「星影のさざ波」
作者4933さん
星々の密やかなおしゃべりに花咲く夜更け。
遥か天上界の数多の瞳は地上のすべてを見つめていた。
彼等の近頃の関心ごとはもっぱら戴国の麒麟の事だった。
はたして見つかる事か否か。
星星がひそひそと話し合っている最中、それまで暗闇だった弧琴斎の中からすぅっと月のような灯火が漏れ出した。
それを見た星たちは、そこから現れた語り部達の言葉を聞き漏らさない様に一斉に声を潜めた。
「あーあ、また見つからなかったわね。蓬莱には居ないのかもしれないわね。」
少女はねぇと続いて光の中から出てきた少年に声をかけた。
「そうですね・・・。でも、他に探す当てもありませんし・・・。」
答えたのは、さらにその後から出てきた18歳くらいのたおやかな女性だった。
「泰麒は蓬莱のお生まれですから・・・。」
見つからない事がよほど悔やまれるのか、最後に出てきた男はうつろな目をしていた。
初めに話しかけられた少年はふぅと息をつくと、椅子に腰掛け、手を組んでそこに顎を載せた。
「もう一度、今度はもっと丁寧に探してみよう。あっちは交通機関も発達しているからな。どこかで入れ違ったりしているかもしれない。」
一瞬、地図を広げようと手に取った。
だが、自分も他の3人ももう限界が近い事を思い出して、一旦、出した手を引っ込めた。
「取りあえず休憩しよう。景麒は州候の仕事もあるし。廉麟も廉王に文を送る時間が必要だろ?」
二人が去っていった後、なぜか最初に発言した少女だけは残っていた。
この少女、氾麟、にはどうも子供っぽい所が抜けない。
そんな彼女は何か自分にも言ってほしいと思っているのだろうと六太は直感した。
「・・・・・・お前はお肌の為にでも寝ろ。」
ぞんざいな言い方に氾麟は愛くるしい口をへの字に曲げ眉間にしわを寄せる。
「そういう六太は、なにするつもり?」
「何にもしないをするつもりだ。」
憮然とした氾麟は「そう。」と言い残してとっととその場を去ってしまった。
その姿が消えるのを見送ってから六太はそっと地図を広げはじめた。
蓬莱で買ったペンを握り、古い記憶と新しい記憶を吟味しながらあちこちに文字を書き連ねたり記号をつけたりする。
ふと六太が顔を上げると、部屋の隅に置いてあった壺の影に寝室に向かったはずの氾麟がいた。
「な、何やってんだよ。」
驚きつつも呆れたと言わんばかりに声をかけた。
「・・・何にもしないなんてしてないじゃないの。」
氾麟は頬を膨らませて、ツカツカと六太の傍に寄ってきて、ぱっと六太の胸に飛びつくと、上目遣いでぐっとねめつけた。
「・・・あ・・あのな。」
そして、氾麟はちょっとだけ伸びをすると、六太の首に腕をまわし、優しく愛撫する様に何度か唇を吸った。
「んっ・・・ま・・待てよ、小姐!人が来たらどうする!?」
六太は、はわはわと慌てて氾麟の肩を掴むと、ぐっと引き離した。
「あの二人ならしばらく来ないわよ。」
「いや・・・陽子とか。李斎とか。」
「じゃ、私の部屋でする?」
それだけはごめんだった。あの部屋には氾王もいたのだった。相手が寝ていればいい物の、もし見つかったら大事だ。
「六太の部屋はいやよ。尚隆がいるもの。」
六太だってイヤだ。尚隆の事だから参戦してくるに決まっている。
「だから。ね?続けましょう。」
そう言って六太の腰に股がってきた。
「だめだ。こんな時に、こんなトコで。」
それを聞いて氾麟はふぅと息を吸い込んだ。
「こんな時だからするの!だって、六太ったら最近、ちっとも眠ってないじゃないの!」
言われてみれば確かにそうだった。ここ数日、妙に目が冴え、深夜でもふらふらと起き出しては地図を眺めたり、蓬莱に行ったりしていた。だが、それは他の麒麟達もほとんど同じだ。
「でもな・・・・・」
そう言いかけて黙りこくってしまった六太の頬を氾麟はそっと撫でた。
「六太が辛いと私も辛いの・・・・・・・・・・」
先ほどとは打って変わって、しおらしく心配そうに見つめてくる氾麟の顔を六太はじっと見た。そして、意を決した様に氾麟の細くくびれた腰をぎゅっと抱きしめると、長椅子に押し倒し、今度は六太からそっと唇を重ねた。
「誰かに見つかっても文句言うなよ。」
氾麟はにっこりと微笑むと、「はい」と朗らかに答えた。
それを聞いて六太はもう一度、口付けをした。氾麟をしっかりと抱きしめたまま貪りつく様に衣服を乱し、露になった白く滑らかな肌に花の足跡を着けていった。
然るべき場所まで到達すると、六太はそれまで自分の体に絡み付いていた氾麟の足を一旦離し、ぐいと押し広げた。
「あっ!痛ぁ!」
「お前、本当に体硬いな。この前行った通り、風呂上がりに柔軟体操してるか?」
「・・・お酢も飲んでるわよ。」
惚けていても言う事はちゃんと言う氾麟の気丈さに六太は呆れた様に笑った。
「それじゃ、続けようか。」
六太は氾麟の薄く茂る丘に優しく触れ、そのまま谷間に指を滑り込ませた。すぐには中に入れず、焦らす様に感じる点を微妙にずらして弄った。
「・・んっ・・・、・・・・ぁア・・」
氾麟は快感に神経を集中させる様に、目を閉じ、体をくねらせる。
とろとろと溢れ出す透明な蜜は甘く香り、ぐちょぐちょと卑猥な音をたてる。そして、とうとう最初の絶頂に達した氾麟の嬌声が、依然、周囲を気にしていた六太と外の世界の間に薄いカーテンを下ろした。
「小姐。」
六太は氾麟の足の付け根から顔を離し、よじ上る様に覆いかぶさってきた。先ほどは石膏の様に白かった氾麟の肌は桃色に染まり、じんわりと汗ばんでいた。
達したばかりの氾麟は整わない呼吸の合間を縫って、呼びかけに答えた。
「いいよ・・・・・来て、六太。」
六太は氾麟の汗で額に張り付いた髪を優しく、顔の端に撫で付けると、今一度確認する様に唇を重ねた。
「それじゃ、入れるぞ。」
六太はほとんど引っ掛けているだけになっていた衣を脱ぎ捨てると、ぐったりとした氾麟にモノをあてがい、一気に腰を沈めていった。
「ひゃあっ、う・・・・」
氾麟は反射的に身をよじり、声を上げた。ようやく収まるべき所に収めた六太は、ほぅと安堵の息を漏らした。久々だった事もあって、想像以上に氾麟はきつく締め上げてきた。
そのまま体を前に倒し氾麟を抱きしめた。
「・・わりぃ、また足が吊った。」
六太は氾麟をひょいと抱きかかえると、自分の足をさすりはじめた。
「もう、しょうがないわね。」
そんな六太の事はおかまいなしに、氾麟は悩ましげに微笑むと六太の乳首をきゅっとつまんだ。
「う・・・んっ、ぁあっ・・ちょっ・・!よせ、小姐!!」
「やめてあげない。」
そして、普段、彼女がされる様に氾麟はちろちろと舌を出して六太の乳首を舐めた。六太の口から苦悶とも快楽ともとれる声が漏れる。涙を流しながら、頬を紅潮させる六太を氾麟はうっとりと見つめた。
・ ・・・女の子みたい。
氾麟はよくそう思っていたが、今まで一度も本人に言った事は無い。彼の躯や言動はどこから見ても男だったし、本人もそう言われる事をいやがると知っていたからだ。自らの主も女性的な人物だが、六太とは対照的に布団の上では完全に男だった。
氾麟はそっと六太の頬を撫で、涙を拭った。
「六太。」
「・・・・なに?」
「大好きよ。」
それを聞いて六太はヘタレな俺でもなおそう言ってくれるかとキュ―――――――――ンと赤くなった。
「+〆`・・・+〆`∠= 変 +〆`⊃ト∠ 」ツ〒ん+=″∋・・・」
「やーね、500歳にもなって、このくらいでドキドキしちゃうの?」
端から見れば微笑ましいカップルだが、実際には少しズレのある二人だった。
「・・・余計、足が酷くなったじゃんか。足が治るまで変な事するなよ。」
「どうしよっかなー♪」
「頼むよ。」
「ん――。」
「俺の首がつったら困るだろ?」
「それは困るわね。」
「だろ?」
ふと、ほんの一瞬だけ、静かな時が流れた。
「・・・・・・・・もう治った頃じゃない?」
六太は未だ足を伸ばそうと、必死になってもがいていた。
「そんなにすぐに治ると思ってんのか?」
氾麟はわざとらしく、ふいとそっぽを向いた。
「だったらイイな、と思ったの。」
「俺だって我慢してんだ。ちょっとは大人しくしてろ。」
ふと氾麟がいい事を思い付いた、と、にっこりと微笑んだ。
「ねぇ、六太。外れない様に、私の事支えていてくれない?」
すぐにその意図を理解した六太は溜息をついた。
「・・・・あんまり動かないでくれよ。」
六太にそっと腰を抱いてもらうと、氾麟は器用にくるりと回り、六太に背を向ける体勢をとった。
そして、そっと六太の吊った足を揉みはじめた。なるべく動かぬよう気をつけはした。それでも小さな動きは時に大きな動きとなって六太の躯に伝わってきた。
「やっべ、我慢できなくなってきた。」
それまで足の事を思って耐えていたが、とうとう限界がやってきたらしい。
「ええ――――――!?未だ吊ったままよ!」
氾麟をぐっと抱きかかえて、そのまま押し倒した。うつ伏せに押さえつけられた氾麟は後ろから突き上げてくる歓びに声を上げ、体を震わせた。
「あっ、あああ、・・・んっ、ろくたぁ・・・」
掴んだ長椅子の覆いがずるずると床に滑り落ちていく。それと一緒に二人も床に転げ落ちてしまった。
落ちた時の衝撃。布越しとはいえ、冷たい床。
それでも尚、脈動する一つの肉塊の様に二人は求め続けた。体中に巻き付いた布が汗で肌に張り付き、密着感をより高めていく。
霞む視界。遠のく音。
ただ、その心に打ち寄せる波だけが現実と言う感覚。
「・・・小姐っ!いくぞ・・・。」
「うん・・・・・」
「六太ぁ。のど乾いた。」
「茶でいいよな。」
六太は氾麟に膝掛けを掛けると、棚から茶器を出し、お湯を沸かしはじめた。
「なぁ、小姐。」
「なぁに、六太?」
「俺たちって・・・・、麒麟ってどうして性があるんだろうな・・・」
ふいな相方の投げ掛けに氾麟はきょとんとした。
「蓬莱では子供を作る為にある物なんだ。おれたちは子供を作る必要は無いし・・・、それと何と言うかさ・・・。これってその・・・。嫉妬とか恨みとかそう言う負の感情を伴うだろ?俺が天なら、仁獣にそういう物を持たせないと思うんだ。」
氾麟はどこか遠くを見つめる六太をまじまじと見つめた。
そして、くすっと笑った。
「どうしてって・・・好きって気持ちを忘れない為じゃないの?」
無邪気に答える氾麟を見て、六太はほんわりと微笑んだ。
「そうか・・・・」
その直後二人は、和やかな雰囲気の中に血の穢れが漂っている事に気付いた。
「あれ・・・?お前、処女だったっけ?」
「・・・・初めては300年前あんたにあげたでしょ。一体どこから・・・」
氾麟はとぼけている六太を軽くいなすと、きょろきょろと辺りを見回した。
すると、今まで向いていなかった方向に金色の光が見えた。
「け・・・景麒!」
「いやだ。いつから見ていたの!?」
景麒は鼻からぼたぼたと血を流しながら、部屋の暗がりに突っ立っていた。
「氾台輔が服をお脱ぎになっているところからです。」
血の穢れによってふらふらとしながら景麒が答えた。
ほとんど全部じゃないか・・・・六太は溜息をつき肩を落とした。
「俺、景麒を黄医の所までつれていってくる。廉麟が来るかもしれないから、ちゃんと服を着とけよ。」
「うん。分かった。」
六太はぼーっとしている景麒を引っ張って、未だ夜明けには遠い王宮の中を歩いていった。
六太が蘭雪堂に戻ると、そこには冷めたお茶と氾麟が用意したらしいお茶菓子が置いてあった。
六太はお茶をぐいと飲み干し、椅子に座った。
(もう、一杯沸かそうかな・・・。)
そう考えながら、ぐったりと椅子にもたれかかって座っていた。
「・・・・・延台輔。」
そこに李斎がやってきた。彼女は日に何度もこの蘭雪堂にやってくる。行方不明になっている泰麒を最も案じている人物だ。
「見つかりませぬか?」
「ま、こんなもんだろう。まだまだこれからってとこさ。」
景麒に見られたのはとんでもない失態だったが、彼女に見られなかっただけましか。
そう思った六太はさり気なく、お茶を勧めるのだった。
―了―