と云う姿そのもの。
半乾きの長い髪を綿布で拭いながら、陽子は下僕を見遣った。
湯浴みの後だったか、と景麒は薄い表情の下で拙そうに思う。
花湯の甘い香りが、ふ、と鼻腔を擽って景麒は落ち着かない気分になった。
「いえ。今日中に御目通し頂きたいものを一つ忘れておりまして」
心中の動揺を億尾にも出さない景麒を陽子は不審がる事もせず、
「何だ。意外とそそっかしいな」
とただ微笑った。
―――時にこの方は思い掛けないほど稚く御微笑いに成る。
それを見る度に思わず抱き締めてしめてしまいたい、と思っていることなど、彼女は知らない。
陽子は微笑のまま景麒を呼ぶ。
「まあ座れば?―――で、どれ?貸して御覧」
「…失礼します…」
景麒は湯上り姿の主人を成るべく視界に入れないように近付き、横に座ると陽子に書簡を渡した。
陽子は書簡を受け取り、読み下していく。―――その姿を見ないように、とは思いながらもチラチラと瞳が主人を追ってしまう。
軽く組み躱した容の良い脚が、着物の合わせから膝頭を覗かせている。その下の艶やかな肌―――。
目の遣り場に困って、景麒は視線を上に逃がす。しかし、逃げたつもりが更に困ってしまう事を、後で知る。
視線は膝上から緩やかな線を描く腰に昇り、突如、熱気を逃がす為か緩く開かれた襟元に奪われた。
襟足から伸びた項の線が如何にも艶かしく鎖骨に下り、着物の下に続いている。
「―――なあ」
「は、はい?!」
突然呼びかけられて、声が裏返ってしまった。
視ている事に気付かれたか、と景麒は僅かに慌てた。
「何だよ、そんなに驚く事も無いだろう」
陽子は何処か不安定な景麒に気付かず不平を口にすると、
「―――それより、これ。読めない」
と言った。視線に気付いた訳ではなかったと安堵し、景麒は「どれですか」と言って主人に近付いた。
「この部分なんだけど―――」
陽子は言い、髪を掻き揚げて景麒の方へ身体を向き直す。その時、ふわりと空気が動いて、甘い香りが鮮明に伝わった。
不意に動悸が速くなる。―――景麒がその瞬間を意識した時には、もう遅かった。
眼前にあるあどけない少女の貌と、ふっくらとした唇。小さな頭を支える細い首と、その下に続く意外に華奢な肩。
薄い夜着は発育途中で止まってしまった割に、豊かな胸の膨らみを如実に描いている。
「…おい、聴いているのか」
姿態から目を上げると、其処にはやや機嫌を悪くしたような主人の顔があった。
湯にあたって上気した頬と、やや気怠げな目元が可愛らしくも婀娜っぽい。
紅い髪からぽたり、と雫が落ちて下肢に染みを作る。―――目前の一つ一つから瞳が離せなくなっていた。
―――無理矢理にでも、今すぐ自分の物にしてしまいたい―――。
襟中の欲望に火が燈った。
「景麒?」
景麒の異変を察しない陽子は怪訝な貌で下僕の肩に手を掛ける。
触れられた瞬間、景麒は身体の血が騒ぐのを感じた。
―――駄目だ。
景麒は掛けられた手を逆に掴んで強く陽子を引き寄せ、無防備な唇を奪う。
陽子の手元で広げられた書簡がばさり、と音を立てて床に落ちた。
「―――?!」
予期せぬ景麒の行動に、陽子は動揺する。反射的に自由な左手で景麒を押し遣って唇から離れさせた。
「ちょ、まっ…。いきなり何を―――」
景麒は狼狽する陽子を無視して、力付くで懐中に収め、顎に手を掛けて言葉を封じる。
次第に触れるだけのキスから、より深くを求めて舌で閉ざされた少女の唇を抉じ開け、滑り込ませた。
「んんっ…」
くぐもった声が陽子の唇から洩れる。抵抗しようとして何とか景麒を押し戻そうとするが、 封じる景麒の力の方が強かった。
景麒はそのまま自由も利かないほど舌を絡ませ、逃げ場のない口内を弄る。
「…ん……ぁあ…っ…ん」
深い口付けを繰り返す内、陽子は敏感な部分をなぞる景麒の舌遣いに、意識を跳ばされかける。
朦朧とする意識とは対照に、じんわりと湯あたりとは違う火照りが拡がり始めた。
くたり、と抵抗する腕から力が抜ける頃、景麒はそっと主人から唇を離した。
力を失った陽子の瞼が緩く持ち上がり、上目遣いに景麒を見詰める。
腕の中でとろけたように熱っぽい瞳でぼんやりと自分を見上げる主人の貌を見た瞬間、 景麒はもう如何しようもなくなっていた。
熱に浮かされたように忽然とする陽子の首筋に顔を埋めるように近付き、耳の裏に口をつける。
冷えた鼻先が火照った肌にあたり、ぴくりと景麒の懐中で少女が震えた。
「ん…っ駄目…!!」
唐突に始まった愛撫に正気を戻した陽子は、焦って景麒を遠ざけようと身を起こす。
如何してこうなったのかは解らないにしろ、景麒が自分を求めている事は理解出来た。
ただ、これからする事には動揺しか生まれない。
「ま、待って…!!まだ、こころの準備が…っ」
羞恥に頬を染めて見上げる陽子の視線が、言葉とは裏腹に、ぞっとするほど蠱惑的で欲望の火を煽る。
「―――貴女を抱きたい」
景麒は強く主人を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「…密かに御慕い申し上げておりました。臣僕の身でありながら主上に傾倒する暗愚を御許し下さい。
…しかしわたしは、ずっと、貴女に触れたかった。貴女を独占したかった。貴女が欲しくて、欲しくて仕方がなかった。
―――…わたしを御厭いでないなら、御情けを下賜さい…」
哀願するような声色を残し、景麒は陽子を堅く抱き締める。
「……卑怯だ。この状況でこんなこと…っ。そんな言い方されたら…」
―――拒めないじゃないか。
陽子は語尾を噤んで答える代わりに、躊躇いながらもゆっくりと景麒の背に腕を廻した。
「―――許して下さいますか」
「……―――うん…」
景麒は縋り付いてくる陽子の顔を上に向かせ、そっと触れるだけの口付けを落としていく。
額、瞼、頬を通って最後に開きかけた唇を吸い、舌下に舌を潜り込ませた。
「―――ん…」
先刻の荒々しいキスとは打って変わって穏やかに舌を絡めると、景麒の背を抱える陽子の腕が応えるようにぎこちなく上に昇り、 その白い首筋を抱え込んだ。それを合図に景麒は陽子から唇を離すと、脇下を持ち上げるように陽子を擁き抱えた。
「ひゃ…っ」
突然の浮遊に意表を突かれた陽子は軽く目を開いて驚きの声を上げた。
―――何と愛らしい。
普段は見せないような陽子の少女らしい表情に、景麒の鼓動は高鳴り、身体の中心から熱が昇る。
近くに主人の臥台があるにも関わらず、長椅子から立ち上がろうとしないのは、これからする行為に少し後ろめたさを感じた所為と、 それより早急に彼女と身を重ねたいと思う欲望からだった。
景麒は陽子に緩く脚を開かせて立膝をつかせる。あまり深さのない長椅子の上で、陽子は支えを求めて景麒の首に腕を絡めた。
主人の細い首に手を這わせて抱き寄せると鎖骨のくぼみに口付け、胸元までついばむようにキスを降ろす。
時偶、気紛れに強く吸い上げると、首筋に縋り付く陽子の指先に力が篭った。
抱き締める少女は躯を微かに震わせ、瞳を閉じて途切れがちに息を吐いている。
「主上…」
今にも泣き出しそうに身を縮ませる主人に気付き、景麒は主人を呼んだ。
「違う…」
陽子は愁眉を寄せて自分を見上げる下僕に首を振ると、
「…その、わたしは、こう云う、事…。――だから、如何したらいいか解らないんだ」
と言った。景麒は陽子の頬に手を伸ばし、輪郭をそっと包み込んで安心させるように微笑んだ。
「案じずとも、大丈夫です。――御身を御任せ下さい」
「…うん…」
陽子は景麒の頭をきゅっと抱き締めて、額に接吻を与えた。その許しに応えて主人の躯に再び口を付け、顔に触れた手を項に這わせる。
緩んだ襟首から差し入れ、胸元を優しく押し拡げると、景麒は露わになった肌に舌を這わせた。
「ぁ…」
ぴくりとまた一つ、少女の躯が震える。
景麒は肌を舐め上げながら陽子の夜着の腰紐をするりと解く。すると薄手の着物は簡単に前を崩した。
隙間から手を差し込み、一気に肩から衣を落とさせる。夜着は折り曲げた肘で落下を止め、陽子の身体に残った。
景麒は片方の手で陽子の身体の線をなぞりながら、もう一方の手で自らの着衣も乱していく。
「ひぁ…ッ」
舌先で乳房の先端を擽ると、陽子はびくりと大きく身を震わせた。陽子が刺激から逃がれるように身体を引こうとする素振りを見せるので、景麒は陽子を強く引き寄せ、逃げられないよう距離を無くす。
逃げ場を奪われた身体は、初めて受ける愛撫の一挙一動に大きく揺らいだ。
景麒は陽子の柔らかい乳房を弄りながら、もう片方の突起を強く吸い上げて、転がすように口に含む。
舌先で擽るたびに、戦慄きが強くなった。
「あぁ…や……、ぁ…っはぁ…ッッ」
上肢を愛しながら、つつ、と下肢に向けて指先を滑らせる。それが下腹部に触れた時、陽子は大きく弓なりに背を逸らし、甘い声を上げた。
「あん…ッ!」
嬌声に景麒が顔を上げると、陽子は顔を耳まで赤くしてその顔を見返す。
「…御免。其処、弱くて…」
――如何やら身体の敏感な部分らしい。
景麒は微笑する。
「いえ。御可愛らしい」
え、と、陽子は一瞬意外そうな顔をし、次いで軽く口元を膨らませた。
「ばか」
その拗ねるような仕草が欲望をそそり、身体が昂ぶった。
――― 一秒でも早く繋がりたくなってしまった。
景麒は手の平を、油断した陽子の内腿から秘部に滑り込ませる。
「――や!待ってッ…あ、っぁああっ…」
薄く露の乗った花弁を軽く摘み、強弱を付けて優しく揉み上げると、細い腰からがくりと力が抜けた。
崩れ落ちないよう、景麒は陽子の肢体を支え、愛撫を続ける。指は深くを求めて、中に入り込んだ。
「っあ!!ぁああんッ」
温まった内壁が冷えた指先に驚き、陽子は甲高く声を上げた。
「―――少し、御辛いですよ…?」
景麒は陽子の耳元で囁き、返事を待たずに細い指でじっとりと濡れた内部を弧を描くように掻き乱した。
「んぅ…ッだめ、けい…きっ」
指の動きに、内部の熱が高まる。
「あ、や…ぁ、ああ…ぅはぁっん…っ」
男を知らない肢体は芽生え始めた快楽に意識を盗られ始め、官能に犯されていく。
理性を揺さぶられながらも、陽子は落ちきっていない景麒の着衣を握り締め、咽喉元からせり上がる声を必死で抑えた。
自我を手元に残しながら淫楽に堕ちつつある主人の姿が堪らなくいとおしい。
景麒は悪いとは思いながらも、その凄艶に色めく貌がもっと見たくなって秘部を更に奥深くまで探り、敏感な部分を刺激した。
「や…っ!―――あ、そんな…ぃひぁ…ッ!!景麒…ッッ」
悦びに咲く花から蜜が溢れ、内部がぴくん、ぴくん、と疼き始める。膝ががくがく震えて、陽子はもう自力で自分を支えきれなくなってきていた。
「ァ…はぁ…んんっ…」
躯を大きく仰け反らせ、熱い息を吐く。
陽子は法悦に意識を混濁させながら、短く荒い呼吸を繰り返し、潤んだ瞳で景麒を見詰める。
涙を湛えた翡翠と目が合った時、景麒は自制を外した。
「主上…っ」
指を引き抜き、濡れた指先を敏感と言われた下腹部に滑らせる。その拍子に陽子の膝から力が抜けた。
崩れ落ちるのに合わせて、蜜の滴る女陰に自身を這入り込ませる。
一瞬の空白の後、衝撃が陽子の身体を駆け抜けた。
「っふぁあぁぁ――――………ッッ!!」
急速に熱と痛みが拡がり、内部を焦がす。
「ぁああっ!痛ぁッ!あ、あ、ああ駄目ぇぇっ…!!」
堪えきれない痛みに涙が零れて、陽子は苦悶に悲鳴を上げる。
透明の雫を落としながら啼き声を上げる姿を可哀想に思ったが、それでも景麒は自身を抑える事が出来なかった。
「御許しを―――…」
せめてもの贖罪に景麒が頬を濡らす涙を吸い上げると、陽子は泣きながらそっと景麒の顔に手を伸ばした。
苦しいだろうに、少し微笑んで許すように頷く。また一つ、翡翠の瞳から雫が零れた。
「―――いい…よ、おいで…」
「主上ッ……!!」
景麒は愛しい想いそのままに、細い腰を抱き、更に奥まで突き上げた。
「んぅ…ッ!!あ、ぁはあ…っやあぁ…ぁッ」
次第に痛みに変わって快感が首を擡げ始めた。
互いの動きに生じる刺激が互いを高めさせる。
陽子の中で治まっていた疼きが勢いを増して引き起こり、景麒に絡み付いていく。
転がり落ちるような速さで快楽の波が押し寄せ、身体の中で意識が溶け合っていった。
陽子は咽喉の奥から極みの嬌声を迸らせる。
「あ、あぁぁぁッ!!や、もぉだめえぇ…っ!!!!」
「っ…しゅじょう…ッ!!」
極みの収縮で纏わりつく熱と圧力に呑みこまれ、景麒は理性を解き放った。
内部に吹き上げる熱を感じ取ったのを最後に、陽子の全身から力が抜ける。
景麒は墜落するように倒れ込む少女の身体を受け留め、固く抱き締めた。
意識を無くした少女を膝に抱えあげ、景麒はその身体ごと自分の服で包み込んだ。
乱れてほつれた紅い髪を優しく梳き上げ、額に口付ける。
―――ひどい事をしてしまった。
止め処無い愛しさと罪悪感で胸が一杯だった。
「…ん。景麒…」
「御気付かれましたか?」
景麒の腕の中で、陽子はとろんと瞳をまどろませる。
浮かない貌の景麒をぼんやりと見詰め、陽子は小首を傾げた。
「…なんでそんな貌してるんだ…?」
「―――申し訳ありませんでした」
「何故謝る?」
「抑えるべきものを乗り越えて、強制的に想いを遂げました。
主上の御心も考えずに、勝手な振る舞いを―――」
「如何して?わたしは、嬉しかったよ」
景麒は瞠目して懐中の少女を見詰める。陽子はふわりと微笑し、
「お前だったら全てを許してもいい、と思った。
こんなわたしを愛してくれる、お前の気持ちが嬉しかった。だから身を委ねたんだ。
―――わたし、『厭だ』なんて言ったか?」
と言った。景麒は僅かに主人を見詰め、小さく首を振る。
「だろ。だから、そんな貌するな」
「主上―――」
愛しむように名を呼び、景麒は陽子を抱き寄せた。
「―――なあ」
陽子は体重を傾けながら、景麒に呼びかける。
「矢張りこれは罪だろうか」
景麒は返事に窮して押し黙った。
――主従を超えた関係で結ばれると云う事は、咎に値する。
これも解っていて黙っていた。
沈黙を肯定と捉え、陽子は顔を上げた。そして艶然とした微笑を浮かべる。
「ならば、わたし達は共犯者だ」
美しさに艶かしさを身につけた少女は、戸惑う下僕に手を伸ばした。
「秘密の関係、しようか?」
―――これは、二人だけの秘密。他の誰でも無い、主人と、自分だけのもの。
沸き立つような歓喜に破顔し、景麒は差し延べられた手を取って指を絡ませた。
「―――はい」
二人は背徳に微笑すると、誓うように口付けを交した。
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