自家発電楽俊
677さん
春の風が吹き始めてきたこのごろ・・・
楽俊は一人、人の姿で大学の自室で本を広げていた。
すでに春の休みに入っているのでみな故郷へと戻り、友人たちはおろか建物の中には数えるほどしか人が残っていない。
楽俊は故郷が遠いのと勉強していたいと理由をつけ、大学に残ることにしたのだが・・・
実は本当の理由は別にあった。
春である。
ネズミの半獣である楽俊には発情期だからと言って激しい衝動に駆られることはないが、それでもやはり、春になると気もそぞろになってしまう。
こんな気持ちで人の多いところにいるわけにもいかないので、この次期逆に人の少ない大学内に残ることにしたのだ。
人型で過ごしているのも、獣の性から少しでも遠ざかっていたい為である。
しかし、気を引き締めて本に没頭しようとしていても、なにかの折に悶々としたものが体の奥底でうごめき、思考は本の内容から今は遠くはなれた友人へと移っていく。
意志の強い瞳、気性をそのまま映した燃えるような赤い髪、滑らかな肌・・・
普段なら考えない淫らな思いに思考が進みかけたとき、開け放しの窓から青い小鳥が舞い込んできた。
小鳥は机の上に降りたち、催促するように黒い瞳で楽俊を見上げる。
自分の心を見透かされたような気がして苦笑いをかみ殺しながら、銀の粒を取り出し小鳥の喉を軽くなで上げる。
「楽俊・・・元気かな?」
懐かしい声は季節の挨拶に始まり、近況など楽しげに語られる。
苦労も多いだろうにそれを微塵も感じさせぬ明るい声に安堵し、目を閉じて聞き入る。
まるで赤毛の少女が傍らで微笑み語りかけてくれているように感じる。
最初のほうは聞き入っていた楽俊だったが、だんだんそれらの言葉は意味をなさず、次第に声は楽俊の芯を揺るがす旋律と化していた。
心地よい抑揚に、知らず楽俊は中心を硬くし手を添えていた。
脳裏に浮かぶ声の主の姿がいつもの男物の着物から、薄物へと変わっていく。
わずかな罪悪感を覚えるも止まらぬ衝動に身を任せ、楽俊は欲望を手の中に吐き出した。
人型でいることが裏目に出たか・・・と、苦笑しながら布でまだ収まりのつかないそれを拭きはじめる。
小鳥のひとり言はまだ続いていて、楽俊を欲望に駆り立てた旋律はやっと言葉として楽俊の耳に届くようになった。
「・・・で、行事もひと段落ついたし、少しだけど休みがもらえたんだよ。といっても、ほんの数日なんだけどね」
着物を整えながらぼんやりと言葉の意味を反芻する。
もうしばらく大学も休みだし、たしか蓬莱には春に花を愛でる習慣があると言ってたっけ、お菓子でも持ってのんびりと花を見に行くのもいいだろう。
「実はね。この鳥を送り出したら、私も支度してすぐ発つんだ。この鳥とどちらが早く着くかな。鳥より早く着いたら窓の外にでも隠れて、私からの話を聞き終わるまで見てようかな・・・」
くすくすといたずらっ子のような言葉に、楽俊の思考は真っ白になった。
卓のすぐ脇は窓。首をひねれば窓の外がすぐ窺える。
しかし、楽俊は固まったまま小鳥を凝視するしかなかった。
「いつもどんな顔して聞いてるのか楽しみだな」
開け放しの窓からは相変わらず心地よい春の風が吹いている・・・。